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新秩序 -New Order-  作者: 不覚たん
ゴッドリング編

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27/67

姉弟

 他界は相変わらず闇に包まれた暗黒世界だった。足元の花々だけがぼんやりと発光している。

「おうおう、なんだここァ? ずいぶん辛気臭ェところだな。まるであの世みてェじゃねェかい。ま、あの世なんて見たことねェがな、ガハハ」

 鳥居を背負った巨躯きょくの相楽無蔵が、太い指で首をぼりぼり掻いた。

 ナインの要請を受けた出雲が派遣してきた男だ。モノを考えるのは苦手だが、こういう荒事を好んで引き受ける。先日病死した土蜘蛛とは深い仲であった。

 そしてもうひとり、冷たい目をしたショートボブの女も同行していた。青猫の青村雪。ランキングは七位。テロリストに加担した兄の尻拭いをするため、やむをえずの参戦となった。

 もう誰も文句を言わなくなったのをいいことに、指揮をとっているのはナインだ。

「これよりスクリーマーの群れを突破し、内部へ侵入する。何度も説明した通り、スクリーマーの声を聞くと意識を飛ばされるおそれがある。気を抜いて寝てると強靭なアゴで噛み殺されるから注意しろ」

 注意したところでどうにかなるものではない。

 すでに耳栓が配布されているが、ないよりマシといった程度だ。完全には防げない。おまけに仲間同士で会話できないから、ハンドシグナルでやり合うしかない。

 しかも三郎、すでにそのハンドシグナルの内容を忘れた。指をさしてもられえば、そちらに意識を向けるくらいはできる。が、それだけだ。いずれにせよ、考えるのが面倒になったら、皆殺しにすればすべて解決する。目的が達成できればそれでいい。

 機構から派遣された黒服も同行していた。かなり後方には、装甲車のようなヘパイストスに搭乗した技術者たちも。


 作戦はこうだ。

 スクリーマーすべてを相手にはしない。彼らは獲物を囲い込む習性があるから、突入すれば勝手に道をあける。ドーム内部に入り込み、スクリーマーを操っている装置を破壊する。

 ドーム内で遭遇したテロリストは例外なく殺害。一子には三郎が、放哉には雪があたることにはなっているが、それも余裕がある場合だけだ。混戦の際は各自の判断で動くことになっている。

 最後はセントラル・クレイドルへ踏み込み、神の子を始末する。


 ナインの脳内にはもっと細かいシナリオが展開されているのかもしれないが、それは説明されなかった。おそらく三角プシケ絡みで思惑があるのだろうが、私情は挟まないことにしたのだろう。

 少しでもエゴを通せば、こんな寄せ集めの部隊などすぐに瓦解してしまう。


 ドーム付近では、撤退した米軍に代わり、自衛隊が哨戒ヘリからのサーチライトで明かりを提供していた。スクリーマーはウーウー吠えまくっているが、さすがに音への対処はしてきたらしい。なにせ一時期、日本国内にはかなりの数の野良スクリーマーがいた。対策はすでに用意されていたのである。ただし官給品だから民間にはおりてこない。

 三郎たちは、市販の耳栓で挑まなければならないのである。

「で、あの犬コロを殺ればいいのかい?」

 まるで話が頭に入っていない相楽が、耳栓もせずに、背後の鳥居に手をかけた。野太刀を引き抜き、二刀流で構える。

 ナインが乱れてもいないネクタイを整えた。

「まあ、そうだ。しかしその前に耳栓を……」

「相楽無蔵、推参いたァす!」

 聞いちゃいない。

 ドタドタ花を蹴散らしての猪突猛進だ。

 ナインもこれには溜め息をもらした。

「出雲は本当に協力する気があるのか? まさか俺たちを妨害したいんじゃないだろうな」

「……」

 青村雪は返事もせず、耳栓をしながらすたすた行ってしまった。かと思うと、指先から青白いものを水平に何発もバラ撒いた。銃弾のように速くはない。ふわーっとした挙動だ。それでも数が多い。

 現場で青猫に遭遇するものは、人魂を見るという。それは青村の放つ鬼火の光である。頭部に直撃を受ければ、その鬼火の映像を最後に意識を失う。

 出雲が積極的に攻撃を仕掛けた以上、ナンバーズも黙って眺めているわけにはいかない。

「協調性のない人たちですね。仕方ありません、私たちも続きましょう」

 名草梅乃が耳栓をつけると、護衛の猪苗代湖南も続いた。

 ここでは梅乃が主力を務めることになっている。アベトモコは神の子との戦闘に備え、しばらく温存する作戦だ。


 もちろん全員がこの戦いに参加したわけではない。

 セヴンは情報戦で参加すると主張し、拠点の板橋へ帰っていった。ファイヴはそもそも顔を見せていない。いまこの場にいるナンバーズは、代理の三郎を含めても計七名。約半数ということになる。


 三郎も愛用のゴーグルを装着し、それから耳栓をした。完全な無音ではない。水にもぐったときのような、くぐもった音の閉塞感。自分の呼吸や心音が聞こえる。

 先陣を切った相楽が、スクリーマーを滅茶苦茶に切り裂いているのが見えた。かと思うとスクリーマーたちは吠えるような格好になり、相楽がばたりと倒れた。本当に人の話を聞いていなかった。

 伏せた相楽に食いつこうとしたスクリーマーの頭部に、雪の鬼火が次々と炸裂した。言っても聞かないヤツはおとりに使うしかない。その点では味方の特性を利用した見事な戦いぶりと言えた。

 相楽はすぐに起き上がり、ふたたび野太刀を振り回し始めた。アホではあるが、回復がはやい。

 三郎も駆けた。風の音がほとんど聞こえないのは気に食わないが、意識を飛ばされるよりはマシだろう。ぐんぐん加速し、跳躍してスクリーマーの群れに飛び込んだ。空気を操って刃と化し、上空から一気になぎ払った。キレは悪くない。直撃したスクリーマーの白い腕や頭が、鮮血を散らしながら宙を舞った。

 サイレンのような声がそれでも耳栓越しに伝わってきて、頭がグラグラした。平衡感覚が効かない。いちど転げそうになり、足をとにかく動かして持ち直した。自分の直感が信用できない以上、目で地面の角度を確認しながら姿勢制御するしかない。

 三郎は踏み込みながら、力強く真空波を放った。正面の個体が真っ二つに避け、その奥にいた個体にも致命傷を与えた。

 しかしドームはまだ見えない。いったいどれだけの数が集まっているのだろうか。

 隣にナインがやってきて、広範囲のスクリーマーを一挙に始末した。彼らは遠吠えするような姿勢、警戒するような姿勢、攻撃を仕掛けようとする姿勢のまま、それぞれ灰と化して崩れ落ちた。

 さすがの三郎も、これに巻き込まれたら死ぬ。ぐっと腰を伸ばし、一息ついてからそっと位置を変えた。


 膨大な数のスクリーマーを相手に、三十分近くは戦っただろうか。ずっと動きっぱなしで、三郎もさすがに疲弊してきた。

 このスクリーマーたちは、操られているから逃げ出すことがない。つまり最後のひとりになるまで立ち向かってくる可能性があった。こうなると、結局すべてのスクリーマーを殺さねばならない。

「キリがありませんわね……」

 このさやかのぼやきは、しかし三郎には聞き取れなかった。

 さやかはよく戦っていた。無抵抗のまま誘拐されていたあの頃とは違う。おそらく技を磨いたのだろう。それでもあまり長くない糸を操り、一体ずつ始末するのがやっとであった。

「やれやれ、見ていられないな」

 ふと、黒いボロをまとった妖精が舞い降りた。シュヴァルツだ。

「手を貸すよ。本当はイヤだけど。このバカげた騒ぎを早く終わらせて欲しいからね」

 だが聞き取れない。

 シュヴァルツは眉をひそめ、耳栓をとれとジェスチャーした。

「手を貸すって言ったんだ。このスクリーマーは私たちが足止めするから、みんなはドームに行って」

 上空を、黒い妖精たちが覆い尽くしていた。暗闇にまぎれているが、黒いエーテルを噴いている。シュヴァルツの一族だ。数の上ではスクリーマーに匹敵する。

 さやかが駆け寄ってきた。

「お任せしていいんですの?」

 するとシュヴァルツは不服そうに溜め息をつきながら、さやかの顔についた血液を指先で拭ってやった。

「見てられないから。こんなに返り血を浴びて。可愛い顔が台無しだよ」

「えっ?」

「行きなよ。やるべきことがあるんでしょ? もたもたしてると囲まれるよ」

「え、ええ……。そうですわね。やるべきこと……ありますわ」

 さやかは頬を紅潮させ、両手でシュヴァルツの手を握った。

 しかしシュヴァルツは困惑顔だ。

「あのー、なんで手を握るの?」

「あら、ごめんなさい。つい……」

「変な人間。私、もう行くから」

 長い鎌を手に、シュヴァルツは飛び立った。上空に待機していた黒い妖精たちもこれに追随し、スクリーマーとの混戦が始まった。

 さやかはぼーっとしていたが、三郎は声もかけず耳栓を装着した。ドームへ急がなければ。


 物量には物量で応じるのが一番ということらしい。

 黒い妖精たちのおかげで、三郎たちはなんとかドームへ到達できた。

 辺りに装置らしきものは見当たらないから、スクリーマーたちはもうしばらく妖精に任せるしかなさそうだ。


 ドーム内部には、さすがにスクリーマーはいなかった。テロリストの姿さえ。

 奥にまとまって隠れているのだろうか。あるいは誘い込んでおいて閉じ込めるつもりだろうか。ともあれ、セントラル・クレイドルから神の子を動かした形跡がない以上、そこを目指すしかない。


 ふと、廊下に設けられた休憩所に女がいた。見間違えるはずもない。六原一子だ。

「待ってた……」

 彼女はそう告げると、目を細め、三郎へ向けて微笑した。

 長い髪をばさと伸ばし、地味な服でたたずんでいる様子は、さながら集合写真に写り込んでしまった「ありふれた亡霊」のようですらあった。いまは殺気もないから、ただの不気味な女に見える。

 三郎だけが残り、他のメンバーは奥へ向かった。

「会いたかったぞ、姉貴」

「私もよ……サブちゃん……」

 三郎はテーブルにつき、顔も合わせずに言葉を交わした。

「始める前に、少し話でもするか」

「ええ……」

「そういやマゴットってのに会ったぞ。姉貴のクローンとかいう。知ってたか? なかなか強い」

「会ったわ……黒羽アヤメさんの……襲撃のときに……」

 あの日、マゴットはアヤメの護衛として一緒にいたはずだった。なのに死んでいないということは、ふたりは戦っていないということなんだろう。

「なんか喋ったのか?」

「いいえ……あの子……無口だったから……」

「たしかに会話が弾みそうなタイプには見えなかったな。いまは黒羽さやかの世話になってるらしい。あれはどうなんだ? 俺の妹になるのか? それとも姉か?」

「お姉ちゃんなんだから……お姉ちゃんよ……」

「姉か。あんなガキが姉か」

 すると一子は、刃物のような歯を見せてニッと笑った。

「それよりサブちゃん……面白い話……あるの……」

「はっ? 面白い話? 俺、姉貴の話で笑ったことなんて一回もないんだが」

「ひどい……」

「だいたい、笑えない話ばっかりだろ。まあ聞いてやるけど。なんなんだ、その面白い話って」

「うん……黒羽アヤメさんね……生きてる……」

「はっ?」

 もちろんだ。笑えない話に決まってる。問題は、それがただのクソつまらないジョークなのか、事実なのか、ということだ。

 一子はふっと鼻で笑った。

「死を……偽装したのよ……死んだことにすれば……もう誰からも狙われないから……」

「姉貴はそれに手を貸したのか?」

「そうよ……お仕事だもの……」

 とんだ茶番だったというわけだ。つまりアヤメは、いまも裏でこの事件を操っている。どうりでスクリーマーの制御装置をブラックアウトが持っているわけだ。

 今度は三郎が鼻で笑った。

「で? その仕事で、殺すべき相手をなぜ殺さなかったんだ? あの婆さんのことじゃないぞ。俺のことだ。あそこまでやったんだから、キッチリ殺せよ」

 これに一子は優しい姉の顔を見せた。

「私はね……お爺さまから……いろいろな技を教わったの……。なのに……サブちゃんはそうじゃない……でしょ……? だから……一回だけチャンス……あげたの……」

「今回は違うんだな?」

「うん……」

 二言はあるまい。この戦いで完全に決着がつく。

 三郎は、それが嫌で話を引き伸ばしているわけではない。最後だからすべてをハッキリさせておきたかっただけだ。

「もうイッコいいか? 姉貴、なんでテロリストなんかに入った? 俺と戦うためか?」

「そう……」

「新しい人生のためか?」

「そう……。私たちは……お互いの顔を見るたび……過去を思い出してしまうから……。だからいっそ……ひとりになってしまったほうが……気も楽かと思って……」

「それは俺のためだけじゃないよな? 姉貴自身のためでもあるんだよな?」

「もちろん……」

 そのときの一子は、三郎にとってなつかしい顔をしていた。幼少期、三郎の「なんで?」攻撃に気長に応じていたときの姉の顔だ。

 三郎も満足した。

 やり方に共感したわけではない。しかし黒羽一族を殲滅せんめつしたところで過去がなくなるわけでもない。ファイヴを殺しても同じだ。ふたりは互いに顔を合わせるたび過去に引き戻される。だったらいっそ、二度と顔を合わせないほうが未来のためになるのかもしれない。

 事実はどうでもいい。姉が選んだのだ。三郎も乗った。あとは決着をつけるだけだ。

「そっちはなんか質問ないのか? 俺はいつでも行けるぜ」

「ないわ……。始めましょう……」

「おう」

 短い期間ではあったが、技の訓練はした。一子の戦術もすでに見た。身体能力だけ見れば、三郎のほうが上回っているはずなのだ。うまくやれば勝てる。うまくやれば。


(続く)

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