夢みたいな一時、ほんとにひとときだけどね。
ああもう、走ったせいでセットした髪が乱れたわ……。
待ち合わせの場所に戻って、ショーウィンドーで身だしなみをチェックする。
携帯電話が鳴りだした。
「……もしもし?」
『あ、郁美ちゃん? ごめんね、もう待ち合わせ場所に着いてるよね』
和泉さん!!
「は、はい……っ!! あ、でも、あの、今来たばっかりです……!!」
『今ちょっと、道路が混んでて……もう少し待ってもらえるかな?』
「はい、喜んで!!」
それから約5分後。
とうとう、その時がやってきた!!
「お待たせ」
爽やかな笑顔と声で、和泉さんがやってきた。
いや~ん、どうしよう!!
なんか夢を見てるみたい……。
あ、足元がおぼつかない。
お店は雑居ビルの2階にあって、表階段を昇る仕様になっている。
「けっこう段差があるから、気をつけてね」
はい、と自然に差し出された手に、私は思わず震えながら自分の手を重ねた。
寒いから手袋越しなのは仕方ないとして……感動だわ。
和泉さんってほんとに、ジェントルマンなのよね。
仕草がスマートで、細かいところにもよく気付いてくれて、ほんとにこんな素敵な人なのに……バツイチで、浮いた噂の一つも聞こえないのかしら?
結衣が何か妙なこと言ってた記憶があるけど、忘れたわ。
店内は思った通りのとってもいい雰囲気だった。
間接照明のせいでやや薄暗く、各テーブルではキャンドルが灯っている。
日付が日付だけに、店内はカップルだらけ。
でも。思えば私達も、そのカップルの内の一組なんだわ!!
「このお店、誰が選んだと思う?」
向かいに座った和泉さんが微笑みながら問いかける。
「さ、さぁ……?」
「相原さんがね、奥さんと時々利用するんだって」
「へぇ、そうだったんですか!!」
意外だわ。あのガサツ親父。
かつ、愛妻家の噂は本当だったのね。
「人は見かけによらないよね~」
「そ、そうですね……」
ウエイターが注文を取りに来る。
私は和泉さんと同じものを、と頼んでおいた。
「お飲み物はいかがなさいますか?」
私は彼の顔を見た。
「あ、僕は車だから……郁美ちゃん、好きなものを注文したら?」
そんなぁ……。
どうしよう?
「僕、ジンジャーエールで」
「じゃあ、私も」
かしこまりました、と店員は去っていく。
姿が完全に見えなくなってから、私は和泉さんを改めて見つめた。
「あの……」
『お忙しい中、本当に今日は本当にありがとうございました……』
そう言いかけたのだけど。
ピリピリピリ……と、着信音が邪魔をする。
ごめんね、と和泉さんは席を立って店の入り口に向かった。
誰かしら?
しばらくして。通話を終えたらしい和泉さんは、席に戻ってきてニッコリ笑ってくれた。
「そのワンピース、素敵だね。よく似合ってるよ」
「あ、あ、りがとうございますっ!!」
やだ、どもっちゃった。
けど嬉しい……。