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新秩序 -New Order-  作者: 不覚たん
ゴッドリング編

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8/67

セカンドライフ

 ニューオーダーではビールを一杯飲んだだけで済ませた。ペギーやスジャータが相手じゃ、いまいち気持ちが盛り上がらなかった。コンビニで缶ビールを買って家に帰った。

 一足先に帰った姉は、今日は勝手に入り込んだりしていなかった。つまり三郎はひとりだ。こうなると、あとはビールを飲みながら、録画したアニメのチェックをするしかなくなる。

 テレビのスイッチを入れると、ちょうどニュースが流れていた。

 例の「新世界」で、巨人の生き残りが見つかったという内容だ。しかも妊娠しているらしいと。米軍から提供された動画までもが流された。

 これに司会のメガネは苦い表情だ。

「政府広報からの発表ですので、信憑性はあるんだろうと思われますが……。さて、この映像ですけどね。巨人というのは、いったい我々はどういう存在だと考えればいいのでしょうか? 神話の時代の生き残りではないか、という声もあがっていますが?」

 すると専門家の男が、険しい表情で嘆息した。

「確かに、神話と関連付けて考えることもできます。しかし一方で、それらをつなぐ明確な証拠もないわけです。ただ巨人というだけで神話と結びつけるのは、やはり性急ではないでしょうか。私も、これが神話に出てくる巨人なのかというと、ちょっと疑問符をつけざるをえませんねぇ」

「とはいえですね、新世界で発見された人類の中には、うー……超能力らしきものを使う人たちもいるわけですよねぇ。彼らは神話に出てくるような存在ではないんでしょうか? 我々とは別の進化を遂げた存在、と考えるべきなんですかね?」

「超能力に関しては、もともと私たち人類にも備わっている、という調査結果も出ています。実際、そういう力を持った人たちがいるということは、先日の事件で広く知られたばかりですよねぇ。しかも、政府はそういう人たちをずっと隠蔽いんぺいしていたわけです」

「野党からは、政府が極秘裏に人体実験をしていたのではないか、なんて声もあがっていますね」

 面白いジョークなのか、司会はニヤニヤしながらこれを言った。

 専門家はしかしにこりともしない。

「まあその辺の事情は私には分かりませんが。新世界は、長いこと隔離されていたわけですから、独自の進化を遂げた可能性は否定できません。あの巨人なんかは、明らかに私たちとは違いますから。ただ、超能力については、私たち自身にも備わっていると考えるべきだと思います」

「先日も御茶ノ水で、超能力を使った傷害事件が発生したばかりです。監視カメラにも、目を疑うような映像が残っていました。ここへ来て超能力がわーっと出てきた背景には、新世界から来たウイルスが影響しているのではないか、と懸念する声も出ていますね」

「まあ、政府はそうは言っていませんけどね」

「皆さんも、うがい手洗いを徹底して、体に異常があればすぐ病院にかかるようにしてください。さて、続いては明日の天気です」


 乳のデカい気象予報士が出てきたところで、三郎は画面を切り替えた。いや、乳を拝みながら酒を飲んでもいい。しかしアニメのチェックが山ほど残っている。「びょーどーちゃん」なきいま、新たなお気に入りを発掘するのは急務であった。

 自動録画したアニメのリストを見ると、異世界転生モノがずらーっと並んでいた。三郎も、あんな姉と別れられるなら異世界に転生したい。しかし現実は非常だ。はじめは異世界かと思われた他界ですら、じつは地続きの「現世」だった。しかもなんだかよく分からない花しか食べ物がない。ビールもない。あんな場所には死んでも転生したくなかった。

「ま、現世でこつこつやるしかないってことだな……」

 ひとりごちてビールをやると、脇でスマホが震えた。電話ではない。メッセージだ。送信元は黒羽さやか。


>いつになったら祖母の殺害依頼を受けてくれますの?


 いきなり物騒な内容だ。

 三郎は顔をしかめ、返信することなくスマホを放った。この仕事は何度も断っている。

 黒羽さやかは、黒羽グループの令嬢だ。その祖母といえば黒羽グループ全体を仕切る老婆である。政財界にもパイプがある。そんなのを相手にしていたら、日本全体を敵に回しかねない。

 黒羽一族は、かつては六原と一緒に里に隔離されていた小さな集団であった。それが東京に出て薬売りとして財を成し、いまや病院や製薬会社を抱える大グループにまで発展していた。姉と弟を残して滅んでしまった六原一族とはえらい違いだ。

 またスマホが震えた。


>見てるんでしょう?

>返事してください


 これに対する三郎の返事はこうだ。


>やらない


 するとしばらく間を置き、今度は連続で来た。


>五千万円、きっちり用意いたしました

>親のお金ではありません

>これなら受けるって言いましたよね?

>逃げるんですの?

>あなた、それでもランカーなの?

>恥ずかしくないの?

>黒羽一族に仕返ししたいのではなかったの?

>負けっぱなしで悔しくないんですの?

>無視したら一子さんに言いつけます


 さすがの三郎もぷるぷるしてきた。

 おとなしくしていれば、一方的に煽りまくってくる。ネット上の煽り合いでさえ我慢がならないのに、誤解からとはいえ六原一族を滅ぼした敵からの挑発だ。許しがたい。

 五千万の仕事をひとりでこなせば、さすがにランキングはあがるだろう。ただし「生きていれば」という注釈がつく。いくら稼ごうが、死んでしまえば名前は乗らない。

 呆然と画面を見つめていると、チャイムが連打された。姉ではない。あの女なら、鳴らす前に入り込んでくる。

 三郎は重い腰をあげ、玄関へ向かった。

 覗き窓なんか覗かない。もう誰だか分かりきっている。

「こんばんは」

 ドアを開いた瞬間、現れたのは黒羽さやかではなかった。執事の女だ。タキシードなどを着ているが、顔つきがヤンキーにしか見えない。だいたい、金髪なのに眉だけ黒い。

 外部の冷気が容赦なく流れ込んできて寒い。手短に済ませたい。

「なんの用だ?」

「さやかさまからの伝言、見ていただけましたよね? そのお返事をいただきにあがりました」

「通じてないのか? こっちは明確に断ってる。アレで通じないなら、日本語の勉強をしてから出直してくれ」

「しかし六原さまは、先日、あの条件で受けるとおっしゃっていました」

「受けるとは言ってない。自分の金で依頼するんじゃなきゃ受けないって言ったんだ」

「そしてさやかさまは、ご自分でお金を用意した」

「受けるとは言ってない」

「話が違います」

 あまりに強情な態度だ。

 するとその背後から、満面の笑みでさやかがやってきた。もふもふのコートに、縦ロールの黒い巻き髪。まだ十六か十七のはずだが、表情が年相応ではない。

「立ち話もなんですから、中でお話ししませんこと?」

「俺のプライヴェートな空間に踏み込もうってのか? いくら依頼主でも、最低限の礼儀ってのがあるだろうが」

「ああ、なんて寒いのかしらね。このままではきっと風邪をひいてしまうわ……。一子さんに相談しなきゃ」

「クソ、入れ」

 三郎を黙らせようと、ことあるごとに姉の名を出してくる。やはり姉は始末しなければならない。そのためには、現場で敵として登場してもらうしかない。


 中へ案内すると、さやかは口元に手をあて、不快そうに眉をひそめた。

「いつ見ても、使い古した犬小屋にゴミを詰め込んだような部屋ですわね」

 さやかの悪口あっこうに、執事も「本当ですね」と追従した。

 三郎は反論しない。

 ゴミはいちおう袋にまとめて積んである。そこらに放ったりはしない。ただ、ゴミ捨てのタイミングに合わないだけだ。たまに一子が勝手に侵入して、ゴミを処分してくれている。

「いいか? 俺は忙しいんだ。居座るのはいいが、俺は勝手に行動する。勝手にエロ動画を観るし、勝手に風呂に入るし、勝手に寝るからな」

「セクハラで訴えたら勝てそうですわね。それより、仕事の話ですが」

 さやかは品よく膝を折り、ストーブの前に座した。執事はSPのように仁王立ち。

「俺は聞かないぞ」

「そう言うと思って、あなたの欲しがりそうな情報を持ってきたんですの。黒羽中造さんについて……」

「……」

 三郎は缶ビールを掴んだが、飲む前に手が止まった。

 黒羽中造――。かつて三郎が家族を失い、姉とはぐれて山をさまよっていたところを、拾って世話してくれた恩人だ。そして三郎が初めて殺害した人間でもある。

「あのジジイがどうしたんだ? 確か死んだんだよな?」

「ええ。あなたが里から逃げたのと同じ日に」

「それがどうした? そんなジジイの話、興味ねーな」

 三郎は勢いよくビールをあおった。

 さやかは微笑だ。

「不思議ですわね。興味もないのに、老人だということはご存知ですの?」

「里じゃ有名な変わりモンだったからな。東京で育ったあんたには想像できないだろうが、あの狭い里じゃ、どこかのガキが寝小便をしたって話でさえ翌日には伝わってくる」

「その狭い里では、中造さんが子供をかくまっていた話も有名だったそうですわね」

「あんた、どこまで知ってんだ?」

 柿ピーの袋をスライドさせたが、さやかは手を付けなかった。

「末期癌だったそうですわね」

「だからって殺していい理由にはならないだろ」

「正直、あなたがなぜ彼を殺めたのかまでは分かりませんの。ただ、中造さんがあなたをかくまった理由については判明しましたわ」

「俺がそれを探ってるってのは、どうやって知った?」

「もちろん一子さんですわ。あの方から相談を受けて、調査にあたったのはわたくしのチームですから」

「ふん」

 興味がないフリをして、三郎は鷲掴みにした柿ピーを頬張った。


 老人は無口だった。

 行き倒れた三郎を拾い、飯を与えてくれはしたが、なぜそうするのかまでは教えてくれなかった。そもそも会話がなかった。ただ、共生するだけの日々だった。

 ある日、黒羽の若い衆が押しかけてきたことがあった。

「中造さん、あんた六原のガキをかくまってるだろ? もうみんな知ってんだぞ」

 働き盛りの大人が五人。かなりの剣幕で、老人を押し倒してでも家探しせんばかりの態度だった。

 老人は、はじめは静かだった。

「お前たちには関係ない」

 そのとき三郎は屋根裏に隠れ、息を殺して身をひそめていた。なのだが、しかしそこへはハシゴが伸びていた。誰かが出入りしているのは一目瞭然だった。

「奥にいるんだろ? なあ、なんで六原なんてかくまうんだ? あんた、自分の立場分かってんのか? また宗家に楯突いたら、タダじゃ済まねぇぞ?」

「帰れ」

「帰らねぇよ。なんでそうするのか、せめてワケを聞かせてくれ。宗家に説明しなきゃなんねぇからよ」

「宗家、宗家って、お前たちはなんなんだ? 宗家の犬か? アレは里を捨てたんだぞ」

「ンでも宗家は宗家だろ。これ以上六原のカタ持つってんなら、力づくでも押し入るぞ」

 じれた若者が老人を突き飛ばそうとした瞬間、鮮血が舞った。若者の顔面が、無残にも切りつけられたのだ。

「ぐがあッ」

「ここを通りたければ俺を殺せ。生きて通れたらな。当然、その程度の覚悟はして来たんだろうな」

 老人の指先からは、糸状の刃が出ていた。黒羽の能力だ。

 突然のことに、後ろに控えていた若者たちも足をすくませた。ただのジジイだと侮ったのだろう。三郎も、中造が力を使うところを初めて見た。

「い、いや、中造さん、俺たち、さすがにそこまでは……」

「ふん。やらんのか。だったら宗家にも伝えておけ。俺に言いたいことがあるなら、直接来いってな。先々代の決着をつけたいならいつでもつけてやる」


 以来、里の若いものは近寄らなくなった。

 老人はしかし無言のまま。

 当時の三郎には、いったいなにが起きたのかさえ理解できなかった。


 さやかは静かに続けた。

「大正時代、ザ・ワンが東京で目を覚ましたころの話にさかのぼりますわ」

「いつだよ」

「ですから、大正です。だいたい百年前ですわね。当時の東京は、震災の影響もあってひどいありさまだったようです。そこへザ・ワンが出てきたものだから、警察だけでは対処しきれず……。それで応援要請が、各地の能力者たちに出されました。といっても当時は電話さえ普及しておりませんでしたから、役所から使いのものが走ってきたそうですわ」

「あの山の中をね。ご苦労なことだ」

 六原と黒羽はクレーター状の里に隔離されていた。彼らに会おうと思えば、ちょっとした山をひとつ超えねばならない。その役人も必死だったことだろう。

「わたくしたち黒羽は、この依頼に応じませんでしたの。ひとつもメリットを感じなかった、というのがその理由らしいですわ。けれども六原一族は違った。東京がピンチと知って、馬車で駆けつけることにした。おかげでナンバーズになれたことはご存知の通り」

 この説明に、三郎は首をかしげた。

「いや、あんたらもナンバーズになったんだろ」

「創設メンバーではありませんわ。ナンバーズという組織がお金になりそうだと分かってから、遅れて参加したんですの。それで黒羽は十三番目のメンバーとなった。まあ、ここまでは歴史のおさらいですが」

「その話に、中造の爺さんはどう絡んでくるんだ?」

 三郎がせっつくと、さやかは肩をすくめた。

「里に役人が来たとき、黒羽も人を出すべきだと主張した一派がいましたの。それが中造さんのお爺さんでした。ただ、そのときの主張が過激すぎたせいで、村八分のようになってしまい……。それであの一家はつらい思いをなさったそうですわ」

「てことは、あんたら宗家のせいで、爺さんがあんな頑固になっちまったってワケだ」

「とはいえ、当時、宗家はすでに東京に移住しておりましたの。それで長野に残った代理の家が、宗家に忖度そんたくして必要以上に厳しくしたようでして……」

「いや待て。東京にいたなら、そこから人を出せばよかっただろ」

「ごもっともですが、宗家も震災の被害を受けており、人を出せる状況ではなかったそうですの。なにより、お金にならないことはしたくなかったようで……。いまとちっとも変わりませんわね」

 黒羽の宗家は、明治維新の直後には東京に入り込んでいた。戦後のどさくさで儲けようとしたのである。そしてその策は、見事に的中した。

「戦いでナンバーズに入れなかった黒羽が、その後、お金に物を言わせてナンバーズに入り込んだのを見て、中造さんのお爺さんはおおいに怒ったそうですわ。まあ当然ですわね。あまりに身勝手ですもの」

「黒羽の跡取りがそれを言うのか」

「わたくし、黒羽の黒羽なるものには心底うんざりしてますの。そうでなければ、祖母の殺害依頼など出しませんわ」

「それもそうだな」

 仕事を受けたくないから三郎は詳しく聞いていないが、さやかは、妖精をモノのように扱って荒稼ぎする祖母が許せないようであった。あるいは、ほかにも殺したい理由があるのかもしれないが。

 さやかはかすかに嘆息した。

「ともあれ、中造さんは、黒羽宗家の強硬な姿勢を嫌い、反発していたようなのです。それで、行き場を失ったあなたをかくまったのでは、というのが結論ですわ。ご本人が亡くなられているので、実際のところどうなのかは分かりませんが」

 三郎は目を細めた。

「で、それを聞かせてどうしようってんだ? 教えたんだから仕事を受けろと?」

「いえ、あなたが中造さん以上に頑固なのはよく存じております。この情報は無償で提供いたしますわ。その代わり、差し支えなければ、なぜ殺害したのかをお聞かせ願えればと」

 三郎は鼻で笑った。

「コロシの話を興味本位で聞くってのか」

 しかしさやかは笑顔のまま、きっぱりと言い放った。

「もしかしたらわたくしも、信頼しているあなたに殺されるかもしれませんもの。予習しておきたいだけですわ」

「いい心がけだ。だが、ガッカリするなよ。くだらねー理由だぜ。あのジジイが、里の若い連中と一悶着起こしたのは知ってるか?」

「ええ、話には」

「そのとき言ったんだ。『ここを通りたければ俺を殺せ』ってな。それは入ってくるときだけじゃなかった。俺が出ていくときも、同じことを言いやがってな。それで殺した」

「まるで理解できませんわね」

「あのジジイ、ハナから死にたかったんだよ。そのために俺を使ったんだ。ま、こっちとしちゃ一番恩を感じてる人間を殺したおかげで、その他の人間を殺すのにも躊躇がなくなったわけだからな。いい勉強になったよ」

 じつのところ、中造は憤死であった。彼の祖父は黒羽一族として、黒羽のために意見を出したのに、村八分にまでされたのだ。しかも黒羽宗家は、結局あとから金の力でナンバーズの末席にしがみつく始末。それでも家の名誉は回復されなかった。独身で子もなかった上、癌に体を蝕まれていた中造が、厭世的になるのもムリはなかった。三郎が殺さずとも、遠からず亡くなっていたことだろう。

 殺害直後、三郎の手はずっと震えっぱなしだった。過呼吸になって自分でも理解不能な声を出し、ガクガクする膝を叩いてなんとか走り出した。それで、みっともなく里から逃げ出したのだ。

 涙は出なかった。

 衝動に任せて地蔵堂を破壊し、行くあてもないまま山を駆け下りた。

 その後、腹を空かせて行き倒れ、病院で目を覚ました。黒羽麗子が迎えに来た。大人になった一子もいた。

 第二の人生が始まった。


(続く)

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