狂言だったら許さないわよ!!
それというのも、この子。
「ねぇ、モミじー。これ何て読むの?」
弟がさらわれた、という重大事件が起きたというのに、なんだかのんびりしている。
この子の供述によれば祖父に車で送ってもらい、降りて玄関に向かおうとした瞬間に、知らない男の人が話しかけてきたのだという。
そうしてあの脅迫文を握らせ、両親に渡せと言ったそうだ。
男は弟だけを連れて去って行った。
「ねぇ。弟がさらわれていく場面を見たんでしょう? どうして、すぐにお家に駆け込んでパパやママ
に報せなかったの?!」
「……探そうと思ったの……」
「弟を? 自分で?」
うん、と隆人はうなずく。
あきれた。
「交番に行けば、モミじーが助けてくれると思ったから……」
この子の認識ではモミじー(私)は警察の人、警察の人は交番にいる。
ちょっと待って?
でも、なぜ兄である隆人は見逃されたのだろうか。
人質を2人に増やせば、犯人側にとってもリスクは大きい。弟の方がより身体が小さくて運びやすかったのもあるだろう。
だけど。
いくら小さな子供とは言え、犯人の姿形を見ているこの子を、黙って見逃すと言うのもなんだか変だ。
それに。
犯人が弟を連れて行く現場を見たのなら、この子だって相当恐ろしい思いをしたに違いない。
それなのに、この能天気ぶりはどうだろう?
私は刑事じゃないけど、なんか……いろいろ考えてしまうわ。
隆人の家庭についても詳しいことを聞いた。
父親は数年前まで普通のサラリーマンだった。ある日、何を思ったか自分で会社を興したところ、開発した商品が大ヒットを飛ばす。会社はうなぎ上りに業績が上がり、これでセレブの仲間入りだと喜んだらしい。
それまで住んでいた家から、今のこの豪邸を買って引っ越したとも。
「モミじーってば!!」
隆人に耳を、正確にはピアスを引っ張られ、私は思わず悲鳴を上げた。
刑事達がジロリとこちらを睨む。
和泉さんまで、なんか妙な表情で見てる!!
ああもう!!
そうして。私はふと、おかしなことに気がついた。
ここから私と出会った紙屋町まで、この子はどうやって移動したのだろう?
決して歩いてすぐそこ、という距離ではないはずだ。
もしかして……。
本当に性質の悪い悪戯なんじゃ?
もし私がベテランの刑事だったら、きっとすぐに判別できるだろうな。
仮に誰かのくだらない【狂言】だったとしたら、絶対に許さないわよ!!
私の大切な夜を台無しにしてくれて……!!