僕、お名前は?
【モミじー】というのは、いわゆるご当地ゆるキャラ。
あれは何年前だったか、私が市内の、とある所轄の地域課にいた頃。
幼稚園児向けの交通安全指導というイベントの折に、モミじーの着ぐるみを着てパフォーマンスを行えという指令を受けた。
信号無視をして道路に飛び出し、自転車に撥ねられるという役。
5月だというのに気温が真夏並みの、暑い日だった。
子供達の前で着ぐるみを脱ぐなと言われていたのだけど、あのままじゃ本当に熱中症で死ぬ、と思った私は、隙を見て頭だけ脱いでしまった。
そこを何人かの園児に見られてしまったという……。
幼稚園の関係者からも、上司からも散々叱られたけど、私に言わせれば某ネズミランドのダンサーじゃないんだから、こんなことで殉職したくないわよ。
と、いう苦い思い出のある【モミじー】……。
私のことをそう呼ぶということはまさか、その時の園児の一人かしら?
でも、たった一度だけ顔を見ただけで、覚えてるものかしら。
「……ねぇ、僕。お名前は?」
「……りゅうと……」
私は「りゅうと」と名乗った男の子の顔を見つめた。
彼はにこっと微笑む。
可愛いけど、今はそれどころじゃないし……。
「ねぇ、どういうこと? 弟がさらわれたって、本当なの? 誰にさらわれたっていうの?」
「う~んと……」
りゅうとは目を泳がせている。
どうも嘘くさいわね……。
どうしようかと考えた末、私は男の子を交番に連れて行くことにした。
手を差し出すと大人しく握り返してきたので、ひとまず一緒に歩いて、紙屋町駅前交番にたとりつく。
「あの~、迷子です……」
ここは市内随一の繁華街なので、時折こうして迷子がやってくることがある。
職員も慣れたもので、子供の氏名や年齢を尋ねて調書を作成していく。
りゅうとは先ほど「弟がさらわれた」なんて、とんでもないことを言っていたくせに、制服警官の質問にもやはり、要領を得ない答えばかりしている。
たいだい、もし本当にそんな重大事件なら、とっくに親が通報しているはずだわ。
そうなれば捜査1課が動き出して、私も手伝いに駆り出されて、こんなことしてる場合じゃなくなってるはず。
この子、もしかして何か隠してるんじゃないかしら?
というよりも誰かくだらないことを考えてる大人に、いいように利用されている?
そもそも、こんな時間まで子供が外を出歩いているのもおかしい。
どっちにしろ、この子の親はどこで何をしているのよ。
ま、その辺は地域課の制服警官に任せておこう。