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新秩序 -New Order-  作者: 不覚たん
ゴッドリング編

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31/67

ミッシングナンバー

 いつでも始められる。

 三郎は他界の空気を吸い込み、ゆっくりとはいた。空気に絶えず花のかおりが混じっている。

「なあ、六原。最後にイッコだけ聞かせてくれや」

「なんだ?」

「お前、ファイヴは殺らねーのか?」

 どうせまたくだらない世間話だろうと思っていた三郎は、思わず口ごもった。

 ナンバーズ・ファイヴ。六原と黒羽を争わせ、大虐殺を引き起こした張本人だ。その後も自己の利益のために問題を起こし続け、そしていまも死した巨人に寄生して迷惑をかけ続けている。

 三郎はまたひとつ呼吸をし、ふっと笑った。

「殺りたいとは思ってる。だが、ワケあってずっと延期になっててな」

「ほっといたらツーにぶっ殺されるぞ? あいついまちょっと怒ってるから、もしかしたらミンチになるまでやるかもしれねぇ。そしたら仕返しのチャンスもなくなるぞ」

「なにが言いたいんだ?」

「だからよォ、こっちはソッコーで終わらせたほうがいいってハナシだ。お前が俺に秒殺されなけりゃ、だけど」

「じゃあ、喋ってないで始めようぜ」

「オーケー」

 両者、もちろん会話の最中だろうと始められる状態だった。

 直後、パァンという炸裂とともに落雷が起き、コンクリにヒビが入った。三郎はとっさに飛び退いたが、決して自力で回避したわけではなかった。コントロールがアマい。よけなくても当たらなかった。というより、避けようと思ったときにはすでに終わっていた。

 はやいなんてもんじゃない。知覚する前に終わっている。

 トゥエルヴは涼しい顔で、車椅子の肘掛けに頬杖をついていた。

「おっと、外したか。けど、そのうち当たるからな。せいぜい逃げ回れ」

「この野郎……」

 パァン、パァンと、連続で来た。落雷そのものは光の速度で来るかもしれない。しかし術者が人間である以上、その本人が目で追えなければ狙うことはできない。

 三郎は風の力を使ってとにかく移動した。

 落雷はその後ろをパァン、パァンと追ってくる。かと思うと、目の前に落ちて三郎は方向転換した。しかしやはり、精度は高くない。

「チョロチョロチョロチョロ、ネズミみてーだな。おとなしく死ねよ」

「うるせーボケ」

 三郎は一気に距離を詰め、真空波で切り込んだ。

 が、パァンと車椅子に放電が起こり、その直後、凄まじい軌道でトゥエルヴが遠ざかっていった。

 車椅子だからといって、動けないわけじゃない。むしろそこらの人間では追いつけないほどのスピードで動く。

 三郎もいちど飛び退き、落雷を回避した。見てから避けたわけではない。どうせそこへ撃ってくるだろうと思ったのだ。

 呼吸して気持ちを落ち着け、三郎は攻略法を思案した。

 トゥエルヴの戦法は分かった。遠ければ落雷を仕掛けてくる。近ければ逃げる。それだけだ。対処法はある。

「おいどーした六原、なすすべもなく棒立ちか?」

「は? そっちこそ棒座りだろ。お前の弱点はもう見つけた。この勝負、俺が勝たせてもらう」

「言うじゃねーか。ま、弱点なんてのは、わりとよく見つかるもんでな。大事なのは、そいつが可能かどうかってことだ」

「見せてやる」

 三郎はふたたび疾駆し、ジグザグの軌道で距離を詰めた。おそらくまっすぐ突っ込んだら落雷の直撃に合う。実際、トゥエルヴはやや焦った様子で落雷を連発した。どれも当たらない。

 が、あと一歩というところで、またしても車椅子が急発進。三郎の届かない位置までぶっ飛んでいった。

「さすがに迅いな六原。だが、さっきの展開となにが違うんだ? お前は俺に近づくことすらできねぇ」

「うるせーよ」

 とはいえ、さすがに落雷の連発は厳しいのか、トゥエルヴにはやや疲労の色が見えていた。そして六原は、もっとスタミナを消費していた。短距離とは言え、信じられない速度で走り回った。おそらく全力のチーターよりも走った。ずっとは続けられない。

 三郎は、またしてもジグザクに駆け出した。

「バカのひとつ覚えかよッ」

 パァンとコンクリが爆ぜた。三郎のすぐ近く。ダッシュのスピードが落ちているのか、トゥエルヴが狙いをよく定めたのか、あるいは偶然なのかは分からない。しかしこれだけ連発されては、そのうち直撃することもあるだろう。

 やっとの思いで近づいたが、車椅子は無慈悲にもパァンと飛び去った。

「ったく……。根性は認める。そのスピードもな。だが鬼ごっこしてるんじゃねーんだぞ。お前、ホントに勝つ気あんのか?」

 トゥエルヴは滴った汗を、手の甲で拭った。さすがに厳しくなってきたか。

 三郎は血まみれのシャツをまくりあげ、顔を拭いた。あまりの猛ダッシュで、吐きそうなほど心臓が鳴った。

「勝つ気? もちろんあるぜ。つーかお前、そうやってこの場を支配しているようなツラしてるけどな。そういう慢心が命取りになるんだぞ」

「慢心したくもなるだろ。高貴な龍神の力を、ネズミ退治なんかに使ってるんだからな」

「お前はそのネズミに殺される」

「あ?」

 その瞬間、事前に仕掛けておいた風の罠が炸裂した。

 凶暴な風が刃と化し、トゥエルヴの車椅子を襲ったのだ。結果、車輪がひとつと、トゥエルヴの右足が切り落とされた。

「ンだこれッ!?」

 パァンと稲妻で車椅子を加速させるが、もう遅い。片輪になった車椅子は、まともな走行もできずに暴走。ギュンと回転しながら横転した。

 トゥエルヴはうつ伏せのまま、コンクリートの地面に放り出された。

 右手を伸ばして稲妻を放とうとしてきたので、三郎はその手を風で切り落とした。

「ぐぎィッ、てめぇ……」

「分かったか。これがセンスの違いってヤツだ」

 とはいえ、姉から技を盗んでいなかったら為す術もなかった。

 トゥエルヴは苦痛にうめきながらも、短くなった腕でなんとか仰向けになった。

「あークソッ! 完敗だッ! まさかこんなに強ぇとは思わなかったぜ」

「やっと理解したか。俺が最強だってことを」

「いや最強ってことはねーだろ。聞いたぞ。お前、姉貴に負けたんだってな」

「負けてない。あいつが試合放棄したんだから、むしろ俺の勝ちだろ」

「言ってろ」

 しかしトゥエルヴの表情は、どこか晴れがましかった。大きく呼吸をし、大の字になった。

「なあ、俺の腕さ、いますげー痛ぇんだ」

「殺してやろうか」

「話が終わってからだ。でな、足のほうはよ、ちっとも痛くねーんだわ。なんだかなって思っちまうよな」

「恨んでるのか、家族を」

「いや、そういう話じゃない。それはまぁ、俺のやったことだし別にいいんだよ。ただ、痛ぇってのがどんなのか久々に思い出してよ。生きてる感じを噛み締めてるワケだ。だがこうなってみると、痛ぇのはやっぱイヤだな。家でじっとしてたほうがよかったぜ」

「……」

「おいなんだそのツラ? べつに殺すなって意味じゃねーよ。普段どんなに威勢のいいこと言ってても、人間、死ぬ間際ってのはしおらしくなるもんだろ。その点においては、この俺さまも例外じゃねぇ。いや、マジで痛ぇな。そろそろ殺ってくれ」

「オーケー」

 真空波を放ち、三郎はトゥエルヴの首をねた。

 浦井真人、絶命。

 ナンバーズ・トゥエルヴは欠番となった。


 三郎はふらふらしながらエントランス前の階段へ到達し、どっと腰をおろした。

 二連戦はさすがにキツかった。

 どんなに風を張ったところで、稲妻は防げない。だからとにかく逃げ回らなければならなかった。もうスタミナは残っていない。

 となりに八雲が来た。

「六原、なかなかやるな」

「ナンバーズ・エイトか。あんたの相手はどうなったんだ?」

「寝てるよ」

「殺さないのか?」

「あの様子ではな……」

 青村兄弟は並んで眠っていた。兄のほうには応急処置がほどこされている。八雲がやったのだろう。

 三郎はせっつかれるように肺を動かし、何度も深呼吸した。

 とにかく酸素を取り込み、体力を回復させねばならなかった。このあと神の子を殺すことになるのだ。みんなが説得されていなければ。

 いくら上空からサーチライトの支援を受けているとはいえ、一寸先は闇という状況に変わりはない。だから目を凝らしても、姉や神の子がどうしているのかはよく見えなかった。

 ただし空気がざわついているから、なにかが動いている気配は感じる。


 ふと、アベトモコが戻ってきた。手にはコの字型の、黒い倒木のようなものを引きずっている。

 次第に近づいてくると、それが干からびた人間であることが分かった。頭があり、腕があり、足がある。ただし肘や膝から先がなく、手足は極端に短くなっている。

 八雲が目を細め、野太い声でつぶやいた。

「ナンバーズ・ファイヴか」

 小型のミイラだ。表面は黒光りする奇妙な膜に覆われており、およそ人間とは思えぬ容姿をしていた。

 トモコは三郎の前にそれを引きずり出すと、つめたい目で言い放った。

「六原さん、これを。どう処理するかはお任せします」

「……」

 そいつには目さえなかった。膜に覆われて口も開いていない。仰向けのままもぞもぞうごめいているだけだ。

「こいつ、まだ生きてるのか?」

「はい。死体を与えれば、たぶんいつもの調子で話し始めると思います」

「首のもげたやつでも?」

「もげていない死体をオススメします」

 さいわい、ここらは死体で溢れている。

 三郎は立ち上がり、適当な妖精をピックアップした。念のため四肢をすべて切り落としてから、髪を引きずってファイヴの前に転がした。

 すると死臭を嗅ぎつけたのだろう。ファイヴは短い手足をわちゃわちゃ動かしてうつ伏せにひっくり返り、まるで昆虫のような挙動で死骸に覆いかぶさった。強引に妖精の口を開き、そこからぐいぐい入り込んでゆく。

 アゴが破壊され、口も大きく裂けて、喉が異様に膨らんだ。

 遺体はしばらく苦しそうにびちびち跳ねた。かと思うとカッと目を見開き、アゴをガコガコ動かして体の調整を始めた。

 しばらくすると落ち着いたのか、静かに呼吸を始めた。

「感謝するぞ六原三郎。我を生かすというわけだな」

「いや、そうじゃない。殺すために体を与えたんだ」

「まあ話を聞け」

 もちろんそのつもりだ。

 最後の言い分を聞いて、その上で殺そうと思ったのだ。

 知ってか知らずか、ファイヴは大上段から語りだした。

「貴様は誤解しているかもしれぬが、長野で起きた事件は、ただ我一人の計画したことではない」

「黒幕がいるのか?」

「さよう。黒羽アヤメだ。あやつが我をそそのかし、あのようなことになったのだ。考えてもみよ、我は死体をひとつしか扱えぬ。虐殺などしたところで、ほとんどの死体は捨て置くしかないのだ。それでいったい我になんの得がある?」

 しかしこのウソは分かりきっている。

 ナンバーズ内で特別な権限を持つ書記長のシックスと、財力を背景に発言力を増してきたサーティーンを争わせ、両者を弱体化させるのがファイヴの目的だ。アヤメにとってはデメリットのほうが大きい。黒羽もあの事件の被害者だ。

 反論がないのをいいことに、ファイヴは得意顔で続けた。

「今回とて同じことよ。テロリスト側に加担するよう、アヤメから依頼を受けたのだ。むろん、我とて神の肉体は欲しい。しかし今回は母親の死体で妥協し、神の肉体はあの宗教屋に譲ることとした。アヤメの主目的は、テロリストのバックアップであるからな。我は新たな体を欲したに過ぎん」

「そうか。分かった」

 三郎は真空波を起こし、妖精の胴を激しく切り裂いた。

 表面の肉が削げると、肋骨の内側に小さくうずくまるファイヴの姿が見えた。

「なにをするのだ六原三郎……。いまの話を聞いていなかったのか?」

「いや、聞いてたよ。ただ、どんなことを話すのか興味があっただけだ。実際、お前の言うことが本当だとして、そういうのはもういいんだ。お前が善人だとしても、正義のヒーローだとしても、神だとしても、どうでもな」

「正気か、貴様?」

「お前はいちばん大事なことを忘れてる」

「大事なこと? 金か?」

「木下さんへの謝罪だ」

「き、木下……? あんな末端の事務員のことを……」

「ま、そういうことだ」

 疲れているはずなのに、三郎はつい全力を出してしまった。フルパワーの真空波を放ち、コンクリを叩き割る勢いでぶちかました。

 結果、ファイヴの体は上下に分断された。断面から黒い汚水を撒き散らし、ファイヴの体はビクビクと痙攣。やがてその痙攣すらも停止した。

 ナンバーズ・ファイヴ、欠番。


(続く)

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