#生命
#生命
漂っていた。ただ、漂っていた。なにを思うでも無く。なにをするでも無く。なにかしたいことも無く。なにかできることも無かった。でもなにかが足りなかった。足りないものを求めて吸い込んだ。でもまだまだだった。
まだ漂っていた。寂しくて寂しくて、誰かがいて欲しかった。ひとりで分かちあった。すべてを等しく分かちあった。二つになった。でもまだ寂しかった。
いつまでも漂っていた。寂しくて寂しくて、触れたものを吸い込んだ。それは別のひとりだった。お互いに溶け合って、混ざりあって一つになった。でもまだ寂しくて、再びすべてを分かちあった。二つになった。また二つになった。また溶け合った。また…。
泳いでいた。でも飢えていた。今いる世界の食べものは足りなかった。でも、たまに世界の外から食べものが降ってきた。それを食べなければ腹は満たせなかった。今、世界の外に食べものが落ちている。食べたい。飛び出した。外の世界は肌に刺さるような、何も無い空間だった。でも、生きるために何度も飛び出した。やがて、一粒の食べものを口の中に入れた。
這っていた。やはり飢えていた。目の前を羽虫が飛んでいた。飛びついた。届かなかった。でもこの虫を食べないと生きていけない。何度目かでやっと捕まえた。少し腹の足しにはなったが、まだ足りない。次の獲物を求めて、這っていった。
飛んでいた。今は飢えていなかった。色々なものを食べていた。虫、木の実、etc。自分は小さかった。地上の大きな生き物からは手が届かない。でも、空を飛ぶ大きな奴らから今は逃げている。とにかく素早く動かなければならなかった。逃げて、逃げて、やっと小さな巣穴に潜り込んだ。
凍えていた。身体は暖かな毛で覆われていたが、それでも寒かった。地下深い巣穴の中で、小さな仲間達と固まって春が来るのを待っていた。巣穴の奥には木の実が沢山積んであるが、このとてつもなく長い冬に持ちこたえることが出来るだろうか。やがて木の実が尽きた。もう、たまに間違って巣穴に入ってくる虫しか口にしていなかった。小さな仲間達は寄り添ったまま、外側から冷たくなっていった。もう巣穴から出て食べものを探すしかない。寒さを避けるために塞いだ巣穴の入り口を開けた。鼻先に感じたのは冷たい乾いた空気ではなかった。少し湿ったホコリ臭い空気と、微かな植物の芽のほろ苦い匂いだった。
走っていた。木の枝を先の方へ。枝は徐々に細くなり、身体の重みでたわんだ。枝が跳ね返る時に枝を蹴った。跳んでいる。隣りの樹に向かって。綺麗な弧を描いて空を横切る。グングンと隣りの樹の枝が迫る。狙った枝よりもちょっと低かったかもしれない。でも問題ない。腕を枝に向かって伸ばした。手が枝をしっかりと捕まえた。掴んだ枝は細く、重みを支えきれないかにみえた。掴んだ枝を手繰り寄せ、反対の手がより太いところを掴む。やがて自分が乗っても大丈夫な枝に座り込むと、木の実を探した。再び枝の先に進み、木の葉の影に木の実を見つけた。
風を感じていた。今日の風は心地よく枝や葉を揺らしている。陽の光が葉の表を暖かくしている。空気も澄んで気持ちがいい。サラサラと幹の中を水が流れる音がする。あ、今!熟した果実が枝から離れた。果実がもがれるのはカサブタが剥がれるようなものだ。青いままもがれると痛みを感じるが、熟した果実が離れるのは痛みも少ない。何処かで芽吹くといい。静かな森の中、朝は昼に、夕闇が夜になり、永遠のような一日がまた始まった。