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新秩序 -New Order-  作者: 不覚たん
ゴッドリング編
24/67

十億の引き算

 数日後、三郎は他界へ来ていた。

 情報屋の言う襲撃が警戒されていたためだ。二日前から庁舎に泊まり込んで警備にあたっていたが、襲撃とやらが起こる気配はまるでなかった。時間のムダだ。

「ったくよォ、俺はこんな日の当たらない世界で何日も過ごしたくないんですよ。野球がしてーんだよ、野球がよォ」

 杉下は金属バットで素振りをしつつ、そんなことをぼやいた。

 発電機が持ち込まれ、駐車場のコンクリは野球のナイターのように照らされていた。突っ立っているのは三郎、杉下、それに星。マリーは上でスナイパーライフルを構えている。

 内部には警備員もいる。しかし彼らはあくまでサブであり、最前面で迎え撃つのは今回の作戦に強制参加させられた組合員たちだ。

「こんなことなら、黒羽のババアを帰しちまえばよかったのにな。向こうのほうがよっぽど安全だろ」

 杉下のボヤキに、星がおどけた顔になった。

「帰すに帰せないらしいぜ。ホイホイ帰しちまったら、そもそもなんで監禁したんだってハナシになっちゃうから」

「いや、なんで監禁したんだよ」

「さあ。どうせつまんねーことで揉めたんでしょ」

 星の指摘通り「つまんねーことで揉めた」のである。

 すると上からマリーが声を張り上げた。

「ホッシー! ホッシー! 手が震えてきたッ! クスリーッ!」

「いま行きまぁーす!」

 星が持ち場を離れた。

 緊張状態が続くと、マリーは手が震えてくるのだという。それで星が小分けにしてクスリを渡している。全部渡すとずっと服用してしまう。

 杉下もさすがに溜め息をついた。

「哀しい話だよな、スコープで捉えたターゲットは全部撃たなきゃなんねーなんてよ」

「なんでなんだ? 引き金を引かなきゃいいだけだろ」

 三郎のもっともなつっこみに、杉下は素振りをやめてわざとらしくかぶりを振った。

「あの女、婚約してた男がいたんだってよ。そいつもスナイパーだったって話だが……。ある日、間違って撃ち殺しちまったらしいんだ」

「死んだのか?」

「ああ。それでもうどうしようもなくなってな。止まらないんだとよ。スコープで捉えたら、反射的に撃つようになってる」

 駐車場にはカラーコーンが点々と置かれていた。マリーはその線より先を狙っているから、誤って足を踏み入れれば、たとえ三郎たちでも頭をぶち抜かれる。

 先はひたすらなる暗闇だ。暗視装置でもなければ見ることはできない。マリーはそのための備えをしているはずだが。

 杉下は笑いながら素振りを再開した。

「名前の由来はブラッディ・マリーだとかガンギマリーだとかいろいろ言われてるけど、結局のところどっちだか分からん。ただの本名かもしれねーしな」

 どんな名前だろうが関係ない。

 すると次の瞬間、閃光とともにパァンと凄まじい音が炸裂した。かと思うと、黒焦げになった杉下が膝から崩れ落ちた。雷撃だ。

 車椅子がゆっくりと近づいてきた。

「おいおい、避けもしないのか? ま、光より速く動けるヤツなんていねーけどな」

 ナンバーズ・トゥエルヴ。右衛士。浦井真人だ。

 唯一自由にできる右手で、トゥエルヴはスキンヘッドの頭をなでた。

「分かるぞ。言うな。なぜ俺がスナイパーに撃たれずここに到着できたか知りたいんだろ? 答えは簡単だ。お前たちのスナイパーはいま眠ってる」

「……」

 三郎はしかし振り返らなかった。

 眠っているかどうかはともかく、捉えれば必ず撃つ女が発砲すらしなかったのだ。なんらかの方法で無力化されたのは間違いない。

 トゥエルヴの背後から、パーカーの男も来た。

「俺だよ。青村放哉だ。知ってるだろ? 青村もスナイパーだ。俺は一族で一番強ぇ。なのに地元を追放された悲劇の天才ってヤツだ」

 指で銃の形を作り、撃つフリをした。

 もはや明白であるが、襲撃を企てたのはブラックアウトということだ。

 放哉の背後から、長い黒髪の女がゆらゆらとした足取りでやってきた。

「そういうことだから……邪魔者は殺すわね……」

 ナンバーズ・シックス。書記長。六原一子。

 彼女は挨拶もそこそこに、真正面から三郎に飛びかかってきた。圧倒的な暴風。三郎も風でバリアを展開するが、それよりも深く切りつけられた。

「クソッ」

 ある程度相殺できたとはいえ、体を袈裟斬りにされた。痛みとともに血液が飛散したのが見えた。

 一子が背後に回り込んできたので、三郎もくるりと反転した。それと同時、背後からの斬撃があった。正面に一子を捉えているにもかかわらず。

「ぐッ」

 時間差で風を置いたらしい。

 三郎も真空波を放ったが、一子にはかすりもせず回避された。

 膝をつきそうになり、なんとか踏みとどまった。どの風も鋭いだけでなく、扱いが上手い。

「どうしたのサブちゃん……そんなに弱いんじゃ……なにも守れないわ……」

「うるせぇよ。いまから殺してやるから待ってろ」

 トリッキーな技だったせいか、傷は深くない。しかし風にあんな使い方があるとは。三郎は、正面の敵をバラす技しか知らない。

 呼吸を整えていると、その脇をトゥエルヴと放哉が悠々通り過ぎていった。いまこのふたりを止めることはできない。目の前の怪物に集中しなければ。

 一子はニッと刃物のような歯を見せた。

「ふたりきりね……」

「嬉しいぜ。姉貴がこんなに強かったなんてな」

「そう……お姉ちゃんは……強いの……」

「もしかしたら、手加減するんじゃないかと思ってた。ナメてて悪かったな姉貴」

「ふふ……」

 次の瞬間、一子の姿が消えた。

 かすかに音がした方へ真空波を放つが、またしても背後から裂かれた。

「ぐがッ」

「音は……風にのせて偽装できる……騙されやすいのね……サブちゃん……」

「小細工ばっかしやがって」

 振り向きざまに真空波を放つが、一子は高く跳躍していた。かと思うと、渦巻く風が直線的に襲い掛かってきた。

 三郎は胸部を突き飛ばされて大きく転倒。コンクリートの硬さに辟易しながらも、転がってすぐに立ち上がった。肘や膝をぶつけたが、動かないほどではない。そして、動くなら戦える。それがたとえ指一本であったとしても。

「はぁ……。これはヤバいかもな」

 つい笑っていた。本当に、姉がこんなに強いとは思いもしなかった。まったく歯が立たない。技が桁違いだ。

 痛みはなんとか我慢できる。しかし致命傷ではないにせよ、体に受けた傷からは血液が流れ出し、確実に体力を奪っていった。呼吸が苦しくなっている。奥の手なんてない。地道に打開策を見つけるしかない。

 思えばこれまで能力の優位に任せて、ほとんど才能だけで戦ってきた。自分より強いヤツと、こうして正面からぶつかることはなかった。

「俺、弱かったんだな」

「ふふ……お姉ちゃんが……強すぎるのよ……」

「ホントによ……。まあいい。覚悟は決まった。続けるぞ。これだけ強いヤツにぶっ殺されるなら本望だ。こっちも全力で行く。姉貴も全力で来い。少しでも手を抜いたら殺すからな」

「ええ……」

 一子は優しい目をしていた。

 昔からそうだった。一子は誰にでも優しいから、近所の子から慕われていた。三郎は悔しかった。自分の姉なのに、みんなの世話ばかりして――。

 コンクリートを蹴り、追い風を受けて、三郎はトップスピードで挑んだ。要するに、相手よりはやく動けば殺すことができる。背後に回られるから切られるのだ。

 風のうねりが聞こえた。

 出来る限り強く踏み込み、広範囲に力いっぱいの真空波を出した。一子の姿が消えた。かと思うと、視界が赤く染まった。

 どこからどう切られたのかは分からない。ありとあらゆる方向からズタズタに裂かれた。切断された腕がくるくると宙を舞うのが見えた。その腕からは、指さえも切り離された。線を引いた血液が、蜘蛛の巣のようにつながっていた。

 三郎は踏みとどまろうとしたが、いつの間にか足も失っていたらしく、体を支えられずその場に落ちた。首と胴はつながっている。しかし、それ以外の感覚がない。

「風を使って自分の背を押す……それでも迅く動けるわね……だけど……進行方向に真空を作ると……より迅く動ける……」

 一子は三郎の右腕を拾い、齧り始めた。

「サブちゃん……お姉ちゃんを……恨んでね……」

 もちろん返事はできない。

 血液が流れ出しているせいかどこにも力が入らず、意識も薄くなってきた。なのに心臓ばかりがドキドキする。ドキドキドキドキと、いつまでもいつまでも耳の奥にうるさく音がした。

 もうなにも考えられない。


 *


「先生、六原三郎の意識が戻りました」

「あらそう。回復が早いわね」

 女が覗き込んできた。鋭い目つきの中年女性だ。

 知らない顔ではなかった。しかし名前が出てこない。記憶喪失というわけではなく、たんに馴染みの薄い相手だから思い出せないだけだ。

 女は言った。

「おはよう、六原くん。よく眠れた?」

「……」

 誰だ、と尋ねようとしたが、喉が粘ついて声が出なかった。

 全身がむず痒い。

「まさか、私のことおぼえてないの? 黒羽亜弥呼よ。そしてここは妖精学会の研究所。あなたは手足を失い、瀕死の状態だった。それを再生技術で治療したというわけ。記憶はある?」

 少し麗子に似ているとは思ったが、ずいぶん歳が離れているように見えたから、すぐに思い出せなかった。

 三郎は咳払いをし、なんとか声を出した。

「おぼえてるよ、全部」

「じゃあ、あなたが死にかけてからどれくらい時間が経ったのかも?」

「二、三時間ってところか」

「二年よ」

「はっ?」

「ウソよ。実際は二週間。食われた右腕以外は全部治ってるわ。その右腕もすぐよ。この調子なら、三日もあれば動かせるようになると思うわ」

 さすがは十億の治療だ。なんだか分からない溶液につかっているのもあって、その腕の感覚さえ把握できなかったが。

 三郎はしかし、すぐさまうんざりとした気分になった。一子はあえて命を奪わなかったのだ。こういう治療があると分かっててそうしたのか、あるいは気分でそうしたのかは不明だが。

「仕事はどうなった?」

「もちろん成功したわ。いえ、あなたにとっては失敗だったかしら。母は死んだわ」

 ということは、目の前の女が黒羽のトップということだ。

「母はあのテロリストの支援者だったのにね。飼い犬に手を噛まれたってワケ。おそらく、老人たちの中に裏切りものがいたんでしょうね。他界での犯罪は、日本の法律じゃ裁けないから。もっとも、こういう状況を望んでたのはひとりやふたりじゃないでしょうし、みんな納得してるんじゃないかしら」

 じつの母が殺害されたのに、亜弥呼はまるで意に介さぬ様子だった。

「あんたはそれで納得してるのか?」

「まさか。けど、やってたことをやり返されただけでしょう。もっとガードにお金をかけてればよかっただけの話よ。なのに、あんなよく分からない娘を護衛にしてるから」

「マゴットか」

「あなたのお姉さんのクローンよ。なんだってあんな気味の悪いのを飼ってたのかしら。失礼、悪気はないのよ」

「気にするな。それより、そいつは死んだのか?」

「生きてるわ。いまはさやかが飼ってる。母と同じ道をたどらなければいいのだけれど」

 黒羽一族というやつは、なぜこうも身内にさえ薄情なのだろうか。地位も名誉もあり、不自由などなさそうに見えるのに。家族に対して、あまりに興味がなさすぎる。

 一方、三郎は、だいたい姉のことばかり考えて生きている。というより、姉が迷惑をかけてくるから、その対処に頭を悩ませているというのが正しいが。しかし殺し合いの最中、うっかり愛さえ芽生えそうになった。あの勢いで殺したら食っていたかもしれない。理由は分からない。食欲とは無関係に、そういう気持ちになった。

「ほかに死んだのはいるか?」

「いえ、母だけよ。ひとり火傷してたのがいたみたいだけど、その患者も回復したみたい。検非違使にしたって、もともと本気で護衛するつもりもなかったんでしょ。ほとんどフリーパスだったみたいよ」

 組合員を雇ったのは、ちゃんと護衛に金を払いましたよというポーズでしかなかったらしい。もちろんそれで守れればよかったのだろうが、そうでなくとも特に構わなかったというわけだ。見殺しにしたわけでない以上、責任をとる必要もない。なにせ彼らも襲撃を受けた「被害者」なのだ。

 亜弥呼はふっと鼻で笑った。

「けど、あなたのお姉さんもハッキリしてるわね。あなたの腕は齧ったのに、母の遺体には手もつけなかった。あんなにしわしわじゃ、食べるところもなかったみたいね」

「……」

 ジョークなのか皮肉なのか判断がつかなかった。あるいはただの世間話なのかもしれない。


(続く)

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