Brotherhood of Money
一月某日、二十時十二分。
ニューオーダー。
店内に入った瞬間、三郎は妙に組合員がざわついているのに気づいた。しかしまずはカウンターでビールとミックスナッツを受け取り、テーブルへ向かった。
天愛羅がぶんぶん手を降っていた。
「あ、三郎さん! 待ってましたよ!」
「お前、学校は行ってるのか?」
「そんな親みたいなこと言わないでくださいよ。それより、なんか動きがあったみたいですよ。さっきからみんな作戦会議みたいのしてて……。あたしにはよく分かりませんけど、とにかく凄いことが起きてるっぽいです」
いや、いままさにテーブル上で凄いことが起きている。天愛羅はまた銃をバラし、もとに戻せなくなっているようだ。もちろん三郎にも組み立てられない。というより、新たに買ったらしきエアガンとパーツがゴチャゴチャになっていて、目も当てられない有様だ。
「ウマい仕事ならいいんだがな」
三郎は無視してミックスナッツを齧った。
天愛羅も容赦なく手を伸ばしてくる。
「イッコもらいまーす。三郎さん、マジでこの仕事やらないんすか?」
「どんな仕事だ?」
「いや、分かんないです。こういうのって、どこ行けば分かるの?」
「受付のボードに貼り出されてるはずだ。けど行かなくていいぞ。たぶんお節介なのが教えてくれるからな」
「はぁ」
すると三郎の予想通り、やがてキャサリンがしなやかな動作で近づいてきた。
「ハロー、元気? 私は元気よ。美人な上に元気なの。素晴らしいことよね」
そう言いながら、遠慮もなくテーブルに尻を乗せた。
こういう大袈裟な態度をとるのは、たいていデカい仕事を持ってくるときだ。
「今度はどこのどいつがなにをやらかしたんだ?」
「聞いて驚きなさい。総額十億のビッグビジネスよ。目的は、米軍からザ・ワンを奪還すること。依頼主はナンバーズ・ゼロ」
「……」
ビールを噴きそうになるとか、そういうレベルではなかった。もう、無だ。バカすぎる。そんなクソ仕事、たとえ百億だろうが受けるわけがない。額の問題ではない。金をやるから死ねと言われているようなものだ。しかも死んだら金が手に入らない。
だというのに、天愛羅は大はしゃぎだ。
「十億!? ヤバくないですか? これランキング入っちゃうんじゃ……」
「間違いなく入るわね。ま、大勢で山分けにしたら難しいでしょうけど」
「そうなんすか? でもふたりでやっても五億ですよね? マンション買えちゃいますよ。ヤバすぎ!」
ヤバいことくらい、三郎にだって分かる。
しかも問題は仕事の内容だけではない。
「そのナンバーズ・ゼロってのは誰なんだ?」
するとキャサリンは、くりくりとした金髪を指先でもてあそんだ。
「さあね。依頼主の情報は、本人が公開してる以上のことは分からないわ。話を受けた組合幹部は会ってるはずだけど。とにかく、十億はもうここの金庫に放り込まれてる。大事なのは、それが誰かってことより、ちゃんと金があるかどうかってことでしょう?」
いや、もっと大事なことがある。それがまともな仕事かどうかだ。
三郎はふっと鼻で笑い飛ばした。
「俺はやめとくぜ」
これに天愛羅から「えーっ」と抗議の声があがったが、もちろん無視だ。
キャサリンもつまらなそうな表情を見せた。
「あら、ずいぶんさめてるのね。あなた、お金が欲しいんじゃなかったの?」
「金は欲しい。だが死にたいわけじゃない。だいたい、こんな内容、誰がこなせるっていうんだよ?」
「いくじなしねぇ。いいわ。ほかを当たるから」
キャサリンが去ると、三郎はすかさずバーカウンターへ向かった。砂原がひとりで飲んでいる。いつものように砂の塊をウイスキーで流し込みながら。
「よう、少しいいか」
すると砂原も察したのか、苦笑いで肩をすくめた。
「ナンバーズ・ゼロか? 悪いがなにも分からんぞ」
「分からない? そんなワケないだろ。あんなに堂々と仕事を出してるんだぜ?」
「それでも分からないんだ。ウソじゃない。俺だって困ってる」
「手がかりは? なにもないのか?」
「残念ながらな。いま分かってるのは、そいつがポンと十億払えるヤツってことだけだ。正体を知ってるのは、おそらく黒羽麗子と、セヴンとナイン、それに検非違使の一部のみ」
金持ちというのは間違いなさそうだ。よそから借金をしている可能性もあるが。
「検非違使はこの件にどう絡んでるんだ?」
「どうって、ナンバーズはもともと彼らの管轄だろ。事前に話が通っていてもおかしくない」
「ほかに知ってそうなのは?」
「どうだろうな。あんたのお姉さんでさえ知らないんだ。となると、おそらくは古いメンバーに限られるだろう。壱号事件に参加したメンバーの生き残り……。つまりは三角だな。話が通じるかどうかはともかく」
三角はしかしこのところ他界の花園にこもっており、地上へ来ていなかった。
ナインも自宅に帰っていない。
真相は闇の中だ。
三郎がテーブルへ戻ると、客が増えていた。
青いスーツの二人組。二本松ブラザーズだ。兄はカピバラ似、弟はホストみたいな髪型をした雰囲気イケメンというやつだ。
有無を言わせぬその態度に、天愛羅も萎縮してしまっている。
「なあ、六原さんよ。折り入って相談があるんだが」
二本松兄がやや斜め下からそう切り出した。彼は人と会話をするとき、妙な角度から見上げる癖があるらしい。
「なんだ?」
「一時的にでいいんだが、俺らと組まねぇか?」
「組む? この四人で?」
するとカピバラは、少し困惑した表情を見せた。
「四人……。いや、こっちは三人でいいんだが……」
天愛羅は頭数に入っていないということだ。しかしハッキリ言い出せないのだろう。言っているようなものだが。
三郎はひとまず先を促した。
「まさかとは思うが、みんなで仲良くあのクソ仕事を受けようって言うんじゃないだろうな?」
「そうは言うけどよ、十億だぜ? 三人で割っても三億三千三百三十……とにかく三が続く。けっこうな額だ」
「待てよ。あまった一円はどこに行くんだ?」
「いいんだよそんなことはよォ!」
すると弟が「兄貴、落ち着けって」と口を挟み、兄は「うるせぇッ!」と一喝。
三郎、しかし金にルーズなのは許容できない。
「気になるだろ。三で割るとだいたいあまる。その一円はどうなる? 闇に消えるのか?」
「うるせェな。じゃあその一円はあんたにやるよ。とにかく、俺らと一緒にやんねェか? ここんとこしょっぺぇ仕事ばっかでうんざりしてんだ」
「まあ分かるが」
ザ・ワンがおとなしくなってからというもの、組合にはまともな仕事が回ってこなかった。忙しそうなのは検非違使だけ。事件が起きなければ仕事も発生しない。
この会話の最中、二本松兄はよそのテーブルをチラチラ見ていた。星とマリーの席だ。三郎がダメなら、次はあそこに協力を求めるつもりだろう。
しかしマリーは山分けには応じない。そいつが戦力外と見れば、平気で八割は要求してくる。のみならず、うっかり彼女のスコープ内に入り込もうものなら、味方であろうが容赦なく撃ち殺される。基本的に誰からも敬遠されていた。
「なるほど、そこで俺さまの出番ってわけか」
酔っ払いの老人が椅子を持ってやってきた。自称シルバーイーグル。業界では名物の死にぞこないだ。昔はランカーだったらしいが、いまじゃ手が震えてまともに撃てもしない。
二本松兄が顔をしかめた。
「なんだよ爺さん、混ざってくんじゃねーよ」
「なんだぁその口の聞き方ぁ? こっちはなぁ、おめぇがオシメしてたころから現場でドンパチやってんだ。もっと敬意を払え小僧」
「そっちだってそろそろオシメが必要だっぺよ」
「まだそこまでユルくねぇっつーんだよ! それより仕事の話させろや! 山分けでいい」
この老人、三郎と同じ額を持っていこうとしている。しかし四人で割れば二億五千万。一円の謎を追求せずに済む。
問題は、シルバーイーグルにそこまでの価値がないということだ。むしろ邪魔。危なくなるとすぐ逃げる。盾にさえならない。
三郎は咳払いをした。
「分かってると思うが、米軍を相手にすることになる。なんならそこに検非違使と剣菱もつく。国家権力と国家権力がダブルで敵になるってことだ。それでも勝算があるのか?」
するとシルバーイーグルは、分解された銃を勝手に組みながらこう応じた。
「フラッシュバムが生きてりゃ爆弾が使えたんだがな。あのバカ、ヘタこいて死にやがってよ。だが勝算ならある。アメリカはマスコミの前でドンパチやりたがらねぇ。だから先にカメラを呼んどいてだな、そしたら検非違使と剣菱だけ相手にすりゃ済むだろ」
意外とまともなアイデアを出してきた。
すると上から声があった。
「爆弾? 爆弾ならミーも使えるよ。潜入は得意だし、置いてきてドカンてするだけなら任せて」
いつから聞いていたのか、全身タイツのブルーマンデー・ホリオカが、爬虫類のように天井に張り付いていた。
一応ランカーだ。
普段はなにをしているか分からない。謎の組合員である。
そいつは蛇のようににょろりと伸びたかと思うと、音もなくしなやかに着地した。彫りの深い碧眼の美形なのだが、その他がどうしようもなさすぎる。
もし五人で仕事を受ければ二億。
米軍を相手にせずに済むのなら、悪い仕事ではない。
シルバーイーグルがUSPを組み上げると、二本松弟もエアガンを組み上げた。急にテーブルがスッキリした。かと思うと、そこへぬるりとした動きでホリオカが身を乗り出し、片手をついてこう続けた。
「ナンバーズの出した仕事なら、増援が来る可能性もあるよね? 彼ら、こういうのほっとけないタイプでしょ?」
「一理ある」
ナンバーズの依頼には、しばしばナインが首を突っ込んでくる。もちろん無料だ。しかもナインは、敵の戦力に応じて仲間を連れてくる場合もある。もし戦力に組み込めるのであれば強い。必ず来るとは限らないが。
ギャリギャリと金属バットを引きずりながらスーツの男がやってきた。
「俺だって、金が欲しくないと言えばウソになる。お金は大事だよとカナコも言っている。ハムスターのおっさんも。満場一致だぜ。参加するならいつだよ? いまだよ!」
杉下耕介だ。
人間のまま共感能力を身に着けたばかりに、常に頭の中がゴチャゴチャしている。さらには戦闘用の特殊能力があるわけでもなく、拳銃さえ使わないのに、ほぼ動物的直感だけで生き延び、ランカーにまでなった男でもある。
額が額だけに、成功しそうなところに人が集まってくる。
すでにランカーが三人も参加している。中堅の組合員もいる。いちおう、ここにいる連中は勝者ばかりだ。なにせ死んだことがない。つまりは次回も生き延びる可能性がある。
三郎はビールを飲み干した。
「いいぜ。歓迎する。だが、まだ少し額が高すぎるな。あと何人か入れよう。それで受ける」
検非違使と剣菱はたしかに手強い。しかし敵を全滅させる必要はないのだ。現場にはザ・ワンがいる。一度でも拘束を解いてやれば、どの組合員より苛烈に殺すはずだ。もちろん無料で。
潜入の得意なホリオカがいるというのなら、先にそれだけやらせてもいい。大爆発を起こせば、ザ・ワンはそのエネルギーを反射してさらに甚大な被害もたらすはずだ。敵が混乱している隙に、全員で退路を確保。すると十億が手に入る。ビールも飲める。
素晴らしい話だ。
(続く)




