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新秩序 -New Order-  作者: 不覚たん
ゴッドリング編
7/67

家族は選べない

 数日後、キャサリンから名指しで依頼が来た。

 指定された施設へ向かい、すべての生物を殺処分すること。しかし本当の本当に細菌のひとつまで死滅させる必要はない。目についたヤツだけ殺ればいい。


 現場までのハイエースは、なぜかキャサリンが運転した。

「作戦をおさらいしておくわね。現場は大田区にある妖精の養殖プラントよ。三階建て。妖精タンクがあるから、中身にいる妖精も全部処分して。警備にはハバキのチンピラがついてる。今回の襲撃がバレてれば、組合員を雇ってる可能性もあるから注意して」

 情報はよく漏れる。だから襲撃がバレている可能性は常に想定しておくべきだ。

 しかし後部座席に揺られる三郎は、それどころではなかった。同席しているメンツが気に食わない。

「なんであんたなんだ? 木下さんは?」

「まだ休職中よ」

 キャサリンは面倒そうに応じつつも、ハンドルさばきは丁寧だった。横柄なのは性格だけだ。

 三郎はその運転席を後ろから軽く小突いた。

「なんでだよ? 足はもう治ってるんだろ?」

「うるさいチンカスね。足が治ったからって、心まで治るわけじゃないでしょ。木下さんは繊細なの。あんたみたいなオラついたチンパンと一緒にしないで頂戴」

「オラついてないし、チンパンでもない」

「だったら理解しなさい」

「あともうひとつ! なんで姉貴がいるんだ!? こいつ、ナンバーズだろ? 機構はナンバーズと対立してるんじゃなかったのか?」

「公募したら来たのよ。戦力考えたら採用するに決まってんでしょ」

「じゃあペギーとスジャータは?」

「機構の人間なんだから、優先的に誘うに決まってるじゃない」

 そう。

 いま後部座席には、三郎のほかに、姉の一子、ペギー、スジャータが座っていた。特にペギーとは先日モメたばかりだ。顔を合わせたくなかった。


 キャサリンはゆっくりと減速し、メインストリートの路肩へ車を停めた。

 冬の重苦しい雲が垂れ込めているせいで、昼間だというのに薄暗い。

 海に近いこの辺りは、半年前、ザ・ワンと妖精が激戦を繰り広げたエリアだった。真夏だったのだが、当時は太陽を嫌う「青き夜の妖精」たちが空を覆い尽くしたせいで、周囲が群青色の闇に包まれていた。

 もともとここは人の多いエリアではない。それに加えて例の事件が起きたため、ほとんど人が寄り付かなくなっていた。現在も無人。こうして車で乗り付ければ、すぐにバレる。

「イヤな天気だな」

 三郎は誰にともなくつぶやいた。息が白い。

 ペギーはP226のスライドを引いてコッキングした。かつて使っていたグロック17と違い、標準的な安全装置がないから扱いは慎重だ。

 キャサリンがハイエースの窓から顔を出した。

「じゃ、あとはよろしくね。私はここで待ってるから。ちゃんと全部殺るのよ。妖精の人身売買は、ハバキの資金源のひとつなんだから。その金がナンバーズのファイヴたちにも流れてるって話だし」

「任せろ。殺すのは得意だ」

 三郎はしいて笑って見せた。


 仕事で人を殺すことに躊躇はない。そして仕事でなければ絶対にやらない。かつて母に厳しく言いつけられた。

「サブちゃん、その力は人を傷つける力だから、絶対にケンカなんかで使ってはダメよ? もしサブちゃんがその力で誰かを傷つけたら、お母さんも傷つくと思ってね?」

 それは幼少期の三郎にとって恐怖であった。

 当時、まだ皮膚を浅く傷つける程度の風しか起こせなかった。しかし母が出血することを想像すると、それだけで泣き出しそうになった。

「人に叩かれても?」

「叩かれてもダメ」

「悪い人が来たら?」

「悪くても、できる限り我慢して」

「お母さんが危なくなっても?」

「そういうことにならないために、大人たちがいるの。サブちゃんは怖いことなんてなにも考えないで、みんなと仲良くすることだけを考えなさい? いい?」

「うん……」

 納得したわけではない。しかしそうしてうなずいていれば、頭をなでてもらえる。

 だが愚直に過ぎたかもしれない。

 結局、「そういうことにならないために」頑張っていたはずの「大人たち」は、目標を達成できずに死体となった。隣接する黒羽の集落と殺し合いを始めてしまったのだ。もちろん意味もなく始まったわけではない。ファイヴが死体を操り、抗争に見せかけて潰し合いをさせた。

 いま三郎が考えてみても、これは善意によってではなく、暴力によって解決したほうが早かった。三郎が強ければ、滅ぶのは六原ではなく黒羽のほうであったはずだ。それになんの意味があるのかはともかく。


 養殖プラントは、見た目はただの倉庫であった。入口付近には派手なスーツのチンピラが五名、トカレフを手に立っていた。三郎たちの襲撃は、当然のように予見されていた。

「先に行くぞ」

 首にさげていたゴーグルをつけ、三郎は疾駆した。

 六原は「風使い」の異名を持つ。そのせいで「風邪」の遠因として避けられた歴史もあるが。この仕事をする上では武器だ。追い風を味方につけ、人間離れした速度で距離をつめる。

 これを猛然と追い越すのは姉の一子。手足を使い、獣のように駆けてゆく。

 応戦しようとしたチンピラたちは、トリガーを引くこともなく背を向けて逃げ出した。人間を殺して喰らうような女が、時速百キロで迫ってくるのだ。この反応も無理はない。

 だが一子は容赦しない。敵の背後から飛びかかり、真空波で両断した。

 三郎も負けじと追撃する。チンピラの腕を切り落とし、首をね、敵が応戦しようとすれば急転回して背後に回り込んだ。

 スピードには自信がある。飛散する血液さえ回避できるほどだ。

 施設の二階から撃ってくるチンピラには、ペギーが応戦した。背面からエーテルを噴いて飛翔し、敵の上空をとっての射撃。地の利を逆手にとっている。

 相棒のスジャータは、あらゆる間隙を縫う。まっさきにプラントに侵入し、単独、内部から崩しにかかった。彼女は暗殺者だ。毒針で音もなく敵を殺す。


 戦闘らしきものは三分で終わった。攻め手の火力が圧倒的すぎた。

 あとは妖精タンクで培養されている妖精を、残らず殺処分すれば仕事は終わる。

 施設内部は、倉庫を急ごしらえでプラントに改造した雑な造りだった。むき出しの鉄骨に、妖精タンクなる培養カプセルが直接据え付けられている。よく分からないチューブやケーブルが伸びており、奥で複雑に絡み合っていた。

 ハバキのチンピラだけでなく、依頼を受けて防衛にあたっていたらしいキラーズ・オーケストラのメンバーも死骸となって転がっていた。顔を見たことはあるが、名前までは知らない。下っ端だ。

 三郎は鉄パイプを拾い上げた。

「よし、殺るぞ」


 ハバキは妖精を培養し、おもにふたつの用途で売買していた。

 まずはその体。いま流通している妖精は、三角プシケと同じ容姿をした金髪の美少女だ。これを培養して体内から精霊という器官を抜き取り、共感能力を奪って人形の状態で売りさばく。

 もうひとつは抜き取った「精霊」だ。技術が進歩したおかげで、エーテルを抽出できるようになった。これを新型麻薬「深海デプス」に加工してサバく。秘められた能力が開花するとかいう噂が広まったせいもあり、一部で流行していた。


 三郎が鉄パイプ片手にやる気まんまんでいると、ペギーが鋭い目を向けてきた。

「まさか、それで叩くの?」

「そうじゃない。タンクを開けるのに使うだけだ」

「キーならここにある。そんなに乱暴なことをする必要はない」

「だったら先に言えよ」

 先日の関係をまだ引きずっていた。

 だが三郎は鉄パイプを捨てない。棒切れを見ると振り回したくなるのが男というものだ。三郎はさっそく素振りを開始した。野球などやったこともないのに。

 一子が顔をしかめた。

「サブちゃん……危ない……」

「うるせーな」

 文句を言いつつも、三郎は逆らわない。姉に言われると、母から注意されているような気分になる。これは刷り込みのようなものだった。姉の声や顔が母に似ていることは、重大な問題だ。このままでは老人になっても姉に逆らえないままだろう。なんとかせねばならない。

 だが悠長に人生プランを立てている暇はなかった。

 ペギーがタンクを開いた瞬間、溶液がこぼれだし、想定外の存在が姿を現した。それは三角プシケのコピーではない。ビー玉のような青い瞳、そして青い髪をした、少年とも少女ともつかない中性的な存在。

 青き夜の妖精――。

 かつてザ・ワンを惨殺した連中だ。ハバキは、どこからか青き夜の妖精を捕まえてきて、ここで養殖を始めたらしい。すでに精霊は抜かれているから、自発的に動き出したりはしない。しかしこんな危険なものを養殖するとは。

「はあ、まったく分かってねーな……」

 サングラスをした紫のスーツの中年男性が、顔をしかめながら鉄骨の階段をおりてきた。ひと目でカタギでないことが伝わるファッションだ。いまどき珍しい。

「おっと殺すんじゃねーぞ。死体になったら喋れねーからな。聞きたいことがあるんだろ? 教えてやる。俺はハバキの村上だ。ここのプラントを預かってる」

 三郎は、特に話をする気もなかった。しかしペギーは聞きたがるだろう。勝手に殺しては、あとでなにを言われるか分かったものではない。

 その読み通り、はじめに返事をしたのはペギーだった。

「どこから連れてきたの?」

「新世界だよ。あんたらが他界って呼んでるところだ。こいつはなかなかの売れ筋でな。前に、こいつらが太陽を消そうとしたことがあったろ? 俺たち人間さまは、それでずいぶん迷惑をかけられたよな? そこで、こいつ。こいつを買えば、顧客は好き放題に報復できるってわけだ。いちおうメスだが、見た目が中性的だからどっちの客にも売れる。もしよかったら生きたまま持っていってくれ。殺しちまったらもったいないからな」

 ニヤリともせず、無表情で言う。

 かつては凶暴化した蜂のような戦いぶりだった青き夜の妖精も、精霊を抜かれてしまえばただの肉人形であった。おとなしいというより、ほとんど死体だ。通常、妖精は精霊を使い、見えないネットワークで思考を共有している。それもスタンドアロンになってしまえばこのザマだ。

 ペギーはP226のトリガーを引き、妖精の頭をぶち抜いた。妖精は反動でこつんと後頭部をタンクにぶつけ、無言のまま絶命。二発目の射撃で村上も死んだ。

 三郎が口笛を吹くと、姉から肘打ちが来た。

「で、どうすんだ? 鍵はイッコしかないんだろ? 妖精はあんたらに任せていいか? 俺は奥に隠れてるヤツがいないか探ってくる」

「そうだね。分担しよう」

 ペギーは事務的に応じたが、表情が厳しかった。体の半分が妖精化している彼女にとって、罪もない妖精を殺すのは気が進まないことなのだろう。あるいはかすかに残っていた共感能力が、ペギーの精神に干渉したのかもしれない。


 三郎は上階へあがり、ロッカーやトイレを片っ端から確認してみた。が、誰も見つからない。村上で最後だったらしい。

 しばらくして一階へ戻ると、床に妖精たちの死骸が転がっていた。すべての殺処分が終了していた。これにて業務終了だ。

 ペギーはすがるように、指先でP226をなでていた。大人びて見えるが、彼女はつい半年前まで十代の少女だった。

 三郎は咳払いをし、なにげなく近づいた。

「あの、こんなところで言うのもなんだが」

「なに?」

「こないだのこと、謝るよ。山野さんのこと」

「ああ、そのこと……」

 まさか謝られるとは思っていなかったのだろう。ペギーは一瞬困惑した様子だったが、それでもすぐに安堵した表情を見せた。

「勝手に勘ぐっちまって悪かったな。俺もよくよく考えてみたんだが、山野さん、たしかに兄貴っぽいところあったよ」

「その話は忘れてよ……」


 ペギーには兄がいた。

 やればなんでもできるが、なにをしても心の満たされない男だった。それで人を傷つけ始め、船の仲間を追い詰め、ペギーの親友をも自殺に追い込んでしまった。

 だから、ペギーは兄を殺した。

 こんなことなら、バカでも弱くてもいいから、優しい兄のほうがよかった。そんなことをペギーはずっと思っていた。しかしいちど空いてしまった心の穴は、永遠に埋まらない。もしこの穴を塞ごうと思ったら、代わりのなにかをムリヤリ突っ込むしかない。

 そんな折、偶然出会った山野は、その代用物として適任だった。ちょうど足りなかった部分に、ぴたりと合いそうな人物だったのだ。最初から兄の代わりにするつもりではなかったのだが、それでも一緒にいる間は穴が塞がった気がした。


 三郎自身も、山野を兄のようだと思ったことがある。三郎が常識はずれなことを言っても、山野はそれを嘲笑したりしなかった。バカにすることもなくはなかったが、なぜそうなのかをいちおう説明してくれた。説明が長すぎて、鬱陶しいこともあったが。その鬱陶しさも含めて親兄弟のようだと思ったことがある。もともと世話好きな男だったんだろう。

 しかし、三郎が言いたいのはそれだけではない。ペギーの家族に対する複雑な思いは、三郎にとっても他人事ではなかった。

 三郎はぐっと親指を立てた。

「ま、家族ってのは選べないからな。俺も、もっとまともなヤツが姉貴だったらって思うぜ」

「一緒にしないでよ」

 ペギーは眉をひそめたが、すぐに笑いだした。

 真顔になったのは一子だけだ。三郎の顔面はアイアンクローに捉えられた。


 こんなプラントをひとつかふたつ壊したところで、ハバキが壊滅するわけではない。ファイヴへの資金提供も止まらないだろう。

 ただしメッセージにはなる。明確に「敵がいる」ということの。


(続く)

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