いつも一緒にいる親子だから『親子丼』なんです。
このサブタイトルはシリーズを全部読んでる人にしかわからないかもしれませんが、和泉と高岡警部は実の親子のような関係、ということで、相原班長からは『親子丼』と呼ばれている……そういう事情です。はい。
私は基本的に、それほどおしゃべりだと言う自覚はない。
そもそも、仕事以外のことで男の人と何を話していいのかなんて、全然わからない。
だけど。和泉さんはそう言う面で、一緒にいて本当に楽な人だ。
こちらが何か話題を探して焦らなくても、向こうからいろいろ振ってくれて、私がそれに答えて……そこからまた、広がっていくという感じで。
別れた奥さんもきっとこんなお店で、和泉さんと食事を楽しんだりしていたんだわ。
つい、そんなことを考えてしまった。
私が和泉さんに初めて会ったのはおよそ一年前。
念願かなって鑑識課に異動し、新しい仕事を覚えるのに必死だった頃。
初めは右も左もわからなくて、覚えることもいっぱいで、とにかく夢中だった。
そんなある日。
私は連日の残業続きで疲れていたのもあって、初歩的なミスをしてしまった。
相原班長に叱られて、素直にごめんなさいって言えば良かったのに、その時の私は少なからず天狗になっていたのかもしれない。
本部での勤務と言うのは、所轄の地域課や交通課にいるのとは訳が違う。
そういう驕りがあったのは確か。
だからつい、口答えしちゃったのよね。
そしたら。
本気で怒らせちゃった。
皆の見てる前で頬を叩かれて、悲しいやら悔しいやらで、私は部屋を飛び出してしまった。
誰もいない部屋を探して辿り着いたのが資料室。
部屋の隅でしゃがみこみ、1人で泣いていた時だ。
「……誰かいるの……?」
男性の声がした。
どうしよう。
急に部屋を出て行くのも変だから、私は涙を拭って立ち上がった。
入って来たのは背の高い男性。
それが和泉さんだった。
「あれ、君は……鑑識さんだよね?」
鑑識員は上着ですぐにわかる。
「あ、わかった。相原さんに叱られたんでしょう? あの人、怒ると怖いからな~」
「……ご存知なんですか?」
「うん。いつもお世話になってるから」
その時私は、彼の襟についているバッジを見てピンときた。捜査1課の刑事だ。
いつも鑑定を持ちこんでくる1課の刑事と言えば、無愛想で、こちらを何だと思っているのか、上から目線でものを言う連中ばっかり。
だから私は少なからず警戒していた。
「あの人、いつも僕のこと卵とかイクラって呼ぶんだよね」
「はぁ……」
何の話だろう?
「捜査1課の高岡警部って、知ってる?」
残念だけど、異動して間もないし、同じ課の人しか知らない。
「相原さんと仲良しだから、覚えておくといいよ」
「はい……」
「イジメられたら高岡警部にチクってごらん。きっと、助けてくれるから」
私は半信半疑ではい、と答えておいた。
と、言われても私はその高岡警部の顔を知らない。そう思っていたら。
「これ、この人が高岡警部」
和泉さんはそう言って、ポケットからスマートフォンを取り出した。
和泉さんと中年男性が並んで映っている写真。
「男前でしょ? 僕のお父さん」
2世警官はよくいる。
けど、まさか同じ課に親子でなんてめずらしい。
ということは、この人も高岡さんというのだろうか?
当時、名前を知らなかった私は単純にそう思った。
「あ、そうだ。これあげる」
和泉さんはポケットから缶コーヒーを取り出して、差し出してくれた。
「疲れた顔してるよ。あんまり頑張り過ぎないで、時々は休憩しないとね。甘いものを摂るといよ」
私は基本的に缶コーヒーが苦手だ。
砂糖がどれだけ入っているんだ、というあの甘さが。
でも、素直に嬉しかった。
「ありがとうございます……」
受け取ったコーヒーはやたらに甘ったるかった。
けど、確かに力にはなった。