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新秩序 -New Order-  作者: 不覚たん
ゴッドリング編

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46/67

魂の花 七

「お互い、悔いのないようにやろうぜ」

「結構」

 やや距離をおき、ふたりは対峙した。

 周囲には誰もいない。

 見守っているのは木々にたわむれる小鳥のみ。

 三郎は体を伸ばし、あるいはほぐし、念入りに準備運動をした。いつまでもこうしていたい。あまりに居心地がよかった。

 ザ・ワンは不動。まっすぐな眼差しで三郎を見つめ、やや両手を広げて待ち構えている。

 ストレッチのついでに小石を拾い、三郎はサイドスローで投げつけた。直撃と同時、ほんのわずかに黒い放射が起きた。が、弱々しい。これまでのが強圧電流だとしたら、いまのは静電気だ。痛いだけで人を殺す力もない。

 三郎はブースターの力を借りて体内のエネルギーをみなぎらせ、一気に駆け出した。社殿ごと叩き割るような巨大な一撃。真空波はザ・ワンの正中線に合わせ、まっすぐに炸裂した。

 次の瞬間、三郎は黒い放射を見た。

 いや、見ただけではない、これまで感じたことのないような熱を、体の内側に感じた。これは静電気ではない。人体を焼き尽くすような電撃だ。

 全身に直撃を食らってしまった。

 炸裂音やダメージを知覚できたのは、その数秒後だった。三郎は前のめりに転げそうになって一歩踏み出したが、踏ん張りが効かず地べたへ伏した。

 ザ・ワンはほほえんでいる。

「私もただ殺されてやるほどお人好しではない。たしかに私の力は尽きかけている。しかし会話をしながら、そのわずかな力を溜め込んでいたのだ。まんまとかかってくれて嬉しいよ」

「ぐぎ……」

 返事さえできず、三郎は呼吸を繰り返した。

 痛みはある。しかしそれ以上に、筋肉が弛緩して力が入らなかった。あまりに強烈なショックを受けるとこうなる。思えば幼少期、屋根から転げ落ちたときも同じような状態になった。あのときは背中から落ちてしまい、地面に叩きつけられたアマガエルのようになった。さいわい、下がアスファルトでなかったのと、頭を打たなかったおかげで回復したが。

「知恵比べでは私の勝ちだったな。まあ立ち上がるまで待ってやろう。私としてはいつまで待ってやってもいいのだが……。毒が撒かれる前に立つことをオススメする」

 三郎はひとしきり咳き込んで喉の奥の不快なものを吐き出し、とにかく体を動かした。

「待ってろ……すぐに立つ……」

 足が地面を掻くのだが、ひとつも立ち上がれそうになかった。腕に力が入らないから身を起こすことさえできない。

 とにかく呼吸をし、血液の循環を促した。

 背面のブースターが重い。おそらくさきほどの放射で故障したらしく、いまやただの荷物と化していた。体を横にしてなんとかベルトを外し、ブースターをパージした。

 仰向けになると、空の青さのおかげで少しだけ気持ちが救われた。斜めから差す太陽光が、うっすらと黄色く見える。

 手をぐーぱーして体の感覚をたしかめ、ゆっくりと呼吸した。体はまだ動く。

 力を入れて身を起こし、ぐっと背を伸ばした。出血はない。内側をやられただけだ。

「読みがアマかったのは認める。だが……分かるぜ。お前はもう限界だ。次で殺す。こっちはあと十発は耐えられるけどな」

「威勢だけはいいのだな」

「自分に言い聞かせてるだけだ。ダメだって思ったら、ホントにダメになるからな。俺、わりとそういうタイプなんだ」

「悪くない。私も参考にさせてもらおう」

「だがちょっと待て。少し呼吸を整える」

 ふたたびせり上がってきたものを吐き出し、三郎は深呼吸を繰り返した。最大級の一撃をもろに食らってしまったのは誤算だったが、ザ・ワンにもすでに力が残っていないのは事実だった。あとは弱い反撃しかないはずだ。

「よし、いいぞ」

「次はこちらから仕掛けるとしよう」

「は?」

 ザ・ワンは両手を合わせ、そこに力をぶつけ始めた。はじめはジリジリという弱い反応だった。黒い放射と黒い放射とがぶつかり合い、球体が一気にふくらんだ。かと思うと、社殿を巻き込んで一気に大爆発を起こした。

「ちょ、待てよっ」

 先程の一撃よりも大きい。

 三郎は風の力を使って最大限に距離をとり、身体を焼かれながらも石燈籠の裏へ回り込んだ。凄まじい熱気は来る。しかし直接的な熱の照射は回避できた。回り込んでくる熱風も、風をコントロールして凌いだ。

 放射が終わると、ついに耐えきれなくなった社殿が崩れ落ちた。

 ザ・ワンは微笑。

 対する三郎は、もはや服もボロボロになり、内側に着込んだボディウェアさえところどころ損傷しているというありさまだった。

「おいおい、ズルいじゃねーかよ。そんなヤバい技持ってるなんてよ」

「奥の手があることは事前に伝えた」

「忘れたころに出してきやがって」

 至近距離であったら回避しきれなかったかもしれないが、しかしほぼダメージはなかった。というより、すでに焼かれた足をさらに焼かれただけだった。ボディウェアのおかげか、機能しないほどの損傷ではない。

 ザ・ワンの表情は、ずっと愉快そうだった。なのだが、少し目の焦点が合わないようにも見えた。

 これも演技か。しかし待っていても勝てない。三郎は力を集中し、真空波を仕掛けた。

 するとこれまで不動だったザ・ワンが、手で防ぐような動作を見せた。そして直撃。黒い放射はわずかに起きた。が、それよりも派手に散ったのは血液だった。腕が、肘まで斜めに裂けて後方にぶっ飛んでいったのだ。血の槍は出ない。

 三郎は顔をしかめた。

「どうした? 気でも抜いてたか?」

「残念だが、私はそろそろ限界のようだ」

「おい、さっき言ったこと思い出せよ。俺みたいに大口叩いてみろ。でなきゃ死ぬぞ」

「そうだな。たしかこういうとき……蚊に刺されたようだ、と、表現するのだったか」

「そうそう。そういうヤツだ」

 しかし次の瞬間、ザ・ワンはどこも見ていない目のまま、ぺたりと尻もちをついた。

「ん、夜か……」

「はっ?」

「なにも見えない」

「……」

 キョロキョロしている。

 これも演技の可能性がある。とはいえ、三郎は構わず歩を進めた。寄り添ってやったりはしない。しかし自分の居場所くらいは教えてやりたかった。

「ここにいる」

「そうか」

「そうかじゃないだろ。お前、やる気あるのか。立てよ。待ってやるから」

「空から毒が来るぞ」

「それはまあ、アレだが……。けど、その前に立つだろ?」

「可能であれば」

 ザ・ワンは失った左腕を探しているのか、右手で地べたを探り始めた。本当に見えていないのかもしれない。

 三郎は落ちていた腕を拾い上げ、渡してやった。

「ほら、これか」

「お人好しだな。礼を言うべきか」

「いらない。お前だって、俺が起きるまで待っててくれただろ。借りを作りたくないだけだ」

「そうか」

 ザ・ワンは苦い表情で笑った。左腕をくっつけようとするが、どうしてもくっつかない。傷口からは血液が溢れ出すばかりだ。

「この熱いのは、私の血なのか……」

「そうだ。生きてる証拠でもある」

「六原三郎。お前、たしか躯喰むくろはみだったな。ひとつ頼みがある」

「待てよ。その頼みを聞くつもりはないぞ。お前の死体は、どこかで研究に使われる予定なんだからな」

「友情より金を優先するのか?」

「友情だと?」

 それはあえて考えないようにしていた。目の前の少女に死んで欲しくないという気持ちは、ずっとあった。もし死ぬのだとしたら、正面からぶつかり合った上での一撃だ。

 ザ・ワンは腕をくっつけるのをあきらめ、放り投げた。

「いまのは冗談だ。こうして時間を稼いで、お前を殺すつもりだ」

「いきなり仕掛けるのはやめろよ。せめて立ってからな」

「分かっている」

 しかしうなだれたまま、ザ・ワンは身じろぎもしなくなった。

 静になると、小鳥たちも木々へ戻ってきた。空はまだ青いのだが、どこか夕焼けの気配が紛れ込んでいる。家に帰りたくなるような空模様だ。

 三郎は溜め息をひとつつき、ザ・ワンの前に腰をおろした。

「じゃあ、少し休憩するか。元気になったら言ってくれ。こっちはいつでもいい」

「……」

 小枝を拾い、地面に落書きをした。

 血の匂いにつられたのか、小鳥を追い払ってカラスが来た。連中は遠巻きにザ・ワンを囲み、三郎のいなくなるのを待っているようだった。千切れた腕にさえ近づかない。

 七色のエーテルを噴きながら、上から女が降ってきた。

「終わったみたいだね」

 ペギーだ。

 無傷である。長い黒髪を風にさらし、三郎とザ・ワンを見下ろしている。

「殺したのか?」

「まあ、ね。こっちは激しかったみたいだけど」

「休戦中だ」

「……」

 ペギーがさめたような目になった。

 ふと、一子も石段をあがって来た。こっちはズタボロだ。返り血にまみれ、太い腕を齧りながら鼻息荒くやってきた。おかげでカラスも一斉に飛び去った。

「敵の肉を食らうのは……至福……」

「……」

 一子もどっと腰をおろした。

「それで……その肉は……食べないの……?」

「姉貴、そいつはあとで回収するんだろ。勝手に食ったら怒られるぞ」

「少しくらい……いいじゃない……減るもんじゃないし……」

「減ってるだろ」

 すると背後から、放哉の体を引きずった相楽無蔵がやってきた。

「おう、揃ってるな。てことは、これでシマイか?」

「そいつは? 死んでるのか?」

「気を失ってるだけだ。ひっぱたけば起きる」

「いや、起こさなくていい」

「そうか。んで、ここでなにしてんだ? 帰らねーのか?」

 相楽にしてみれば、なんらの感傷もないただの戦場なのだろう。食って、飲んで、戦って、寝る。それだけの男だ。

 三郎はふっと笑った。

「少し疲れた。先に戻っててくれ」

「そうかよ。じゃ、遠慮なく戻らせてもらうぜ」

 相楽がUターンすると、一子も腰を上げた。

「お姉ちゃんも……行くね……暗くなる前に……帰ってくるのよ……」

「ああ」

 一子に続き、ペギーも無言で行ってしまった。


 また、ふたりきりになった。

 出血しすぎたためか、ザ・ワンの顔は青白くなっていた。傷口からの出血もすでに勢いを失っている。空気に触れた血液がドス黒く固まろうとしていた。

 三郎は動かない。

 遠くの空がだいだい色に染まりだした。

「お前、俺と戦ってる最中、どんな気持ちだったんだ? いや、返事はしなくていい。ただ、ちょっと気になってな」

 戻ってきたカラスが左腕をついばもうとしたので、三郎は小石を投げつけた。当たりはしなかったが、カラスを追い払うことはできた。

「俺は楽しかったよ。姉貴と戦ったときみたいだった。けど姉貴とは……なつかしい気持ちだったけど。お前とは……そうだな、なんか、新しく友達になったヤツと遊んでるみたいな……そういう気持ちだった。現場で敵と会話すべきじゃないってのは、基本中の基本なんだけどな。でもお前のことを敵とは思えなかった。もしお前も、俺と同じ気持ちだったら嬉しい」

 立ち上がり、三郎は尻の砂を払った。

「ま、アレだ。日が暮れる前に帰らないとな。すげー楽しかったぜ。また会おうな」

 ザ・ワンは返事をしない。代わりに、カラスがけたたましい大合唱を始めた。


(続く)

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