そんな奴ぁいねぇ
「……くそっ、いったい誰がこんなこと……!!」
隆人の父親、剣崎雅人はイライラしていたけれど、とうとう表に出し始めた。
「どなたかに恨まれる覚えなどは?」
「あるわけないでしょう、そんなもの!!」
そうは言ったものの、まったく誰にも恨みを買わない人間なんて存在しない。恨まれる心当たりなんてないと言いつつ、絶対に誰かの妬みは買っているに違いない。
こんな高級住宅地に居を構えた時点で既に確定してる。
この上、子供が有名な私立の小学校に入学したなんていう話になった日には。
「まさか、君の父親のせいじゃないだろうか?」
と、隆人の父親。
「なんですって?!」
母親は気色ばむ。
「今までも何度かあったけど、今度こそ本物なんじゃ……!!」
「どういうことですか?」
思わず私は口を挟んだ。
剣崎雅人はしまった、という顔をした。
母親の美羽子も、余計なことを、と怒りの表情を見せている。
「どんな些細なことでもいいんです。手がかりがなければ、犯人を特定することはできません」
「……」
「ですよね? 和泉さん」
私は思わず彼に和泉さんを振った。
突然話しかけられた彼は、驚き戸惑った顔をしていたけど。
「彼女の言う通りです。息子さんを無事に助け出す為にも、ご協力をお願いします」
「実は……私の父親はかつて、県警の警察官でした」
誘拐された子供の母親はそう語りだした。
刑事が犯罪者から逆恨みされるなんていう話は、掃いて捨てるほどある。
組織内の上に行けばいくほど、年賀状に【殺す】などの脅し文句を書かれた葉書が届くなんて言う話もめずらしくはない。
逮捕され、服役していた犯罪者が釈放されて出てきた時、自分を捕まえた刑事の家族を狙って新たな犯罪を起こすなんていうことも。
「今までも時々、脅迫めいた文章の書かれた手紙や葉書が届いたことはあります。でも、父と私達は何の関係も……!!」
「そうは考えない人間もいる、ということです」
和泉さんが言った。
その口調にどことなく皮肉と言うかなんというか、いろいろと含む物があるような気がしてならない。
「で、でも!! 今までそんなことがあっても、無事にやり過ごしてきました」
「……しかし、下の息子さんはまだお帰りになっていない……」
母親はわっ、と泣き出してしまう。
ママ、と隆人が彼女に駆け寄る。
その時、電話が鳴った。
「なるべく長く会話するよう、頑張ってください」
隆人の父親は喉を上下させて、受話器を取った。
「も、もしもし……?」
刑事達は真剣な顔をして耳を澄ませている。
スピーカーをONにしているから、内容は私達にも全部筒抜けだ。
『……警察に通報したか……?』
「し、していません!! それよりも、息子は、拓斗は無事なんですか?!」
昔と違って今は、声を聞かせてください、なんて言うことは言わないみたい。
特別な配線がしてあるのだろうテレビ画面に、小さな子供の姿が映し出される。
「拓斗!!」
悲鳴を上げて画面に飛びついたのは、母親だった。
「……ママ~……?」
寝ぼけた顔の幼子が、画面に向かってピースサインなどしている。
どうやら置かれた状況がまったくわかっていないみたい。
「何が望みなんですか?! お金なら用意します!! だから、お願いします、息子を返してください……!!」
『……また連絡する』
「刑事さん、お願い!! 子供を、拓斗を助けて!!」
母親は特殊捜査班の隊長にすがりついた。
隊長……北条警視は、落ち着いてください、と静かに言った。
「お子さんにGPS携帯は持たせていますか?」
「は、はい……」
「今、場所の特定を急いでいます。必ず助けますから、気持ちをしっかり持ってください」