身代金の額
それにしても……やっぱり、何か変。
普通は誘拐された人質と言うのは、恐怖に怯えているものだ。
【ストックホルミング症候群】というのがある。
人質立てこもり事件などにおいて、閉鎖された空間に長い間、犯人と一緒に時間を過ごすことで奇妙な絆が生まれ、少なからず親しくなるというものだ。
けど。それとも違う気がした。
この手のことに関しては素人の私だってそう考えたのだから、プロはもっと変だと思ったに違いない。
「ねぇ、坊や」
北条警視が隆人に声をかける。
「弟をさらって行ったのは、本当に、知らない人だった?」
「……」
それこそ知らない大人に話しかけられ、隆人は困惑した顔をする。
彼はプイっ、と私の方に向かって走り出す。
「隆人!!」
母親が彼の腕を掴んで引き留める。
「ねぇ、大事なことなのよ!! 拓斗が無事に帰って来られるかどうか、あなたにかかってるのよ?!」
お母さん、そんなにプレッシャーをかけないであげて……。
「知らない!!」
「隆人!!」
母親は彼の小さな頬を思い切り叩いた。
すると。
火がついたように幼子は泣きだしてしまう。
私は思わず、彼の小さな身体を抱きしめた。
「美羽子!! お前、隆人に八つ当たりしたって仕方ないだろう?!」
「あなたはどうしてそんなに呑気なの?! 拓斗が、あの子に何かあったら、どうするつもりなの!!」
「わかってるよ!!」
再び、着信音。
『……警察に報せたのか……?』
さっきも聞いていた。
こういう事件の場合、必ず犯人は【警察には報せるな】という。だけど。
報せない親なんていない。
自力で何とかできる事件じゃないもの。
「い、いいえ!! そんなことはしていません!!」
母親がそう答えたところで、果たして犯人がどれほど信用するだろうか。
『……まぁ、いい』
「要求は、どうしたら息子を返してもらえるんですか?!」
『今夜午後10時……比治山公園展望台に来い。家族全員でだ』
「え……?」
『いいか、遅れるな』
「あ、あの。お金、お金は……?」
『……500円』