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Metro de Romance メトロでロマンス  作者: 小鳥乃きいろ
#森の中へ
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#森の中へ

#森の中へ


 森の中の道は最初は少し上っていたが、山のまわりを回るようになだらかなアップダウンを繰り返している。道は細くなる事も心配していたが、二~三メートルの幅をキープしていた。路面は舗装されているようには見えないが、表面には凸凹が無く歩き易かった。頭の上には木々が枝を伸ばしていて、緑のトンネルのようだ。時折、木々の間から青空が見えて、木漏れ日がキラキラと瞬く。二十分も歩くと気温も上がってきたのか、額にうっすらと汗をかいていた。詰襟の上着を脱いでカバンに詰め込んだ。さっきまでは涼しかったが、どうも気温が高いように感じる。気がつくとセミの声が聞こえる。おかしいな。まだ四月だぞ?ワイシャツの袖をまくり上げ、探検を再開した。


 そろそろ小一時間くらいは歩いたかと思った頃、ドウドウという音が聞こえ始めた。なんだろう。しばらく道を進むとその正体が分かった。突然、目の前が開けて川が現れた。道は川沿いを上流に向かっているが、反対側は道も川も無く青空が広がっている。その向こうからドウドウという、今に至っては轟音が響いていた。滝だった。俺は高いところは得意では無いが、無性に滝を見たくなった。川沿いを道から外れて下流に歩いた。森はすぐに途切れ、足元に荒々しい岩肌が現れた。ホンの数メートル先で地面が途切れている。しかし、その先に崖の下の地面が見えた。滝壺は恐らく崖から身を乗り出さねば見えないが、三階建ての校舎の屋上から見た中庭くらいの高さで、川面と河原が見えた。河原は広く小石の敷き詰められた河岸があり、その先は丈の低い草が茂って広い原っぱになっている。原っぱの先はまた森が広がっていた。しかし俺の目はその原っぱの真ん中に立つ樹木

に引き付けられていた。


 その木は俺が立っている崖から更に高くそびえていた。恐らく二十メートル以上、下手したら三十メートル近くあるのではないだろうか。しかもその姿はユニークで、幹が太く、その割りに葉の茂る枝は俺の見上げるくらい上の方にしかついていない。周りに比較する対象が無いので遠近感に乏しく、その大きさがにわかには信じられなかった。似たような樹木を何処かで見たような気もするが思い出せない。俺はその威容に圧倒されて、自分が立っている場所を忘れた。その時、一陣の風が吹いて俺はよろけた。

「うわ!」

 踏み出した足がかろうじて崖の端っこの岩に掛かった。危うく崖から転落するところだった。俺は今立っている場所がどこだったかに気づくと真っ青になってしゃがみ込んだ。こえー、こんな所で遭難したら誰も助けに来ちゃくれない。俺は崖から数歩下がると、もう一度大きな樹木を見た。


 今さっき吹き出した風が樹木の梢を揺らしている。おや?木の上の方で茂っている枝葉の間に丸いモノが揺れている。大きな豆のような形だが、木の実だろうか?俺はその中でも一際大きな豆に目を奪われた。枝豆のような見かけだがかなり大きく見える。長さは一メートルくらいあるんじゃないか?それが枝から細いツルでぶら下がっている。よく見ると大きさはまちまちだが、いくつもいくつもぶら下がって風に揺られている。種か、果実か?どちらにしても巨大な樹木に相応しい大きな木の実だ。俺は近くで見て見たい衝動に駆られて立ち上がり、崖の縁に一歩踏み出した。その途端、足元の岩がボロリと砕けた。

「…ウッソ!」

 ギャーッとけたたましい声をあげながら、俺は滝壺へと転落していった。ドボンと水しぶきが上がって、叫び声が消えた。ドウドウという滝の音だけが相変わらず響いていた。


 俺はもがいていた。水面に上がるために、空気を求める肺の痛みとツンとする鼻の痛みに耐えていた。落下してから一度、水面に上がって一瞬の息継ぎが出来た後、再び水流に引きずり込まれた。崖の途中で岩にぶつかったり、落下の衝撃で意識を失わなかったのは幸運だった。しかしそのおかげで今は溺死の恐怖と酸欠の苦しみに苛まれてもがいている。やがて、もがく手が再び水面を叩いた。息継ぎをするや否やまた水流に水の底まで引きずり込まれた。が、背中を水底に擦り付けられた後に、足がついた瞬間に思い切り底を蹴った。その後はもうもがくための酸素は肺の中には残っていなかった。


 ゆっくりと水中を漂いながら、俺は何故か父親のことを思い出していた。オヤジは仕事でいつも家にいなかった。たまに帰ってきても、俺の顔を見ない。母方の祖父は俺が小さい頃に出ていった母親の面影があるから辛いんだろうと言っていた。そんなことは無い。オヤジは何かと母親が出ていったのはお前を産んだせいだと言った。あんなオヤジでも俺が死んだら泣いてくれるのだろうか?上を見ると水面が近づいてきた。滝壺から離れた穏やかな水面だ。俺はゆっくりと上がって行き、顔を出すと息を継いだ。滝のせいで霧のような水滴混じりの湿った空気を深々と吸い込む。どうやらもう少し頑張らないといけないみたいだ。俺は岸に向かって泳ぎ始めた。


 岸に泳ぎつくと河原に上がってしばらく横たわっていた。身体は水でずぶ濡れだったはずだが、強くなってきた日差しがうつ伏せの背中を暖めていた。カバンもかろうじて肩にかかっている。俺はゆっくりと身体を仰向けにしようとゴロリと転がった。身体中の力がグッタリと抜けていて転がるのも億劫だが、痛いところは無く怪我は無さそうだ。仰向けになって空を見上げると、高く青い雲一つない空が広がっていた。日差しも高くなり、じりじりと照り付けている。

「よかった。生きてる。」

 自分に話しかけた。ちゃんと声が出た。辺りは水の落ちる音とセミの声が響いている。まだ春先のはずなんだけど、どうもよく分からない。しばらく空を見ていると、目の隅にさっきまで見ていた大木が入ってきた。少し流されて近くまで来ていたようだ。ピーという鳴き声に再び空を見ると、トンビだろうか、上空を鳥が舞っている。寝ているところを突っつかれるのもめんどくさい。俺は身体を起こすと、木陰に入ろうと立ち上がった。まだ何となくフラフラするが大丈夫そうだ。


 河原を横切って大木に近づく。濡れた服が身体にまとわりついて気持ちが悪いが、近づくにつれて大木の大きさが感じられて忘れがちになる。太い幹は数メートルはありそうだ。枝ははるか十数メートルの頭上に広がっている。木陰に入ると足元は石の河原ではなく、芝生が広がっていた。日差しの照り返しは無く涼しい。俺は幹に近づいて触ってみた。表面は硬く石のようだが、温もりが感じられて冷たくはない。俺は身体を寄せて木の幹に耳を当てた。何となくゴーッという音が聞こえる。幹の中を水が流れる音なのか、川や滝の音が響いているのか分からないが、確かに聞こえる。聞いているとなんだか落ち着いてくる。心地よい響きが耳に残った。


 俺は濡れた服を脱いで日向に干していた。カバンも中身も広げていた。トンビは何処かに行ってしまったのか、姿も鳴き声も無い。スマホは水没してから電源も入らない。ペットボトルに残っていたドリンクを飲み干すと川に出て水を詰め込む。あまり飲みたくはないが、必要になるかもしれない。俺は大木の木陰に入って座り込んだ。さて、どうするか。崖の上の道に出てさっきの道を先に進むか。それとも駅にもどるか。もうひとつの道としては川沿いに下流に進むことも出来る。川沿いに山を下りた方が人里に出る可能性は高い。反面、滝や急流に出くわして川から離れざるを得なくなり、森の中をさまようことも考えられる。うーむ。時折、風が吹いて木の葉を揺らし音をたてる。木漏れ日が揺れる。俺は考えに沈んでいて、頭上の危険に気がつかなかった。


 ズン!突然にそれは落ちてきた。俺はビックリして飛び上がった。俺の目の前数メートルのところだった。なんだなんだ?見た所、大きな豆の形をしていた。大きさは長さ一メートルくらい。落ちてきた音からして重量は数十キロはあるだろう。こんなモノが頭の上に落ちてきたら即死だ。俺は頭上の枝を確認した。うわ。さっき崖から見たよりも色々な大きさのモノが、沢山ぶら下がっている。改めて足元を見ると大小様々な豆の殻が転がっている。俺は河原の石かと思っていたが、石の間にいくつもの豆殻があった。やばい。離れた方がいい。俺は足音でも落ちてくるような気がして、ソロソロと静かに木陰から出ようとした。今にも落ちてくるのではないかと頭上を気にして、何度か石に蹴つまづいた。その度に大きな音をたてて、おっかなびっくり歩いた。


 ようやく安全圏に出ると、ホッと息をついた。危なかった。もし、頭の上に落ちてきたら即死だ。ぶっ倒れて動けないだろう。あんなふうに…。って、俺は愕然とした。さっき落ちてきた大きな豆つぶの陰に、人間のものと思しき手と、頭と思われる毛玉が見える。もしかして落下した豆に一撃されてしまったのか。もしそうなら豆の陰に隠れている身体はぐちゃぐちゃに潰れてしまっているだろう。可哀想に。でも俺は人が近づく姿を全く見ていない。見通しの良い河原でこんなに近くまで人に気がつかないとは。まあ、俺がぼーっとしていたから気がつかなかったのかもしれないが。その時、ピクリと手が動いた。生きてる?いや、死後硬直かもしれない。でも生きていたら?この近くの住人だったら遭難を免れる。助けよう。俺は頭上を気にしながら豆に近づいた。


 近づくにつれ、見えていた手と頭が随分と小さなことに気づいた。まだ子供のようだ。ゆっくりと近づくと、豆が割れているのが分かった。パックリと真っ二つに割れている二つの豆殻の間に、子供が身体を丸めて横たわっていた。この子、服を着ていない。川で泳いでいたのかもしれない。髪も濡れているように見える。と、危ない危ない、とにかく安全なところまで退避しなくちゃ。俺は子供を抱き上げようとして焦った。やばい、女の子だ。どうする?いや、考えてるヒマはない。俺はパンツ一丁で裸の女の子をお姫様抱っこすると、安全なところまで急いだ。


 豆つぶの無さそうな木陰に女の子を横たえると、さっき河原に干しておいた上着を掛けた。ふう。ビックリした。別に女の子の裸を見るのは初めてじゃないけど、やっぱりテレるし。ああ、なんか顔が熱いや。パンパンと両頬を叩いた。昨晩、違う女の子とベロチューしていたクセに。いや、だからかな?目の前の女の子は小学校高学年か、中学生かといったところか。身長は130センチくらいだろう。痩せていて、持ち上げた時は軽かった。青く見えるほど白い綺麗な肌は滑らかで瑞々かった。中性的に見える未発達な身体だが、女性の特徴を現していた。髪は長く腰に届くほどだ。気になるのはその色だった。

 綺麗な若葉色なのだ。もしかして染めているのか?ウィッグとかでないことは生え際を見ると分かる。そして顔立ちは幼いが整っている。じゃあ十人並かというと、特徴が無い分全体のバランスが取れているから、美人の部類に入る。大人になって化粧をしたら映えるだろう。目は普通の大きさで、澄んだ瞳をしている。何か何処かで会ったかな?気のせいだろうか。そんなことを考えていたら、いつの間にか女の子が目を開けていることに気づいた。


「…ゲ。」

 俺は一瞬後ずさった。幼いとはいえ、服を掛けてあげたとはいえ、裸の女の子の顔をまじまじと見詰めていたのだ。どう誤解されてもおかしくないシチュエーションだ。しかも俺はパンツ一丁。マズイマズイマズイって!こんな状況で悲鳴でも上げられたら、あっという間に犯罪者だ。狼狽えた俺は辺りを見廻したが…。辺りに響くのは水音とセミの声のみ。人っ子一人いない河原は日の光で陽炎に揺れていた。そうだ、こんなところで裸の男とふたりきりなんて、怖いに決まっている。俺はバッと身を起こして立ち上がり、日向に干しておいた衣類の方へ急いだ。そして散らかった服をササッと回収すると、生乾きのまま着込んだ。ちょっと気持ち悪いけど、さっきのずぶ濡れの状態から比べればまだマシだ。


 俺が服を着て女の子の近くに戻ると、彼女は上半身を起こして座っていた。目は何となく虚ろに大きな木を見上げている。掛けておいた学生服は膝に落ちて腰に掛かってはいたが、幼い胸が露わになっていた。…勘弁してよ。

「なあ…おい。服を着てくれ。」

 俺は少し離れたところから、躊躇いがちに声をかけた。声が聞こえたのか、ゆっくりと顔をコチラに向けた。なんで恥ずかしがらないんだ?頭を打っておかしくなったか?なんだかぼーっとしているように見える。しょうがないな。

「おい、服を着ろ。風邪をひくぞ。」

 女の子は何を言われているのか、分からないような顔をしている。まったくしょうがない。どうもオツムの状態がよろしくないらしい。

「…分かった。俺が着せてやるから、近づくぞ?」


 俺はゆっくりと近づいた。女の子はぼーっとした表情で俺を見ている。俺は彼女の膝から学生服を取り上げると、彼女の背中から着せ掛けた。

「ほら、手を袖に通して…反対も。じゃ、立ってくれるかな?ボタンをちゃんとしよう。」

 彼女は言葉は分かる様で、一応着せるのに協力してくれた。ふう…。これで目のやり場に困ることはなくなった。とはいえ、ちょっと袖が長いかな。肩幅も狭いから手が服の肘の辺りまでしかない。俺は袖まくりをしてやった。

「よし、これでオッケー。」

 学生服を羽織った女の子はきょとんと俺を見ている。だぶだぶの学生服は彼女の膝上までを隠してくれる。詰襟でよかった。ブレザーだったら胸元が露わになってしまったところだった。


 ようやく人心地ついたところで、俺は彼女と日陰に入って一緒に座り込むと、聞きたかったことを聞き始めた。

「ねぇ、ここは何処なんだい?キミは何処から来たのかな?」

 彼女は話しを聞いているような顔で、でも黙ったまま首を傾げた。俺が何を言っているのか分からないのだろうか。考え込む風でもあったが、やがて小さな、ひどく高い、蚊の鳴くような声で返事をした。

「…ココは…だォ…。」

 全然聞き取れなかった!けど、ちゃんと話せるんだ。よかった。でも…。

「ごめん。もう一度言ってくれる?」

 俺の言葉に、彼女は一瞬ハッとして、じっと俺の顔を見た。そして幾分ムッとしたようだった。何か怒っているような気がするが、そんな舌っ足らずな、可愛い声で言われても…。何だかイジメたくなってしまう。


「ふ~ん?じゃあキミは何処から来たの?」

 俺は裸の彼女にドギマギしたことも忘れていた。相変わらずぼーっとした感じだが、俺の言うことも分かるみたいだし、ぷぅっとふくれる表情も可愛い。彼女は俺の質問にしばらく考え込んでいたが、やがてさっきの大木の方を指差した。いや、その向こうの森を示しているのか。しばらく指差した後、腕を下ろすと再び無表情になって俺をじっと見ている。なんか質問を待ってる感じ?俺はさてと考え込んだ。二人して河原の木陰に座り込んで探り合っている。俺は腕組みをして渋い顔で彼女を見ながらどうすべきか思案していた。まぁ普通に考えると町とか集落とか人里に向かうのがスジだよな。俺は考え込んだ割りに当たり前のことしか思い付かなかった自分に、ちょっとガッカリしながら女の子に話しかけた。


「あのさ、町とか村とか人のいるところに行きたいんだけど、分かる?」

 俺はひくついた頬を意識しながらも、恐らく卑屈にも見える笑みを浮かべながら言った。彼女は俺が言った言葉を理解したようだが、なにか考えているようだ。そして、しばらく木陰を提供している大木に目をやると、すくっと立ち上がって大木の太い幹の方へ歩き出した。彼女がさっき落ちてきた豆殻の横を通り過ぎた時、はたと気づいた。

「おい!危ないぞ!戻って来い!」

 ついつい大声になる。いつ大きな豆が落ちてくるかも分からない枝の下を、頭上を気にもせずに歩いていく彼女にビックリしてしまったのだ。俺は立ち上がって頭上の枝を見た。彼女の頭の上にはいくつもの大きな豆がなっている。彼女に目を戻すと、彼女は振り返って大丈夫だよというように笑顔を見せて、そのまま幹の方へ進んでいく。

「…あっと。」

 振り返って足元がおろそかになったのだろう。石だか豆だかに蹴つまづいて彼女が転んだ。言わんこっちゃない。俺は駆け寄ろうとしたが、彼女は大丈夫と手を振ると幹に近づいていく。大木の根元にたどり着くまで、俺は頭上と彼女の足元をハラハラしながら見ていなくちゃならなかった。


 ようやく幹までたどり着いた時、俺はふうと安堵の息をついた。まったく危なっかしい奴だ。大木の根元に立った彼女は、幹に片手を当てて木を見上げている。しばらくすると、太さ数メートルはあろう幹を抱くように両手を広げ、身体を預けた。まるで木の声を聞くように片耳を木の幹に押し付けて、目を閉じている。涼やかな風が彼女の長い髪をさらさらと流した。学生服で台無しだな。と、俺は不謹慎なことを思っていた。白いワンピとか着ていたら、もっと絵になる光景だろうに。ちょっと残念な気分だった。数分はそうしていただろうか。唐突に女の子は幹を離れ、慈しむように見上げた後、森の方へ歩き始めた。

「おい。ちょっと待てよ!」

 彼女は大木の向こうに歩いて行く。一度チラリと振り返ったが、そのうちに幹の陰に隠れて見えなくなってしまった。

「…マジか。」

 俺は慌てて河原に散らかった衣類やカバンの中身をかき集めた。荷物の中に学校から持って帰ってきた体育館ばきがあった。そういえばあの子裸足だったな。荷物をまとめ、片手に体育館ばきを掴むと彼女の後を追った。


 駆け足で危険な豆つぶの下を迂回しながら大木の反対側、森の方に回ると、女の子は別の木を抱くようにもたれかかっていた。大木から少し離れた位置に、大木と同じ種類と思われるが、もっと若そうな木が生えている。高さは10メートルもないだろう。幹の太さも女の子が抱えられるくらいしかない。恐らく豆というか種が転がって芽を出したのだろう。俺は若い木の下にたどり着くと、女の子の肩をつついた。彼女は目を閉じて木の幹に耳を当て、木の音を確かめているようで動かない。木の枝を見上げると、この木には豆つぶがなっていない。やはり若い木なのだろう。これから隣りの木のように大きく育つのだろうか。そのためにどれほどの時間が必要なのだろう。辺りを見回すと更に小さな木が数本立っている。恐らく、大木を中心にコロニーが形成されているのだろう。きっとここの河原も森の一部になるのだ。


 俺が辺りを見廻しているうちに女の子はすたすたと森の方へ歩くはじめていた。

「おい!ちょっと待てよ!」

 俺は彼女を追いかけた。森に入る手前で追いつくと、無理やりに手を掴んで引き止めた。

「なあ、これから森に入るんだろう?」

 彼女は俺に掴まれた手をじっと見ると、離せと言うようにブンブンと振りはじめた。俺は慌てて言葉を継いだ。

「コレコレ!裸足じゃあ危ないだろ。」

 俺は手に持った体育館ばきを彼女の目の前に突き出した。彼女は何を思ったか、靴に顔を近づけてクンクンと匂いを嗅いだ。失敬な。

「…いや、今洗ったばっかだし…。ちょっと濡れてるけど、何も履かないよりいいと思うぞ。」

 川に落ちてザブザブと洗われたのは嘘じゃない。彼女は話が分かったのか、大人しくなって俺と靴を見比べている。履かせてくれってか?

「よし、じゃあ履かせてやるから、大人しくしててくれよ?」

 俺は彼女の足元にしゃがみこむと、あからさまに大き過ぎる靴を履かせてやった。彼女の白く細い脚にドキドキして赤くなった顔を必死に隠しながら。ひも靴でよかった。ガバガバだが、なんとか歩けそうだ。俺は少し顔を背けながら立ち上がった。

「…どうだ?痛くないか?」


 しかし、この絵面も大概だな。細っこい少女がだぶだぶの学生服を羽織り、カトゥーンのようにぶかぶかのデカイ靴を履いている。ちょっとおかしくて口元が緩んでしまう。彼女の顔を見ると、なんだか嬉しそうに見える。彼女は足元をじっと見ると、片足ずつ持ち上げては踏み下ろして、靴の感触を確かめているようだ。しばらく履き心地を堪能したかと思うと、いきなり俺の手を引いて歩き出した。

「分かった!行くよ!そんなに急かすな!」

 俺は文句を言いながらも、彼女に引きずられるように森の中に入っていった。

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