序章 第六話 賢者の受難
僅な日数で、ミズホ卿の援助を受けるだけでなく、大賢者レオナルドに信用されているには理由がある。
ミズホ卿のスキルに、鑑定と予見があり、これによってミリアに様々な適正があることが予めわかっていたが故の、高待遇でもある。
ハガキ大のミスリルの3枚の薄板に、肉体修復用の魔術源基術式を刻んでいく。
これは魔術回路とスペルが一体化したようなもの。
PC で言えば制御基盤とマシン語のような関係にあたるものだ。当たり前と言えば当たり前だが、今のミリアにしか記述できない。
ガリガリガリ
術式を刻む音が響く。
一枚は診断と修復を、もう一枚は現在の身体の状態を記録するためのメモリーカードの役割を果たす。
そして本命が3枚目。
これらをミリアが刻んでいるのには理由があった。
昨日の夕方に手に入れた消えるインク。
これには特性があり、
適切な波長の魔力を流すと、可視化でき、また魔術的にも蜂起した状態になる。
それ以外は無色透明。
ミリア(絵美里)が考えたのは、これを腕や、顔など触れやすい部分に深度をかえて刺青のように魔術回路を立体的に彫りこむこと。
「ふふふ~ん」
おかれた状況を考えなければ、ごきげんな少女の図画工作の絵柄である。
ただ、扱っているのは任意の魔術回路の増設と「ほぼ蘇生だよね」とでも言うべき高等技術。
自分自身をDBM化するとても痛いやり方であり、作用体にあたる核石を内包しているミリアにしか出来ない芸当である。
切り札でもある。
インクには毒性は無いはずたが、長期に肉体に接触した時に何か未知の影響があるかも知れない。
ガリガリガリガリ
それでなくても大怪我や死の危険と隣り合わせなのだから身体の「バックアップ」はいくらあっても困らない。
「ふふふ」
蘇生の神聖魔法は書物にはあると記載されていたが、現在はロストマジックであり、使い手はいない。
ガリガリ、ガリッ、ガリガリ
このバックアップを元に身体を復元すれば、魂を損なっていない限り元通りになる。
ガリガリ
術式を刻む音にあわせ、賢者のこめかみがピクピクする。
このバックアップ情報に手を加えて
「最初からその特殊なインクで書かれた回路が体内にあったことにする」
ために、ミリアはハガキ大のミスリル板の3枚目と格闘していたのだ。
その膨大な情報量を読み込みリアルタイム修正するなど、人外の頭脳でもなければ無理である。
ただ、これにも秘密がある。
ミリアは安静な状態であれば時空間の一部を量子的に繋いで、自身の使っていない時間帯の脳と数秒間リンクする魔術が使用できる。
その数およそ30である。
人外×30。
なにそれコワイ。
哀れ
ここにその人外がいなければ、賢者も残り少ない毛根を気にすることもなかったろうに…
文明の発展には犠牲はつきものである。
頑張れ毛根…
今しばらくは賢者の頭にステイしてあげてほしいものである。
…が、もはやタンポポの綿毛の運命か。
頑張れ賢者よ、未来は明るいぞ。主に頭が。
ガリガリガリガリガリガリ
「やかましいわっ!」
「?」
なんで怒られたかわからないミリアは、一瞬動きを止めた。
「ミリアよ。それは何を書いておる」
目からハイライトが消えた賢者が、何もかも諦めた表情で問う。
「えっと、自己修復術式と診断術式、あとは身体のバックアップでーたかな?」
見た目14歳。口を開けば鈴の音のような声、少し微笑めば天使の微笑。
しかし…実態は小悪魔…などではなくて、本当に悪魔かも知れない。
少なくとも賢者にとっては。
「そ、」
「そ?」
「そんなもん…まった作りよってーーー!」
衛兵も、日に何度も絶叫を耳にするにあたり、もうなれたらしい。