表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新秩序 -New Order-  作者: 不覚たん
ゴッドリング編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/67

三人のわけないでしょ

 三郎の受難は、観ていたアニメが打ち切りになったことばかりではない。野良スクリーマーが街を徘徊するようになってからというもの、行きつけの弁当屋もどこかへ引っ越してしまった。ここのところ、いいニュースはひとつもなかった。

 いまや木下とのデートだけが生きる糧だ。


 デート当日、三郎は朝の六時に起きた。

 世田谷にある、二階建てのボロアパートだ。わけあって六室すべてを借りている。

 古びた和室には、アニメのDVDや雑誌が足の踏み場もないほど散乱しており、壁際にはゴミ袋が山と積まれていた。ゴミは、いちおうその場に転がしておくことはない。しかし三郎、燃えるゴミの日を把握していなかった。その日はいずれくる。だが、まだそのときではない。

 冷蔵庫から取り出した牛乳をコップに注ぎ、三郎は一気に飲み干した。体に滋養が満ちる。

 たまに下痢になる。しかしこれだけ早く起きたのだから、下痢になったとしても挽回できよう。キャサリンの設定した待ち合わせ時刻は午後十四時。あと八時間もある。

 これからジョギングをし、腹痛に襲われてトイレにこもり、その後シャワーを浴びたとしても、まだ間に合う。早起きは三文の徳とはよく言ったものだ。


 午後零時二分。

 渋谷駅モヤイ像前。

 予定通り下痢に襲われはしたものの、しかし余裕をもった行動により、かなり早めの到着となった。というより、早すぎる。あと二時間もある。

 一月下旬という殺人的な寒さの中、これからニ時間近くも待たねばならない。幼少期を寒村で過ごし、ときには野宿すらした三郎とて、いちおうは人間である。風邪をひく可能性がある。

 手近な喫茶店に入り、暖を取ることにした。


 チェーン店だ。集まってゲームをしている少年たちや、スマホでケーキセットを撮影するもの、険しい顔でスマホをいじるサラリーマン、キャバ嬢らしき女、チンピラみたいな男など、様々な人間がいた。

 三郎はホットドッグとコーラをオーダーし、席についた。

 渋谷は人が多い。日曜の昼は、まだピークには早かったが、それでも三郎にとっては多すぎると思えた。

 三郎の地元には、ほとんど人がいなかった。若い人間はほとんど出ていくから、まわりは老人だらけ。その老人たちも、集落同士の抗争でみんな死んでしまった。それを人に話したら、「二十一世紀にもなってそんなことあるわけない」と笑われたりもしたが、少なくとも三郎にとっては原風景だった。物静かだった父と、優しかった母と、そしていつも後ろについて来た妹が、むごたらしい死体となって目の前に並べられた。生き延びたのは三郎と姉だけだった。

「よう」

 ふと、チンピラふうの男が近づいてきた。トレイを手にしている。

 まさか、席からどけとでも言うのだろうか。

 そいつはさも当然のように、三郎の正面の席に腰をおろした。

「まさか、ここで顔なじみに合うとは思わなかったぜ。こんなところでなにしてるんだ?」

 三郎はいまいちピンとこなかったが、なんとなく推測はできた。

 業界にはキラーズ・オーケストラとかいうチンピラの集団がいる。このチェーンをジャラジャラつけたガラの悪そうな金髪の男は、おそらくキラーズの構成員であろう。

「今日は仕事じゃない」

「分かってるよ。こっちも休みだ。毎日毎日スクリーマーの相手でうんざりだぜ」

 この愚痴に、三郎は眉をひそめた。

「キラーズが? スクリーマーの仕事なんかやってたっけ?」

「いやいや、キラーズじゃねーよ。俺のこと忘れた? 検非違使の鵜飼だよ」

「鵜飼……?」

「鵜飼真彦! 二班の! まさかホントのホントに忘れられてんの? 一緒に仕事しただろ?」

 泣きそうな顔になっている。

 が、三郎、まったく記憶にない。検非違使の一班は精鋭だが、二班は二軍だから印象が薄かった。言われてみればチンピラみたいなメンバーがいたような気もするが。

「クソ、俺みたいな下っ端は、ランカーさまの眼中にねーってのかよ」

「そう気を悪くするなよ。他界だろ。おぼえたよ」

「鵜飼だよ! あんた絶対おぼえる気ねーだろ!? 厄日だぜ。犬のクソは踏むわ、女にはフラれるわ、エロサイトでウイルスに感染するわ……挙げ句の果てには他界呼ばわりだ」

「お前、クソを……」

「ちゃんと別の靴にしたよ! いいか、あれは事故だ。スクリーマーに追い詰められて路地裏に入ったらよ……。だからちゃんと始末しろっツーんだよな。俺はマナーのない一部の飼い主のせいで、心に傷を負ったんだからな」

「お、おう」

 自分はこれから結婚するかもしれない相手とデートだというのに、ひとつもツイてないかわいそうなヤツがいる。三郎はそういう憐憫れんびんの情を禁じえなかった。

 鵜飼は深い溜め息をついた。

「ま、人生には波があるからな。今日ツイてなかったぶん、あとでツキまくるはずだ」

「いや、ツイてないまま死ぬ可能性もあるだろ。このあとツキが回ってくるっていう根拠が、なにかあるのか?」

 三郎の空気も読まない素朴な問いに、鵜飼はそれでもやや顔をしかめるだけで済ませた。三郎がこういうヤツだということは周知の事実だ。

「ねーよ。あくまで精神衛生上のおまじないだ。俺はあんたと違って強くねーからな」

「それは悪いことを聞いたな」

 クソみたいな会話だが、三郎は席を立とうとはしなかった。なにせ二時間も潰さねばならないのだ。スマホをいじっていたら電池がもたない。話し相手が現れただけマシだ。

 鵜飼はサンドイッチをかじり、ふと顔をあげた。

「六原さん、渋谷にはけっこう来んの?」

「いや」

「じゃあ誰かと待ち合わせ? まさかデートだったりしてな」

「ああ、そのデートってやつだ」

「いいじゃん。やっぱ人生は楽しくねーとな」

 鵜飼は心からそう思っているようだった。ひとつも皮肉っぽいところがない。

 三郎が普段仲良くするタイプではない。だが、こういう人種も悪くないのではないかと少し思えた。

 鵜飼はすると、顔をしかめた。

「いや、デートなんだろ? なんでこんなとこにいんの? 女は?」

「あとニ時間ある」

「ニ時間!? え、それって、あまりにも楽しみすぎて早く来ちゃった的な?」

 かなり引いている。

 三郎は咳払いをし、なるべく平静をよそおいこう応じた。

「いや、ちょっと別の用事があってな」

「そ、そうか。まあそりゃそうだよな。二時間ってねーよ。けど、その用事ってのはいいのか?」

「もう済んだ」

「そう……。いや、いいんだ。ついでに用事をするってのは、まあ、妥当だしな……。あ、サンドイッチいっこ食う? あと口にケチャップついてる」

「おう……」


 *


 鵜飼は勢いよくサンドイッチを平らげ、二十分ほどで帰ってしまった。

 それからの一時間強、三郎はひとりで辛抱強く過ごした。なぜだか心が乾いた気がした。

 待ち合わせ場所には、木下とキャサリンが並んで立っていた。まだ予定の十分前だ。

「よ、よう。早かったな」

「こんにちは」

 木下は黒縁メガネに厚手のダッフルコートという、地味さを絵に描いたような格好だった。継ぎ足された足は、もう完全に馴染んでいる。サイズにも違和感がない。

 三郎もついかしこまった。

「こ、こんにちは。今日はよろしく」

 するとキャサリンが口をへの字にした。

「クソ寒いから、とっととどこか入りましょう。できれば私、カレーが食べたいわ」

 彼女は細身のトレンチコートからしなやかな生足を見せ、大きめのサングラスという、そこらのショーケースからマネキンが歩き出したような格好であった。

 三郎は顔をしかめた。

「いや待て。なんであんたがいる? 今日は俺と木下さんのデートのはずだろう。まさか三人でヤるってんじゃないだろうな」

「三人のわけないでしょ。けどその話をする前に、まずは店に入りたいわ。このままじゃ凍死しちゃう」

「そんなカッコで来るからだ」


 *


 三郎はノープランで来たから、もちろん店など決めていない。ファミレスでもいいだろとタカをくくっていた。

 しかしキャサリンの誘導で、「キャットリーヌ」なるバーへ来た。木造の内装の、落ち着いた雰囲気の店だ。夕日のようなランプが店内をあたたかく照らしている。

「私のオススメの店よ。まあ楽にして」

 テーブル席へ案内された。

 あまり広い店ではない。テーブルは全部でふたつ。あとはカウンター席があるだけ。早い時間だからか、ほかに客の姿はなかった。その代わり、数匹の猫が店内を闊歩している。

「素敵なお店ですね」

 ダッフルコートを脱いだ木下は、おとなしめのすらりとしたニットだった。あまり主張しすぎていないところが彼女らしい。

 だが三郎はやらかした。

 レザージャケットを脱ぐ前から分かっていたことだが、下にはアニメ柄のシャツを着ていた。つい一番のお気に入りを着てきてしまった。「びょーどーちゃん」が「びょーどーチョップ」でクラスメイトを処刑している定番のシーンだ。

 しかし木下は、気にしていないフリをしてくれている。

 空気を読まないのはキャサリンだけだ。

「あんた、ジャケットの下それだけなの? 寒くないの? しかもアニメのシャツって。いい歳して恥ずかしくないの?」

「恥ずかしくない。それよりなんなんだこの店は。猫がいっぱいいるが、食材のつもりか?」

「小学校中退の無教養は言うことが違うわね。この猫ちゃんたちは癒やしを提供してくれてるの。食材なんかじゃないわ」

「ジョークに決まってんだろ。それに、教育の義務ってのは大人の側にあるんだからな。俺は被害者だ」

「いまからでも小学校行ったらいいじゃない。夜間の学校もあるんだから」

「まあその話はあとだ。いつになったらあんたが帰るのか、まずはそこから聞かせてくれ」

 するとやってきた店員に「いつもの」とオーダーし、キャサリンはこう応じた。

「結論から言うわね。私は途中で帰る気はない。最後までいるわ」

「最後? 最後って、俺と木下さんが……」

「はあ? あんたバカなの? ザ・ワン並の知能しかないの? いい? いま非常事態なのよ。少なくとも正常な状態じゃない」

「いや意味が……」

「さっき三人じゃないって言ったでしょ? どういう意味か分かる?」

「あんたが帰るから、その後はふたりきりになるって意味だろ」

 これにキャサリンは鼻で笑った。

「逆よ。さっきは四人だったの。意味分かる? ツケられてたのよ」

 その瞬間、三郎は殺気立ち、戦闘モードに入った。どの方向から仕掛けられても殺れる。

 思えば鵜飼と出くわしたときに気づいておくべきだった。

「まさか、検非違使が……」

「ぜんぜん違うわ。あなたのお姉さんよ」

「姉貴?」

「気付いてなかったの? お姉さん、ずっとあなたの背後にいたわよ」

「まさか……」

 すると木下も、やや苦い表情で遠慮がちに挙手をした。

「モヤイ像の上にいたの、私も見ました」

「……」

 姉。ナンバーズ・シックスこと六原一子。通称、躯喰むくろはみ。殺した相手を食うことで知られる悪名高き女だ。

 かつては墓をあさっていた一族だった。しかし現代の六原にそんな習慣はないし、三郎自身にもない。現役なのは姉だけである。一子は、殺害された両親や妹の死骸さえ食った。あのとき止めに入った三郎を、半殺しにしてまで食い続けた。異常な執念だった。

 キャサリンは溜め息をついた。

「ま、とにかく、あなたのお姉さんは、弟のデートが気になって仕方ないんでしょ。けどこっちも、あんなのに計画を潰されちゃたまらないわ」

「計画?」

「機構を再編して神の子を奪う。あなたには、そのための主戦力となってもらうわ」

「おい、これはデートじゃなかったのか?」

 責めるつもりはなかったのだが、三郎はつい木下へ目を向けてしまった。木下は怯えたようにちぢこまっている。

 キャサリンはしかし平然とグラスの水をあおった。

「まあまあ、そう興奮しないで。今日は軽く挨拶ってことよ。気づいてないと思うけど、木下さんも機構の人間だから。まあスパイってほどじゃないけど。彼女と仲良くしたかったら、私の心象をよくしておいたほうがいいわよ」

「な、ズルいだろそれ……」

「機構とナンバーズは、これから利害が対立することになるわ。なのにナンバーズの監視を受けるなんて、バカみたいでしょ」

「俺にその話をするってことは……」

 三郎が言葉を濁すと、キャサリンは片眉をつりあげた。

「もし現場で遭遇したら、殺してもらうことになるわね。気が進まない?」

「いや、金次第だ。ナンバーズが相手ならショボい額で受けるつもりはないけどな。ただし受けたら確実に殺る。たとえそいつが姉であったとしてもだ」

「あなたならそう言ってくれると信じてたわ。その調子でやってくれれば、全部終わったころにはランキングの頂点にいるでしょうね」

 いつだってランキングのトップを目指していた。小学校も卒業しておらず、まともな会社に就職できない以上、ほかに目指すべきものがなかったからだ。金とランキングだけが自己の存在の証明だった。

 だが三郎、ふっと鼻で笑った。

「まあそれはいい。俺がランキングの一位になるのは歴史の必然だからな。だがデートは仕切り直してくれ。あんた抜きでだ」

「断るわ。木下さんに直接交渉してもムダよ。絶対に私も参加するから。情報屋に金を払ってでも居場所を突き止めて現場に急行するわ」

「待て。本人の意思を確認したい。木下さんはどうなんだ? こんなのと一緒でいいのか?」

 すると木下は、警戒したような表情を見せた。

「あの、でも、そちらもお姉さんが一緒なわけですし……」

「あいつ……」

 姉を殺さねばならない。

 これまで三郎は、ナンバーズを相手にする際、必ず高額な料金を請求してきた。デカい獲物を安い料金で殺すのは割に合わないからだ。しかし今回に限っては特別料金でもいい。このままではデートができない。

 子孫を増やさなければ、六原一族は三郎の代で滅びてしまう。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ