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新秩序 -New Order-  作者: 不覚たん
ゴッドリング編
26/67

オン・ユア・マークス

 世界はしかし、あまりに気を抜いていた。


 ある晴れた朝、三郎は近所をジョギングをしていた。まだ朝の六時だから、通勤する会社員の姿もほとんどなかった。

 代わりに見かけたのは検非違使の特殊車両だ。猿ぐつわをされた野良スクリーマーが、檻にしがみついて暴れていた。白いワニのような胴体に、人間の手足をつけたような妖精だ。最近かなり数を減らしていたはずだが、まだこんな住宅街にいたらしい。

 三郎はしかし気にせず、自分のペースで走り抜けた。春の朝の空気はじつにうまい。


 帰宅してテレビをつけると、緊急ニュースが流れていた。

「アメリカ政府の発表によりますと、日本人とみられる武装集団が巨人を人質にとり、敷地内に立てこもっているとのことです。いまのところ映像はなく、あくまで目撃情報のみとのことで、アメリカは専門の調査チームを派遣して事実関係を確認中とのことです。日本政府も実態を把握しておらず、現在対応に追われています。なお、犯行グループからの声明などは出されておりません」

 官邸前のアナウンサーが原稿を読み上げている間、ワイプで司会者が露骨に不快そうな顔を見せていた。

 テレビは「神の子」という表現を避け、必ず「巨人」と伝えてきた。既存の宗教に対する配慮であろう。そのせいもあってか、視聴者にとって彼らは「希少な巨人族」くらいの認識でしかなかった。もちろん希少ではあるにせよ、しかし話題になったのは最初の数ヶ月だけだ。新大陸ブームも一年もたなかった。

 それよりも、武装勢力が「日本人」ということのほうが彼らには大事らしかった。

「なにが目的なんですかね? これがホントなら、同じ日本人として恥ずかしいですよ」

 お笑い芸人が真顔でジョークをカマした。

 三郎はノートパソコンを開き、ネットを覗いてみた。

「ジャアアアアアアアアアップ!」

「特定マダー?」

「日本人を名乗ってる外国人じゃないの?」

「もう戻ってくんな」

「新大陸って誰の土地でもないんでしょ? 何が問題なの?」

「射殺しろ。日本の恥だ」

 ニュースサイトのコメント欄は平常運転だ。


 ナンバーズとしては、こういう事態が起きる前に神の子を始末しておきたかったはずだ。しかし事件が起きる前に手を出してしまえば、それこそが事件となってしまう。後手に回らざるをえないのだ。この勝負、事件を望むテロリストに利がある。

 ナインは心中穏やかでないはずだ。そう思いつつスマホを手に取ると、何件もの着信があった。電話をする気分でもなかった三郎は、メッセージにだけ目を通した。


>緊急事態だ、今すぐ来てくれ


 内容も告げずこれだけ。

 先にニュースを見ていなければ完全に無視していたところだ。

 窓ガラスの業者は昨日来たから、今日は特に予定がない。ナインに言われるまま行ってやってもいい。しかし行ったところで何人集まることやら。

 コップの牛乳を飲み干し、三郎は深呼吸をした。スズメが鳴いている。

 仮に神の子が暴走すれば、東京に出てくる可能性があるという。そうなればスズメたちは死ぬ。ジョギングの途中で見かけた猫も。よく行くスーパーも、コンビニも、本屋も、すべてがなぎ倒されるだろう。まだ開花していない桜並木さえ。春の穏やかな気配は、一瞬で破壊される。

 三郎を生かしているこの社会は、深刻なダメージを受けることになる。

 正義のヒーローになりたいわけじゃない。しかし生活を壊されるのは、たしかに不快だった。窓ガラスも新調したばかりだというのに。

「よし、行くか」

 テロリストを殺すついでに神の子も殺せば、罪らしきものは全部そいつらになすりつけることができるだろう。少なくとも参加賞で一千万もらえる。


 *


 六本木のマンションには、予想よりも人が集まっていた。

「ごきげんよう、思ったよりお早い到着ですわね」

 朝から完璧に着飾った黒羽さやかが、皮肉めいたジョークとともに紅茶をすすった。大仕事だというのに、ひどく落ち着いている。

 三郎は冷蔵庫から勝手にバドワイザーを取り、ラッパ飲みし始めた。

「学校はどうしたんだ?」

「お休みに決まっているでしょう。わたくし、もうナンバーズ・サーティーンなんですもの」

「それで? もう行くのか?」

 この言葉はナインへ向けられた。

 そのナインは厳しい表情だ。

「もう少し待ってくれ。関係各所と調整中だ」

「そうか」

 部屋にはトモコとセヴン、それにテンとイレヴンがいた。計七名。急な招集にしてはよく集まったほうだろう。

 三郎がソファに腰をおろすと、トモコが不安そうに口を開いた。

「三角さんと連絡がとれないそうです」

「そういや出産の世話してたんだっけ?」

 もし交戦したとすれば、殺害された可能性もある。妖精というのはそんなに強くない。三角プシケ自身も再生能力こそ高いものの、これといった技は持っていない。

 ナインにとってはかなり気になる出来事だろう。しかし彼は慌てた様子も見せず、ただ関係各所からの連絡を待っていた。


 リビングの大型テレビは、朝と同じニュースを繰り返していた。新たな情報もないまま、何度も何度も同じことばかりを言い続けている。気の毒なことに、マスコミに囲まれた官房長官は、なにを聞かれても「その件は現在調査中です」としか言えなかった。

 調査チームを派遣して以降、アメリカからは特に音沙汰がなかった。専門チームを統括しているとかいうデイヴィッド・エンジェル中佐が所見を述べていたが、三郎にはちんぷんかんぷんであった。

「なあ、セヴンさんよ。あんた情報屋だろ? なんかないのかよ?」

 これにセヴンは三白眼の目を細め、チロチロと舌を出した。

「知ってることは全部ナインさんに教えたわ。あらためて聞きたいなら金払いなさいよ」

「金、金って、キンタマもねーくせしやがってよく言うぜ」

「そっちのタマはあるわよ失礼ねっ! LGBTいじると炎上するわよ?」

「知ってるぞそれ。たしかベーコン・レタス……」

「違うっつーの」

「なんで急にメシの話なんかしたんだ?」

「これは一杯食わされたわね。ってなに言わせんだコラ」

 ペシリと頭を叩かれた。

「なんだよ痛ぇな。なにも叩くことないだろ」

「いまのでタダにしてあげる。けど、よく聞きなさい。驚くべきことに、この情報屋でさえロクに情報を掴んでないのよ。なにせ他界は管轄外だからね」

「ま、そうだよな。情報掴んでたら高値でグイグイ売り込んでくるはずだし」

「ホント生意気なガキねあんた」

 言動はガキであるが、三郎はすでに成人している。今年で二十二だ。

 セヴンがそっぽを向くと、代わりに巫女服の女が口を開いた。

「六原さん、現場にはお姉さんもいるかもしれません。もしご希望であれば、私たちで対応します。しかしそれを望まぬのであれば……」

 ナンバーズ・テン。卜筮長ぼくぜいちょうの名草梅乃だ。三郎と同じ二十二歳。あまり会話を交わしたことのない相手だ。

 三郎は、しかし素直に感謝する気持ちになれた。

「ありがとう。できれば一対一で勝負をつけたいが……。ま、チームで動く仕事だからな。ワガママを言うつもりはない。どっちにしろ、混戦になったら目の前のヤツとやるしかないわけだし」

「それでも、可能な限り協力はするつもりです」

「よろしく頼む」

 しかし隣にいたさやかが、ぐっと三郎の服の裾を掴んだ。

「戦わないという選択肢はありませんの?」

「ない。そんなつもりなら、そもそも現場に出てこないだろうしな。覚悟はとっくに決まってる」


 ニュースに変化があったのはそのときだった。

「えー、どうやら新たな動きがあったようです。現地からの映像が入りました。V出ますか? 出ない? 出る? はい。それではご覧ください」

 スタジオも混乱しているようだった。

 映し出されたのは他界の映像。

 複数のヘリから強烈なスポットライトが照射され、神の子のいるドーム周辺が照らされていた。そこには、さながらハロウィンの渋谷駅のように、なぜか無数のスクリーマーのひしめき合っていた。しかし攻撃のためではなく、むしろドームを守っているかのようだ。

「ご覧頂いている映像は、午前十時過ぎの現地の映像です。たくさんのスクリーマーが見えますね。ドーム内部の様子は分かりません」


 三郎のスマホが鳴った。椎名からのメッセージだ。


>ニュース観てる?

>あのスクリーマー、全部操られてる

>黒羽アヤメが実験してたヤツだ


 黒羽がスクリーマーをなにかに使っているという話はあったが、まさかこんなことになっていたとは。

 もしスクリーマーがブラックアウトの制御下にあるのなら、ドームに近づくためにはあれらすべてと戦わねばならない。

 かと思うと、スクリーマーたちが一斉に吠え始め、サイレンのような音を出した。映像を観ている三郎たちに影響はないが、遠くのヘリコプターが一台墜落を始めた。おそらくパイロットが意識を飛ばされたのだろう。撮影者も英語で口汚く罵った。

「これは事実なのか?」

 三郎は、さやかにスマホの画面を見せた。

 彼女はしばらく黙読していたが、やがて目を閉じ、うんざりと嘆息した。

「お婆さま……」

「責めてるわけじゃない。なにか対策があれば教えて欲しい」

「いいえ、存じませんわね。確かに祖母は、スクリーマーの声についても研究していましたが……。おそらく、なんらかの音声を発生させ、それで操っているのではないかと」

 となれば、その装置を破壊すればスクリーマーとの戦闘は避けられるかもしれない。

 問題は、こうなってしまった以上、ナンバーズとブラックアウトだけの問題ではなくなったということだ。いま現地にはアメリカのチームがいる。もし交戦を始めれば、三郎たちが出動する前に終わる可能性がある。


 なにやら電話を受けていたナインが、険しい表情でリビングへ戻ってきた。

「アメリカは撤退するそうだ。日本政府に任せると」

 これにセヴンが目を細めた。

「それで? 日本政府は私たちに任せるって?」

「そう言っている」

 いくら在庫のあまっているアメリカとて、自国に損害を出したくはないのである。火薬や燃料だけでなく、戦死した兵の手当にも金がかかる。のみならず、自分たちの戦闘で神の子を殺したとあっては、世界中に恥をさらしてしまう。人質ごと始末するのは得意だが、そうでない戦術タクティクスは彼らの不得手とするところであった。

 日本人が問題を起こしているのだから、その始末も日本に任せた、という体裁を作ることもできる。もし日本人が神の子を殺したら、被害者の顔をしてチクリと皮肉を言えばいい。


 その後、来客があった。ナンバーズのメンバーではない。キャサリンだ。ペギーとサイードを引き連れている。

「ハロゥ、ナンバーズ。ってなんだか少ないわね。あなたたち、十三人いたんじゃなかったの? まあいいわ。機構からも援軍を出すことにしたから、ありがたく使って頂戴。もし作戦が成功したら、うちとの共同作戦ってことにするのよ。もちろん失敗したらなにも言わなくていいわ」

 現れるなりこの調子だ。

 セヴンも眉をひそめた。

「どこにでも首を突っ込んでくるわね。好奇心は猫を殺すって言うわよ」

「知らないの? 猫は八回まで死んでもセーフなのよ」

「だったらとっとと九回死んで欲しいわね。たったの三人で援軍気取り?」

「誤解してるわね。三人じゃないくて二人よ。私は参加しないもの。というのはイギリスン・ジョークで、ちゃんと黒服軍団もつけるわ。ナインさん、神の子の肉片が手に入ったら、一番デカいのをこっちに回しなさいよね。分かった?」

 肉片ということは、ミンチになる前提である。機構でさえ生け捕りをあきらめているということだ。

 ナインはしかし困惑顔だ。

「一番デカいのはアメリカが持っていくに決まってるだろう。その次が中国、ロシア、イギリス、フランス、そして日本。機構はそのあとだ」

「兵隊も出さない連中を優先するの?」

「その代わり、資金と装備の援助がある」

「ショー・ザ・フラッグ!」

「俺に言うな」

 キャサリンはしかしフッと不敵な笑みを浮かべた。

「装備ならうちからも出せるわよ。その名もヘパイストス! 敵の能力を超長距離から封じることができるわ。有効射程はワン・マイル。技術者とセットで貸してあげる」

 それはかつて、ザ・ワンの動きを封じるために開発された装備だ。いまのところ米軍でさえ保有していない。

 彼女はこの上ない得意顔で続けた。

「効果は実証済みよ。ご希望とあらば、空をなぎ払うことだってできるわ」

 青き夜の妖精をけしかけるという山野の作戦は、すでにナインからキャサリンへも伝えられていた。ヘパイストスがあればそれも可能ということだ。空を覆っている妖精たちの屋根は、物理攻撃には強いが、アンチ・エーテルの前には無力だ。妖精たちはこの挑発を無視できないだろう。

 空をつついている余裕があるかは不明だが、戦略の幅が増えるのは間違いない。

 ナインも笑みを浮かべ、乱れてもいないネクタイを整えた。

「まいったな。機構の優先順位をあげないといけない」

「ただのカルトじゃないって理解してくれた? うちは科学も取り入れたカルトなのよ」


 キャサリンは言いたいことだけ言った挙げ句、さっさと帰ってしまった。

 ナインはしかし、まだ動こうとはしない。なにかを待っている。電話が来て、彼はリビングから出ていった。


(続く)

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