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新秩序 -New Order-  作者: 不覚たん
検非違使編

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50/67

オープン・ザ・ドア

 現地には、すでに人だかりができていた。

 犯人を警察が取り囲み、それを野次馬が取り囲み、それをさらに米軍の関係者が遠巻きに眺めているという状況だ。規定のラインを越えているからか、さすがに米軍も武器は手にしていない。

 ともあれ、一班の輸送車は人垣に道をふさがれていた。

「車両通ります、道あけてください」

 ドライバーがマイクにボソボソつぶやくと、拡声器から大きな声となって響き渡った。決定的瞬間をスマホで撮影するのに必死な野次馬たちは、渋々といった様子で道をあけた。

 空にはすでに取材ヘリが来ていた。


 現場に到着した弓子たちは、降車して非常線の内側へ入った。

 八月下旬の東京は、うんざりするような暑さであった。時刻は十四時二分。やや西に傾いた太陽は、それでも無遠慮にギラついていた。

「犯人の要求は?」

 白鑞金の質問に、現地の警官は顔をしかめた。

「いや、それがね、まったく意味不明で話になんない」

「薬物でもやってるの?」

「ありゃあそうとしか思えませんねぇ」

 犯人はファストフード店に立てこもり、店員を人質にとっているらしかった。

 グレネードを使えば、たしかに能力は封殺できる。これで相手はただの人間になるが、しかしただの人間が無害というわけではない。人質を傷つける可能性は十分にある。

 これに対し、警察は、自分たちの仕事で犯人を刺激し、被害が拡大するのをおそれているようだった。つまりこれは、検非違使にその責を押し付けたいがための協力要請だったのだ。

「人質を解放し、おとなしく投降してくださぁーい。抵抗を続ければ、罪が重くなる可能性がありますよぉーっ」

 警察官が拡声器で呼びかけた。

 一昔前であれば、警察はもっと強圧的な物言いをしたのだろう。しかしいまや衆人環視である。口を滑らせれば記録がネットを駆け巡る。

 そして義足にポニーテールにスーツに日本刀という弓子の姿もまた、録画の対象となった。彼らの好奇心には遠慮がない。

 が、弓子は気にしない。機会さえあれば、記録されていようが無関係に対象を斬るつもりでいる。検非違使は逮捕などしない。出動した以上、やることはひとつだけだ。

 この殺気に気づいたのか、警官も大慌てでフォローに入った。

「えーと、まずはウチで交渉を続けます。検非違使さんの出番は、いざ事が起きてからということで」

 しかし悠長にしている暇はない。米軍が無線でしきりに連絡をとっている。

 ふと、店内から怒声が響いた。

「ドア閉めろァ! ドア! オラァ!」

 自動ドアである。犯人は女性店員を盾にし、ドア付近に立っているから、いつまでもドアが閉まらない。ほとんどギャグのような状態であった。

 警官も困惑気味だ。

「あのね、それ自動ドアなんでね、もっと後ろにさがったらいいと思いますよ」

「そうじゃねェだろァ!」

 犯人は刃物を手にしているから、能力者とかなんという以前に、ただの犯罪者である。かわいそうに店員は息を呑んで固まっている。

 白鑞金はつぶやいた。

「警察が発砲したくないなら、こっちでやっても構いませんよ」

「いや、まだ待ってください。上でカメラ回ってるんですから」

「ウチは気にしませんけど」

「ウチは気にするんだよ!」

 その警官はややキレ気味に向こうへ行ってしまい、聞こえよがしに「誰だ検非違使呼んだの!」と吐き捨てた。

 しかし呼んだのは彼の上司だ。検非違使だってやむをえず出動したに過ぎない。

 その間、犯人はずっと「ドア閉めろ」という要求ばかりを続けていた。このままではラチがあかない。

 インカムに通信が来た。

『本部より一班へ。米軍が行動を開始したとの情報あり。詳細は分かり次第追って連絡します。以上』

 通信課のオペレーターだ。専門職だけあって声がいい。

 犬吠崎はやれやれと溜め息をついた。

「どうします? 俺たちの出番はなさそうですよ?」

「イヤだねぇ、こういうの。俺、そろそろタバコ吸いたくなってきたなぁ」

 白鑞金は首をなでながら、そんなことをボヤいた。マイペースである。しかしたしかに、本部からは情報が入ってきただけで、ああしろこうしろと命令されたわけではない。現状を維持するしかない。

 犯人はなおもいきり立ち、人質を押しながら店から出てきた。

「ドアだドアァ! 閉めろって言ってんだろがッ! 日本語理解できねーのかクソがァ! 俺がなにかしたのかボケェ!」

「落ち着いてくださぁーい。早まってもなにもいいことはありませんよぉーっ」

「オメーらがドア閉めねーから、こっちは頭がアレになりそうだっツってんのッ! なんで分かんねーんだよッ! 秒で理解しろクソがッ!」

「ドアというのは、どのドアのことですか?」

「だから、頭ン中の」

 犯人がそう言いかけた途端、彼の眉間を銃弾が貫通した。アスファルトに落ちる刃物。崩れ落ちる犯人。転倒する人質。

 弓子には、それらの光景がまるでスローモーションのように感じられた。

 やや遅れて、遠方からターンと音がした。長距離狙撃だ。発砲音が着弾のあとに来る。

「確保! 確保!」

「担架だ!」

 警官たちが大慌てで動き出した。

 野次馬たちはどよめきながらもスマホを掲げ、警官たちはブルーシートで現場を覆い始めた。警察は完全に後手だ。おそらく米軍は、合意も得ずに一方的に発砲したと思われる。


 白鑞金が痩せこけた顔をしかめた。

「見た? 顔の半分飛んじゃってたよ。イヤだねぇ」

「腕のいいスナイパーですね」

「彼ら、銃の扱いだけは得意だからね。けど対応が雑。もしかするとあの犯人、米軍の関係者かも」

「えっ?」

 犬吠埼も目を丸くした。

「だってそうでしょ? いくら議事堂が近いったって、こんなの警察に任せとけばいいんだから。それを合意もなしに外から射殺なんて異常だよ」

「けどあの犯人、日本人にしか見えませんでしたよ」

「ラリってるのに日本語で怒鳴ってたからねぇ。ま、彼はおそらく日本人なんでしょ。それでも米軍となんらかの接触があったと見ていい。あくまで想像だけどね」

「ドアというのは?」

「彼、能力者なんでしょ? なにか見えてたんじゃないの?」

「じゃあ、薬物が原因ではないと?」

「分からないけど、その可能性も捨てきれない。ま、あとは鑑識の仕事だね。ちゃんと遺体が手に入れば、だけど」


 *


 後日、ニューオーダー。

 出払っている二班をのぞき、課長と一班だけでの打ち合わせとなった。

「例の事件の続報だ。犯人の遺体は、米軍が横からぶん取っていったらしい。白鑞金の予想通りだったな」

 源三はそう告げて、不満そうに腕組みした。

「ただし、犯人の能力については、おおよその見当がついた。警察がエーテル検知器を持ち込んでいてな。そのデータを黒羽先生が解析した。結果、おそらく共感能力じゃないかということだ」

 これに白鑞金が首をひねった。

「共感能力? 妖精ってことですか?」

「いや、人間にも備わるんだそうだ。組合に杉下ってのがいるだろ。アレと同じだ」

「ああ、先生がマークしてた能力者の」

「あっちの世界とこっちの世界がリンクしてからというもの、地上のエーテル濃度は上がりっぱなしだ。年内には他界と同レベルに達するという報告もある。あの手の能力者は、これからも増え続けるぞ」

 認知症の老婆が徘徊ついでに空を飛び始め、近所の子供たちから「フライング婆ちゃん」と呼称されている、というニュースがあったばかりだ。能力を使った傷害事件も後を絶たない。法整備が追いつかない状態だ。

 犬吠崎が唸った。

「けど、ただの共感能力なら、なにも米軍が射殺しなくてもいいのでは? 危険な能力ってワケでもないでしょう」

「いいところに気づいたな。問題は、まさしくその点だ。犯人は、頭の中のドアがどうとか言っていたらしいな。その線から探ってくれ」


 とはいえ、そんな小さな断片から、すぐになにかを探れるわけもない。調査には時間がかかる。

 源三が去ると、一班はいつもと同じように、新聞を読んだり、雑誌を読んだり、ノートパソコンでトランプゲームをしたりと、じつに私的な業務に入った。いわゆる税金泥棒である。

 ややすると、店内にフラッシュバムが現れた。白鑞金はタバコをもみ消し、新聞を置いてそちらへ向かった。まだ言葉も交わしていないのに、少し視線を合わせただけでこのありさまだ。

 弓子は茶をすすり、溜め息まじりにこう提案した。

「盗聴しませんか?」

「……」

 犬吠崎が、鼻の奥で奇妙な音を発した。噴き出しそうになったのだろう。

「倉敷くん、正気か? そんなことできるわけないだろ」

「けどあのふたり、怪しすぎます」

「バレたらどうするんだ? なにか大事な話かもしれないだろ」

「犬吠埼さんは知りたくないんですか? 師匠なんでしょう?」

「師匠ったって、博打の師匠だぞ。しかもロクに当たったことがねぇ」

「もしかして、違法な賭博ですか?」

 弓子が眉をひそめると、犬吠崎はぶんぶんと手を降った。

「いやいや、公営ギャンブルだよ。競馬とか競艇とか、そういうのだ。社会福祉に貢献してるんだぜ」

 博打でスっているだけなのだが、物は言いようである。

「おふたりのことは、仕事仲間として少なからず尊敬していたのですが……」

「だから違法じゃねぇって言ってるだろ。それに、違法がどうこう言うつもりなら、盗聴のほうが問題だぜ。こっちは間違いなく犯罪だからな」

「けどこれは業務上の……」

「犯罪だ。いいか、フラッシュバムの件は、俺もそれとなく探ってる。こないだふたりで飲みに行ったときだって……」

「私、呼ばれてません」

「君は飲まないだろ。それに、業務時間外だったしな」

「だからなんです? 私、そこまで付き合い悪いと思われてるんですか?」

「いや、だからさ……。とにかく、俺も探ってるから、あまり話をややこしくしないでくれ。くれぐれも慎重にな。師匠の前でも絶対に言うな」

忖度そんたくしろってことですか?」

 弓子の皮肉に、犬吠崎も開き直ったらしい。

「ああそうだ。忖度だ。椎名さんもいつも言ってるだろ。毎秒忖度しろって。まさにソレだ」

「忖度した結果、後悔するハメになるかもしれないのに」

「返事は『はい』だ」

「はい」


 ふと、椎名がひとりで戻ってきた。冴えない表情なのはいつものことだが、今日は一段と疲れ切っていた。

「よう、お帰り。ハバキの件か?」

 弓子の相手にうんざりしていたのだろう。犬吠崎は嬉々として椎名に話しかけた。

 その椎名は元気がない。

「ただいま戻りました。いやぁ、聞いてくださいよ。酷いんですから。残酷物語ですよ」

「あとのふたりは?」

「メガネくんは課長のところに報告に行ってます。鵜飼くんは……まあ、かなりの精神的ショックを受けたというか……」

「交戦したのか? そもそもなんの件だったんだ?」

「それがね、野良スクリーマーが下着ドロしてるっていうんですよ。ありえます?」

 スクリーマーというのは、白いワニに人間の手足をくっつけたような妖精だ。当然、人間の下着に興味を示したことはない。

 のみならず、共感能力を操作できるコントローラーが開発されてからというもの、表向き野良スクリーマーはいなくなったはずであった。

 犬吠埼も鼻で笑った。

「災難だったな」

「しかも実際いたんですよ」

「はあっ?」

「山ほどパンツ抱えてましたよ。足が早いから、街中追いかけ回すハメになって……」

「なんでパンツなんて欲しがるんだよ」

「いや、それが、遠隔操作されてたんですよ。頭になにか装置がつけられてて……。それで捕まえた瞬間、装置が爆発しやがって……」

「うへぇ」

 凄惨な現場だったことだろう。

 椎名も溜め息をついた。

「ちょうど鵜飼くんがタックルをカマした瞬間だったんですよね。あのスーツはもうダメだろうなぁ」

「災難だったな……」

 返事をしたのは犬吠埼だったが、脇で聞いていた弓子も同じような気持ちであった。飛び散ったスクリーマーの肉片を浴びるなど、災難でしかない。

 だが次の瞬間、椎名はにわかに神妙な表情を見せた。

「それでね、電波の発信源は特定できなかったんですが、装置を回収して若葉技研に持っていったんですよ。そしたら、米軍のものとおぼしきパーツが混じってて……」

「えっ?」

「それでメガネくんが、課長に相談しに行ってるところなんです。もしアメリカが関与してるなら、ヘタに動けませんからね」

 アメリカが裏でなにかをしているのは間違いなさそうだ。

 犬吠崎は深刻そうに眉をひそめた。

「しかしアメリカが、なぜパンツを……」

「いや、そっちじゃなく。重要なのは、連中がスクリーマーを使ってなにかしようとしてたってことでしょ」

「お、そっちか。たしかにな」

 いつも週刊誌のセクシーグラビアばかりを熱心に眺めているから、そんな発想に至るのだろう。弓子はそうつっこんでやりたかったが、なんとか飲み込んだ。少しは忖度してやろうと思ったのだ。

 茶をすすり、弓子はほっと息を吐いた。

 ともかく相手はアメリカだ。

 銃を持った相手に、刀で正面から挑むのは無謀である。もしやるなら背後に回るしかない。義足のバネを強くしてもらう必要がありそうだ。


(続く)

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