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新秩序 -New Order-  作者: 不覚たん
検非違使編

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55/67

アニマリア

 同日、十四時二十分。

 黒羽研究所――。


「なんの用なの? いま忙しいから手短にお願い」

 訪問することは事前に連絡しておいたはずなのに、出迎えた麗子の態度は好意的ではなかった。

 弓子はしかし退かない。麗子の横柄な態度にいちいち遠慮していては、会話が進まないことをよく知っている。

「ザ・ワンに会わせてください」

「……えっ?」

 二度見だった。

 デスクのパソコンを使っていた麗子は、作業の手を止め、弓子へ向きを変えた。

「ザ・ワンに? 会いたいの? 理由は?」

「少しお話がしたくて」

「お話? あの、倉敷さん? からかってるの? 彼女、存在そのものが重要機密なのよ?」

「いけませんか?」

 説教などいらない。イエスならイエス、ノーならノー、それだけが聞きたかった。

 が、麗子はやや困惑した様子でこう応じた。

「本来なら、問答無用で追い返してるところだけど……。事情が事情だわ。その蛮勇をたたえて特別に会わせてあげる。その代わり、代償は支払ってもらうから」

「代償?」

「来なさい」


 麗子に先導され、部屋を出た。

 硬質な蛍光灯に照らされた、白い廊下だ。

 カツカツとヒールを鳴らす麗子に続き、弓子、犬吠崎と続いた。いったいどこへ向かっているのかは分からない。

 やがて円形のドアに突き当たった。麗子がIDカードをかざすと、ドアは回転しながら放射状に開放。奥に研究室が広がった。

 部屋の中央にはカプセル状の妖精タンク。そのタンクの脇に、幼い少女が腰をおろしている。輝くような長い赤髪を指に絡め、無気力そうな顔で暇を潰しながら。

 世界長。ナンバーズ・ワンだ。

「要求をのむ気になったのか?」

 まだ十にも満たない少女のようでありながら、その眼光には微塵も幼さが感じられなかった。

 麗子はしかし堂々としたものだ。

「まだよ。今日は交渉に来たの。いくつかの条件をつけさせてもらおうと思って」

「交渉? 条件? どこまでバカにするつもりだ。こんなところ、出ようと思えばいつでも出られるのだぞ? 条件をつけているのがこちらだと言うことを忘れるな」

「つけあがるのもいい加減にして欲しいわね。私たちは、あなたを保護してるの。いつでもここを出られる? じゃあ出てみなさいよ。すぐにアメリカがやってきて、実験材料にされるわよ。彼らはお願いなんかしない。抵抗すれば、さらに強い力で抑えつけてくる」

「お前たちのやり方となにが違うのだ?」

「だから、交渉しようとしてるでしょ」

 話がこじれているらしい。

 ザ・ワンは不快そうに眉をひそめ、こう告げた。

「動物園に行きたいというのが、それほど大仰な要求なのか」

「理由がなんであろうと、外に出すのが問題だって言ってるの。それが大変なのはあなたにも分かるでしょ?」

「ではここに動物を連れてきたらいいではないか。この目でゾウとキリンを見るまでは満足せんぞ。あとはパンダとライオンとカバとスフィンクスと……」

「ムリに決まってるでしょ。そんな予算も権限もないし。あとスフィンクスは動物じゃないわ」

「いずれにせよ、外出を要求する」

 じつにクソくだらないことでモメていた。

 ザ・ワンはしかし本気だ。

「世界には多様な生命が存在するのだ。実際に会ってみたいではないか。それに、この部屋は退屈すぎる。あまり長期に渡って監禁されていては私の脳細胞も死ぬぞ」

「外出については検討してるわ。けど、護衛をつける必要があるの」

「ふん。それで? その護衛とやらは、私より強いのか?」

「強さではなく、帰属の問題よ。国籍も人権も怪しいあなたをアメリカが連れ去っても、法には触れないかもしれない。けど、さすがに検非違使に手を出すことはできないわ。彼らは日本の公務員なのよ。国際問題になるわ」

「では護衛を許可する。だが、もうひとつの条件を忘れたわけではあるまいな」

「ええ。手配するわ」

 物理的に挑めばザ・ワンは強い。しかしさすがにNBC兵器には対抗できない。神話の力も、科学の前では絶対ではなくなっていた。

 麗子が振り向いた。

「そういうわけだから検非違使さん、護衛お願いね。もちろん断ったりしないわよね?」

 犬吠崎が目を丸くしたが、弓子は構わず首を縦に振った。

「ええ、構いません」

「結構。近日中に手配するわ」


 *


 帰路――。

 赤信号を待つ車中、犬吠崎はハンドルに寄りかかってうなだれていた。

「誰か夢だと言ってくれ……」

 完全に消沈しているせいか、巨体のはずの犬吠崎が一回り小さく見えた。

 弓子としては、もう腹を決めているからどうでもいいことだが。

「決定してしまったのですから、あとは報告するしかありませんね」

「君なぁ……。分かってんのか? いま俺たちはアメリカと競い合ってる。余計なことをしてる暇はないんだぞ。それに師匠がなんて言うか……」

「馬がお好きだったと記憶しています」

「馬? そうだったな。馬は好きだよ、間違いなくな。だが師匠は、金の賭けられる馬にしか興味がないんだ」

「信号、青になりましたよ」

「分かってるよ!」

 やや乱暴にギアを入れ、犬吠崎はビートルを発車させた。

 ずいぶんと古いマニュアル車だ。しかも車体が小さいから、長身の犬吠崎にはまるで似合っていない。なぜこのチョイスにしたのか、弓子には理解できなかった。


 *


 ニューオーダーに戻って事情を説明すると、さすがの白鑞金もコーヒーを噴き出しそうになった。

「ん……んんっ? それで、なに? 引き受けたの?」

「ええ、流れで……」

 犬吠崎は気まずそうに小さくなっていた。

 弓子はさも他人事のように報告を任せている。人間の盾はデカければデカいほどよい。

 白鑞金は盛大に溜め息をつき、すこぶる渋い表情を浮かべた。

「いつなの? 一班と二班両方? 警察には協力要請したほうがいいの?」

「あ、いや、そこまでは……」

「まあ分かった。課長には俺から報告しておくから……。詳細は、先生の決定待ちなのね? うん。いいよ。そういうこともある。その話だと、どっちにしろこっちに回ってきた仕事だろうし」

 とはいえ、上から回ってきた場合、これは一班ではなく二班の仕事になっていたかもしれない。ヘタに踏み込んでしまったばかりに、当事者になってしまった。

 二班の面々が気の毒そうな顔で見ているのが、弓子には憎らしく思えた。


 *


 九月某日。

 上野動物公園――。


 平日であるからさほどの人混みはなかったが、そのせいでむしろ弓子たちは浮いていた。

 武器を持ち込むことはできない。弓子だけでなく、犬吠崎も白鑞金も丸腰だ。しかも業務であるからスーツ姿である。

 そこに混じるワンピースの少女。

 そして付添人として指定された六原三郎。

 この五名での見学となる。


 券売機でチケットを買い、園内に入った。

 九月とはいえまだ暑い。上部から照りつける太陽が強烈である。

 ひときわ青白くなった白鑞金が、つらそうに目を細めた。

「はぁ、しんどい仕事になりそうだなぁ」

「ムリについて来る必要はない。老いた身には厳しかろうからな」

 ザ・ワンの言葉には容赦がない。

「ひどいな、俺まだ四十代なのに」

 これに耳を疑ったのは弓子だ。五十代だと思っていた。思ったより老け込んでいる。体に強い負担がかかっているせいかもしれない。

 三郎がパンフレットを開いた。

「こっちが鳥で、その奥がパンダだ」

「ほう。パンダか。ついに会えるわけだな」

「言っておくが、パンダはほとんど見えないぞ。タイミングが悪いといないこともある」

「なんだと? それでは意味がないではないか」

「まあ、まずは鳥だ」

「胸の悪くなるようなにおいがするぞ」

「耐えろ」

 気温と湿度が高いせいか、鳥の檻に近づくと、鳥特有のにおいがむっと襲ってきた。そこにいるのは一羽や二羽ではない。並んだ檻ごとに別々の鳥がいる。

「ほう、なかなかいい面構えをしているな」

 ザ・ワンは満足げだ。

 が、鳥は鳥だ。弓子はひとつも興味を持てなかった。しかも鶏小屋を百倍に濃縮したようなにおいがする。すぐにでもその場を離れたかった。

「犬吠埼さん、なぜ六原さんがここに?」

「どうやらザ・ワンのご指名らしいぞ」

「えっ? なんかやらしい……」

「はっ?」

 犬吠崎は悪くない。勝手にやらしい想像をしたのは弓子のほうだ。

 ザ・ワンが不快そうに向き直った。

「くだらない詮索はよしてもらおう。六原三郎は、動物と対話することを私に勧めてくれた人間なのだ。この場には適任であろう。なにより、私の命の恩人でもあるしな」

「そ、そう……」

 この時点で、弓子はザ・ワンを検非違使に推薦するのをあきらめた。会話が通じない。いや分かりきっていたことではあるが。

「いやぁ、タバコ吸いたいなぁ。吸わないと死んじゃうなぁ」

 白鑞金がそわそわし始めた。

 しかし園内は禁煙である。

「お前はさっきからなんなのだ。動物と対話する気がないのなら帰っていいぞ」

「ホントに?」

 嬉しそうな白鑞金に、犬吠崎がうなずいた。

「師匠、ここは俺と倉敷くんでカバーしますんで、休憩しててください」

「ラッキー。頼むね。あとで一杯おごるからさ」

 そう言い残し、白鑞金は本当に離脱した。

 顔をしかめたのは弓子だ。

「一杯おごる? なんです? 私、おごってもらったことないです」

「だからそういう言い回しであって……。あとでメシでもおごってくれるってんだろ」

「というより、いつもふたりで飲んでるんですか? 私のことも呼んでくれるって言いましたよね?」

「いや、まあ、タイミングがさ」

 フラッシュバムの件も進展しているとは言えなかった。犬吠崎は、白鑞金に対して甘すぎる。

 ザ・ワンが嘲笑気味に鼻を鳴らした。

「滑稽だな。ここでは動物たちでさえ調和しているというのに、人間は些細な問題ですぐに対立する。所詮はこの地上をおさめる器ではない、ということだ」

 偉そうに言っている彼女も、動物園の件で黒羽麗子とモメていたはずである。誰しも他人には厳しい目を向けるが、だいたい自分のことは棚に上げる。


 *


 さんざんあちこち回った挙句、西園の休憩所にたどり着いた。

「会話が成立しないではないか」

 はじめこそ好奇心に目を輝かせていたザ・ワンであったが、最終的には苦情を口にし始めた。

 あらゆる動物の檻の前で声をかけたのだが、期待していた回答が得られなかったのだ。

「なんなのだ動物というのは。六原三郎、どうやったら友人になれるのだ?」

「お前、いきなり会っていきなり友達になろうなんて焦りすぎだぞ。時間をかけなきゃ信頼関係は築けない」

「しかし私は、めったにここへは来られないのだぞ。これでは孤独を実感しに来たようなものではないか」

「犬でも飼えよ。餌やってるとすぐなつくぞ」

「それは一方的な奉仕だ。対等な関係と言えない」

「知るかよ」

 あまりの質問の多さにうんざりしたらしく、三郎も疲れ切った表情でそっぽを向いてしまった。途中で買った小さなパンダを指でふにふにしている。

 ザ・ワンは弓子へ目を向けた。

「倉敷弓子といったな。お前はどう思うのだ? 犬と対話できるのか?」

「ムリですね」

「ムリ? ムリとは? 努力したがムリだったのか? それとも努力もせずに言っているのか?」

「動物は私たちみたいに言葉を扱えないの。だから会話はほとんどできない」

「なんだと……。ではやはり共感能力か……」

「餌を与え続ければ、言うことを聞いてくれることもあるでしょうね。けど、それだけよ。利益のために従ってるだけ」

「金をもらって上の言うことを聞いているお前たちと、なにが違うのだ」

「……」

 言われてみれば似ている。

 犬吠崎に意見を求めるが、彼は肩をすくめて回答を拒否した。

 ザ・ワンはおもむろに立ち上がった。

「なるほど。つまりは与えること、か……。それで世界は納得するのだな? 対等ではなさそうだがな」

 まるで神のごとき口ぶりだ。

 彼女は勝ち誇ったようにうなずくと、ふと、三郎へ向き直った。

「ところで喉が渇いたぞ。水場はないのか」

「水場? お前、そこらの水をすすったりするなよ。買ってきてやる。なにが飲みたいんだ?」

「甘いやつを希望する」

「待ってろ」

 三郎はザ・ワンの頭をぽんぽんしてから、パンダのぬいぐるみを押し付けて自販機へ向かった。

 一方、パンダを受け取ったザ・ワンは首をかしげている。

「この動物の死骸を模した呪物はなんなのだ? 対話の訓練にでも使うのか? ふん、人間とはバカバカしいことを考えるものだな。指で押して遊ぶくらいしかできないではないか」

 そう言いながらも、ずっとふにふにしている。気に入ったらしい。


 *


 結局、外部からの介入はなかった。アメリカとしても、こんなことにいちいち首を突っ込むのはバカらしいと思ったのだろう。彼らも暇ではない。

 ニューオーダーに戻り、犬吠崎が報告書を作成した。内容が薄すぎて記述が少ない。

 白鑞金は先に帰った。一杯おごるとか言っていたのに、それすらも守ってはくれなかった。というより、体調がよくなさそうだった。

 弓子はポットから茶を注ぎ、犬吠崎に出してやった。

「お、悪いな」

「いえ。ところで人材の件ですが……」

「さすがに今日のはナシだろ?」

 犬吠崎も苦い笑みだ。

 ザ・ワンの戦闘能力は高い。しかし組織に順応できる性格でもない。

「ええ。けど、次の候補に当ってみないと……」

「次? おいおい、まだ続ける気か? まさか三角でも引き入れようって言うんじゃないんだろうな」

「いえ、彼女も会話が通じなそうなので……。やっぱり私たちの社会に適応した人材でないと」

「かといって、そうなると該当者がな。椎名さんのリストは俺も見たけど、絶望的な気持ちになったぜ……」

 ランカーの組合員は、いまさら検非違使には入りたがらないだろう。かといってそこらのゴロツキを入れてはチームワークに問題が出る。そういう意味では六原三郎も採用できない。

 一定程度の能力を持ち、話も通じる人間。となると、だいたいハバキの専属になっている。

「ペギーさんはどうです?」

「あの女か……。表向き犯罪歴もないし、日本国籍で、なおかつハバキとは距離をとってる。だが機構の人間だろ? 明確に禁止されてるわけじゃないが、上はイヤな顔するんじゃないか?」

「そんなこと言ってたら、永遠に見つからないと思いますが」

 外部にザ・ワンの細胞を横流しし、処分される予定だった男の、その娘をも採用せざるをえないほどの人材不足だ。少しくらい難があったところでどうだというのか。

 犬吠埼はやや目を丸くしていたが、やがて表情をやわらげて嘆息した。

「君の言う通りだな。四の五の言ってられる状態じゃない。じつを言うとな、ここ数年、実働部隊はずっと俺と師匠のふたりだけだったんだ。とにかく忙しくてな。ロクに寝る暇もなかった。で、数年前、見かねた課長が二班を用意してくれた。息子が班長やってるだろ? 人材が見つからなくて、身内を突っ込んだんだ。椎名さんはその巻き添えでな。鵜飼は……まあ流れで入ることになった」

 源三の息子が二班にいることについて、弓子もずっと不思議に思っていた。特においしい仕事でもないのに、なぜ身内を入れたのかと。それもこれも部隊を存続させるためだったようだ。

 犬吠崎は茶をすすり、ほっと息を吐いた。

「もともとこの部隊だって、なんらかの理由でいられなくなった元警察官だったり、表に出せないような仕事をしてた連中をこっそり使ってたワケだからな。まともな部隊じゃなかった。俺も師匠も、すねに傷のある身だしな」

「すねなら私も……」

「お、おう。まあそれはともかく、状況が状況だ。あれこれ選別してる場合じゃない。ペギーだろうがサイードだろうがなんでもいい。とにかく該当しそうなのをピックアップしよう」

「はい」

 とはいえリストは少ない。考えるまでもなく対象は絞られている。


(続く)

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