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新秩序 -New Order-  作者: 不覚たん
検非違使編

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追憶

 はからずも白鑞金の動機が判明してしまったため、弓子らはニューオーダーへ戻り、今後の予定を仕切り直すことにした。

 とはいえ、特に用がない限り、一班はアメリカについての調査を進めることになる。

「やるか、アメリカの調査……」

 犬吠崎は露骨に気乗りしない様子でそうつぶやいた。

 弓子も今日は帰って布団にもぐりこみたい。

「どこから手を付けます?」

「機構や黒羽と取引しているロシアと違い、アメリカは正規の方法でやってない。おかげで街に失敗作を放り出しては射殺を繰り返していると思われる。その詳細を追おう。まだ分からない部分もあるしな」

 この話の最中、スラリと背の高い黒人男性が近づいてきた。機構のサイードだ。

「その件なら協力できると思う」

「勝手に入ってくるな」

 これにサイードは肩をすくめた。

「俺は敵じゃない」

「分かってる。だが、いま機構はロシア側についてる。中立を旨とする検非違使としちゃ、表立って仲良くするわけにもいかねぇんだよ」

「じゃあ返事はしなくていい。いまから言うのは独り言だ。それならいいだろ」

「勝手にしろ」


 サイードの語った内容はこうだ。


 米軍は、借金で首が回らなくなった人間に声をかけ、莫大な金額を提示して被験体になってもらっている。

 手術は正規の方法ではない。深海デプスを投与するなどし、とにかく体内に精霊を移植して共感能力を付与する。

 そのときエーテル振動器やGPSも埋め込む。

 被験者が意識を失っている間に、コントロールを試験する。成功しようがするまいが、まずこの時点でデータを取る。

 その後、目を覚ました被験者にカウンセリングし、自由に行動してもらう。

 常時監視をつけ、行動を確認。異常が発生したら射殺して遺体を回収する。


 以前はスクリーマーを使った実験もやっていた。しかし検非違使に遺体を回収されてしまったため、もう実施していないようだ。


 この二点。

 実用化すれば軍事的なオプションが増えるだけでなく、様々なビジネスにも応用できる。暴力と金が手に入るのだ。

「ま、そんなところだな」

 サイードは得意顔だが、一方の犬吠崎は渋い表情だ。

「で? その情報を俺たちに教えて、あんたらはなにか得するのか?」

「するさ。アメリカは金も払わずに俺たちの発明品を使ってる。そういう連中にはバチが当たらないとおかしい」

「スクリーマーを動かしてたパーツは、アメリカの独自開発じゃないのか?」

「俺たちの成果をコピーしてるだけだ。知的財産権の侵害だぜ。ともかく、俺のスピーチは終わりだ。ご清聴ありがとう」

 それだけ告げると、彼は行ってしまった。

 アメリカが撤退しなければ、ロシアは正式な契約を交わさないのだ。機構も必死なのだろう。


 *


 だが、事態は意外な展開を迎えた。

 検非違使の上層部が、ニューサンノーに呼びつけられたのだ。誰がどう対応したのかは不明だが、しかしその直後から上層部はロシア排除の方向で動き出した。アメリカを掩護するつもりなのだ。


 ニューオーダーでの定例ミーティングで、源三はすこぶる険しい顔をしていた。

「あー、つまり、一班はもうアメリカを探らなくていい。今後はどちらかというとロシア側の動きを探ってもらうことになると思う……が、いまは待機していてくれ。待機だぞ? どこもつつくな。もちろん三班も同じ。二班は引き続きハバキを牽制しろ」

 上の決定ならば、ここで源三に抗議しても仕方がない。

 犬吠崎が挙手をした。

「黒羽先生が、ザ・ワンの移送先を決めてくれと言っていますが」

「旧議事堂へ移す」

「えっ?」

 つまりはアメリカの管理下に置くということだ。

 ザ・ワンの存在がバレているだけでなく、完全にあらゆる決定権を奪われている。

 源三はひとつ呼吸をし、静かに応じた。

「上の決定だ」

「うちの管轄からも外れると?」

「いや、そうはならん。名目上はな。だが、実質的にはそういうことになる」

 ザ・ワンの管理については、いちどナンバーズから出雲へ管轄を変えたが、その出雲がなかば機能しなくなってしまったため、いまは検非違使が直轄していた。ナンバーズは自分たちの仲間だと主張しているが、なんらの拘束力もない。

 続いて挙手したのは弓子だ。

「増員を提案します」

「……」

 先日ふたり増えた。しかしひとり減った。状況は厳しい。

 源三はかすかに唸った。

「分かった。候補が決まったら教えてくれ。編成はそれから考える」


 *


 かくして源三が去ったのちも、弓子たちは特にすべき行動を見つけられずにいた。命令がなければなにもできない。待機しろと言われればなおさらだ。

 ペギーがルートビア片手にやってきた。

「人員の件なんだけど」

「心当たりが?」

 弓子もまさか新人が新人について提案してくるとは思わなかった。

 ペギーはにこりと微笑した。

「たぶん、この界隈で探してるから見つからないんだと思う。聞くところによると、出雲っていま大変らしいね。バラバラなんでしょ? そこからリクルートしたら?」

 盲点だった。

 店内にはロクなのがいない。いてもどこかに属している。かといって無縁の業界に求人を出すのはハードルが高い。その点、出雲なら検非違使の業務内容を理解してるし、この業界にも抵抗がない。能力者もいる。狙い目だ。

 犬吠崎もうなずいた。

「悪くない。その線で行こう」


 *


 その後、状況は日に日にアメリカ優勢へと傾いていった。

 まず、ザ・ワンが旧議事堂へ移送された。

 すると契約を渋るロシアに対し、機構は契約金を釣り上げると通告。もし承諾できなければ独占契約は結べないとも。つまり今後、機構はアメリカともビジネスをする可能性が出てきた。

 黒羽に至っては、連絡員のチャイカを追い出し、「私たちは最初からアメリカの味方です」という顔で連日の接待を繰り返した。

 条件次第で、敵と味方はいつでも入れ替わる。


 庁内でも変化が起きた。

 二班がハバキの担当を外れたのだ。なにせハバキはアメリカに深海デプスをサバいている。その商売を邪魔することはできない。

 よっていまの検非違使は、ロシアの撤退を待つだけの消極的な集団と化していた。


 新人は来た。桐山月子と赤城武雄だ。

 それぞれ四つの力を担当する能力者だが、儀式の必要がなくなったため暇を持て余していた。月子は一班へ、赤城は三班へ編入された。これで各班三名。


 しかし数が増えたところで、することもなかった。

 なにか事件でも起きない限り、検非違使の出番はないのだ。


 *


 やがて十一月になると、能力者が突然発狂するというニュースもパタリとなくなった。アメリカの研究が軌道に乗ったのだ。


 職員たちがくつろいでいると、源三が足早にやってきた。

「準備しろ。ロシア側に動きがあった」

「了解」

 ただで撤退するつもりはないらしい。

 弓子も刀を手にとった。敵は誰でもいい。斬れと命じられれば斬る。それだけだ。


 ブリーフィングは輸送車の中でおこなわれた。源三も含めて十名だから、二台に分乗した。情報共有はビデオ通話でする。

「東アジア支部の残党が、旧議事堂を襲撃するという情報が入ってきた。正面は剣菱が担当する。お前たちは各班に分かれ、残りの三方を警備してくれ。二班には青猫をつける。死ぬなよ」

 これに犬吠崎が目を丸くした。

「ちょっと待ってください。議事堂を守る? てことはなんですか? アメリカを守ると? あいつら、自力でなんとかできるでしょう」

「日本でドンパチするのがイヤなんだろ。映像がニュースで流されると、イメージが悪くなるからな。そこで、通報を受けた俺たちが駆けつけるというわけだ」

「……」

 金のために好き勝手やっている連中のために、検非違使が命を張るということだ。

 いや、驚くようなことではない。これまでもそうだった。これからもそうだ。


 *


 弓子たち一班は西側の担当となった。

 外でチャンバラをするには肌寒い季節だ。弓子は防寒用にマフラーを巻いている。傍らには銃をチェックする犬吠崎と、新入りの桐山月子。

 月子はベリーショートの似合うマニッシュな女性だ。細身のパンツスーツがよく似合う。得物はない。水蛇すいじゃの力を有している。ひとたび放てば敵の体に喰らいつく。


 残党が来た。車両は三台。

 以前は外車で乗り付けてきたものだが、いまは改造した国産のピックアップトラックを使用している。とはいえ、世界中の紛争地帯で使用されている車両である。性能は間違いない。


 車止めのバリケードが設置してあるから、安全運転とは言いがたかったが残党は律儀に停車して襲いかかってきた。

 弓子たちは建造物の残骸を遮蔽物にして待機。

 犬吠崎がダーンとやかましい音を立てて発砲。機構も拳銃で応戦してきた。計十五名。無防備に走り込んでくるさまは、まるで決死隊だ。しかも全員トカレフである。もし米軍を相手にするのであれば、あまりに弱い。きっと彼らも、米軍が出てこないことは承知の上だったのであろう。

 敵が近づいてくると、月子も手のひらから水蛇を放った。水の矢が、二重螺旋となって放たれる。うねる蛇のようだ。そいつは残党のひとりに直撃し、肩を食い千切って消え去った。

 敵がじゅうぶんに接近したのを確認し、弓子は物陰から飛び出した。抜刀し、斬り上げる。銃を構えた腕が、血液の糸を引きながら回転しつつ宙を舞った。唖然としている敵へ、さらに一閃。命を奪う。

 弓子は余勢を駆ってさらに前進。敵中に身を投じ、踊るように刃を振るった。鮮血が大輪の花を咲かせる。躊躇はない。

 死、死、死――。またたたくまに命が潰える。

 刀についた血液を振り払うと、最後のひとりが膝から崩れ落ちるところであった。あまりに弱い。火力の問題ではない。殺意の問題だ。弓子は、金のために殺しているような連中とは本質的に違う。殺すために殺している。

「物足りない……」

 このつぶやきに、犬吠埼がぎょっとした顔を見せた。

「おいおい、妙なことを言うなよ。適性検査に引っかかるぞ」

「そのときは組合員に転職します」

 すると犬吠崎は溜め息をつき、弓子との会話を切り上げた。代わりに、インカムに作業の終了を報告する。


 *


 結局、味方は一名の被害者を出すこともなく、完璧に撃退できた。

 ロシアは撤退を決定。

 アメリカの一人勝ちとなった。


 *


 重たい冬の雲が空を覆っていた。

 コートとマフラーに身を包んだ弓子は、足早にニューオーダーへ入店し、いつもの席を目指した。白鑞金の席はいまでも空けてある。私物もすべて回収されてしまったいま、彼の存在の痕跡はその空白にしかなかった。


 ややすると犬吠崎も来た。

 休日だから、他の職員の姿はない。


「献杯しよう」

「はい」

 仕事が落ち着いたため、ふたりで偲ぶ会でもしようということになった。彼が好きだったというウイスキーを置いて。


 弓子は、それでも白鑞金の死をムダだと思っている。

 アメリカは結局、独自研究をやめて黒羽に金を払うことにしたのだ。ロシアに固執する必要はなかった。あの時点でどうなるか分からなかったとはいえ、だ。

「犬吠埼さん、教えてください。白鑞金さんがどんな人だったのか」

「ああ」

 素性もよく分からない人間と組み、敵と命のやり取りをする。そんなことは日常茶飯事だった。

 ここでも同じだ。

 互いに、互いの素性を知らない。

 知らなくていいようになっている。


(零号事件編へ続く)

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