絵文字と彼と、ときどき私
彼にメールを打った。
片手に携帯を持って、説明書を見ながら。
つたない文章だった。
女っ気のない簡潔な定型文。
絵文字も顔文字も、一つも使われていない。
記号だって
「!」がたった一つだけ。
内容も誰でも打てそうな、ありきたりな言葉ばかり。
こんな冷たい文章、貰ったって嬉しくないだろうなぁ…。
それでも彼と話してみたくて、
悩みながら打ってみた。
絵文字ぐらい入れれば良かったかなぁ。
あれじゃあ、
話す前から嫌われる。
真っ白な送信画面を見ながら、
きりきりとした胸を突く痛みを感じた。
携帯を持って二週間が経った。
まだまだキーを打つのも、
メールをするのも慣れていない。
説明書を読みながら、探り探り使っているだけ。
だけど携帯は楽しくて、下手ななくせしてみんなにアドレスを聞いた。
女友達にも、男友達にも、
好きな人にも。
江上大夢。
友達は、ひろと呼んでいる。
私は、江上と呼んでいるけれど。
江上とは委員会で仲良くなって、次第にクラスでも話すようになった。
メールは今日が初めて。
朝休みにアドレスを聞いて、やっと一通送った。
返信はまだ来ない。
気まぐれな人だから、返信はあまり期待していなかった。
アドレスを聞けただけで送る前は十分だったのに、今は苦しいくらいに息がつまりそうだ。
きりきりする。
気持ちが爆発しそうだ。
返信が来ていない事を知っているのに、問い合わせボタンをまた押した。少しだけ期待しながら。
「受信メール0件」
黒い文字が虚しく画面に浮かび上がる。
メールを待つのって、こんなにも不安な時間だったんだ。
今まで知らなかった…。
切なくて、寂しくて、悲しくて…。
見捨てられてもいないのに、声のない言葉で
「お前からのメールはいらない」と言われたみたい。
早く、返信来ないかな…。
「すまん。風呂入ってて遅れた」
返信が来たのはそれから一時間後、諦めて携帯を放り出した頃だった。
「大丈夫。マンガ読んでたから」
「なら良かった。にしても、男みたいなメールだな。びっくりした。」
「ごめん。絵文字の使い方、わかんなくて。」
「まじでか」
「うん」
「顔って打てば出てくんじゃね?」
「そうなの?」
「多分」
その後のメールのやりとりははトントン拍子で続いて、驚いた。
私は打つのが遅いから、打った直後に返ってくる彼の返信が不思議でたまらなかった。
「打つの速いね」
「まあな。携帯よく使ってるから」
「そっかぁ。すぐ返信、来るからびっくりしてたんだ」
「あー…時間ないからな〜さっと打ってた」
「え。もしかして今、忙しかった?」
「塾あるからさ、そろそろ行かなきゃだわ。悪いね、また明日なw」
それからプツリとメールは途切れた。
最後の返信くらい可愛らしくしようと、
「ばいばい」と打った後に絵文字を一つと星を一つ、習った通りに打ち出して付けてみた。
そしたら江上から、
「絵文字もっと覚えろよ(笑)」と11時ぐらいに返信が来た。
塾が終わった後に送ってくれたのだろう。自転車をこぎながら、家に急ぐ彼の姿がふわりと浮かんだ。
茶色がかった髪を風に揺らして、震える指をさすりながら。
その日私は徹夜で説明書を読み込み、絵文字の使い方を頭に叩き込んだ。
「おはよう(*^^*)昨日はメールありがとう♪塾、お疲れです。寒いから風邪引かないようにね。
それと今日は遅刻しないでね!!(笑)」
そして翌日、絵文字をいっぱいつけて遅刻魔の彼にメールを送った。