デブリーフィング
一夜明けた昼過ぎ。
ニューオーダーにメンバーが集まると、遅めのミーティングが始まった。
「では昨日の作戦の……いや今日か。まあデブリーフィングを兼ねて、新たな報告があるので聞いてくれ」
徹夜で報告書でも書いていたのだろう。虎のマスクをかぶっているものの、源三の顔はゲッソリして見えた。
「まず、おさらいだ。学会とアメリカがなにかを取引するという情報が入った。それで俺たちは現場を押さえようと出動。すると想定外の連中がやってきて、不本意ながら俺たちは撤退した。ここまではいいな?」
一同、うなずいた。
弓子の認識とも一致する。
「次、俺たちの交戦したターゲットについて。ひとつは剣菱、もうひとつは世界管理機構東アジア支部の残党だ。長いから以下『残党』と略すぞ。剣菱のバックは、言わずもがなの警察。そして警察をせっついたのは、ハバキだったらしい」
これに犬吠崎が目を丸くした。
「ヤクザが警察に泣きついたんですか?」
「それくらい切迫してたってことだ。つまりハバキは、どこかのタイミングで、残党からの襲撃があるって情報を掴んだんだな。あるいは残党ではなく、検非違使の出動を察知して剣菱をつぶけてきたか、だ」
「ややこしいですね」
「次、残党について。こいつについてはまったく読めん。リーダーがいるのかどうかさえ分からん。バックに誰がついているのかもな」
すると犬吠崎は、意を決した様子で口を開いた。
「ザワニスツという可能性は?」
源三の眼光がにわかに鋭くなった。
「やけに詳しいな。だがその線はない。なぜならザワニスツは、今回はハバキ側についてるからな。もっと言えば、ハバキ、警察、それにアメリカ。この三つだ」
敵がデカすぎる。
もちろんアメリカといっても、国の総意ではあるまい。日本で議事堂を占拠している一派が勝手にやっていることだろう。
白鑞金が、短くなったタバコを揉み消した。
「三つじゃなくて、四つなんじゃないんですか?」
「四つ?」
「だって警察とアメリカが組んでるんでしょう? そこに検非違使も入ってないとおかしいですよ」
実際、特課はハバキと取引していた。無関係ではあるまい。
源三はふっと笑った。
「いいところに気づいたな。上もそう考えてるはずだ。だが俺たちは、そういう連中の貯金を増やすために奉仕してるんじゃない。社会正義のために戦ってる。銭ゲバ連中と手を組むほど落ちぶれちゃいない。まあもっとも、俺に一円でも落ちてくるなら話は別だがな。ダーハハハ!」
ひとつも笑えないジョークで爆笑してから、源三はこう続けた。
「ま、敵の正体を探るのはあとだ。じつはもうひとつ重要なことがあってな。分かるか? ブツの中身だ。これまで学会は、アメリカに深海を流していた。今回もおおかたそんなところだろうと思って、俺たちはガン首揃えてのこのこ出かけていったわけだが……。実際はもっと重要なブツだったってワケだ。さて、ここでクイズだ。そのブツの正体は、いったいなんだったと思う?」
遊んでいる場合ではない。
が、これに椎名が挙手をした。
「よし、いいぞ椎名」
「核弾頭!」
「お前、ちょっとは言葉を選べよ。別の意味で危ないだろ。そういうんじゃない。ここ数日の出来事に関連したモノだ」
すると今度は、宗司が手を上げた。
「ほう、我が息子よ。お前には答えが分かったのか」
「いえ、まったく。それよりも、早く答えを教えてください。時間のムダになります」
「……」
誰もが口にしなかったことをあえて代弁してくれた。
源三はしょんぼりとしたものの、ひとつ呼吸をしてこう告げた。
「正式名称はクソ長い横文字だったから忘れたが、報告では『共感能力強制装置』とあった。まあシンプルに『強制装置』でもいいだろう。こいつは人間に、強制的に共感能力を与える装置でな。もともとの能力がなんであろうが、プラスワンして共感能力を持たせることが可能なようだ。先日、赤坂で立てこもり事件があっただろ? 犯人の頭部にもその装置が埋め込まれていたらしい。しかも、ただの共感能力じゃないぞ。バックドアがついてる。つまり外部から遠隔操作が可能ってことだ。まあ、操作できる距離はそんなに長くないらしいが」
「下着ドロのスクリーマーもヘッドギアで操作されてましたよね? その小型版ってことですか?」
犬吠崎の問いに、源三はうなずいた。
「似たようなものらしい。で、そいつを開発したのは機構だ。残党じゃないぞ。本部のほうだ、ま、連中は商売として売ってるだけで、今回の襲撃とは関係なさそうだがな」
機構本部が装置を開発し、特課が仲介してハバキに流し、ハバキは学会名義でアメリカに流す。という構図だ。アメリカが機構から直接買えば済みそうな話だが、なぜかそうなってはいない。ザワニスツはこのビジネスが円滑に進むよう、陰でバックアップしている。
一方、襲撃犯の意図や背後関係は不明。
鵜飼が感心したようにうなずいた。
「でも凄いじゃないっすか。昨日の今日でよくそこまで判明しましたね。これまで上からまともな情報来たことなかったのに」
源三は渋い顔だ。
「いや、蛇から買った」
「……」
「し、仕方ないだろ! 曖昧な情報で動いてたら死ぬのは俺たちのほうなんだから。まあ俺は裏でふんぞり返ってれば済むが。最前線にいるのはお前たちなんだぞ」
「それ、経費で落ちたんすか?」
「これから落とす……」
いったいいくら払ったのかは不明だが、これも仲間を思っての行動なのだろう。
白鑞金がやれやれとばかりに笑った。
「落ちなかったら言ってください。種銭さえあずけてくれれば、俺がなんとか増やしますから。ま、勘が当たればですがね」
「プラスになる気がせんぞ」
競馬でスって文無しになる未来しか見えない。
源三は気まずそうに咳払いをした。
「あー、ま、とにかくだ。今後も主に一班がアメリカ担当、二班がハバキ担当という体制で行く。一班の目的はアメリカの真意を探ること。二班はハバキのビジネスを潰すこと。残党をけしかけた勢力については、こちらで調査を進めておく」
ミーティングが終わり、源三が店を去ると、それを待っていたフラッシュバムがゆっくりと立ち上がった。おそらく白鑞金と秘密の話をするつもりだろう。
それはいい。だが、弓子は少しだけ時間が欲しかった。
彼女は勢いよく立ち上がり、仲間たちへこう告げた。
「皆さん、じつはお願いがあるのですが」
「……」
ぽかーんとしている。
もちろんそうだろう。弓子は普段、誰とも会話しない。世間話すらしない。
「その、新たに加入する仲間を集めたいのですが……。私には人脈がないので、皆さんのご協力を得られたらと……」
「……」
また返事がない。
しかし無視ではない。ここにいる誰もが、そんな人脈を持っていないのだ。持っていたらとっくに使っている。
フラッシュバムの接近に気づいた白鑞金が、新聞紙をテーブルに置いた。
「ん、分かった。出来る限り探してみるよ。じゃあ悪いけど、俺、ちょっと用事があるから」
有無を言わせず、白鑞金は行ってしまった。それでも用件が伝わっただけマシかもしれない。
すると椎名が、粘りつくような視線で白鑞金の背を追った。
「前から疑問だったんだけど、白鑞金さんって、あの組合員といつもなに話してるの? たしかフラッシュバムだよね、ランカーの」
「……」
これに弓子も犬吠崎も無言。
椎名は構わず言葉を続けた。
「じつは今回の騒動が起きる前に、某組織が人間の洗脳装置を開発したって噂が飛び交っててね。これ、いま聞くとアメリカだろって思うよね。けどアメリカじゃなかったんだな。じゃあクイズね。どこだと思う?」
すると弓子が答えるより先に、宗司が口を開いた。
「ロシアだよ」
「なんでメガネくんが答えるの……」
「話をややこしくするべきじゃない。シンプルに説明するとこうだよ。ザ・ワンの事件をきっかけに、ザワニスツは二つの派閥に分裂したんだ。黒羽アヤメ、春日次郎らのロシア派と、それ以外のアメリカ派にね。僕たちの知る限り、先に技術を手にしたのはロシア派だった。なのにいま、主導権を握っているのはアメリカになってる。これは言わば一世紀遅れの代理戦争なんだよ」
犬吠崎が鼻で笑った。
「で、それをなぜ課長は俺たちに言わなかったんだ?」
「まだ上に報告してませんからね。裏も取れてませんし、確証もない状態ですから」
「いや、親子だろ?」
「ここでは上司と部下ですよ」
宗司はスッとメガネを押しあげた。
つまり二班は、アウトラインをおおむね把握した上で動いていたということだ。現場ではほとんど役に立たないが、こういう情報だけはどこからか掴んでくる。
椎名が言葉を続けた。
「で、フラッシュバムだけど、たびたびロシア人と接触してるのが確認されてる。はじめは個人的なビジネスだろうと思って注目してなかったけど。こうなってくると、かなり怪しく思えてくるよね」
つまりロシア、フラッシュバム、白鑞金の線でつながっていることになる。となると、ザワニスツのロシア派とも無関係ではあるまい。状況を考えれば、機構の本部もこちら側なのかもしれない。
くりくりとした金髪の女がやってきて、断りもなく「よっこらショック死」と腰をおろした。
「はあ、うっかりヤバげな話を聞いてしまったわ。好奇心は猫をも殺すって言うのにね」
キャサリンだ。機構の艦長をしているにも関わらず、なぜかここで事務員を続けている。
誰かが抗議を口にするより先に、彼女はこう切り出した。
「先に言っておくけど、機構は技術を売ってるだけよ。しかも先にロシア派と協定を結んだから、表向きロシアにしか売ってない。例外的に、特課にはサンプルを提供してるけどね。あくまでサンプルよ? それを特課が紛失しようと知ったことじゃないわ」
つまり機構の本部は、ロシアとアメリカ、両方と商売をしているということだ。
犬吠崎が顔をしかめた。
「じゃああんた、全部知ってたのか?」
「全部のワケないでしょ、あんぽんたん。私が知ってるのは、あくまで機構のビジネスに限った話。どういうルートでアメリカに流れてたかなんて知らなかったし、ましてやそれを使ってなにをするのかも知ったこっちゃないワケ。ま、そうは言っても用途は限られてるけど」
強制的に共感能力を与え、コントロールが可能になるのだ。そんな装置を使えば、それこそなんでもできるだろう。
キャサリンは猫のように目を細め、不敵な笑みを浮かべた。
「とにかく、そういうわけだから、機構のビジネスの邪魔はしないでね。もし利害が一致するなら協力できることもあるでしょうし。そのときは私に話を通しなさいよ。気分次第では優遇してあげなくもないわ」
一方的に用件を告げ、しなやかな足取りで向こうへ行ってしまった。
ともあれ、分裂したザワニスツを通じ、アメリカとロシアが争っていることだけは分かった。
「けど、なんでアメリカとロシアなんですか? 私、そういうのにうとくて」
弓子の素朴な疑問に、半笑いの椎名が応じた。
「いや、深い意味はないよ。例の技術に一番高い値段をつけたのがアメリカで、その次がロシアだったってだけ。で、ザワニスツの主流派が一番手と契約して、非主流派が二番手と契約したの。金額次第では中国やインドと契約してた可能性もあるよ」
感情の話ではなく、金額の話だったようである。
すると彼は、宗司のパソコンを勝手に使ってなにかを操作し始めた。グループウェアを通じ、弓子のノートパソコンにファイルが来た。
「で、いま送ったのは人材のリスト。人増やしたいんでしょ? 俺たちも裏でこっそり進めてたんだよね。でもリストアップした端から死んじゃうんだもんなぁ。死んだ人間にはチェックが入ってるから、閲覧するときはフィルタで除外してね。国籍や犯罪歴も載ってるから」
「はあ」
試しに開いてみると、ずらっと並んだ名簿には、ほぼ「故人」の欄にチェックが入っていた。フィルタで除外すると、最終的には数十件しか残らなかった。
「ハバキ絡みの人材もほとんど採用できないから、それを省くとほんの数人だけってことになるね。あとは国籍が問題かな……」
「……」
機構のメンバーも載っていた。サイードやペギーの国籍は「日本国」とされているが、スジャータは「国籍不明」。
シルバーイーグルは基準を満たしているように見えるが、いくら合法麻薬とはいえ、あれほど酒におぼれていては採用できまい。年齢が五十代というのも厳しい。
椎名は深い溜め息をついた。
「青猫はいまさら検非違使になってくれないだろうし、キラーズはハバキとベッタリだし。山野さんが生きてたらよかったんだけど、死んじゃったしなぁ」
弓子としては「ハバキ関連」にチェックのある人材が多いのも気になった。思えばこんなところに仕事を依頼するのは、社会に負い目のある組織ばかりであろう。組合は主にハバキの仕事で潤ってきたのだ。
だがこのリストを見て分かった。完全に理想的な人材は、組合の中にはいない。だから組合の外で人材を探すか、あるいは情報を書き換えてでもねじ込むか、そのふたつしかない。
ふと、弓子は思いついた。
「そういえば、国籍に関する規定はありますけど……」
「あるね。日本人って」
「人間じゃなくてもいいんでしょうか」
「えっ?」
「たとえば妖精とか……」
「妖精……」
「もしくは神とか……」
「……」
これには椎名も答えられず、視線で宗司へ振った。が、その宗司も無言でメガネを押し上げ、回答を拒否。
弓子はふたたび立ち上がった。
「いえ、行けそうな気がしますね。だって緊急事態なんですよ? たしょうの誤差は問題ないのでは」
「……」
こいつ正気か、という目に、みんななった。
が、弓子は気にしない。正気などとうに失っている。チームを補強しなければ、アメリカやロシアに対抗できないのは分かりきっている。ただでさえ一班は、班長の白鑞金がどうなるか分からない状態なのだ。
「では、黒羽先生のところへ行ってきます」
「あ、待てよ。ホントに行くのか? じゃあ俺も行くよ」
犬吠崎が慌てて立ち上がった。
「いいんですか? 白鑞金さんのこと探らなくて」
「君が先生の前で失言することのほうが問題だ。それに、師匠の件は……俺があとでなんとかする」
「では行きましょう」
刀を携え、弓子は店をあとにした。
いずれにせよ移動の足が欲しかったところだ。犬吠崎が一緒に来るなら、彼のビートルが使える。
(続く)




