序章 第四話 代償
遠くで声が聴こえる。
「…と、いうことは毒をもられていたと?」
「蘇生直後の身体の硬直、呂律のまわらない喋り、おそらくはアギロスの実を煎じたものであろう…それにしてもよくこのような状態で戦いぬいたものよ」
「賢者殿はダブスの手の者の仕業と思われるか?」
「それはわからんが…血を凍結の魔法で保存しておるゆえ、元の毒液があらば、それが同一の毒であったかは証明できるがの」
「はっ!はぁはぁ…」
ミリア(絵美里)の身体が少し跳ねあがる。
「娘も目覚めたな、では賢者殿、私は裏をかためるとしよう」
そこから黒づくめの男と思わしき姿がかききえる。
「ランドルもご苦労なことよ…」
(ここは?どこ?しらない天井だ)
「目覚めたかね?」
「ここは?」(あ、喋れる)
「ミズホ卿専用の剣闘士部屋だ」
「剣闘士部屋?」
「おや?昨夜の戦闘を忘れたのかね?耳長族の族長の娘ミリアよ」
「ミリア?…私は死んだのでは?」
(車にがっつり轢かれたし…ミリア?)
「死んだ…確かにな。ただ卿が約束通り蘇生の代金を負担されたのだよ。相打ちまでなら助ける約束であったろう?しかもお抱えにまでしてもらい、お前はすこぶる運が良い。」
「そ、蘇生の魔術まであるのですか…あなたは?」
「ワシはただの物好きな爺じゃが…ワシの顔も覚えていないのかの?」
「入るぞ、レオナルド、嘘はいかんな?…まあ西の大賢者が物好きなのは事実だがな」笑いながらミズホ卿が入ってくる。
「?」
「卿よ、また聞いておったな…死合い前の記憶がないなら説明も必要であろう。こちらがミズホ卿。お前の命を買い取られた方だ。」
「…私はどうなってしまったのですか?そもそも私はいったい誰なんです?」
「そのほう自らの記憶もない?」
「き、記憶は……」
話しても良いものか?でも、どちらにしても一度、死んでしまった?のなら…悩んだところでさして関係ないのだろうし…悪そうな人には見えないし…
「記憶はあります。ですが、私の記憶にある私の姿はこうでは…」
「そうか…『日本から来たのか?』…わかるか?」
ミズホ卿と呼ばれた貴族が、日本語を話したことで今まで自分が話していた言葉が異国の言葉だったことに気付く。
「!」
ミリアは驚きのあまり、言葉を失う。
「レオナルド、やはりこの娘以前の者ではない」
「ということは?」
「この娘は、死ぬ前の娘とは別人ということだな?ミリア…ではないな。名をなんという?」
「エミリです」
ミズホ卿?だっけ…何かを知っている?
「レオナルドは私のような迷い人のことは知っているな?」
「ワシの知る限り、このミッドランド大陸に僅か5名と聞き及んでおるがの…迷い人…まさかこの娘が贄に差し出したのは…」
「そのまさかだろう…おそらくは魂そのものだ」
「では元の娘は…」
「身体のみを残し、おそらく…その魂は死んだ」
「…では入れ替わりに迷い人の魂がこの娘の身体に…」
「さすが賢者よな、認識が早くて助かる。元はミリアといったか、この娘…賭けに勝ったということか…誰が魂を贄に差し出そうなど思う?不憫ではあるが、その誇り痛快ではないか」
「卿のように赤子の段階を経ずに、この世界に落ちた迷い子…ですな」
「おそらくミリアは死の直前に、風の神に願いをかけたのだろう。身体が発光していたからな。そして…」
卿の目が薄く輝く。
「どうやら加護も受けているようだ」
「それにしても、何故この娘は《自らの存在の力》=魂を…」
「約束をしていたから?」
「約束とは?」
私ではない私の記憶が…これは…
「ミリアの記憶も残っておるのだな?」
「はい…」
絵美里には二つの記憶があった。それは石黒絵美里としての28年間と、同時にミリアとしての14年間の記憶。
どちらかというと絵美里としての記憶が主で、ミリアの記憶は映画か何か物語のような感じだ。
と、そこへ。
「ヨーイチはおるかっ!」
勢いよく開け放たれたドアから、鈴を転がすような声が響いた。
プラチナブロンドをツインテールに結んだ少女が飛び込んでくる。
「これは…一姫殿下」
ミズホ卿はちょっと顔がひきつっている。
「一姫ではないっ! ヴィーと呼べと言ったであろう?」
シンブルな青いドレスを身につけ、控えめなネックレスにはダイヤがあしらわれている。薄い胸を精一杯はって歩いてくる。
「畏まりました、ヴィオレッタ様…「ヴィー!」…はぁ困りました」
ミズホ卿が発した言葉に被せての発言である。
「わらわは許嫁じゃぞ?」
イタズラっぽく、上目遣いである。
「わかりました。ヴィーはもうダンスのレッスンは終わったのですか?」
「ヨーイチに逢いたかったからの、大急ぎで課題を済ませたのだわ」
そして…
話の流れに取り残されたミリアは…
「…ロリコン…」
半眼で呟いていた。