序章 第七話 産声
残酷な表現があります。苦手な方は読まないほうが賢明です。
結局、あのあと賢者レオナルドにも頼まれて
「これってほぼ蘇生だよね」
の術式を、転写の魔術で名刺大のミスリル板に縮小コピーして、レオナルドの波長も登録してあげた。
身体や体力も回復する代わりに、並の魔術師なら魔力が一気に枯渇する可能性があることを説明するのを忘れない。
「これで毛根が…」と言っていたのはスルーしてあげた。
「それ以上減らないだけなんです、手遅れなんですよ…」と、喉元まででかかっていたが。
ミリアは大人なので。
お礼にミスリル板を追加でさらにもらった。ありがたい。
これで次の興行までに、戦いに必要な属性カードも作れる。
それにしても…
とミリアは蘇生2日目のことを思い出す。
★
「そんな…いずれ耳長族は絶えてしまうと?」
ミリアは絶句した。
ここはコロシアムに併設する剣闘士施設の中にあるミズホ卿専用の私室。
「…歴史に照らせば、いずれそうなる。宗教的な理由をつけているが、イルビンの目的は世界樹そのものを奪うことにある。その後ろには王家すら逆らえぬ大商会がいる。うちの闇カラス達の調べは確かだ」
ミズホ卿はどうやら出来る男らしいと、格付けをロリコンから出来る男に昇格させつつミリアは続きを聞く。
何か不穏な空気を感じたらしく、ミズホ卿が一瞬ブルッとした。
「酷い話ではある。しかしミリーならわかるだろう?地球上にも同じような出来事が過去あったのだから」
2日目からミズホ卿はミリアをミリーと呼びはじめていた。エミリとミリア…なるほどミリーである。
おっと、本題に…
先住民が武力外交により、奴隷、あるいは実質的な奴隷のように扱われ、滅亡に追いやられる出来事は、確かに繰り返し歴史に刻まれている。
「仮にだ、武力でその者達を弾圧したところで、何代か世代交代すれば、また同じことを繰り返すだろう。人は欲深い生き物だ。これを見るといい」
ミズホ卿が手渡したのは、耳長族がこの一年間に囚われた数、宗教裁判の結果、そして彼らのその後の事がかかれていた。
おびただしい数。
膨大な命が消えていた。
それも理不尽な理由と、残酷な方法で。
何例か具体的な記録がクリスタルにも映像として添付されている。
戦えぬ年齢のある耳長族は、熱した油に浸けられて、熱い熱い母よと泣きながら死んでいった。
両腕を縛られ、同時に走り出す馬に引かれて、身体を裂かれる子供。
またある耳長族は、この耳が蛮族の証であると、生きたまま鋸で耳を切り落とされた。あえて鋸を使ったところに、底知れぬ悪意を感じる。
またある耳長族は、武力をもって逆らった罪と称して、戦闘奴隷に堕とされ、最後は醜いモンスターの姿に成り果ててなぶり殺された。
絵美里は、最後に戦いミリアが倒した相手が、彼女の同胞であったのことを知った。
そして、どんな気持ちでミリアがトドメをさしたのかも。
私はミリアだけど、ミリアじゃない…なのに…なのに。
ミリアの頬をいく筋もの涙がつたう。次第にそれは声を伴い、すすり泣きに変わっていく。
ミリアは私(絵美里)だ。
その身の内に渦巻く、やり場のない熱は、身体に残されていたミリアの欠片と化学反応を起こし、絵美里とミリアの境界線を曖昧にしていく。
小学校の時
「白豚、俺らと同じにしてやるよ」と言われて、顔に肌色の絵の具を塗りたくられた。
荷物が無くなるのはしょっちゅう。
椅子に画ビョウ、トイレにいけば上から水をかけられる。
母が外国人と結婚することを許されなかった時の話も思い出した。
何故、幸せに生きたいと願っただけなのに、どうして…
ミリアと絵美里の記憶が次々と再生されていく。
肩を震わせながら。
彼女は泣いた。
世界はまだ知らない。
ここに、ミリアの魔法的身体能力をもち、人外の頭脳をもつ絵美里が混ざりあった、とてつもない何かが産声を上げたことを。