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新秩序 -New Order-  作者: 不覚たん
ゴッドリング編
23/67

代償としての労働

 マリーはスナイパーだ。腕はいいのだが、余計なモノまで撃つから客からの評価はさほど高くない。ランキングは六位。

 星はランク外のペーペー。副業としてハバキの薬をサバいている。

 この両名はチームというわけではないのだが、よく杉下と一緒に仕事をしていた。チームのようでチームでないのは、三郎やペギーと同じだ。

「助けてくれるのか?」

 三郎はテーブル中央のチョコを手に取り、無断で口に放り込んだ。

 マリーはやや顔をしかめたが、特に文句も言ってこなかった。

「あたしらもうんざりなんだよね、あいつの話」

「えっ?」

「山野の脳味噌が出てくるって話。最近になって急に言い出してさ。いや、あたしも霊の存在なんて信じちゃいないよ? でも気味が悪いじゃん。その山野本人も、最近めっきり顔を見せなくなったしさ」

 やはり彼らは事情をよく知らないらしい。

 隠していても仕方がない。三郎はありのままを告げることにした。

「死んだよ、つい最近な」

「はっ? 死んだ? じゃあ杉下が会話してる山野って、本人ってこと?」

「それが知りたくて聞きに来たんだ。杉下さん、ホントに死んだ人間と会話してると思うか?」

「そんなワケないでしょ。ヤクでラリってるだけよ」

 これに星がつっこみを入れた。

「いやいや。姐さん、あの人、シラフでもああですよ」

「マジで? だとしたらかなりヤバいヤツじゃん」

「最初からそうですよ。気づいてなかったんですか? まあ深海デプスやり始めてからひどくなってますけど」

「あの青いヤツ? アレはダメでしょ……」

 マリーも渋い表情になった。

 深海デプスは、妖精から摘出した精霊を加工した新型ドラッグだ。エーテルそのものだとも言われている。吸引すると海が見えるのだとか。

 その海というのがエネルギーの壁のことだとしたら、確かに魂と会話している可能性はある。

 三郎は財布を取り出し、テーブルに置いた。

「そいつを売ってくれ。いくらだ?」

「最近、ちょっと高くなってるんですよね。いくついります? まとめ買いしてくれたら値引きしますよ」


 *


 検非違使のいる部屋で堂々と売買を済ませた三郎は、そのまま椎名のマンションへ帰宅した。椎名本人はまだいない。済ませるならいまのうちだろう。

 ビニール袋に小分けされた青い粉末だ。うっすらと発光していて、妖精たちが背面から噴くエーテルに似ていた。実際には粉がエーテルというより、その粉から放射されているのがエーテルなのだが。

 コップの水に混ぜると、キラキラと拡散して美しい液体となった。しかしおよそ人の飲むものには見えない。

 スプーンで混ぜて一口飲んでみた。

 味はない。顆粒が大きいのか、舌にザラザラとした感覚だけが残った。遅れて、かすかな苦味とビリビリとした痺れ。本当に飲んで大丈夫なのだろうか。

 これを使っている杉下は死んではいない。頭はアレだが、深海デプスの副作用というわけではなく、もとからそうだったという。ならば、意外と害はないのかもしれない。

 三郎はゴクゴクと一気に飲み干した。

 幼いころ、親にムリヤリ風邪薬を飲まされたときのような気分だ。

「サブちゃん、よくできました。えらいえらい」

「……」

 振り向くと、母がいた。虚ろな顔のあの母だ。


 *


 確かに海へ来た。

 世界の果てさえ見えない、クリアな青の世界。

 しかし超越者に連れてこられたときと違い、意識がやけにぼんやりしていた。あらゆるものの境界線がない。

 父も母も妹も近くにいてなにかを言っている。というより、近すぎて内側から声が聞こえるようだった。自分の中に他人が入ってきたような、耐え難い感覚。

 三郎はそれを排除しようとするが、掻き出しても掻き出しても出ていってはくれなかった。のみならず、ぴたりと重なって融合しようとしてくる。

「いやいや、自分でやってどうすんの。杉下さんに聞いてって言ったのに」

 やや距離をおいてそんなことを言ったのは、例の脳味噌だった。

「山野さん、これ……」

「我慢するしかない。イージスでも使わない限り、絶対に入り込んでくるんだから。いや、入り込んでくるだけじゃないな。こっちもいずれ溶けてなくなる」

「はっ?」

「とにかくイージスがなけりゃここじゃあ自我さえ保てないってことだよ。ほら、あっち見てみなよ」

「あっち?」

 山野には手足がないから、あっちがどっちなのか分からない。

「えーと、君から見て右後方の、だいぶ下のほう」

「……」

 そこには巨大な胎児が浮いていた。ザ・ワンか神の子かのどちらかだろう。片目をつむり、片目だけをギョロギョロと動かし続けている。

「あれも自分の体をイージスで守ってる」

「あいつ、ザ・ワンなのか?」

「いや、子供のほうだな。親はアレに近づいていって消し飛ばされた」

「なんで?」

「知らないよ。誰にも触れられたくなかったんじゃないの?」

「でも親だろ?」

「君もその親が入り込んできて困ってるところだろう」

 その通りだ。三郎の返事など待たず、朝食についての感想や、空模様についての感想、あるいはテレビを一緒に見ているときのような態度で語りかけてくる。一貫性はない。のみならず、ヤギの愛が重い。

 しかしこれでハッキリした。山野には自我がある。そして杉下はここの連中と会話している。

「けど、なんなんだここ。やっぱり死後の世界なのか」

「というより、肉体と切り離された精神が来る場所、なのかな。体があるヤツは帰れるんだろうけど、そうじゃないヤツはすぐに溶け出して空っぽになる」

 トモコはカラの器と言っていた。

 三郎にはしかし疑問点がある。

「けどさ、杉下さんって、ここで妹と会話してるんだろ? その妹は生きてるって話だぜ。なんかおかしくないか?」

「おかしいよ。けどそれは頭がおかしいエピソードだから無視していいよ」

「なんで?」

「あの人ね、風俗嬢に妹のマネさせてたんだよ。で、気に食わなくなって殺したの。だから妹の魂と会話してるんじゃなくて、妹のマネをしてる風俗嬢の魂と会話してるってわけだ」

「クソだな」

「ハムスターに変形するおじさんの話も似たような感じだからスルーしたほうがいいよ。俺の話だけ聞いてくれ」

「けどあいつ、あんたのことひとつも理解してなかったんだけど」

「今後もさらに説明して理解させる。それよりも、だ。どうやら神の子は太陽が恋しいらしいぞ。つまりは他界の屋根さえ撤去できれば、怒りは鎮まるんじゃないかと思うんだが」

 山野は簡単に言うが、それを実行するのは並大抵のことではない。

「あの屋根を? 軍隊が飛行機飛ばしてもムリだったんだぞ。誰にできるんだよ?」

「それはそうなんだけどさ」

「ナインは神の子を殺すって言ってる。俺も手を貸すつもりでいる」

 これに山野はふっと笑った。

「じゃあひとつ策を授けよう」

「策?」

「太陽が恋しいヤツと、その太陽を独占してるヤツがいるんだ。そいつらの利害は相反してる。つまり、前回みたいに青き夜の妖精と争わせれば、神の子は勝手に死ぬって寸法だ。いや今回は神の子が勝つかもしれないけど。どっちにしろ、人間が手を出すのはそのあとでいい」

 漁夫の利を狙うということだ。素直に聞けばいい作戦に思える。

「どうやって争わせるんだ?」

「そこは知恵を絞ってよ。俺には思いつかないけど」

「神の子は、まず東京に来るって話だぞ」

「そうなるだろうね。暗いところからさっさと抜け出して、光のあるところに行きたいだろうし。けど、そこは頭を使ってうまく誘導してよ。どっちかに攻撃をしかけて、相手になすりつけるんでもいいしさ。とにかく――なのは――だから――」

「えっ?」

 声が急速に遠ざかっていった。

 父や母の意識も徐々に薄れている。

「――だ――杉下――」

「分かった。杉下さんだな」

 頭の中のもやが消え去り、意識も次第にハッキリしてきた。


 *


 三郎はふらりと立ち上がり、トイレで吐き戻した。

 意識がハッキリしたのはいいが、逆に冴えすぎている。過度に鋭敏になった味覚のせいで、舌がひたすら苦い。視界にしたって、度の強いメガネをかけたようだ。

 だがそれもすぐにおさまった。

 水を流してトイレから出て、洗面所で顔を洗った。

 神の子を殺す算段はつきそうだ。敵同士を争わせて脇から仕留めるというのはセコい方法だが、有効ではあろう。

 しかしその前に、三郎にはやらねばならないことがある。黒羽アヤメの殺害だ。アヤメはまだ庁舎の地下牢とやらに監禁されている。そいつをなんとかしない限り、安心してアパートに帰ることもできない。

 ドアを開き、椎名が戻ってきた。よれたネクタイのスーツ姿だ。くたびれたサラリーマンにしか見えない。

「よ、おかえり」

「ただいま。検非違使の前で堂々と麻薬取引とは、なかなかやるねぇ」

「黒羽アヤメについて相談したい」

 三郎の一方的な主張に、椎名は口をへの字にして応じた。

「その話? いまちょうど逆の仕事を依頼しようと思ってたんだけど」

「逆?」

「黒羽さんたち、監禁したまま他界に置いてきたでしょ? その黒羽さんたちを襲撃しようとしてる連中がいるみたいで」

「誰だ? 俺もそっちにつくぞ」

「勘弁してよ。正体も分からない連中なのに」

「分からない?」

「情報屋がそういうんだもん。分かってるのは、怪しい動きがあるってことだけ。信用で商売してる連中だから、ウソはついてないと思うんだけど。護衛の仕事、受けてくれない?」

「どうせ三十万でコキ使おうって言うんだろ?」

「規定の額だからね……」

「こっちは五千万で殺害依頼を受けてるんだぞ。三十万で護衛なんてやるわけないだろ」

「これは足し算の話じゃなくて、引き算の話なんだけどなぁ」

「……」

 最近、同じ話を聞かされたばかりだ。

 椎名はリビングに入り、ネクタイを外してジャケットを脱ぎ捨てた。

「組合員が検非違使に損害を与えた場合、どうするかは知ってる? うちは逮捕なんてしない代わりに、金か命か労働で支払ってもらうことになってて」

「いくらだ?」

「黒羽アヤメが、精神的苦痛と機会損失を理由に、うちに一億請求してる。その請求を、そっくり六原くんに回そうって話になってる」

「はっ?」

「いや、俺が言ってるんじゃないよ。でも役所ってのは規定にうるさいからさ。でもうちの仕事さえ受けてくれれば、この請求はなかったことにもできる。これまでも、そういう恩情ある措置をとってきたわけで」

「あんたも共犯だろ?」

「そうなんだけど、上がこうするって決めちゃったからさ」

 検非違使による懲罰的な強制労働はたびたびあった。特に常連は杉下、マリー、星の三人だ。現場で必要のない設備を破壊したり、無関係な人間を殺したり、許可なく薬物を売りさばいたりすると、懲罰の対象となる。

 三郎は、検非違使と黒羽の会議を妨害したのだ。その責任を負わされるのもムリはない。

 しかし三郎、ふと思った。

 これは黒羽アヤメに近づく絶好のチャンスではなかろうか。戦闘に巻き込まれたことにしてアヤメを殺害すれば、当初の目的も達成できる。検非違使は激怒するだろうが、死んだ人間の請求してくる一億など無効であろう。などと軽く考えつつ。

「例の倉敷って女は出てくるのか?」

「いや、一班は別の仕事があって……。おかげで俺たち二班が駆り出されそうでさ」

「分かった。引き受けよう。あんたは遠くから俺の活躍を見ていてくれ。完璧にやる」

「さすがは六原くん。分かってくれると思ってたよ。ただし、敵を利する行為はしないようにね。額が倍になるから」

「はっ?」

 倍なら二億。いや、そもそも一億という額にも根拠はないのだが。検非違使は容赦なく借金を背負わせてくるだろう。これはランキングにも反映される。ランカーから転落するには十分な額だ。

 拒否権はない。


(続く)

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