家族は選べない
数日後、キャサリンから名指しで依頼が来た。
指定された施設へ向かい、すべての生物を殺処分すること。しかし本当の本当に細菌のひとつまで死滅させる必要はない。目についたヤツだけ殺ればいい。
現場までのハイエースは、なぜかキャサリンが運転した。
「作戦をおさらいしておくわね。現場は大田区にある妖精の養殖プラントよ。三階建て。妖精タンクがあるから、中身にいる妖精も全部処分して。警備にはハバキのチンピラがついてる。今回の襲撃がバレてれば、組合員を雇ってる可能性もあるから注意して」
情報はよく漏れる。だから襲撃がバレている可能性は常に想定しておくべきだ。
しかし後部座席に揺られる三郎は、それどころではなかった。同席しているメンツが気に食わない。
「なんであんたなんだ? 木下さんは?」
「まだ休職中よ」
キャサリンは面倒そうに応じつつも、ハンドルさばきは丁寧だった。横柄なのは性格だけだ。
三郎はその運転席を後ろから軽く小突いた。
「なんでだよ? 足はもう治ってるんだろ?」
「うるさいチンカスね。足が治ったからって、心まで治るわけじゃないでしょ。木下さんは繊細なの。あんたみたいなオラついたチンパンと一緒にしないで頂戴」
「オラついてないし、チンパンでもない」
「だったら理解しなさい」
「あともうひとつ! なんで姉貴がいるんだ!? こいつ、ナンバーズだろ? 機構はナンバーズと対立してるんじゃなかったのか?」
「公募したら来たのよ。戦力考えたら採用するに決まってんでしょ」
「じゃあペギーとスジャータは?」
「機構の人間なんだから、優先的に誘うに決まってるじゃない」
そう。
いま後部座席には、三郎のほかに、姉の一子、ペギー、スジャータが座っていた。特にペギーとは先日モメたばかりだ。顔を合わせたくなかった。
キャサリンはゆっくりと減速し、メインストリートの路肩へ車を停めた。
冬の重苦しい雲が垂れ込めているせいで、昼間だというのに薄暗い。
海に近いこの辺りは、半年前、ザ・ワンと妖精が激戦を繰り広げたエリアだった。真夏だったのだが、当時は太陽を嫌う「青き夜の妖精」たちが空を覆い尽くしたせいで、周囲が群青色の闇に包まれていた。
もともとここは人の多いエリアではない。それに加えて例の事件が起きたため、ほとんど人が寄り付かなくなっていた。現在も無人。こうして車で乗り付ければ、すぐにバレる。
「イヤな天気だな」
三郎は誰にともなくつぶやいた。息が白い。
ペギーはP226のスライドを引いてコッキングした。かつて使っていたグロック17と違い、標準的な安全装置がないから扱いは慎重だ。
キャサリンがハイエースの窓から顔を出した。
「じゃ、あとはよろしくね。私はここで待ってるから。ちゃんと全部殺るのよ。妖精の人身売買は、ハバキの資金源のひとつなんだから。その金がナンバーズのファイヴたちにも流れてるって話だし」
「任せろ。殺すのは得意だ」
三郎はしいて笑って見せた。
仕事で人を殺すことに躊躇はない。そして仕事でなければ絶対にやらない。かつて母に厳しく言いつけられた。
「サブちゃん、その力は人を傷つける力だから、絶対にケンカなんかで使ってはダメよ? もしサブちゃんがその力で誰かを傷つけたら、お母さんも傷つくと思ってね?」
それは幼少期の三郎にとって恐怖であった。
当時、まだ皮膚を浅く傷つける程度の風しか起こせなかった。しかし母が出血することを想像すると、それだけで泣き出しそうになった。
「人に叩かれても?」
「叩かれてもダメ」
「悪い人が来たら?」
「悪くても、できる限り我慢して」
「お母さんが危なくなっても?」
「そういうことにならないために、大人たちがいるの。サブちゃんは怖いことなんてなにも考えないで、みんなと仲良くすることだけを考えなさい? いい?」
「うん……」
納得したわけではない。しかしそうしてうなずいていれば、頭をなでてもらえる。
だが愚直に過ぎたかもしれない。
結局、「そういうことにならないために」頑張っていたはずの「大人たち」は、目標を達成できずに死体となった。隣接する黒羽の集落と殺し合いを始めてしまったのだ。もちろん意味もなく始まったわけではない。ファイヴが死体を操り、抗争に見せかけて潰し合いをさせた。
いま三郎が考えてみても、これは善意によってではなく、暴力によって解決したほうが早かった。三郎が強ければ、滅ぶのは六原ではなく黒羽のほうであったはずだ。それになんの意味があるのかはともかく。
養殖プラントは、見た目はただの倉庫であった。入口付近には派手なスーツのチンピラが五名、トカレフを手に立っていた。三郎たちの襲撃は、当然のように予見されていた。
「先に行くぞ」
首にさげていたゴーグルをつけ、三郎は疾駆した。
六原は「風使い」の異名を持つ。そのせいで「風邪」の遠因として避けられた歴史もあるが。この仕事をする上では武器だ。追い風を味方につけ、人間離れした速度で距離をつめる。
これを猛然と追い越すのは姉の一子。手足を使い、獣のように駆けてゆく。
応戦しようとしたチンピラたちは、トリガーを引くこともなく背を向けて逃げ出した。人間を殺して喰らうような女が、時速百キロで迫ってくるのだ。この反応も無理はない。
だが一子は容赦しない。敵の背後から飛びかかり、真空波で両断した。
三郎も負けじと追撃する。チンピラの腕を切り落とし、首を刎ね、敵が応戦しようとすれば急転回して背後に回り込んだ。
スピードには自信がある。飛散する血液さえ回避できるほどだ。
施設の二階から撃ってくるチンピラには、ペギーが応戦した。背面からエーテルを噴いて飛翔し、敵の上空をとっての射撃。地の利を逆手にとっている。
相棒のスジャータは、あらゆる間隙を縫う。まっさきにプラントに侵入し、単独、内部から崩しにかかった。彼女は暗殺者だ。毒針で音もなく敵を殺す。
戦闘らしきものは三分で終わった。攻め手の火力が圧倒的すぎた。
あとは妖精タンクで培養されている妖精を、残らず殺処分すれば仕事は終わる。
施設内部は、倉庫を急ごしらえでプラントに改造した雑な造りだった。むき出しの鉄骨に、妖精タンクなる培養カプセルが直接据え付けられている。よく分からないチューブやケーブルが伸びており、奥で複雑に絡み合っていた。
ハバキのチンピラだけでなく、依頼を受けて防衛にあたっていたらしいキラーズ・オーケストラのメンバーも死骸となって転がっていた。顔を見たことはあるが、名前までは知らない。下っ端だ。
三郎は鉄パイプを拾い上げた。
「よし、殺るぞ」
ハバキは妖精を培養し、おもにふたつの用途で売買していた。
まずはその体。いま流通している妖精は、三角と同じ容姿をした金髪の美少女だ。これを培養して体内から精霊という器官を抜き取り、共感能力を奪って人形の状態で売りさばく。
もうひとつは抜き取った「精霊」だ。技術が進歩したおかげで、エーテルを抽出できるようになった。これを新型麻薬「深海」に加工してサバく。秘められた能力が開花するとかいう噂が広まったせいもあり、一部で流行していた。
三郎が鉄パイプ片手にやる気まんまんでいると、ペギーが鋭い目を向けてきた。
「まさか、それで叩くの?」
「そうじゃない。タンクを開けるのに使うだけだ」
「キーならここにある。そんなに乱暴なことをする必要はない」
「だったら先に言えよ」
先日の関係をまだ引きずっていた。
だが三郎は鉄パイプを捨てない。棒切れを見ると振り回したくなるのが男というものだ。三郎はさっそく素振りを開始した。野球などやったこともないのに。
一子が顔をしかめた。
「サブちゃん……危ない……」
「うるせーな」
文句を言いつつも、三郎は逆らわない。姉に言われると、母から注意されているような気分になる。これは刷り込みのようなものだった。姉の声や顔が母に似ていることは、重大な問題だ。このままでは老人になっても姉に逆らえないままだろう。なんとかせねばならない。
だが悠長に人生プランを立てている暇はなかった。
ペギーがタンクを開いた瞬間、溶液がこぼれだし、想定外の存在が姿を現した。それは三角のコピーではない。ビー玉のような青い瞳、そして青い髪をした、少年とも少女ともつかない中性的な存在。
青き夜の妖精――。
かつてザ・ワンを惨殺した連中だ。ハバキは、どこからか青き夜の妖精を捕まえてきて、ここで養殖を始めたらしい。すでに精霊は抜かれているから、自発的に動き出したりはしない。しかしこんな危険なものを養殖するとは。
「はあ、まったく分かってねーな……」
サングラスをした紫のスーツの中年男性が、顔をしかめながら鉄骨の階段をおりてきた。ひと目でカタギでないことが伝わるファッションだ。いまどき珍しい。
「おっと殺すんじゃねーぞ。死体になったら喋れねーからな。聞きたいことがあるんだろ? 教えてやる。俺はハバキの村上だ。ここのプラントを預かってる」
三郎は、特に話をする気もなかった。しかしペギーは聞きたがるだろう。勝手に殺しては、あとでなにを言われるか分かったものではない。
その読み通り、はじめに返事をしたのはペギーだった。
「どこから連れてきたの?」
「新世界だよ。あんたらが他界って呼んでるところだ。こいつはなかなかの売れ筋でな。前に、こいつらが太陽を消そうとしたことがあったろ? 俺たち人間さまは、それでずいぶん迷惑をかけられたよな? そこで、こいつ。こいつを買えば、顧客は好き放題に報復できるってわけだ。いちおうメスだが、見た目が中性的だからどっちの客にも売れる。もしよかったら生きたまま持っていってくれ。殺しちまったらもったいないからな」
ニヤリともせず、無表情で言う。
かつては凶暴化した蜂のような戦いぶりだった青き夜の妖精も、精霊を抜かれてしまえばただの肉人形であった。おとなしいというより、ほとんど死体だ。通常、妖精は精霊を使い、見えないネットワークで思考を共有している。それもスタンドアロンになってしまえばこのザマだ。
ペギーはP226のトリガーを引き、妖精の頭をぶち抜いた。妖精は反動でこつんと後頭部をタンクにぶつけ、無言のまま絶命。二発目の射撃で村上も死んだ。
三郎が口笛を吹くと、姉から肘打ちが来た。
「で、どうすんだ? 鍵はイッコしかないんだろ? 妖精はあんたらに任せていいか? 俺は奥に隠れてるヤツがいないか探ってくる」
「そうだね。分担しよう」
ペギーは事務的に応じたが、表情が厳しかった。体の半分が妖精化している彼女にとって、罪もない妖精を殺すのは気が進まないことなのだろう。あるいはかすかに残っていた共感能力が、ペギーの精神に干渉したのかもしれない。
三郎は上階へあがり、ロッカーやトイレを片っ端から確認してみた。が、誰も見つからない。村上で最後だったらしい。
しばらくして一階へ戻ると、床に妖精たちの死骸が転がっていた。すべての殺処分が終了していた。これにて業務終了だ。
ペギーはすがるように、指先でP226をなでていた。大人びて見えるが、彼女はつい半年前まで十代の少女だった。
三郎は咳払いをし、なにげなく近づいた。
「あの、こんなところで言うのもなんだが」
「なに?」
「こないだのこと、謝るよ。山野さんのこと」
「ああ、そのこと……」
まさか謝られるとは思っていなかったのだろう。ペギーは一瞬困惑した様子だったが、それでもすぐに安堵した表情を見せた。
「勝手に勘ぐっちまって悪かったな。俺もよくよく考えてみたんだが、山野さん、たしかに兄貴っぽいところあったよ」
「その話は忘れてよ……」
ペギーには兄がいた。
やればなんでもできるが、なにをしても心の満たされない男だった。それで人を傷つけ始め、船の仲間を追い詰め、ペギーの親友をも自殺に追い込んでしまった。
だから、ペギーは兄を殺した。
こんなことなら、バカでも弱くてもいいから、優しい兄のほうがよかった。そんなことをペギーはずっと思っていた。しかしいちど空いてしまった心の穴は、永遠に埋まらない。もしこの穴を塞ごうと思ったら、代わりのなにかをムリヤリ突っ込むしかない。
そんな折、偶然出会った山野は、その代用物として適任だった。ちょうど足りなかった部分に、ぴたりと合いそうな人物だったのだ。最初から兄の代わりにするつもりではなかったのだが、それでも一緒にいる間は穴が塞がった気がした。
三郎自身も、山野を兄のようだと思ったことがある。三郎が常識はずれなことを言っても、山野はそれを嘲笑したりしなかった。バカにすることもなくはなかったが、なぜそうなのかをいちおう説明してくれた。説明が長すぎて、鬱陶しいこともあったが。その鬱陶しさも含めて親兄弟のようだと思ったことがある。もともと世話好きな男だったんだろう。
しかし、三郎が言いたいのはそれだけではない。ペギーの家族に対する複雑な思いは、三郎にとっても他人事ではなかった。
三郎はぐっと親指を立てた。
「ま、家族ってのは選べないからな。俺も、もっとまともなヤツが姉貴だったらって思うぜ」
「一緒にしないでよ」
ペギーは眉をひそめたが、すぐに笑いだした。
真顔になったのは一子だけだ。三郎の顔面はアイアンクローに捉えられた。
こんなプラントをひとつかふたつ壊したところで、ハバキが壊滅するわけではない。ファイヴへの資金提供も止まらないだろう。
ただしメッセージにはなる。明確に「敵がいる」ということの。
(続く)