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新秩序 -New Order-  作者: 不覚たん
ゴッドリング編

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28/67

たとえ翼をもがれても

 一子の案内で、ドーム頂上の展望台に出た。

 スペースは広い。もともとは職員のための憩いのスペースだったのであろう。ベンチがあり、フェンスがあり、自動販売機がある。プランターの植物はすべて枯れてしまっているが。

「ここなら……スクリーマーも来ない……」

「なかなかいい場所だな」

 三郎は応じながら、準備運動を始めた。

 あらゆる想定はしてきた。姉の手の内も見た。三郎の手の内は見せていない。身体能力なら三郎に分がある。負けているのは技術だけだ。

「なあ姉貴。ガキのころ、かけっこしたのおぼえてるか? 山ん中に入ってよ」

「なつかしいわね……」

「楽しかったな」

「ええ……」

「いま、そういう気分だ。絶対に手を抜くなよ。俺も全力で行く。いいか、気を抜いたらその瞬間にバラすぞ」

「ふふ……楽しみね……」

 家族の死が愉快なわけではない。しかしこうして自分の才能を、納得いく形でぶつけられる相手はほかにいない。常識や倫理などとうにおかしくなっている。

 暗闇からざばとシュヴァルツが現れた。

「見届けてあげる」

「あっちはいいのか?」

「私たちは強いの。あんなのに負けたりしない」

「そうか」

 黒い妖精はフェンスの上に腰をおろし、それきり黙り込んだ。

 三郎はさらに準備運動をしてから、呼吸を整えた。

「いいぜ。いつでも始めてくれ」

「じゃあ行くわ……」

 妖しい笑みで一子は告げた。

 その瞬間、本当に始まった。

 こうなる前から仕掛けておいたのだろう。三郎の足元の空気がにわかに渦巻き、そして爆ぜた。とっさに飛び退いたからよかったものの、少し遅れたら切断されていたところだ。しかし無傷ではない。かなり深く切り裂かれた。

「てめェ、マジで本気かよ……」

「手を抜いたら……怒るでしょ……?」

「ああ、その通りだ。姉貴が正しい」

 三郎はよたついたものの、なんとか体勢を立て直した。スピード勝負になるのに、足をやられたのは大きなマイナスだ。姉もそれだけ本気ということだろう。

 一子は目を細めてほほえんだまま、風を身にまとい、三郎の出方を待っていた。いつでも、どの方向にでも動ける状態だ。

 しかし三郎から仕掛けても、あっさり回避されてカウンターで裂かれるのがオチだ。かといって、こうしてずっと睨み合っているわけにもいかない。肉を切らせて骨を断つ覚悟でなければ。

 三郎は隙なく構えつつ、一子の周囲をぐるりと回り始めた。彼女はどういうわけか向きを変えない。このままいけば背後をとれそうだ。しかしただの無防備ではあるまい。なにか考えがあるはずだ。

 三郎としては、姉が動いてくれなくては困る。策もなく横へ横へと回り込んでいるわけではない。風の罠を置いた。少しつつけば爆発するカマイタチの塊だ。一子が罠に近づいた瞬間、足を切り落とす作戦だ。

「サブちゃん……かわいいわね……」

「はっ?」

 三郎が不思議に思っていると、姉の体を包んでいた風が膨張し、嵐のように周囲を駆け抜けた。それと同時、三郎の仕掛けた罠もすべて弾け飛んだ。ガラス片のような鋭い真空波が無数に飛んできて、わっと面で襲い掛かってきた。

 もちろん風でガードした。が、そのガードを突破して襲ってくる針のような風もあった。全身に激痛が走る。広範囲の攻撃だからか、一撃で致命傷になるような攻撃ではなかったが、さすがに急所に受けてはマズい。

 身をちぢこめ、被弾面積を最小にした。

 嵐が収まると同時、丸まっている三郎へ、一子の急接近して来るのが見えた。なにをするにもすべてがはやすぎる。

 ギリギリのところでまた風を張ったが、そのバリアを破って肩口を切り裂かれた。三郎も反撃をこころみたが、一子の髪を数本落としただけで終わった。

 すれ違い、また距離が空いた。

「この短い間に……なかなか頑張ったわね……以前のサブちゃんなら……三回は死んでた……」

「ふざけんな。三回も死ぬかブス。せいぜい一回か二回ってとこだろ」

 だが手の内を知っていなかったら、対応できない攻撃はいくつかあった。かなりの出血をしいられたとはいえ、こうして手足がトばされていないのは大きい。まだやれる。

 三郎は呼吸を整えるため、舌戦に出た。

「姉貴、ちょっと質問いいか」

「待ったナシ……」

「それは分かる。分かるが、どうしても聞いておきたくてな。冥土の土産ってやつだ。弟の向学心ってのを、少しは尊重してもいいだろ」

「なんなの……?」

 興の削がれる行為だろう。しかし三郎、もはや手段を選んでいる余裕もなかった。

「あー、なんつーか、アレだ。姉貴が俺の立場だったら、どうやって逆転するのかなーって」

「逆転……? それはムリね……」

「なんでだよ?」

「頭がよくないからよ……それはお姉ちゃんにも……どうにもできない……」

「あの世で呪うからな、ブス。ぐぎっ」

 背後から切り裂かれた。

 さっき接近したときに罠まで用意していたらしい。三郎がもう少し後退していたら、全身が切り裂かれていたところだ。

 とはいえ、この状態で背中をやられるのはかなりキツい。すでに全身から出血している。血圧が低下すると頭もふらふらしてくる。

 こうなった以上、肉を切らせるどころか、骨を断たせて骨を断つことで相討ちを狙うしかない。

「クソ、分かったよ。あれこれ考えるのはナシだ。フルパワーで行く。なんせ俺は最強だからな。俺のフルパワーの攻撃を受けて生き延びたやつはいないんだ」

「いいから来なさい……」

「あの世で後悔しろよ姉貴ッ」

 まずは横薙ぎに仕掛けた。

 すると当然、一子は跳躍して回避する。そこへ今度は縦に仕掛けた。コンクリさえも破砕する全力の一撃だ。

 空中での方向転換は、風の力を使えば不可能ではない。しかし俊敏さはない。この一撃を回避することはできないから、風のバリアで緩和するしかない。さすがに致命傷とはならずとも、無傷ということもあるまい。ただし三郎は、しばらく風を起こせそうもない。使い切った。あとは肉弾戦で決着をつけるしかない。

 一子はそれでも笑っていた。この程度なのかという憐憫の情さえ浮かべて。なのに風を展開する気配はない。なにかに驚いて目を見開いた。

 黒い影が入ってきた。シュヴァルツではない。見慣れない巨大な翼だ。それが真空波の直撃を受け、派手に黒い羽を散らした。

「くっ」

 苦悶の表情で二人の間に着地したのは、黒羽麗子であった。傷ついた翼は黒い霧となって霧散し、闇に紛れて消え去った。

「先生っ……」

 一子が駆け寄った。家族の団欒に水を差した部外者など、首をねてしまえばいいものを。

 麗子はよろめいて立ち上がると、駆け寄った一子の頬を平手で打った。

「なにやってるのッ!」

「へっ……」

「なにをやってるのよ、一子さんッ! たった一人の肉親でしょう? あなた、そこまでバカだったの?」

「けど……」

「けどじゃないッ! こんな方法じゃなきゃ解決できないことなの? どちらかが死ななくちゃ過去を払拭できないの? だったら私を殺しなさいよッ! なんのためにいままであなたたちを……」

 そこで泣き崩れてしまった。

 一子も困惑した表情で口をつぐんだ。

 しかし三郎としては、そんな感傷的な気分になるために戦っていたのではない。これはすべてを精算するための戦いなのだ。途中でやめたら意味がなくなる。

「先生、さすがに空気読んでくれよ。いま最高に盛り上がってたのによ。あと少しで勝てるとこだったんだぞ?」

 すると麗子は、真っ赤になった目で三郎を睨みつけた。

「いまの話、聞いてたでしょ? 続けたければ、まずは私を殺しなさい」

「いいのか? こっちは黒羽を殺すために生きてるようなもんなんだぜ」

「やりなさい」

「けど待てよ。依頼を受けてない状態で殺しても一円にもならない。なにせ、あんたの首には二千万もの大金がかかってるんだからな。いま殺すことはできない」

 すると麗子はつかつかやってきて、三郎の頬も打った。

「痛いぞ」

「生きてる証拠よ。これ使いなさい。怪我したままじゃアレだから」

「……」

 例の怪しい薬を押し付けられた。

 たしかにすぐ治る。しかし三郎は、いったいどういうつもりで麗子が介入してきたのか理解できない。

「あんた、昔からお節介だよな。なんなんだ? 俺たちをどうしたいんだ?」

「生きて欲しいだけよ」

「それで? 俺たちが生きてると、あんたにとってなにかプラスになるのか?」

「なるわけないでしょ。マイナスばっかりよ。手間はかかるし、振り回されるし、挙げ句の果てには殺し合いまでするんだから。口は悪いし、マナーも知らないし、食費はかかるし、桁違いにバカだし、心底うんざりだわ」

 麗子は腹の底から溜め息をついた。

 一円にもならないことに首を突っ込んでいる。およそ黒羽らしからぬ振る舞いだ。

 ぼろぼろ涙をこぼしつつ、一子がよたよた近づいてきた。

「先生……」

「もっとあなたの言葉に耳を傾けるべきだったわね」

「先生……」

「そんなに泣かないで」

「だって……翼が……」

「気にすることはないわ。どちらにせよ片方しか残っていなかったし。代償としては安いものよ」

「けどもう……生えてこない……」

 しゃくりあげながら、一子はそんなことを言った。

 麗子は優しい顔になり、一子の頭をなでながら小さく嘆息した。

「あなたたちが生きているほうが大事よ。普通の人間に戻るだけだわ。もうナンバーズも引退した身だし、ちょうどいいでしょ」

 それを聞きながら薬を塗っていた三郎は、背中に手が届かなくて難儀していた。

 まさか黒羽の翼が使い捨てだとは知らなかった。最後は能力を失うということも。そこまでされては、さすがにワガママを言うわけにもいかない。

「ほら、一子さん。弟が困ってるわよ。手伝ってあげなさい」

「うん……」


 三郎が姉から雑に薬を塗りたくられる中、麗子がぽつぽつと語りだした。

「どうやら母は生きているらしいわね。死を偽装することで、業界から非難されるのを避けたつもりなのかしら。けれども詰めがアマかったわ。蛇が掴んだ情報によれば、母はいま、例のテロリストがやっている宗教団体『東京娑婆苦』のアジトにかくまわれているそうよ。目的までは不明だけれど……。きっとロクな内容じゃないでしょうね」

 これに一子が応じた。

「リーダーの春日さんは……イージスの能力を持ってる……それで神の子と……一体化するつもりなの……」

「なにそれ? バカげた計画ね」

「山野さんみたいに……なりたいんだって……」

「まあ当人がどういう計画を立てようが自由だけど……。周りのみんなはそれで納得してるワケ?」

「団体の人たちは……してる……」

「まあ、カルトってそういうものよね。疑問を抱くべきじゃなかったわ」

 話がまとまると同時、一子はピシャリと三郎の背を叩いた。

「終わり……」

「痛いんだからもっと優しくしろブス」

「もっと……強く叩かれたい……?」

「いや、いい……」

 黒羽麗子の目が怖かった。

 正直、三郎としてはどちらでもよかった。今回の勝負にしたって、互いにやる気があるから成立した話だ。一方がやる気をなくしたいま、ムリに続けるようなことではない。

 麗子は大上段から言い放った。

「いい? 分かってると思うけど戦うのは絶対に許さないから。一子さんも、テロリストなんかと手を組むのはやめなさい。一緒に神の子を始末するわよ」

「うん……」

 一子は完全に心を入れ替えていた。麗子の翼を奪ったのがよほど効いたのだろう。


 ふと、ドアが開いた。

 地下に向かっていたはずのメンバーだ。全員がズタボロで、頭数もかなり減らしていた。

「一足遅かったようです」

 名草梅乃が下唇を噛んだ。

 ぱっと見る限り、機構の黒服は数名しか残っておらず、ナインの姿も見当たらなかった。

 麗子がにわかに不安そうな表情を浮かべた。

「遅かった、とは?」

「生まれていたんです。しかも母親の遺体をファイヴが乗っ取って……」

 ナンバーズ・ファイヴ――。蟲喰むしばみは、死体から死体に乗り換える厄介な存在だ。以前は神になる計画を立てていた。今回は母体で妥協したということか。

「神の子は?」

「まだ不完全ですが、テロリストのリーダーを名乗る人物と一体化し始めています」

「……」

 麗子は溜め息とともに頭を抱えた。

 完全に先を越された。それだけでも大問題なのに、またしてもファイヴが現場を掻き回そうとしている。

「それで、ナインさんはどうしたの?」

「灰になりました」

「またいつもの? それとも、もう戻りそうにないの?」

「分かりません」

 置き去りにしてきたということは、よほど激しい戦闘があったのだろう。

 だが三郎のやることは決まっている。

「で、どうするんだ? 撤退するのか? それともやるのか? もしやるなら参加できるぞ。なにせこっちは肩透かしで終わったからな」

 薬を塗られたとはいえ血まみれだ。肩透かしにしては大仰である。一子は無傷だというのに。

 しかし口うるさいナインが不在とあっては、もはや現場を仕切るものもいなかった。麗子はなにかを言いたげだが、引退した身だからか押し黙っていた。

 代わりに一子が声を発した。

「円卓会議をしましょう……みんな……席について……」

「そんな悠長な」

 反論しかけた湖南を、梅乃が制した。

 円卓などない。四角いテーブルがいくつかあるだけだ。しかしナンバーズのメンバーは、特別な理由なく書記長の宣言をしりぞけることはできない。

 フェンスに腰をおろしていたシュヴァルツも来た。

「姉さんの代理で参加してもいい?」

「許可します……」

 一子は、いつになく強い表情をしていた。

「それではこれより……ナンバーズの円卓会議を開始します……」


(続く)

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