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Metro de Romance メトロでロマンス  作者: 小鳥乃きいろ
#眠れる森の姫
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#眠れる森の姫

#眠れる森の姫


 森の中の道無き道(と言っても獣道のように誰かが通ったような跡がある。)をしばらく進むと、見たことのある道に出た。駅舎から滝の上まで続いていた道の途中だ。道に出ると女の子は俺の手を離し、先に立ってズンズン進み始めた。足音はズンズンではなく、ぶかぶかな靴のせいでガポガポ、ペタペタだったが。


「お~い。ちょっと待てよ。」

 俺が呼びかけても彼女は振り返ることなく進んで行く。俺は仕方なくその後を追った。

 滝の上の川は渓流の趣きを見せ、水は少なくなり流れは急になっていく。両側の山肌は徐々に険しくなるが、道はきちんと整備してあって川沿いを進んで行く。途中、女の子が道端の木からりんごの様な果物をとってくれた。そういえばチョコバーを食べてから随分時間が経っていた。俺は空腹を思い出して五個ほどを腹に詰め込んだ。

 時折、頭上高いところを大きな鳥が飛んでいたが、女の子はそんな時、俺の手を引いて木の下の木陰に入ってじっとしていた。鳥は見た限り鷲や鷹のような猛禽類と思われ、大きさも翼を広げて翔ぶ姿から、翼幅は数メートルはあると見た。あんなのに襲われてはたまらない。俺は大人しく女の子に倣った。


「こっち。」

 二時間くらいは歩いただろうか。道は少し開けて峠にたどり着いた。高度が上がったからか、少し涼しく感じる。心地よい風が吹いて、汗に濡れた額と首筋を撫ぜる。目の前に火口湖と湖畔に広がる森が見える。木々の間にいくつもの建物が散らばっていた。人がいる。遠くてはっきりとは見えないが、小さな動く姿が見える。

「助かった。ありがとう。ここまで来れば大丈夫そうだ。」

 俺はほっとして女の子に話しかけた。が、彼女はじっと湖の方を見ている。きっと安心して放心しているんだろう。俺はもう一度人影を見ようと目を凝らした。あれ?人だよね。遠くて豆つぶのような動く影が少し歩いた。と見るや、両側に大きな影が広がった。そして、バサッと羽ばたくと宙に舞い上がったではないか。って鳥?…嘘だ。


「…こっち。」

 女の子が再び俺の手を引いて森の中に駆け込んだ。そして、木の陰に身を隠した。

「…なぁ、アレは…。」

 俺は彼女に尋ねようとしたが、黙ってと言うように彼女の人差し指が俺の唇に押し当てられた。そしてしばらくすると、頭上の高いところを大きな鳥が飛んで行く。鳥は峠を越えて俺達が来た方向へと飛び去った。

「…彼らは私達にいい感情を持っていない。今は出くわさない方がいい。」

 鳥が見えなくなると、彼女がつぶやくように言った。そして、道には戻らずに森の奥へと入って行った。

「おい!待てよ!」

 彼女は道の無い森の中を木の間を縫うように進んで行く。俺はその後ろ姿を見失わないようについて行った。


 何時間歩いただろう。俺は何度も彼女の姿を見失ったが、少し先に進むと彼女が立ち止まって待っていた。上を見上げると、空は少し黄色からオレンジ色になりかけている。ペットボトルの水も飲み干してしまった。俺は疲労がピークに達していた。立ち止まり、ガクガクし始めた膝に手を当てて息をつく。その視界に俺の体育館ばきと細い足首が入ってきた。

「…着いた。」

 彼女がつぶやく。俺は顔を上げた。目の前で森が途切れ、原っぱが広がっている。そして、その中に幾つかの建造物が並んでいた。人がいる。先ほどの鳥ではない。何人かが忙しく歩き回っている。しかし俺はその先、いやその上にあるモノに目を奪われた。巨大な樹木が空を覆っている。目の前には五階建てと見られる建物もあるが、頭上に広がる枝葉はそれよりも遥か上にある。ここからは見えないてっぺんまではどれくらいあるのだろうか。さっき川原で見た大木を遥かに超える大きさだ。幹も太く真っ直ぐに天に伸びている。俺は息を呑んで巨木に見入っていた。


 グイグイと俺の手を引くモノがいた。例の女の子だ。見るとほっぺたを膨らませて、こっちへ来いと引っ張っている。

「わかった、わかった。」

 俺は仕方なく引っ張られるままについて行くが、辺りの様子は一変していた。何人もの人が俺達の周りに集まっていた。なにか珍しいモノでも見る様に少し遠巻きにして、俺達を見るとなにか話している。彼女はそんな中をズイズイと巨木の方に進んだ。彼女が特に声をかけなくても俺達の前には道ができ、後ろからは人々がついてくる。やがて巨木は俺達の頭上を覆う空を隠し、夕焼けの日差しが巨木の向こうから俺達を照らした。眩しくて行く先がよく見えないが、巨木に近づくにつれて太陽は巨木の幹に隠れた。

「…すげぇ。」

 陰に入って巨木の幹がよく見えてきた。表面は川原の大木と同じようにザラザラしているが、樹皮が割れたりはしていない。そのため老木のゴツゴツした感じは無い。幹の直径は数十メートルはありそうだ。その根元に何かがあった。何かがいた。急に、手を引いていた女の子にぶつかった。彼女が立ち止まったのだ。


「おい、どうした?」

 俺は彼女に話しかけたけど、彼女は前を向いたまま、何かを睨みつけている。俺が彼女の視線の先に目を移すと、人影がこっちへ歩いて来て声をかけた。

「やはり下賎な者は群れるものだな。…とっとと野垂れ死ねばよいものを。」

 その言葉を聞いて俺の手を掴んでいた小さな手に力が入った。俺は言葉の主に目をやった。俺よりもアタマ一つ高い身長の男だった。どこかで見た黒い軍服を着ている。そして男のクセに長い髪は、たった今吸ったかのような赤い血の色だった。鋭い眼光。射抜くように見下ろしてくる。コイツ、気に入らないな。しかし、睨み返そうとした俺の視野に別の光景が入ってきた。


 巨木の根元、何本かの太い根の間に人が横たわっている。ベッドが用意され、幾つかの機械が枕元にある。その機械から何本かの管がその人に繋がっていて、それよりも多くの木のツルがその人を守るように覆っている。オレンジ色のショートボブの小ぶりな頭は見違えることはなかった。俺はぎゅっと掴まれていた手を振りほどくと、男の静止の声も聞かず、ベッドに横たわる彼女のところに走っていた。そして、ベッドサイドで彼女の手を取ろうとした時、頭に大きな衝撃を受けた。意識を失う直前、俺は甘酸っぱい果実の匂いを吸い込んだ。

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