泥仕合
翌日、上層部から、妖精学会と米軍が取引をするという情報がもたらされた。現場は川崎市の廃工場。時刻は深夜。
実行課はフルメンバーで輸送車に乗り込み、現場へ向かった。
車体後部は、向き合ったベンチのある広めの空間だ。しかし計七名もの人間が乗り込むとさすがに狭い。
窓の外には、硬質なライトで照らされたコンビナートの夜景が幻想的に浮かび上がって見えた。尖った鉄塔や円筒形のタンク、それらをパイプが複雑に結びつけており、前衛的なオブジェのようだった。
「椎名さん、後ろから撃たないでくださいよ」
「大丈夫、大丈夫」
拳銃の確認をしながら、鵜飼と椎名はそんな会話を交わした。
彼らの得物は、検非違使のために作られた自動拳銃だ。ポリマーフレームのダブルアクション。ふたりが使っているのは三式という標準的なタイプで、ほぼグロック17のコピー品であった。
宗司がすっとメガネを押しあげた。
「分かってると思うけど、銃撃戦は最終手段だよ。許可が出るまで発砲しないように」
「分かってる、分かってる」
椎名はうるさそうに顔をしかめた。
以前、彼は宗司を誤射したことがある。命中したのはさいわい防弾ベストであったが、それでも着弾の衝撃で宗司はダメージを負った。
普段は冷静な宗司が、やや怒りをにじませてこう繰り返した。
「もし許可が出ても、前方に味方がいないことを確認した上で発砲すること」
「いや、そうは言うけどさ。第一種になったらそんなこと言ってらんないでしょ」
「最悪の場合、異動することになるけど」
「そりゃ願ったりだね。こんな口うるさいメガネと一緒にやらなくていいなら、そっちのほうがありがたいよ」
「分かったよ。いまの言葉、よく覚えておくように」
「ごめんなさい。ウソです」
あまり現場に出ない二班は、おそらく緊張と興奮でおかしくなっているのだろう。いや、普段からこんな感じだったかもしれないが。
弓子は無言で外を眺めながら、かすかに溜め息をついた。
するとナイフの手入れをしていた白鑞金が、質問を投げた。
「今日の仕事、たしかな筋からの情報なんですか?」
源三は苦い笑みだ。
「珍しいな、お前がそんなこと聞いてくるなんて」
「いえ、特に根拠はないんですがね。ちょっと気になったもんで」
「上から降りてきた情報だ。誰のタレコミかは俺も知らん」
すると白鑞金は、なんとも言いがたい表情になって、小さく溜め息をついた。
「こうして夜中に移動してると、例の事件を思い出しますよ」
「例の事件? もう十年以上も前の話だろ」
「けど課長、あのときの雰囲気と似てませんか? 虫の知らせって言うんですかねぇ。なんだかイヤな予感がするんですよ」
「思い出話ならあとにしてくれ。それとも、なにか確証でもあるのか?」
白鑞金はふっと笑った。
「いえ、ちっとも。ただの感傷ですよ」
これには犬吠埼も困惑顔だ。
「やめてくださいよ師匠。縁起でもない。俺、トラウマなんですから」
「そういや君、あのときまだ新人だったねぇ」
「足撃たれたのに、麻酔ナシで治療受けたんですよ。信じられます?」
「生きてただけよかったじゃない」
「笑い事じゃないですよ……」
検非違使は、かつて警察と戦闘になったことがある。正確には、警察の子飼いの剣菱とであったが。
両者、ともにハバキを追っていた。それが現場で鉢合わせになり、敵と誤認して銃撃戦になってしまったのだ。結果、当時七名いたメンバーのうち三名が死亡。生き延びたのは源三、白鑞金、犬吠崎と、そして当時課長だった谷という男の四名だけ。
剣菱も多数の死者を出した。おかげで両者の関係は一気に悪化。
肝心のハバキは、検非違使と剣菱が潰し合いをしている間に逃走してしまい、違法取引の現場を押さえることさえできなかった。
これは誰かの陰謀であるとか、いや偶発的な事故であったとか、さまざまな推測がなされはしたのだが、結局のところ明確な答えが出ないまま今日に至っている。
輸送車が待機ポイントに停車した。
近づきすぎると露見のおそれがあるから、まずは遠方から廃工場を観察し、現場に学会とアメリカがいるのを確認する。その上で介入してブツをあらためることになる。
車両の窓を少し開き、宗司が双眼鏡を覗き込んだ。
「学会のものと思われる車両は確認できます。しかし米軍の車両はまだ到着していないようです」
「予定よりまだ少し早い。引き続き監視してくれ」
「了解……んっ? 小型トラックが一台、猛スピードで工場に入ってきました。米軍ではないような……」
「なんだ、ハッキリしろ」
源三も気になったのか、窓から双眼鏡を覗かせた。しばらくターゲットを探してキョロキョロしていたかと思うと、突然血相を変えて怒鳴りだした。
「襲撃だッ! おいドライバー、急いで現場に突っ込めッ!」
輸送車が急発進し、テーブル上の備品が流されそうになったのをみんなで抑えた。さいわい、拳銃や拳銃弾は片付けておいたが、ノートやペンが後方に飛ばされてしまった。
「襲撃? 米軍ですか?」
犬吠崎の問いに、源三は小さく唸った。
「いや、分からん。組合員のようにも見えたが……。学会の連中を射殺してやがった。ハバキではないだろう。ともかく、分析はあとだ。本部、聞こえてるか。想定外の襲撃だ。対応求む」
*
襲撃者が乗り付けてきたのは、ゴツいピックアップトラックであった。その脇腹に検非違使の輸送車をぶつけ、豪快に停車。弓子は首がもげそうになった。
外からは凄まじい勢いで銃弾が撃ち込まれ、車体に弾かれて甲高い音を立てた。が、どれも単発だ。複数人で代わる代わる撃ち込んできているのだろう。
弾丸は無限にあるわけではない。防弾車両に無駄弾を撃ち続ける趣味でもない限り、どこかのタイミングで逃走を始めるはずだ。
音がやんだところで、源三が「よし行け。第一種」と指示を出した。
降車口は後方だ。まずは一班が出る。そして二班。
照明弾があがり、廃工場の周辺が強烈に照射された。地面に転がっているのは射殺された学会員たち。工場の物陰には人の姿。見知った顔はない。日本人でもなさそうだ。しかしアメリカ人と断定する証拠もなかった。中東系の顔立ちだ。
「トカレフ? まさか機構の?」
輸送車の陰から敵の武装を確認した犬吠崎が、眉をひそめた。
白鑞金も渋い表情だ。
「東アジア支部かな? たしか、もう壊滅したはずだよねぇ」
「その残党かも」
「どこかから集めてきたのかな。まったく面倒な……。あー、二班の皆さん。車に隠れながらでいいんで、敵に向かって発砲してくれます? 戦ってるフリだけでいいんで。俺たちで裏に回り込みます」
二班が発砲を開始したその裏で、一班はひっそりと移動を始めた。
工場内部がどうなっているのかは分からない。が、事前に航空写真は確認してある。錆びついた建屋の周囲はコンクリで舗装されており、その周辺は森林。もし森林部に逃げ込まれた場合、自力での対応は不可能となる。なにせ追うための人手がないから、警察に協力を要請するハメになる。
逃げられる前に退路をふさぐしかない。
いくら表でドンパチしているとはいえ、コンクリの上を進むとどうしても靴音が響く。これに襲撃者のひとりが感づいて、すぐさま発砲してきた。
パァンと乾いた音に、ダァンと重い音が重なった。犬吠崎の四式拳銃だ。一発目を外し、二発、三発と撃って仕留めた。
しかし敵はひとりではない。襲撃者の仲間が駆けつけてきて、発砲音が連符になった。
このタイミングで照明弾が消え、周囲はふっと闇に包まれた。
音だけがする。
敵の姿は見えない。しかし敵からも見えないはずだ。むしろ敵は、発砲のたびにマズルフラッシュで居場所を知らせている。
銃撃戦を犬吠崎に任せ、弓子と白鑞金は散開した。敵は四式のやかましさに気を取られ、そこに攻撃を集中するだろう。その隙に接近して仕掛ける。
廃工場の二階から顔を出していた男には、白鑞金のナイフが突き刺さった。
弓子は、地上で撃っている男の側面から仕掛けた。先日調整した義足のバネが、心地よい反発で体を押してくれた。抜刀して一閃。銃を持った両手が切断され、血液が糸を引いた。男が目を丸くしているうちに、逆袈裟で一太刀。即死だった。
これで全員ではないはずだが、近場にほかの気配は感じられなかった。まだ表で撃ち合っているから、そちらに集合しているのかもしれない。あるいは息を潜めてこの付近にいるか。あるいは逃げたか。
二発目の照明弾があがった直後、弓子は死を直感した。
数メートル先に拳銃を構えた男が立っており、その銃口が弓子へ向けられていたのだ。しかも日本人。トカレフではない。指がトリガーを引く直前、そいつの喉元にナイフが突き刺さった。続いて胸部にもう一本。
後ろから犬吠崎に引っ張られ、弓子は転げそうになった。
「伏せろ。未確認の敵がいる」
「……」
襲撃者の行動に乗じて、別部隊が紛れ込んでいた。
白鑞金がやれやれと溜め息をついた。
「やっぱり剣菱だよ。歴史は繰り返すってことかねぇ」
つまりは、白鑞金の予想が当たったということだ。
いや、予想というにはあまりに白々しい。おそらく白鑞金はなんらかの情報を掴んでいたのだ。それであんなことを言ったに違いない。
犬吠崎が険しい表情になった。
「師匠、隠し事はナシにしましょうや。こうなるって知ってたんでしょう?」
「人聞きが悪いよ。あくまで想定のひとつってだけ」
「ただの勘だって言うんですか?」
「あのねぇ、俺の勘が当たるわけないじゃない。さんざん博打でスってるのに」
「こっちは真面目に聞いてるんです」
犬吠崎の切羽詰まった態度に、白鑞金は鼻で笑った。
「こっちだって真面目だよ。たしかに、たしょうの判断材料はあったよ。けど、本当にたしょうなんだ。じゃなかったら俺だってこんな貧乏くじ引いてないよ。囲まれてるかもしれないのに」
実際、敵の規模も配置も分からない状態だ。囲んでいるつもりであったが、囲まれている可能性もある。
「敵は誰なんです?」
「だから、剣菱でしょ」
「その背後にいるのは誰かってことですよ」
「さあね。剣菱か東アジア支部、どちらかのバックにザワニスツがついてるはずだけど……。どっちだか分からないな」
「どちらか? こいつらは互いに手を組んでないと?」
「おそらくね。依頼主はそれぞれ別でしょ。目的までは知らないよ。今回のブツがどうしても欲しかったんだろうけど。あ、もちろんブツの中身は知らないよ。ただの当て推量だからね」
インカムに指令が来た。
『本部より現場へ。戦闘を中止し、すみやかに撤退してください。繰り返します。戦闘を中止して撤退してください』
これに犬吠崎が顔をしかめた。
「撤退? ブツはどうするんだ?」
『撤退が最優先です。その他の事項はすべて放棄してください』
「了解」
しかし戦闘を中止しろと言われても、敵が襲ってきている以上、自分たちの都合だけでどうにかできるわけではない。
奥から複数人の足音が近づいてきた。
「止まれッ! 検非違使だッ! こちらに戦闘の意志はな――」
犬吠崎が警告するが、返事は銃弾で来た。
いまのは廃工場の壁を使ってなんとかカバーできたが、回り込まれたらもう防ぎきれないだろう。あるいは、この錆びついた壁が撃ち抜かれないとも限らない。
「おい、本部ッ! 撃たれてるぞッ! 応戦するからなッ!」
『戦闘は最小限にとどめ、撤退を優先してください』
「クソッ」
しかしやり返すなとまでは言われていない。最小限にすればいい話だ。
白鑞金が嘆息した。
「倉敷くん、足の具合はどう?」
「えっ? 問題ありませんが」
いきなりなんの相談だろうか。
白鑞金は弱った表情ながらも、皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「二階から降りても平気? 俺と犬吠埼くんで引きつけたところを、後ろからやってほしいんだけど」
「了解しました」
犬吠崎が銃で応戦しなければ、すぐに敵の接近を許してしまうだろう。だから奇襲をかけるのは弓子か白鑞金になる。が、白鑞金は二階から飛び降りられるほど元気ではない。弓子しかいなかった。
接近してくる連中さえ始末できれば、そのまま輸送車へ撤退できるだろう。後方に何名か控えているかもしれないが、そいつらまで始末する必要はない。
なるべく音を立てないよう金属の階段を駆け上がり、弓子は窓から地上を覗いた。
照明弾が切れたせいで、ほぼなにも見えない。のみならず剣菱は、東アジア支部の残党と違ってムダな射撃をしてくれない。音と気配で判断するほかなかった。空には夏の星座たちが輝いているというのに、その恩恵は地上へは届かなかった。
敵が接近するにつれ、かすかにその輪郭がハッキリしてきた。計四名。スーツを着込んだ会社員のような男たちだ。全員、拳銃を手に、中腰で距離を詰めてくる。犬吠崎がブラインドショットで威嚇するものの、構わず接近してきた。
完全に背後をとることができない以上、側面から仕掛けるしかない。弓子は窓から身を乗り出し、ふっと飛び降りた。着地の瞬間、生身の左足首と、右の義足の継ぎ目に凄まじい荷重があった。なるべく柔らかく衝撃を吸収し、ダッシュを開始。
仲間だと思ったのか、ひとり目は無抵抗のまま弓子の居合い斬りで死んだ。ふたり目の背後に回り込み、さらに一太刀。白刃が粘性の血液にまみれ、ギラリと鈍い輝きを見せた。
「敵だッ! 応戦しろッ!」
そう叫んだ三人目の胴体を刃で貫き、身を引いて距離をとった。男は傷口から血液を噴きつつ、膝から崩れ落ちた。
そして四人目。振り向いて銃を構えた瞬間、背後から飛んできたナイフが首に突き刺さった。かろうじて発砲したものの、弾丸はあらぬ方向へ飛んでいった。
ものの数十秒で四人は死体となった。
「じゃ、撤収しようか」
白鑞金は引き抜いたナイフをハンカチで拭った。
帰りの輸送車はいい雰囲気とは言えなかった。
「ま、全員無事だったのはいい。しかしなんだこのザマは。テキトーな情報で俺たちを危険にさらしやがって」
源三は独り言を言っているわけではない。インカムの向こうの本部に苦情を言っている。もちろん返事はない。
犬吠崎が汗を拭った。
「ありゃ間違いなく剣菱でしたよ」
「そのようだな。撤退命令が早かったのはいい。だが、結局なんだったんだ? 警察との情報共有はできてない、部外者は乗り込んでくる、ブツは回収できない、おまけにハナからアメリカは来ないと来た。一から十まで想定外だ。ウチのインテリジェンス部門は仕事してるのか?」
これを上が聞いたら気を悪くするだろう。しかし現場の人間は命をかけている。怒る権利くらいはあるはずだ。
源三はひとつ呼吸し、弓子へこう告げた。
「倉敷、人集めはどうなってる? 三班を作るぞ。ピックアップしておいてくれ」
「いつまでに?」
「いつでもいい。できるだけ早くだ。もちろん予算はつく。つかないはずがないよなァ?」
それで上のミスを帳消しにしてやろうという、源三の寛容な判断だ。なお実際に予算がつくかどうかは分からない。
ともあれ、人を増やすなら絶好の機会である。
「分かりました。すぐにでも」
アテなどない。だが弓子だけでやる必要はないのだ。一班と二班が協力すれば、何人かは集まるだろう。
(続く)




