魂の花 五
残りの三体は、組合員に任せることにした。
三郎の狙いはあくまでザ・ワン。一番の大物をぶっ殺し、みずからの力を証明するのだ。
「おいデカブツ、イージスの調子はどうだ?」
「まだ万全ではない」
「さっき奥の手がどうのって言ってたな。まだなにかあるのか?」
これにザ・ワンは愉快そうに口元を歪ませた。
「不安か?」
「いや、ただのハッタリだったら楽だと思っただけだ。どっちにしろ最後に勝つのは俺なんだからな」
「たいして強くないにもかかわらず、よくもそこまで虚勢を張れる」
これには三郎が笑った。
「まあな。俺がホントのホントに強かったら、こんな歴史になってないはずだからな。東京になんて来てないし、いまごろ親の農作業を手伝ってたはずだ。この時期の田んぼは忙しいんだぜ。お前、自分ちの畑で採れた野菜食ったことあるか? クソうめぇぞ。うまくないのもあるけど。ま、そういうのは料理でなんとかするんだ」
「いったいなんの話をしている?」
「歴史に『もしも』を持ち込んでるんだよ。俺がホントのホントのホントに強かったらってな。ガキのころ、何度もこう思った。なんで俺は最強じゃねーんだって。もし最強だったら、世界中で起きてるケンカをぜんぶ止めることができる。いまはそんなことしようとも思わないが。昔はマジでそう思ってた。まあ、そうだな……自己紹介みたいなモンだと思ってくれ」
ザ・ワンはあきれたように眉をひそめた。
「自己紹介?」
「俺たち、互いのことを知らなすぎるだろ。それでなんとなく、お前をみてたら言いたくなったんだ。お前、友達いなそうだしな」
「すでに同胞はいない。私が最後の個体だ」
「お前、同類としか仲良くなれないタイプか? 神ってのも意外と了見が狭いんだな。人間でさえ、犬や猫なんかと友達になれるってのに。ヤギもいいぞ」
「種を超えて……友に……」
意外なことに、考え込むような表情を見せた。
しかし三郎、特に誘導するつもりもない。
「人間が気に食わないならムリに仲良くしなくたっていい。ただ、せめて妖精とは仲良くしたらどうだ? お前を守って、たくさん戦ったぞ」
「妖精と私が? 対等になれるのか?」
「いや、その気がないならべつにいい。そういう方法もあるってだけだ。ま、こんだけ周りに人間がいるのに、ほとんど友達のいない俺みたいのもいるからな。気にすることはない」
三郎は石を広い、ザ・ワンの顔面に投げつけた。直撃した瞬間、小さな放射があった。
「回復したみたいだな。さて、どうしたもんかな。そのままやれば死ぬのはこっちだ」
「不思議な男だな、お前は……」
だが攻撃は、予想外の方向から来た。
道路の北側から、空間を歪ませるようなエネルギー波が一直線に来た。そいつはザ・ワンを捉え、外部から強烈に抑えつけ始めた。
梅乃はダウンしたはず。ほかにこれができるのはアベトモコくらいだ。三郎が目を向けると、巫女装束の女が横一列に並んで力を振り絞っていた。見たことのない連中だ。
一子が顔をしかめた。
「御巫……」
「姉貴、知ってるのか?」
「陰陽庁の……職員たちよ……まさか実戦に送り込まれるなんて……」
「は? どういうことだ? ここには使い捨ての駒しか投入されないはずだろ?」
「……」
一子は口をつぐみ、気の毒そうに顔を背けた。
つまり彼女たちは使い捨てとして投入されたのだ。いったい政府がどういうつもりなのかは分からないが。本来ならば、平和を祈願するのが陰陽庁の主業務だ。それが戦場に出てきて力を振るうとは。
しかし三郎の見る限り、十人以上の御巫が力を合わせているにも関わらず、梅乃単体よりも出力が低かった。
ザ・ワンを拘束する球体も、膨らみの弱い風船のように牧歌的だった。内部で黒い放射が起きてはいるものの、いまいち圧力が感じられない。
近くでは土の肉人形が、ホリオカと格闘戦を繰り広げていた。
ホリオカはランカーのはずだが、かなり手こずっているようだった。思えば得意分野は潜入とかいう話をどこかで聞いたことがある。肉弾戦は苦手なのかもしれない。手を貸してやったほうがよさそうだ。
などと三郎が思った次の瞬間、攻勢だった肉人形の頭部に鬼火が炸裂した。仕掛けたのは青村放哉だ。
「喜べ、天才の登場だ」
北部隊には出雲もいたはずなのだが、なぜか彼一人である。
「仲間はどうした?」
「どうしたじゃねーよクソが。あっちも大変だったんだぞ。妖精どもは暴れだすわ、水妖は戻ってくるわでよ。ま、そいつらはこの俺さまがぶっ殺したからいいんだ。とにかく出雲もだいぶやられてな。戦えそうにないから帰らせた。あ、でも相楽は来るぜ。あいつは怪我人を運んでるだけだ」
相楽というのは、鳥居を背負った大男だ。その鳥居に刀を仕込んでいる。かなりの戦闘狂で、人の話を聞かない男だ。
放哉は顔をしかめた。
「だがちょっと待てよ? 東部隊はどうしたんだよ? 一人もいねーじゃねーかよ。まさかトンズラこきやがったのか?」
「かもな」
なんらかの理由で退いているのだろう。不調のナインは最初から戦力外。セヴンは欠席。さらには梅乃が戦闘不能となった。決定打を有するメンバーがいない。
会話の最中、土の肉人形が動き出しそうだったので、放哉がふたたび黙らせた。
「そいつ、中の精霊をぶっ潰さない限り死なないぞ」
「は? そういうグロいのは俺の専門外なんだが?」
青村の鬼火は敵を傷つけない。一時的に機能不全を起こさせるだけだ。
一子が仰向けの肉人形に近づき、風をまとった手刀を突っ込んで内臓をぐちゃぐちゃにかき回した。血液に混じって虹色の粒子も噴出したから、おそらく精霊もミンチになったことだろう。
放哉が口をへの字にした。
「お前の姉貴さ……なんつーか、やっぱアレだよな。どう見ても病んでるよ」
「ガキのころからああなんだ」
「そうなのか? せっかくの美人なのに、アレじゃあ勃つモノも勃たねーよな」
「そういう相談を俺にするな」
残りの肉人形も、ちょうど組合員が仕留めたところであった。
御巫の様子は思わしくなかった。
まだほとんど押し込めていないのに、早くも球体がガタつき始めた。持ち上げて飛ばすとかいう以前に、この場で割れてしまいそうだ。
「なんかヤバくねーか?」
放哉もさすがに危険を感じたのか、少し距離をとった。
たしかに不安定だ。黒い放射が、かすかに外部へ噴出しているようにも見える。
御巫はこれを安定させようと、じりじりとザ・ワンに接近している。もし近距離で放射に巻き込まれれば確実に消し飛ばされるというのに。それだけ本気なのだろう。
この件では、三郎たちにできることはない。
「距離をとりましょう……」
一子の提案で、球体から距離をとることになった。
十数名の御巫は、いまにも力尽きそうであった。もし一人が倒れれば、それだけで球体を維持できなくなりそうだ。早急に手を打たなければ、犠牲者が出るのは間違いない。
「あいつら、そろそろエネルギー切れみたいだな。俺たちのブースターでも貸したほうがよくないか?」
これにかぶりを振ったのはさやかだ。
「おそらく意味がありませんわ。ボディウェアを着ていない状態では、エネルギーの伝達ができないそうですし」
説明だけは一丁前だが、彼女はエネルギーが尽きたらしくほとんど戦いに参加していなかった。
「お前、もう帰っていいぞ」
「えっ?」
「頑張りすぎて、もう能力も使えないんだろ? ムリしないで帰れ」
「なっ……。ナンバーズ・サーティーンのわたくしに対して、いち組合員がそんなことを言いますの?」
「戦えないヤツのおもりをするのがイヤなだけだ」
「まっ! ちょっとお姉さま、三郎さんがわたくしをいじめますわっ!」
さやかが袖を引っ張るが、さすがの一子も苦笑いだ。
地面の闇だまりからシュヴァルツが身を起こした。
「黒羽の泣き虫ちゃんは、また駄々をこねてるの?」
「誤解ですわ! わたくしは最後までここに残りたいんですのっ!」
シュヴァルツはなぜか優しく笑った。
「じゃ、君の面倒は私が見てあげる。今回は頑張ってたみたいだし、特別にね」
「あら、ときめきますわね……」
「そういうのいいから」
戦いのさなかに鬱陶しいやりとりだが、しかしイチャつきに来たわけではあるまい。三郎はこう尋ねた。
「用件はそれだけか? ほかになにか言いたいことがあったんじゃないのか?」
「言いたいこと? 特にないよ。まあ、ナンバーズ・セヴンからいろいろ情報が送られてきたみたいだけど」
「戦いの役に立ちそうなのだけ聞かせろ」
「戦いの、というより、逃げるのに役立ちそうな情報ならあるよ。そろそろ政府が焦れてる。もし逃げるなら早めにしたほうがいいと思うよ」
とはいえシュヴァルツに焦った様子はない。
三郎はさらにせっついた。
「で? そういうお前は逃げないのか? まさか毒ガスを吸いに来たわけじゃないだろ」
「毒ガスの投入が延期されるという確信があるからね。ナンバーズ・ツーがこっちに向かってるみたい」
「あいつが? 力は戻ったのか?」
「たぶんね。ナンバーズ・テンが泣いちゃって可哀相だったな。私のせいだとか言っちゃって」
「あの女もよくやったほうだと思うが」
「ふたりにしか分からない事情があるんじゃないの?」
などと雑談をしていると、遠方からプロペラ音の近づいているのが聞こえた。かなりの低空を高速飛行しているらしく、バダバダとやかましい。
かと思うと、そのヘリが通過すると同時、上空からなにかが落下してきた。そいつは空中で姿勢を制御し、ふわりとアスファルトに着地。
赤い着物のオカッパ少女。ナンバーズ・ツー。呪禁長。狐のアベトモコだ。
彼女は両手を突き出すと、ザ・ワンの球体をさらに外側から強固に囲い込んだ。
「御巫のみなさま、お疲れさまでした。ここからは私が代わります」
ぐんと空間を歪め、さらに絞り上げた。球体の内部で無音の大爆発が起きている。気の抜けた御巫たちが、次々と崩れ落ちた。
トモコの力の強さは、はたから傍観しているだけでもじゅうぶん理解できた。エネルギーの軋みがビリビリと伝わってくる。
小さな背中だ。三郎はつい応援するような気持ちで見つめていた。
三郎は、自分の強さに苦しんだことはない。せいぜい幼少期に母親からいさめられたことがある程度だ。トモコの気持ちを理解することはできない。羨むこともない。人には向き不向きがある。ここはトモコに賭けるしかない。
そのトモコ、表情ひとつ変えず、特に苦にした様子もなく、淡々とザ・ワンを締め上げている。米軍のブースターも装着していない。これが彼女の素の力なのだ。
ふっとペギーが降り立った。先のザ・ワンの影響を受けたのか、エーテルが虹色に変化していた。
「優秀だね、こっちは誰も死んでないんだ」
「は? そっちは誰か死んだのか?」
「出雲に被害が出た」
それは放哉からも聞いた。しかし言い換えれば、被害が出たのは出雲だけということだ。ナンバーズに欠員は出ていない。
「なんか、凄い色だな」
「エーテル? おかげで強くなった気がするよ。青のほうが好きだったんだけどね」
力を調整するためか、ペギーはブースターを取り外していた。
するとシュヴァルツが不満そうな顔を見せ、背面から黒いエーテルを噴いた。
「神の加護とやらも、穢れた妖精には無関係だけどね」
もちろん三郎は空気など読まない。
「なんで穢れたんだ? 黒もカッコいいだろ」
「君は頭のアレな人なの? 少しは気を使ったら?」
「頭はアレじゃねーよ。率直な疑問ってヤツだ。言いたくなきゃいいよ」
シュヴァルツは肩をすくめた。
「他界のヘドロ野郎に騙されて、契約したんだ。水妖のうんと汚いヤツにね。知恵を授けてくれるって言うから。けど、不快な儀式が終わってみると、私は精霊を穢されて捨てられただけだった。おかげで姉さんの群れからも追い出されたよ。泣ける話でしょ?」
すると三郎が返事をするより先に、さやかがシュヴァルツの手をとった。
「なんて哀しい境遇なんですのっ! そのヘドロ野郎には、わたくしが必ず天誅をくだしますわっ! ですからそんなに落ち込まないでくださいね?」
「ヘドロ野郎はもう殺したよ。落ち込んでもいないし。私を追い出した姉さんのことは恨んでるけど……。というより、君は妖精のことになるとちょっとアレだね……」
「わたくしと一緒に暮らしませんこと? もし承諾してくだされば、なに不自由ない暮らしをお約束いたしますわっ!」
「私の話聞いてる? こっちは群れを持ってるんだから一緒には暮らせないよ」
「そうですの……」
トモコがいままさに神を殺さんとしているのに、じつに気の抜ける会話だった。
しかし楽観的な気分になるのもムリはない。
トモコの力は異常なレベルだった。押し込められたザ・ワンが苦痛のうめき声をあげている。
(続く)




