土蜘蛛ゲットだぜ!
後日、他界――。
黒い屋根が世界を覆っているものの、ドーム周辺だけは光に包まれていた。太陽が地上を照らしているというより、天そのものが輝いているせいだ。
「で、どこのどいつがナンバーズの何番になるんだ?」
まだ周囲には遺体が溢れていた。ファイヴ、トゥエルヴの遺体は埋めたものの、散らばった妖精たちの肉片はそのまま。灰と化したナインの残骸は見当たらない。おそらくイージスの放射で吹き散らされたのであろう。
さやかは自慢の縦ロールを指先でいじった。
「どなたが何番かはわたくしの一存では決められませんが、想定しているのは二名ですわ」
欠員は五名だから、そのうちの半数弱ということだ。
すると、ちょうどドームから人が出てきた。黒いボロをかぶった妖精――シュヴァルツだ。
「気配がすると思ったら、君たちか」
「あら、ちょうどいいタイミング。シュヴァルツさん、わたくしたちの仲間になりませんこと?」
この唐突な勧誘に、シュヴァルツは眉をひそめた。
「仲間? 人間たちと? お断りだね」
「人間だけじゃありませんわ。ナンバーズへお誘いしているんですの」
「どっちにしろダメ。自分たちの世界のことは、自分たちでカタをつけなよ。それより、ちょっと来て欲しいんだけど。君たちの仲間が目を覚ましたから」
「仲間?」
生き残りだろうか。機構の黒服かもしれない。
ドーム内へ足を踏み入れると、休憩所に誰かがいた。顔は分からない。包帯で全身をグルグル巻きにされて、その上からスーツを着た人物だ。
「さすがは我が友人たちだな。行方不明の俺を探しに来てくれたんだろう?」
そのセリフで、ようやくそいつが誰なのか分かった。ナンバーズ・ナインだ。
三郎は顔をしかめた。
「お前を探しに来たんじゃない。そもそも死んだんじゃなかったのか?」
「かろうじて生きているようだな。こうして外から抑えつけていないと、すぐに体が崩れてしまうがね」
包帯で拘束された腕をぷらぷら振ってみせた。
土蜘蛛も、老衰で死ぬ間際はしょっちゅう土くれに戻っていた。エネルギーを消耗しすぎるとそうなってしまうのだろう。
さやかが心配そうに駆け寄った。
「大丈夫ですの?」
「回復に時間がかかりそうだ。悪いが、しばらくここから動くことはできない。神の子は表へ出たようだな。いまどうなっている?」
「どう、なんでしょう……。ザ・ワンを名乗り、議事堂周辺を占拠したまま動きがありませんわ。政府も手を出せないようで」
「傷つかない身体というのは、それだけで信仰の対象となる。のみならず、桁外れた破壊力と、ある種の正統性まで備えているからな。アレを神だと認める人間が増えれば、各地で同調する動きが出てくるだろう。早めに処分したほうがいい」
「ええ、わたくしも同感です。けれども、検非違使からは許可もおりませんし、トモコさんも回復しないままで……」
この言葉に、ナインは目を丸くした。
「トモコくんが? 梅乃くんはなんと言ってるんだ?」
「梅乃さん? いえ、特には」
「トモコくんがダメなら、彼女に代わりをやってもらうしかない。なにせほぼ同系統の能力者だからね。出力には大きな差があるが……」
「務まりますの?」
「難しいかもしれない。しかし少し前まで、名草とアベはライバル関係だったんだ。その矜持を見せてくれれば、あるいは……」
これにさやかは首をかしげた。
「ライバルでしたの? あのおふたり、仲がいいからてっきりお友達なのかと」
「当人同士はね。しかし家同士はそうじゃない。ナンバーズ内でのポジションや、陰陽庁の仕事を奪い合うような間柄だ。古い家同士だから、表向きは穏やかに振る舞っていたがね」
成金の黒羽と違い、財力に任せてガミガミ言ったりしないということだ。
ナインは、乱れてもいないネクタイを直した。
「かつては両家の力関係も拮抗していたんだが……。ここのところの名草は、能力者としてはいまいちパッとしなくてね。その一方、アベは桁違いの能力者を排出してきた。特にトモコくんの誕生は決定的だったよ。両家のパワーバランスは一気に崩れた。しかし過ぎたるは及ばざるが如しとでも言うのか、あるとき、その力のせいで事故が起きてね……」
「例の陰陽庁の……」
「コントロールを失い、力が暴走したんだ。それで、陰陽庁の職員が大勢死んだ。修行中だった子供たちもね。トモコくんのお婆さんが止めに入ったんだが、その代償として命を落とした。以来、トモコくんはほとんど力を使わなくなった。だからこのまま力が戻らないのだとしたら、それは彼女にとって幸福なことなのかもしれない……」
「……」
さやかは言葉を失った。
三郎は電気の来ていない自動販売機で遊んでいたが、飽きて会話に参加した。
「かといって、あの力がないと俺たちも困るんだろ?」
「そこで梅乃くんだ。彼女なら、トモコくんほどではないが、近いことができる」
「機構のもってきたナントカカントカってヤツはどうなんだ?」
「ヘパイストスか? アレでもいい。というより、本来ならアレを主軸に作戦を展開すべきところだ。先日の戦いではどうしたんだ?」
「出番はなかったよ。周りに妖精がいっぱいいて、あのブタの盾になってたからな。あいつ、機械で妖精を操ってたろ? それでいまもスクリーマーを盾に使ってる」
「なるほど、それは考えたな。まずはスクリーマーを排除したいところだが……。埋立地ならともかく、議事堂にミサイルを撃ち込む許可が降りるとも思えんしな」
ヘパイストスの光線に殺傷能力はない。だから神の子にビームを照射しようと思うなら、まずは周囲の妖精たちを排除せねばならない。
これにさやかが補足した。
「間の悪いことに、いまヘパイストスの技術を巡って、アメリカと機構で揉めているようですの。なんでも、技術をよこせのなんのとケンカしているようで……。いまは利権争いに忙しくて、日本を気にかけてくれる様子もありませんわね」
「群馬も壁の建造を再開して、また埼玉とケンカしてたな」
三郎のその小ネタには、誰も反応しなかった。
ナインは肩をすくめた。
「ま、動ける人間が動くしかないということだ。放っておけば、あのテロリストのいいようにされるのは間違いない」
「けど、ホントに神ってダメなのか? 言ってることは立派だったぜ?」
「口ではいくらでも立派なことが言える。問題は、実際になにをするかだ。彼が議事堂に居座ってから、少しでも生活はよくなったのか?」
「いや、なんでか知らないが近所の店が潰れまくってる。毎日不便で仕方がない」
「日常を日常たらしめている機能がマヒしていればそうなる。おそらく彼にはなんらのプランもないんだろう。神になってしまったから、それらしく振る舞おうとしているだけだ」
「たしかに議事堂前でタムロってるだけだな。けど、それで? あいつはなにか楽しいのか?」
「さあね。直接話を聞いてみないことには、その真意は分からないよ。聞きたいとも思わないがね」
ナインはふっと鼻で笑った。
「それで? 実際のところ、君たちはここへなにをしに来たんだ?」
この問いには、さやかが応じた。
「ナンバーズが欠番だらけになったので、新戦力の補充に来たんですの」
「その欠番には俺も含まれているのかな?」
「ええ。けれども、誤った認識だったようですわね」
「ほかは? なにかアテはあるのか?」
「シュヴァルツさんをお誘いしたのですが、断られてしまいましたわ。あとは、候補がもうひとり」
「阿弖流為か」
三郎の知らない名だ。
さやかはしかし降参とばかりに笑みを漏らした。
「さすがですわね。土蜘蛛の縁者が、こちらへ来たとうかがいましたの」
「しかし彼女は……なんというか、かなりの変わり者だぞ。説得するのは難しいと思うが」
「変わり者なら、なおさらナンバーズがお似合いではなくて?」
「場所は分かるのか?」
「存じ上げませんわね。ですので、いまから教えてもらおうかと」
「悪いが俺は力になれない」
「いえ、いつも上から見下ろしてるおじさまに教えていただきますわ」
エントランスから外へ出ると、巨大な眼球が出迎えた。
超越者だ。
呼ばれたのを察知したのだろう。彼は世界に起こるあらゆることを監視し、記録している。その職務をまっとうするため、眼球以外の身体を破棄したほどだ。
「阿弖流為の居場所が知りたいのか。それなら検非違使の庁舎にいるはずだ」
「助かりますわ。ありがとうございます」
庁舎はそう遠くない。道路が整備されていないから、黒羽のジャガーはオフロードを行くハメになるが。
超越者は、しかしすぐには立ち去らなかった。
「神の子についてだが……。人間に乗っ取られたとはいえ、心まで失ったわけではないようだ。いまは人間に身を委ねているだけでな。もし殺すつもりなら、自我が目覚める前に実行したほうがいい。アレの心は怒りに満ちている」
ナインもシュヴァルツもドームに残った。
ジャガーの運転席には執事、助手席にはマゴット、そして後部座席にさやかと三郎が座した。
「なあ、そのナントカってのはどんなヤツなんだ? ガイジンか?」
「阿弖流為さん? お会いしたことはありませんけれど、わたくしたちと同じ日本人ですわ。いえ、人であるかどうかは判然としませんけれど」
「そいつが、なんで他界に?」
「彼女、もともと出雲にあずけられてましたの。とはいえ正式な所属ではりませんでしたから、まあ、居候のようなものですわね。話によれば、ずいぶんものぐさな性格らしく……。夜の世界に行けば、ずっと眠っていられると思ってこちらへ移住したのだとか」
「大丈夫なのかよ……」
頭が大丈夫なのかも疑問だったが、そんなのをナンバーズに引き入れる意味があるのかという疑問も生じた。
さやかはふっと笑った。
「土蜘蛛の特徴はご存知? 打撃力はありませんが、かなりタフですの。それに、大地に干渉する能力があるから、地形を使った戦術にも期待ができますわ」
「先代の爺さん、そんな凄いヤツには見えなかったけどな」
「あのかたはお歳がお歳でしたもの。けれども、阿弖流為さんはわたくしたちよりお若いはずですわ」
「そいつ、ちゃんと学校は出てるのか?」
「さあ……」
阿弖流為はすぐに見つかった。
せっかく庁舎があるのに中へは入らず、地べたに大の字になってごろごろしていた。服はボロボロの半裸で、貧国の浮浪児のようだ。
この周辺はまだ屋根があるから暗い。おかげで危うく轢きそうになって、ジャガーは急ブレーキをかけた。
が、焦っているのは三郎たちだけだった。阿弖流為は眩しそうに車のヘッドライトをよけたきり、寝返りを打って無視を決め込んでいた。車に轢かれたくらいでは死なないから、危機感もないのだろう。
さやかは車を降り、仁王立ちになって告げた。
「ごきげんよう、阿弖流為さん。探しましたわ」
「誰じゃ?」
見た目もそうだが、阿弖流為は声も幼かった。
「わたくしはナンバーズ・サーティーン。黒羽さやかです。あなたをお迎えにあがりましたわ」
「お迎え? どこへじゃ?」
「東京です。あなたにはナンバーズになっていただきますわ」
「うへぇ。面倒な……」
見た目はおさげ髪の幼女だが、態度はまるでニートそのものだった。露骨に顔をしかめ、ぼりぼりと脇腹を掻いている。
「いま世界は大変な危機に直面しています。巨悪と戦うため、どうしてもあなたの力が必要なんですの。ですから、わたくしと一緒に行きませんこと? ねっ?」
「いらんのぅ」
「……」
度を超えた無気力さだ。
彼女は寝そべったまま花をむしり、もそもそと食い始めた。しかも食べてる途中で飽きたのか、そのまま動かなくなった。
三郎もつい噴き出してしまった。
「おい、どうもダメっぽいぞ。もう諦めようぜ。だいいち、こんなノロマじゃ戦いの役に立たないだろ。誘うだけ時間のムダだぜ」
とはいえ、本心ではなかった。挑発すればいくらか反応があると思ったのだ。
阿弖流為はいちど振り向いたが、すぐに興味をなくして口を半開きにした。
「さよう。わしはなぁーんにもしとうないのじゃ。こうして花に囲まれて、ずーぅっと寝そべっていたいのじゃ。眠たくなったら寝て、起きたいときに起きる。これが極楽なんじゃぁ……」
さやかはしかしあきらめなかった。
「あなた、どら焼きがお好きのようですわね」
「食べたいのぅ……」
「ええ。食べさせて差し上げますわ。飽きるほど」
「む?」
すると執事が降りてきて、トランクから包装された菓子箱を取り出した。それも一箱ではない。山のように抱えている。
それを、ドッと阿弖流為の前に置いた。
「どら焼きを用意させていただきましたわ。いつお会いできるか分からなかったので、作りたてをそのまま、というわけにはいきませんでしたが……。味は保証します」
「ん……」
横になったまま手を伸ばしたから、箱が崩れて阿弖流為の頭に落ちてきた。しかし気にしたふうもなく一箱つかみ、ビリビリと開け始めた。
「どら焼きじゃあ」
「もしわたくしと来ていただけたら、極上のどら焼きをご用意いたしますわ。つぶつぶのあんこがほくほくしていてとってもおいしいの」
「うむぅ……」
しかし生返事をしたまま、阿弖流為はどら焼きを口にすることなくうとうとし始めた。のみならず、寝息まで立て始めた。
さすがのさやかもぽかーんとした表情だ。
「え、あの……いま、わたくしと会話してましたわよね? その最中に寝ましたの? いったい、どうやったらそこまで自堕落に……」
ふと、マゴットが降りてきた。刈込鋏を手にしている。
「囲まれてる……」
「えっ?」
「白いやつ……」
スクリーマーだ。
三郎も車から降りた。
先日大量に処分したはずだが、まだ生き残りがいたらしい。とはいえ、ここにいる群れは十数体といったところだが。
ひとたび吠え出せばとんでもなくうるさいが、花の上を走っているときはまるで音を立てないからタチが悪い。
阿弖流為もさすがに身を起こした。
「まぁーたうるさいのが来よったか。面倒じゃのぅ」
ズシンと大地が揺れ、周囲のスクリーマーが忽然と姿を消した。彼らの足元だけが掘り下げられたのだ。次の瞬間、その穴も土で埋め立てられた。
一瞬のうちに、すべてのスクリーマーが生き埋めとなった。はじめから、そこにはなにもなかったかのように。
阿弖流為はどら焼きの袋をあけようとし、途中で力尽きて寝ていた。
これだけの術を、寝ぼけながら片手間にやりおおせたということだ。ただのニートではない。
三郎は久々に震えた。
「あのガキ、かなり使えるぞ」
「ええ。けれどもお話をしようにも、あの様子では……」
だが三郎、ハナから会話などするつもりはない。阿弖流為の脇にしゃがみ込み、軽々と肩に担ぎ上げた。
「トランクを開けてくれ。持って帰るぞ」
「……」
「シンプルな話だ。要するにこいつは、寝ながらどら焼きが食えればいいんだろ? 現場でもその線で行こうぜ。ザ・ワンの前に置いとけば、勝手に応戦してくれるだろ」
「あきれますわね……」
阿弖流為は抵抗しない。持ち上げられても脱力したままだった。
(続く)




