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新秩序 -New Order-  作者: 不覚たん
ゴッドリング編

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魂の花 六

 バキンと硬質な音が響いた。

 完全に気を抜いていた三郎は慌てて球体を確認したが、ヒビが入ったわけではなかった。ただし、見間違えでなければ、サイズが一回り小さくなっている。

 さらにガキン、バキンと音がして、球体が小さくなっていった。

 押している。

「もしかして、行けんじゃねーか」

 放哉の言葉に、三郎もうなずいた。

 トモコは平然と力を保ち続けている。焦りはない。球体だけが圧縮され続けている。


 後方の組合員たちは、肉人形ホムンクルスとの戦闘で消耗したらしく、一部が撤退を開始していた。しかし賢明な判断である。怪我人を放っておいても邪魔になるだけだ。

 御巫みかんなぎたちも、なんとか肩を支え合いながらその場を退いた。

 結果、立ち会っているのは三郎たちのみとなった。

 日はやや傾きだしている。

 このまま順調に行けば、日没までには終わるかもしれない。仮にトモコが失敗したとして、もはやザ・ワンも虫の息だろう。損害をかえりみず全員で仕掛ければ勝てるはずだ。


 キィンと甲高い音が鳴った。

 かと思うと球体が消え失せ、代わりに赤い炸裂があった。エーテルではない。血液だ。鮮血と呼ぶには赤黒い血液が、そして醜い肉片が、べちゃべちゃとアスファルトへ降り注いだ。

 ふらりとよろめいたトモコの体を、三郎は支えた。

「勝ったのか」

「まだです」

「えっ?」

 あちこちに飛び散った肉片は、死体のそれにしか見えなかった。

 トモコは糸の切れた人形のようにぐったりしながら、つぶやくように応じた。

「最後の瞬間、体を四つに分けて逃げ延びたようです。追ってください」

「分かった。任せろ」

 この返事と同時、トモコはふっと意識を失った。

 おそらく、誰にもなしえないことをやった。好きなだけ眠る権利があるだろう。三郎はその身を抱え、振り向いた。

「彼女を頼む」

 押し付けた相手はさやかだ。

「な、なにを勝手なことを。わたくしは最後まで見届けると……」

「戦えないお前に現場をウロウロされてちゃ迷惑なんだよ。引き際を理解できないヤツは三流だ。おい、後ろの妖精。一緒に運んでやってくれ」

 これにシュヴァルツは嫌な顔ひとつせず、笑顔で応じた。

「ちょうどよかった。じつを言うと、黒羽麗子に言われて彼女を連れ戻しに来たんだ」

「えっ? 叔母さまに……」

「言っても聞かないだろうと思って、あえて言わなかったけど」

「なぜですの? なぜ妖精のあなたが、黒羽の言うことなんか……」

「姉さんの治療に、妖精タンクを提供してくれるって言うからさ。ま、タンクなんかなくても回復するはずだけど、時間がかかるからね」

「……」

 妖精の治療のためとあってか、さやかも口をつぐんだ。

 なにか反論してくる前に、三郎はトモコを押し付けた。

「ともかく、こいつをこのまま地面に転がしておくわけにはいかないだろ。誰かが運んでやらなきゃ」

「分かりましたわ。わたくしたちで責任をもってお運びします。向こうで待っておりますから、必ず帰ってきてくださいね。約束です」

「俺が死ぬワケないだろ」

 どうせ運ぶのはシュヴァルツなのだから、さやかはここに残してもよかった。しかし戦えない人間を置いておくと戦闘で不利に働く可能性がある。三郎は、周囲をカバーしながら戦うのが得意ではない。


 さやかたちが去ると、現場には三郎、一子、放哉、ペギーの四人だけとなった。

「じゃあ行こうか。エーテルが反応してる」

 ペギーが歩き出したので、三郎たちもあとに続いた。

 議員会館前をあとにし、山王坂を西へ。その路上に、ひとりの男が立っていた。

「どこかで見た顔だな」

 三郎の言葉に、男はにこりともせずこう応じた。

「この肉体はただのデクに過ぎん。しかしイージスを使うのだから、それらしい格好で相手をしてやろうと思ってな」

 生前の山野と同じ顔形だが、口調からして分裂したザ・ワンのひとつだろう。

 ペギーが無表情でP226を撃ち込むが、直撃を受けた山野は不動。のみならず、周囲に黒い放射を放って反撃してきた。もっとも、威力もなければリーチも短い、電池切れのような放射だった。

 三郎は笑った。

「その黒いの、ずいぶんショボくなったな」

「ならば寄ってみよ。殺してやろう」

 三郎が返事をしようとするのを手で制し、ペギーが前へ出た。

「こいつは私が片付ける。みんなは先に行って」

「はっ? あんたがいないと、残りのヤツがどこにいるか分からないんだが」

「道をまっすぐ行って。そこに神社がある。反応はその周辺だから、適当に探して」

「オーケー。そっちもミスるなよ」

 いくら弱っているとはいえ、拳銃でどうにかなる相手とも思えなかったが、三郎はあえてペギーの言い分を受け入れた。感傷的な気分になったからではない。議論に時間を割きたくなかった。


 道を進むとすぐに神社は見つかった。高校もある。

 待ち構えていたのは春日次郎だ。数時間前までザ・ワンを乗っ取っていた男である。体から追い出されて全裸のまま逃亡し、いまはどこにいるのかも不明。が、これも本人ではなくデクのひとつであろう。

「またイージスか」

 三郎の皮肉に、春日はにこりと微笑した。

「この男もまたイージスの能力者であったからな」

「強いのか?」

「確かめてみるがいい」

 すると放哉がわざとらしい咳払いをした。

「あー、ちょっと待て。ここは俺が引き受ける。お前たちは先に行ってくれ」

 途中でザコを引き受けるタイプには見えなかったから、三郎も一子も不審に思ってついまじまじと見つめてしまった。

 放哉は盛大に溜め息をついた。

「いいか。俺だってこんなザコじゃなく、ラスボスを狩りてーと思ってる。けどな、このツラをいっぺんぶっ飛ばさねーと、どうにも気持ちが落ち着かねーんだわ。分かんだろ? だいたいこいつは、俺たちを差し置いてひとりで神になろうとしたクソ野郎だぞ。だからぶっ飛ばす」

 これは春日本人ではないのだが、放哉にとっては関係ないのだろう。

 三郎はうなずいた。

「分かった。じゃあ任せる」

「おう。秒で終わらす」


 駐車場を通過し、道路に面した鳥居を見つけた。その石段のところに腰をおろしていたのは、見覚えのあるようなないような半裸の大男だった。

「誰だっけ?」

「知らない……」

 一子にも見当がつかないらしい。

 そいつは苦い表情を浮かべつつ腰をあげた。

「私の父だ。お前たちがはじめにザ・ワンと呼んでいたほうのな」

「あー、そういやそんな顔してたな」

 生前は体長五メートルにも及ぶ巨人だったが、いま目の前にいるのはせいぜい二メートル超といったところであった。体が引き千切られただけあって、フルサイズで登場するのは難しかったようだ。

「ちょっと待て。いま担当を決めるから」

「……」

 三郎がジャンケンしようと拳を握ると、なぜか顔面を一子に鷲掴みされた。

「そうじゃないだろ。最初はグーだ」

「お姉ちゃんが……引き受けてあげる……」

「はっ?」

「弟に譲ってあげるのも……お姉ちゃんの役目だから……」

 またいつものように姉ぶっている。

 三郎は顔をしかめた。

「なんでもかんでも俺に譲りやがってよ。お前には主体性ってものがないのかよ」

「そんなもの……捨てたわ……」

「捨てたわりにはちょくちょく出てくる気もするが。まあいい。ここは素直に譲られてやる」

「うん……」

 三郎は向き直り、ザ・ワンにビシを指をさした。

「というわけだ。ここには姉貴を置いていく。言っとくがクソ強ぇからな。ションベンちびるなよ」

「……」

 無言だ。

 筋骨隆々なだけではない。たたずまいが泰然としている。青き夜の妖精に殺害されていなければ、いまごろ神として崇められていたかもしれない男だ。並の存在ではない。

 三郎はふたたび姉に目を向けた。

「死ぬなよ。お前を殺すのは俺なんだからな」

「うん……」

「生きて帰ったら、おやき作ってくれ」

「うん……」

「これフラグじゃないからな」

「いいから行きなさい……」

「おう」

 しかし饒舌なのは、緊張しているせいでもあった。

 エーテルの反応はよく分からない。しかしこの先にもう一体いるのは、三郎も気配で分かった。動物的な直感が働いたのだ。


 石段をあがりきると、ひらけたエリアに出た。

 まっすぐに伸びた参道があり、その正面には大きな社殿がある。

 純白の布をまとった一人の少女がひとり、その中央にいた。これも以前どこかで見たような、ないような、なんとも言えない顔をしていた。

「えーと、アレか。母親のほうか。教皇とか言ったっけ」

「違うな」

 三郎の記憶によれば、教皇は十代半ばくらいの少女だった。いま目の前にいる少女は、十になるかどうかといったところだ。赤みがかった輝く髪の、肌の白い乙女である。

 少女は超越的な表情のまま、こう告げた。

「私はその娘だ」

「女だったのか」

「不服か?」

「いや、強い女は山ほど見てきた。ただ、あのブタみたいなカッコからは想像がつかなかっただけだ」

「少し話をしないか。お前には興味が湧いた」

「長話してると、そのうち上から来るぜ」

「すぐ終わる」

 そう言って少女は社殿へ向かい、石段にそっと腰をおろした。動きが柔らかい。

 三郎は近くまでついていったが、腰はおろさずに立っていることにした。いつでも殺せる状態にしておきたかった。

「で、話ってのは?」

「なに。今度は私が自己紹介をしようと思ってな。おそらく父がそうであったように、私もエネルギーの壁を超える力を持っていた。そこは魂の食われる場所。星の胃袋の中だ」

「たしかにデカいのが浮いてた気がするな」

「私はそこで、死んだ人間たちの記憶に触れたよ。全部が同じとは言わない。しかし似通っていた。どれもこれも、自己の快楽の追求ばかり。うんざりした。こんな連中のために、私の同胞が居場所を奪われていたとは……」

「言うほどみんな利己的ってわけでもないと思うけどな」

 三郎にとって、その代表は姉だ。自分のことより三郎を優先しようとする。あるいは死んだ父母もそうだ。

 ザ・ワンはかすかに笑みを見せた。少女らしくない、やや疲れた笑みであった。

「もちろん人間にも博愛はある。しかしそれは……そうだな。群れを効率的に機能させるためのものでしかない。いや、それは私の同胞も同じなのだが、問題はその『程度』であってな」

「なんかマズいのか?」

「少なくとも私は不満だった。人間たちは私の存在に値段をつけ、醜い争いを繰り広げた。この地上は、もとは人間だけのものではないのに。私の同胞を排除し、妖精たちを排除し、その他の動物たちを排除し、さも地上の支配者のように振る舞っている」

「話が通じないからだろ」

「一理ある。とはいえ、こちらも本気でお前たちを殲滅せんめつしようと思っていたわけではないのだ。ただ、考え直すきっかけを与えたかっただけでな。少し痛い目を見れば、正気に戻ると思ったのだ」

「悪い話じゃない。だがそいつは俺に言わないで、作文にしてどこかに送ったほうがいいぜ。俺じゃあどうにもできないからな」

 ザ・ワンは、すると腐った笑みを浮かべた。

「そのようなことは特に望んではいない。お前に聞いてほしかったんだ。なにせこれは自己紹介なんだからな」

「分かった。おぼえておく」

 するとザ・ワンは満足そうにうなずき、すっと立ち上がった。

 両手を広げて風に身をさらし、いっぱいに陽の光を浴びた。まるでこの地上を満喫するように。

 空には力強い入道雲が浮いている。

 かつて世界には、こういう少女が各地に遊んでいたのだろう。しかしその最後の一人が、今日で消えるかもしれない。

 三郎も空を見上げ、深呼吸を繰り返した。

 清々しい空気だ。


(続く)

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