鑑識子はシャイなのです。
さて。
「じゃ、私はこれで」
そろそろ行かないと、約束の時間になっちゃう。
私が交番を一歩外に出た時だ。
「モミじー!! 置いて行かないで!!」
男の子が追いかけてきた。
私もびっくりしたけど、制服警官もびっくりしてる。
今年初任科を卒業したばっかりかしら、と思われる若い制服警官は、まさか迷子を装って交番に子供を捨てに来たんじゃないだろうな? と言う顔で私を見ている。
「あ、あのね!! 私はモミじーじゃないの!! あなたのママでもないの。いい? 本当のママが迎えに来るまで、大人しく待ってて……!!」
「あの……」
「わ、私これから予定があるので!!」
「ちょっと待ってください!! 詳しいお話を……」
今度は制服警官に呼び止められる。
仕方ないので、私は自分の身分を明かすことにした。
「……なんだったら、確認してくださってかまいません」
すると、若い制服警官は恐らく本部の鑑識課に電話をかけはじめた。
「はい、こちら紙屋町交番ですが……そちらに……」
男の子は死んでも離すもんか、という強い決意の溢れた眼で私を見上げてくる。
ちょっと待って、どうしてよりによってこんな大切な夜に……?!!
恋愛の神様は私に何か恨みでもあるの?!
制服警官はしばらく電話で話していたが、急にこちらを見ると、
「……ええ、はい。少しお待ちください」
私に受話器を向けてくる。
「相原警部補と仰る方が、代われと……」
面倒くさいわね、もう。
私は受話器を受け取った。
「……もしもし?」
『おいコラ、郁美!! おまえ、子持ちなら子持ちだって、なんで最初から言わねぇんだよ!?』
笑ってる!!
「違います!! 私は子供を産んだことなんてありません!!」
何の自慢にもならないけど、男の人と手をつないだ記憶すら、小学校の頃の遠足以降……覚えていないぐらいよ。
学校はずっと女子校だったしね。
『なんて言うのは冗談だ。さっき、和泉の奴がウチに来てな……ちょっと遅れるかもしれないって言ってたぞ』
「な、なんで直接、私に連絡してくれないんですか?!」
『お前の連絡先、知らないって言ってたぞ』
あ……。
嫌な顔されたら、遠回しに断られたら……って、怖くて聞けてない和泉さんの連絡先。
ううぅ……あ、そうだ!!
「班長、和泉さんの連絡先を教えてください」
『ちょっと待ってろ。えっと……』
姑息と言うか、情けない手段でゲットした彼の電話番号。
『にしたって、初デートが子連れなんて、なかなかない経験だぞ。よかったな?』
「何言ってるんですか、知らない子ですよ?! 迷子ですよ!!」
『お前、そこは母性を見せてアピールするのが鉄則じゃろうが』
それもそうかもしれないが。
「……って、冗談じゃないですよ!!」
『ははは、じゃーな!!』
ガチャン。
私は制服警官を振り向いた。
「……とにかく、私についての身元確認は取れましたよね?」
は、はい、と相手はやや怯えている。
「そう言う訳ですから、この子のことよろしくお願いします!!」
「モミじー!!」
聞こえないっ、と。
私はダッシュで交番を後にした。