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新秩序 -New Order-  作者: 不覚たん
零号事件編

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62/67

誰も知らない誰か

 なんらの進展もないまま帰宅すると、自宅に侵入者があった。侵入者というにはあまりに堂々としすぎているが。

「あら、お帰りなさい。お邪魔していますわ」

 黒羽さやかだ。

 いつもの執事と、護衛のマゴットまで一緒にいる。

 のみならず、台所では姉がなにかを調理している。

 新年の集まりが家主に無断で始められている。

「お前ら、暇なのか……」

「失礼ですわね。わたくし、お姉さまから正式にお呼ばれしましたの」

 さやかは自慢の縦ロールを指先でいじくりながら、すました顔でそんなことを言った。やたら手の込んだゴシック調の服を着ているが、狭苦しい和室のこたつに足を突っ込んでいるのはあまりに不似合いだった。

 白い割烹着の一子が、台所から鍋を運んできた。

「サブちゃん……おかえりなさい……お鍋……できたわ……」

「おう……」

 三郎が料理をできないことは姉も知っている。だからわざわざ調理しに来てくれたのだろう。そもそも頼んだつもりもないのだが。


 三郎はコンビニの買い物袋を置き、中からビールを取り出した。弁当も買ってきてしまった。

「お弁当……買っちゃったの……?」

「当たり前だ。部屋には誰もいないはずだったんだからな。来るなら来るって言えよ」

「ゴボウ……」

「あれで察しろって? 無茶言うなよ」

 三郎は弁当をテーブルに置き、割り箸で食い始めた。鍋も食う。しかし先にこっちを片付けようと思ったのだ。

 一子は全員分を碗によそい、各人の前に置いた。それから手を合わせて「いただきます」をし、静かに食事を始めた。


 幼少期、年末年始になると里の人間がたくさん自宅に集まってきた。宗家なのである。住民はみんな挨拶に来た。

 里が滅ぶ前の話だ。

「なあ、姉貴。あの天愛羅っての、ちっとも使えそうにないぞ。危ないからそっちで引き取ってくれないか?」

 すると一子はそっと碗を置き、静かに顔を向けてきた。

 三郎はなんとも思わないが、ほとんどの男は美人だと評する。これで性格さえまともなら男が言い寄ってきたことだろう。しかしもろもろ異常すぎてずっとひとりのままだ。

「サブちゃん……あの子はとても……素直な子よ……優しくしてあげて……」

「優しくしてたら死ぬんだよ。そっちのほうが残酷だろ」

「そこをなんとかして……」

 この丸投げっぷりだ。結局のところ、面倒だから三郎に押し付けただけなのである。

 しかしむかしからこういう女だ。説得は無意味である。三郎は会話の相手を変えた。

「じゃあいい。ところで黒羽さんよ、例の婆さんの殺害依頼はまだ受け付けてんのか?」

「ええ。結果さえ出してくだされば、いつでもお支払いいたしますわ」

「五千万だったよな?」

「ひとりあたり五千万。最大で一億までご用意できます」

「いや、ひとりぶんでいい」

 一緒にやるパートナーはいない。天愛羅など連れて行ったら間違いなく死体になる。

 しかし一子がジトリとした目を向けてきた。

「ダメよ……ふたりとも……」

「なんでだよ? 正式な依頼だぜ、これはよ」

「それでもダメ……」

「うるせぇな、いちいちよ……」

 だがここで食い下がる必要はない。姉が帰ってから受ければいいだけの話だ。

 三郎は弁当をかき込み、ビールで流し込んだ。

「まあ依頼はともかくとして、肝心の婆さんはどこにいるんだよ? 死んだかと思えばじつは生きてたって話だが」

 するとさやかは、うんざり気味に応じた。

「例の東京娑婆苦とかいう宗教団体に身を寄せていますわ」

「ああ、そいつか……」

 先日も名前を聞いたばかりだ。


 東京娑婆苦。春日次郎が運営していた宗教団体。裏の顔はブラックアウトなるテロ組織。

 政財界を牛耳るザワニスツが、マッチポンプのために使っていた連中だ。しかし結局は出し抜かれて、春日のいいようにされてしまった。その春日もいまでは刑務所の中だが。


「けどトップの春日はパクられたんだろ? まだ機能してんのか?」

「いまはサブの代表代行が仕切っているみたいですわね」

「どんな連中なんだ?」

「先代のザ・ワンを崇めていたと思いますが、詳しい内容までは存じ上げませんわ。そもそもビジネスのためだけに春日さんがでっちあげた宗教ですし」

 おそらくは機構の教義でも参考にしたのだろう。

 ともかく、彼らは組合員ではない。全員がテロリストというわけでもない。急襲すれば突破できる。


 弁当の空容器を袋へ突っ込み、三郎は碗を手にとった。野菜と豆腐、それに鶏肉の煮込まれた鍋だ。なつかしいにおいがする。

 まず汁をすすると、控えめな醤油の風味と鶏の出汁がよく調和し、口の中に広がった。のたうつほどうまいわけではないが、素朴でほっとする味だ。一子本人は悪食なのに、どういうわけか料理だけはうまい。

「なあ、姉貴。こないだ仕事で検非違使の庁舎に行ってよ、なんか資料とってきたんだけど。なんつったかな……第零類がどうたらって……」

「だいれーるい……?」

 一子が箸を止め、斜め上を見つめて魂の抜けたような顔になった。

「なんか知ってるか?」

「知ってる気がする……けど知らない気もする……」

 これはアテにならないときのリアクションだ。基本的に一子はなんでもうろ覚えである。興味のないことはすぐに忘れる。

 三郎は回答も待たず、碗の中のものへ箸をつけた。どれを食ってもうまい。なつかしの故郷の味だ。

「姉貴、あとでおやき食いたいんだけど」

「うん……でも待って……だいれーるい……知ってる……」

「いいよ、別に。なぜかナインのヤツもそれを追ってたから、重要なのかと思って聞いただけだ」

「ナンバーズ……ゼロ……」

「えっ?」

「ナンバーズ・ゼロ……よ……」

 ナンバーズはワンからサーティーンで構成されている。それは組織が結成された大正時代から現在に至るまで変わっていないはずだ。

「なんだよゼロって?」

「お姉ちゃんにも……分からない……」

「ふざけんな、ブス。思い出してねーじゃねーか」

「お姉ちゃんは……ブスじゃない……。ゼロは……きっと先生なら知ってる……」

 先生というのは先代のナンバーズ・サーティーン。黒羽麗子だ。六原姉弟もいろいろな意味で世話になってきた。しかしいまいち聞く気になれない相手だ。いちいち高圧的で辟易する。

 おそらくナインも知っている。他界から帰っているなら、きっと六本木のマンションにいるはずだ。聞くならいくらかこっちのほうがマシだ。


 *


 翌日、六本木のナイン宅。

 鍵さえかかっていなかった。

 リビングの床には少女が寝転んでいた。ナンバーズ・フォー。土蜘蛛の阿弖流為アテルイだ。この女、特に用がない限りはずっと寝ている。三郎が入り込んでも一瞥いちべつしたきり無視だ。

「おい、クソガキ。ナインはいるか?」

「おらん」

「いつ帰ってくる?」

「知らん」

 この短い返事さえ面倒臭そうだ。

 こんなのがナンバーズなのだ。人材不足は深刻だった。

「なあ、お前、ナンバーズ・ゼロって知ってるか?」

「さあ」

「じゃあ知ってそうなヤツは?」

「知らん知らん。わしゃなぁーんも知らんのじゃ。聞かんでくりや」

 しまいには、うるさそうに背を向けてしまった。


 *


 本来、三郎にとってどうでもいい情報のはずだった。しかし気になり出すと、どうしても止まらなかった。

 よって三郎は、麗子の執務室を訪れていた。

「ずいぶん殊勝ね。新年の挨拶に来るなんて」

 出迎えた麗子は、ひっつめ髪に白衣にメガネという、いつもの格好であった。

 三郎は顔をしかめた。

「そんなわけあるか。ナンバーズ・ゼロについて教えろ」

「なるほど。自分のしたことが、いまになって気になってきたってワケ?」

「俺がなにしたんだよ?」

「庁舎から資料をとってきたじゃない?」

「まあそうだ。けど、内容までは知らない」

「そして知る必要もない」

 麗子の指摘は正しい。知る必要はないのだ。三郎はナンバーズではない。ただの組合員だ。余計なことを探る権利は、そもそもない。

 三郎はしかし引き下がらなかった。

「こっちは、あんたの姪の面倒を見てる。少しは協力してくれてもいいんじゃないのか?」

「こっちはその百倍、あなたのお姉さんの面倒を見たわ。あなたの面倒もね。その恩返しはまだなの?」

「いいから教えろ」

「お断りよ。そのうちイヤでも知ることになるんだから、いまはおとなしくしてなさいな」

「いま教えろ」

「駄々っ子は追い出すわよ」


 *


 そして追い出された。

 やむをえず蛇から情報を買おうとしたが、一億という額を提示され、断念。

 もはやアテのなくなった三郎は、ビールを求めてニューオーダーへ入った。


「あ、三郎さん! やっと来た! 待ってましたよ!」

 出迎えたのは天愛羅だ。

 どっと疲れが出た。

「なんでいるんだよ」

「えっ? なんでって? 毎日いるんですけど!」

「いや、こんなとこ来てないで大学にだな」

「まあいいじゃないですか。それよりひどいですよ。みんなで新年会やったらしいじゃないですか! あたしも呼んでくださいよ! なんかハブられたみたいで哀しいんですけど」

 あの謎の集会のことを言っているのだろうか。

 三郎はビールを一口やり、遠慮なく溜め息をついた。

「知るかよ。家に帰ったら勝手に集まってたんだ。おかげでゴボウをムダにせず済んだけどな」

「あたしんちのゴボウ、まだ残ってますよ。いります?」

「いらん」

「あ、そうそう。また模擬戦やりません? あたし、動画サイトでサバゲーのやつとかいっぱい観たんで、今度は結構やれると思うんすよ。いつ暇です? あたしはいつでも」

 とんでもなく前向きだ。

 三郎はひとりで暴れるのは得意だが、誰かを守りながら戦うのは得意ではない。理想的なパートナーは、フロントを三郎に任せてくれて、背後から掩護してくれる遠距離タイプだ。しかし残念ながら天愛羅は、いまのところ適切な距離を保てるようなタイプではない。

 しかし三郎が返事をせずにいると、彼女は勝手に盛り上がった。

「あたし、最近、前髪も安定して切れるようになってきたんすよ。凄くないですか? 歩いてるときもなんか風を感じるようになってきましたし。なんか行けそうな気がするんすよね」

「まあそのうちな」

「そのうち? エアガンも買いたいんすけど、服買いすぎて金欠なんすよね。よかったらまたなんか仕事したいんすけど、どうですかね?」

「そのうちな……」

 前回の仕事で三十万受け取ったはずなのに、もう使い切ってしまったらしい。収入のほとんどを貯金している三郎には理解できない浪費ぶりだ。使うアテのない金が三億近くある。

 贅沢な暮らしをしたいわけではない。ランキングのトップを目指している都合上、自動的に増えていくものなのだ。使えば減るはずだが、三郎にはいまいち使い道が分からなかった。


 ややすると、ナンバーズ・トゥエルヴ――砂原が入店した。

 彼ならゼロについて知っているかもしれない。

 砂原がカウンター席につくと、三郎もビールを持って隣へ移動した。天愛羅は容赦なく置き去りだ。

「ちょっといいか?」

「珍しいな。なんの用だ?」

 口とアゴに短いヒゲを生やした四十代の男だ。見た目はごく普通の中年男性。しかし、チームとしてはトップの成績を誇る青猫のリーダーであり、自身も六位のランカーだ。

「ナンバーズ・ゼロについて教えてくれ」

 三郎の言葉に、砂原は苦い笑みを浮かべた。

「その件か。だが悪いな。俺も詳しく知らないんだ」

「ナンバーズのことだろ?」

「そうは言うが、こっちは出戻りでな。知ってるヤツは残らず口をつぐんでる。俺だって知りたいくらいさ。あんたこそ、どうしても知りたいんなら、お姉さんに聞いてみたらどうだ?」

「姉貴には聞いたよ。知らないって。黒羽麗子には断られたし、蛇には一億もふっかけられた」

 ナンバーズ内部でも、一部の人間しか知らない話らしい。円卓会議の議長をつとめる一子でさえ、名前しか知らないという。仲間うちでも知られていないゼロというメンバーが、どこかにいるのだろうか。

 砂原は肩をすくめた。

「じゃあ手詰まりだ。誰かが言う気になるのを待つしかない」

 ウソをついているようには見えない。

 黒羽麗子は「そのうちイヤでも知ることになる」と言っていた。だからきっと待っていれば分かる。それが事件の前か後かはともかくとして。


(続く)

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