スクランブル
居合わせたナンバーズは、スリーの代理のシュヴァルツを含めても七名。
どれもあまり主張の強いメンバーではない。口うるさかった麗子も、すでにさやかに役目を譲っている。頼りないメンバーばかりとも言える。
一子はピシャリと自分の頬を叩いた。
「まずは……ナンバーズ・ツーから順に所見を……ここにいるメンバーだけで……神の子とその母を殺処分することは……可能だと思いますか……?」
しかしツーのトモコが判断を保留し、現場を見ていないシュヴァルツも保留とすると、残りの面々は不可能との判断を示した。
結果、保留が二、不可能が四。つまり、誰ひとりとして勝てると主張したものはいなかったということだ。
一子はこう続けた。
「では次……このまま彼らを放置して……撤退すべきと思うかどうかについて……」
ざわめきが起きた。
逃げるかどうかの判断を、ひとりずつから聞き出そうというのだ。
これに湖南が眉をひそめた。
「書記長、あなたはどう思うんです? 自分の意見は出さないで、僕たちにばかり答えさせるなんて。なんのための会議ですか? どうせ決定の責任を僕たちに押し付けたいだけでしょう?」
彼はもともと躯喰みに嫌悪感を示していた。その不満がここへ来て表出した格好だ。
梅乃が見咎めるが、湖南は意見を撤回しない。
一子はしかし動揺することなく、つめたい瞳のまま進行した。
「苦情はあとで聞きます……ではツーから……」
これにトモコが即答した。
「私は逃げるつもりはありません。たとえひとりでもやります」
まだ十代の少女だ。地下でなにを見てきたのかは、三郎たちには分からない。しかし普段穏やかなトモコが、これほど闘志を剥き出しにしているのだ。おそらくフルパワーでやるだろう。
一子は淡々と進めた。
「ではスリー……」
「やるよ。姉さんの遺体を見つけないといけないから」
「エイト……」
「保留する」
「テン……」
「保留します」
「イレヴン……」
「バカげてる。撤退すべきだと言ってほしいんでしょう? お望み通り、撤退に一票投じますよ」
「サーティーン……」
「申し訳ありません、判断いたしかねます」
意見は出揃った。
交戦派が二、保留が三、撤退が一。
一子はゆらりと立ち上がった。
「では結論を出します……交戦しましょう……ここで決着をつけます……以上……円卓会議を終えます……」
「……」
書記長には絶対的な権限が与えられている。必ずしも多数決では決しない。ナンバーズの初代メンバーがそのように取り決めたのだ。
納得しないのは湖南だ。
「ちょっと待ってください。なんのための会議だったんです? 僕たちの意見は無視ですか?」
「聞いた上での結論……よ……従いなさい……」
「横暴だ。僕たちが素直に従うと思って、強権を発動している。看過できない」
「緊急事態なの……それ以上言うなら……内臓を喰う……」
「……」
猪苗代湖南は、桁外れた再生能力を有している。およそ通常の方法では死ぬことができない。となると、一子にかかれば必ず生きたまま食われることになる。だから躯喰みを苦手にしていた。
一子もしかし喰うつもりはあるまい。黙らせたかっただけだ。
やや離れた場所から眺めていた三郎は、意外にもまともな姉の仕切りに感心していた。
初代ナンバーズは、どいつもこいつもバケモノじみた強さだった。おかげでザ・ワンを眠らせることができたわけだが。凶暴な連中を束ねるため、議長には相応の高潔さが要求された。
合議により、議長を兼ねる書記長の座には初代シックスが選出された。それと同時に、メンバーからの監視と抑制を受けることにもなった。力の行使には責任が伴うのだ。
ところが長野での抗争により、シックスはしばらく欠番となった。その後、一子はロクな引き継ぎもないままそこへ押し込まれ、口うるさい連中にいいように使われながら、のらりくらりとやり過ごしてきた。力と向き合うことを避け、日和見主義でやってきたのだ。
しかしいまは違う。力と向き合っている。向き合わざるをえない状況でもある。
「お姉さんとは和解したの?」
ペギーがP226のチェックをしながら話しかけてきた。彼女は、他のメンバーと違ってあまり負傷していない。
三郎は肩をすくめた。
「俺が一方的に敵視してただけだ。そもそも対立してたわけじゃない」
「じゃあ、敵視するのをやめたの?」
「無抵抗の相手をなぶっても仕方がないからな」
「無抵抗ねぇ」
ペギーが噴き出したのもムリはない。三郎は一方的にやられていた。
「あくまで今後の話だ。もう全部終わった。ま、向こうがやる気になったら話は別だが。それより、あんたはどうするんだ? ナンバーズはその気になってるが、機構まで付き合う義理はないだろ。どうも分の悪い戦いになりそうだしな」
これにペギーは眉をひそめた。
「なんで私がこの銃を使ってると思ってるの? 私だって終わらせたいの。この、神を使ったビジネスってやつを」
「神が死んだら仕事も減るぜ」
「哀しいことはもっと減るでしょ」
このまっとうすぎる回答に、三郎は噴き出した。
「ごもっともだ。一連の騒動さえなけりゃ、行きつけの弁当屋が店を畳んだり、楽しみにしてたアニメが打ち切りになることもなかった。いや、あのアニメはどっちにしろ長く持たなかったかもしれないが」
「それぞれ理由があってここにいる。もちろん仕事だからってのもあるけど」
「いいぜ。そっちのほうが信用できる」
「ふふ」
ペギーは銃のスライドを引き、デコッキングして腰ベルトに差した。
するとサイードが渋い表情でやってきた。
「だが問題がひとつあるぜ。外に待機させてるヘパイストスは一台きりだ。神の子と教皇、両方が同時に暴れ出したら止められない」
黒服の応急処置をしていた麗子がやってきて、ふっと鼻で笑った。
「それなら平気よ。トモコさんがいるもの。神の子はともかく、ファイヴが操ってる母親のほうは、彼女ひとりでなんとかできるわ」
「……」
三郎はしかし半信半疑だった。
トモコのヤバさは、話ではよく聞く。三郎も一部なら目撃した。しかし実際にそこまでの脅威を感じたことはない。この手の伝説にはたいてい背びれや尾ひれがつくから、実際に見たらガッカリということも多いのだ。
「ま、そいつが肩透かしじゃないことを祈るぜ」
「あなたずいぶん余裕だけれど、まだ風は使えるの?」
「俺はランカーの六原三郎だぞ。それに、あのヤバい薬のおかげで傷もふさがったようだしな」
強がってはみたものの、たんに痛みが引いたというだけだ。失われた血液までは戻ってこない。風だって少しは起こせそうだが、あの全力の一撃には遠く及ばない。姉なら下へ行ってスクリーマーを喰うという補給方法があるのかもしれないが、三郎はそれをしようとは思わない。
突如、ダーンと音がした。
出雲の相楽だ。電気の通っていない自動販売機に体当たりを食らわし、正面から大きくへこませた。バラバラ落ちてきたジュースを取り、ごくごくと飲み始めるという乱暴ぶり。
三郎もそこへ行き、ペットボトルのコーラを拾った。
「もらうぜ」
「おう」
スポーツドリンクもいいだろう。しかしいまはカロリーが欲しかった。動き回るにはとにかくカロリーがいる。血圧がどうこういう以前に、水圧が足りていなかった。飲めば飲んだだけ吸収し、活力になっていくのが分かった。
「最高だ」
手の甲で口元を拭い、空いたペットボトルをゴミ箱へ叩き込んだ。
「姉貴、作戦はあるのか?」
「ない……」
「そうか。じつは俺もない」
「……」
一子は、だったらなんなんだという抗議の目を向けてきた。が、三郎の狙いは別のところにある。こういう話を始めると、たいてい意見のあるやつが乗ってくる。それを待った。
が、誰も口を開かない。
いればいたで理屈っぽい男だったが、こうなってみるとナインという人物の存在の大きさに気付かされる。
しばらくすると、さやかが意を決した様子で口を開いた。
「あの、わたくしにひとつ考えが」
「どうぞ……サーティーン……」
一子の許可を得て、さやかはほっと安堵の表情を浮かべた。
「閉所での戦闘では、敵側に利があると感じました。なので、地上へ誘い出して応戦すべきだと思いますわ。フィールドを広く使えば散開できますし、ターゲットも分散できます」
「いい案だけれど……どうやって地上に……」
これにトモコが乗ってきた。
「私が引きずり出します」
穏健派のはずだが、今日の彼女はやけに好戦的だった。ナインを灰にされて怒っているのかもしれない。
ドームを出てみると、黒い妖精たちとスクリーマーの戦闘は終結していた。すでに妖精たちの姿はなく、転がっているのは切り裂かれたスクリーマーの肉片ばかり。洗脳装置を破壊する必要はなくなった。
花畑は、いまや血なまぐさい虐殺現場と化していた。
一同の目当ては、駐車場に設置された巨大な搬入口。
これはセントラル・クレイドルから巨人を運び出すための通路である。ただし電気も来ていない上に、昇降機は壊れかけている。機能しているのは巨大な縦穴としての用途だけ。
穴を覆う鋼鉄のカバーは、手動でハンドルを回せば開閉するようになっていた。やや重いハンドルであったが、相楽が力回せにぶん回してすぐに開けた。
扉が開ききると、底も見えぬ大穴が姿を現した。
トモコが穴の前に立った。
そっと両手を合わせ、意識を集中させ始めた。やがて彼女の背面から、丸太のような青白い腕が出現した。アベや名草には鬼の腕と伝わっている。しかしいまになってみれば、これは巨人族の腕であろう。
その腕は、しかしまだ使わない。
トモコは自分の手を使い、袖口から取り出した形代を穴へバラ撒いた。人の形を模した和紙だ。アベが術を使うのによく用いる。
やがて形代は青く燃え盛り、火の玉となってセントラル・クレイドルへ降り注いだ。まさしく火の雨だ。ただし熱を持たない幻の炎であり、威嚇以上の効果はない。
だがファイヴはこの挑発に乗った。
火を放たれたと思ったのかもしれない。いや、罠だと分かっていても、巨人がドームの外に出ようとしたらこの穴しかない。
飛び出してきた教皇の足を、青白い豪腕が掴んだ。トモコはもう一方の鬼手で穴の縁を掴んで引きずられるのを堪え、力に任せてファイヴを引きずり降ろした。
ダーンと派手な音とともにコンクリートが砕け散った。教皇の体長は三メートルから四メートル。これでも巨人族にしては小柄なほうだ。出産時に下腹部を突き破られたらしく、そこは赤黒い大きな空洞となっていた。もちろん死んでいる。ファイヴは死体しか使えない。
「ぐっ、貴様らァ、またしても我の邪魔をするかッ」
というより、ナンバーズはテロリストと交戦しているのだから、そこに割って入ったらどう考えても排除対象となる。教皇の死体を回収するタイミングがいましかなかったとはいえ、やってることがあまりに雑だった。
トモコは無表情のまま、鬼手に力を込めてファイヴの足首を握りつぶした。その肉片は、まるでプリンのように四方八方に飛散した。
「待て。我がなにをしたというのだ。転がっていた死体を使っただけであろう」
「ナインさんを攻撃しました」
「正当防衛だ」
「……」
トモコはもはや返事もせず、真上から拳を振り下ろし、ファイヴの無事な足を粉砕した。
「貴様ァ……」
するとトモコは向きを変え、穴の中に手を突っ込んだ。かと思うと巨大な胎児を鷲掴みにし、遠方へ放り投げた。着地と同時、そのエネルギーを反射した黒い放射が起きた。イージスだ。近くで巻き込まれたら焼き払われる。
胎児のサイズは二メートル強。しかし人間と違ってごく分厚い。縦にも横にも奥にも二メートルある。
「ア……アァ……」
まだうまく声が出せないのか、神の子は泣き声をあげることさえかなわないらしかった。
技術者たちはドームの影でヘパイストスを準備している。一子の指示があればいつでも発射できる状態だ。
ここからは混戦となる。
教皇はトモコがひとりでなんとかする。残りのメンバーは神の子へ対処することになっている。
ただし、無闇に攻撃を仕掛けるわけにはいかない。神の子はイージスというバリアを持っている。これを叩けば数倍の威力で焼かれる。
ヘパイストスで神の子のイージスを無力化し、その間に集中して叩くことになる。
両足を潰されたファイヴは、しかし背面からエーテルを噴いて飛翔した。トモコは凄まじいスピードで追跡を開始。
残りのメンバーは、神の子に集中するべきであろう。
そのとき――。
「おいおい、ひでぇじゃねーかよ、まだ終わってねーのによ」
正面ゲートから、血まみれになった青村放哉が姿を現した。
その背後には車椅子のトゥエルヴもいる。
どうやら始末しきれなかったらしい。とはいえ、放哉は自慢の右腕を失っていた。その上、出血多量で顔がゲッソリとやつれている。
トゥエルヴは無傷だ。
「おい、無理するな。寝てろ」
「あ? ここから逆転すんのがおもれーんだろーが。俺は天才だぞ? 絶対に死なねーんだよ」
「ふん」
すると放哉の妹、雪が歩み出た。
「兄の始末は私がつける。みんなは手を出さないで」
「ヒャーハハハァ! ウケんぞ雪ィ! テメー、お兄ちゃんに勝てると思ってんの? いままで一度でも勝てたことあったのかよ? あ?」
「うるさい。貸したお金ぜんぶチャラにしてあげる。その代わり死ね」
だがこれに納得しなかったのはトゥエルヴだ。
「ま、兄妹同士で勝手にヤってろって感じだな。それで、俺の相手をしてくれるのはどいつなんだ? 一匹じゃなくていいぞ。全員でもな。あ、やっぱ全員はダメだ。全員でもいいが、せめて順番にしろ」
するとドームのエントランスから、靴音を鳴らしてもうひとりの男が現れた。
「では、その戦いには俺が立候補しよう」
ナンバーズ・ナインだった。本人は無傷に見えるが、自慢のスーツもネクタイも黒焦げになっている。
トゥエルヴは渋い表情を浮かべ、スキンヘッドの頭をなでた。
「テメー、不死身か? キッチリぶっ殺したと思ったんだがな」
「散華長が散華してれば世話ないだろう」
「いいよな、そのなんちゃら長ってヤツ。俺も右衛士じゃなくてなんちゃら長がよかったよ。お前を殺したら、次は俺が散華長になろうかな」
「円卓会議が承認すればな」
「めんどくせーシステムだよな。いや待てよ。先に書記長になれば、その権限で散華長にもなれるってことじゃねーのか?」
「円卓会議が承認すれば、な」
ともあれ、外野の相手も決まった。
三郎が立候補してもよかったが、ここまで来たからには一番の大物とやりたかった。奇妙なうめき声をあげながら、もぞもぞと近づいてくる巨大な胎児。ザ・ワンの遺児でもある神の子と。
(続く)




