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新秩序 -New Order-  作者: 不覚たん
ゴッドリング編
20/67

イレギュラー 後編

 だが三郎にとっては好都合だった。

 ここは日本ではない。のみならず、およそどの国の法も存在しない。検非違使はその気になればここも管轄下であると宣言するだろうが、要するに、その前に殺ってしまえばいいだけの話だ。

「ペギー、スジャータ、やるぞ。作戦続行だ」

「オーケー」

 ペギーはP226を抜いた。

 スジャータは返事よりも先に駆け出している。

 非常灯が点灯した。ターゲットは渡り廊下で立ち往生している。いまなら奇襲になる。

 始動した三郎は、しかし渡り廊下へ到達する前に鋭い斬撃に襲われた。風を操って紙一重で避けると、そいつはすぐさま背後に回り込んできた。

 倉敷弓子。

 義足の右足など物ともせぬ挙動だ。三郎よりもはやい。というより、以前の少女らしさを捨て去った厳しい表情になっていた。特別な能力もない、ただの人間のはずだった。そいつが刀を振り回しているだけなのに。

「くっ、こいつッ」

 横薙ぎに真空波を放つが、弓子は身を伏せて回避し、一気に間合いを詰めてきた。直線的な突き。

 三郎は避けきれず、左肩に刃のズブズブと突き刺さるのを感じた。足を突き出して弓子の踏み込みを止めるが、それでも背中まで突き抜けたのが分かった。

「があッ」

 なんとか蹴り飛ばして後退し、大きく距離をとった。粘ついた血液が糸のように床に落ち、まっすぐな線を引いた。

 とんでもない速度だ。

 すでに弓子は一部の隙もなく構え、三郎の急所へ狙いを定めている。少しでも気を抜けば貫かれる。


 が、苦戦をしいられているのは三郎だけではなかった。

 スジャータは暗殺者である。幼少期から特殊な訓練を受けて育ってきた。小柄な体を活かし、包囲網をくぐり抜けてターゲットへ接近することができる。

 が、今回はそうはいかなかった。

 ナイフが飛んできた。一本目は避けた。が、避けた先で二本目のナイフが顔の脇をかすめた。着地したところ、足に三本目が突き刺さった。転がったまま毒針を打とうとすると、その手に四本目が刺さった。

 頬のコケた青白い男がゆらゆらとやってきた。

「あら、まだ子供じゃないの」

 一班の班長、白鑞金はくろうきん。もちろん偽名である。

 すると隣にいた大男が、ダーンと銃を発砲した。犬吠埼路傍土いぬぼうさきろぼうど。こっちも偽名だ。

 交戦しているのはペギー。背面からエーテルを噴いて縦横無尽に飛んでいるのを、なんとか撃ち落とそうとしている。

 白鑞金はその銃声を聞くたび、うるさそうに顔をしかめた

「ダメダメ。あんなの当たんないよ。やめな」

「はっ? いや師匠も手伝って下さいよ」

「ヤだよ、ナイフがもったいない」

「なんだってこんな……」

 しかし犬吠崎は発砲を繰り返した。


「おいやめろ馬鹿野郎ッ! 交戦禁止ッ! 交戦禁止だッ! ぶん殴るぞ」

 源三が怒声を発した。

 課長の命令だ。犬吠崎もさすがに発砲をやめざるをえない。倉敷弓子も構えたままだが、殺気を納めた。

 ペギーの銃弾は、残念ながらボディーガードの黒い翼に阻止されていた。アヤメは無傷。


 黒羽アヤメは狼狽ろうばいこそしなかったものの、さすがにブルドッグのような顔を引きつらせていた。

 いきなり他界に飛ばされた挙げ句、侵入者に命まで狙われたのだ。しかもエネルギーの壁を通過するとき、無用な感傷的に襲われた。夫が若い姿で現れたのだ。

 あまり自己主張をしない、おとなしく優しい男だった。彼は、幼い娘たちとのピクニックを楽しみにしていたようだった。人生でただ一度、家族で出かけた日曜日の記憶。あの日、アヤメはおにぎりをつくった。幸福な気持ちだった。

 だが老いた目には涙さえにじまない。この世界、金がなければ蹂躙される。ほんの少し気を抜いたせいで没落した一族を飽きるほど見てきた。戦場に感傷はいらない。

 足元にはマゴットがへたりこんでいた。彼女も海でなにかを見たのであろう。ボディーガードとしては失格だが、アヤメは叱らなかった。

 代わりに、非難の目を検非違使へ向けた。

「検非違使さん、これはどういうことです? 両者の信頼関係を損なう重大な問題ですよ?」

「うるせーババアだな……。ああ、はいはい。こいつぁ確かに問題だ。三回クビをハネられても釣りが来るところですよ」

「全部聞こえてますぞ」

「おっとこいつぁ失礼。つい本音が。ダーハハハ!」

 この川崎源三とかいう男、ハナからこういう性分だ。

 麗子にはかつて夫がいた。その男と源三が古い友人だった。三人は組合で一緒に仕事をしていたこともある。

 麗子はもともと従順な性格ではなかったが、源三に関わってからというもの、妙な正義感に目覚めはじめた。せっかく捉えた六原一子を逃したこともそうだ。もちろん制裁はした。麗子にはその後遺症がある。

 とはいえ、六原一子から摘出した卵子は役に立った。作ったクローンは失敗作だらけだったが、マゴットはもっともデキがよかった。はじめは道具のように酷使するつもりだったが、あまりに従順なのでいまではペットのように愛玩している。自分の殺害を目論むバカな孫よりよほどかわいい。


 倉敷弓子は、彼らの茶番をさめた目で見ていた。

 眼前の狂犬――六原三郎はまだ闘志を失っていない。死ぬまで止まらないタイプだ。肩から血を流し、苦しそうに呼吸を繰り返しながらも、犬歯をむき出しにして笑っている。

 いったいなにが楽しいのか、弓子には理解する気もないが。

 三郎が大地を蹴った。弓子は応戦しない。次の瞬間、横からすっ飛んできた源三のラリアットが炸裂し、三郎は首を中心に一回転してダーンと床へ叩き伏せられた。

「交戦禁止だ馬鹿野郎。寝てろ」

 さすがの三郎も、これには気を失ったようだ。

 弓子は血液を振り捨て、スッと納刀した。もし来れば、真空波ごと三郎の胴体を真っ二つにしていたところだ。源三のおかげで人を殺さずに済んだ。

 歩を進め、床に伏せているスジャータの前にしゃがみ込んだ。

「痛い?」

「……」

 スジャータは無言。まだ動く左手に毒針を握り込んでいるのは見なくても分かった。

 弓子はしかし気にしない。

「保健室へ行きましょう。おぶってあげる」

「殺すぞ」

「あなたをおぶっている最中に私が死んだら、あなた、保健室に行けなくなるのよ?」

「なんで助ける?」

「戦いが終わったから」

 するとペギーが来た。

「ありがとう。彼女は私が運ぼう」

「そう」

 それならそれでいい。弓子は規定の業務を遂行しようとしただけだ。べつに人を救いたいと思ったわけではない。誰でもよかった。力さえあれば自分が三郎を選んでもよかった。

 かと思うと、巨躯の犬吠崎が三郎を肩に担いでやってきた。

「俺も保健室へ行く。あとのことは任せたぞ」

「はい」


 同刻、実行課オフィス――。

 ピクリともしないパソコンを前に、椎名九太郎は頭を抱えていた。停電ではなにもできない。非常灯はついたが、パソコンにまで電力を回してはくれない。おかげで監視カメラの映像も見られないから、状況さえ理解できない。

「椎名さん、やべーって! ウイルス踏んだせいでそこらじゅう停電になってる!」

「いや、鵜飼くんのせいじゃないから」

 事態を把握していない鵜飼にもうんざりだ。

 二班は銃撃戦ではクソの役にも立たないから、庁内では「穀潰し」などと揶揄されている。しかし彼らの本領は情報戦だ。班長の川崎宗司も、椎名九太郎も、そちらで勝負すればかなりの成果を出す。

 だが鵜飼は違った。彼は射撃の腕も怪しいが、情報戦もからきしだった。組合員からの転身だ。なぜ入庁できたのかは不明である。

「自販機も止まってたぜ」

「電気が来てないからね」

「はっ? 電気ついてるけど」

「非常灯だけね」

 こんなことなら、鵜飼の回してきたエロ動画を観ていたほうがまだマシだった。あんなに興奮するのだから、さぞや立派なケツだったのだろう。

 ドアが開き、宗司が戻ってきた。

「大変なことになったね」

「あ、班長。聞いてくださいよ。椎名さんひどいんすよ。また俺のことバカにして」

「椎名」

 宗司は疲れ切った表情で椎名を見咎めた。

 おそらく鵜飼のことを責めただけではあるまい。業者との打ち合わせが、椎名の策略であることに気づいたのだ。

 椎名はごまかすように顔をしかめた。

「まあまあ、あんまり怒るとメガネ割れるよ」

「割れない。それより、状況は把握してる? 僕たち、いま他界に来てるんだけど」

「はっ?」

「さっき海を通らなかった? あの幻覚は、他界へ移動する際に見られる特殊な現象だったはず」

「おー、アレがそうなのか。エナジードリンクの飲みすぎて臨死体験したのかと思った」

 椎名も情報として知ってはいたが、実際に体験するのは初めてだった。正式な方法でワームを通過するときには見ない光景だ。

 鵜飼はしかし理解していなかった。

「え、なにそれ? つーかエナジードリンクで死ぬの?」

「カフェイン取りすぎたら誰だって死ぬよ。まあ日本で売られてるのはカフェイン抑えめになってるけど」

「マジで? だったらコーヒーとかもやべーじゃん」

「まあ、そう、だね……」

 椎名もついに閉口した。


 同刻、保健部執務室――。

 怪我人と聞いたとき、麗子はきっと母の遺体に直面するのだろうと思っていた。が、実際に運び込まれたのは三郎とスジャータだった。

 麗子は医療用のゴム手袋をつけ、まずは消毒から始めた。先にダメージの大きい三郎から。

「少し染みるけど我慢して」

「ぐがあッ」

 現場に居合わせなくとも、傷口を見れば誰と戦ったのかはだいたい分かる。このぶっきらぼうな刺し傷は、弓子の刀によるものだろう。彼女は殺すつもりでやるから、とにかくえぐりこむ。ダメージが通ればそれでいいのだ。

 対してスジャータの傷跡はじつに綺麗だった。大きな脈や骨を傷つけていない。もっとも治療しやすい部分だけが裂かれている。白鑞金はくろうきんの技だ。

 少し裂かれた程度ならすぐ治る。三角プシケの体細胞による再生医療を始める前から、ザ・ワンのウイルスを使った治療薬はあった。

 麗子はボトルから白いクリームをとり、傷口に塗り込んだ。後遺症は残らないだろう。そういう便利な薬だ。副作用はあるが。

 手際よく、というよりやや乱暴に治療を終え、麗子はゴム手袋をゴミ箱へ投げ入れた。

「あとは寝ていれば大丈夫よ。で、母の遺体は?」

「無事ですよ。傷ひとつありません」

 犬吠埼が苦笑した。

 ほっとしたと同時に、麗子はなんとも言えない気持ちになった。結局、若い組合員が切り裂かれただけだ。世代交代は起こらない。

「じゃ、あとよろしくお願いします」

 犬吠崎は頭をさげ、さっさと出ていった。

 ペギーは残った。無言のままだがナインもいる。

 麗子は深く溜め息をついた。

「まったく、だらしないわね。あなたたち、それでもプロなの?」

「ギッ」

 ムリに起き上がろうとして、三郎が身をのけぞらせた。

「まだ寝てなさい」

「チキショウ、なんだあの女ッ! あんなに強かったのか?」

 苦痛に顔をしかめてはいるが、三郎はどこか愉快そうだった。

 確かに弓子は強くなった。それも尋常でないほどに。麗子はその理由を知っている。

「もともと素質があったみたいね。けど、ワケあって強くなったのよ」

「はっ? また黒羽の怪しい薬でも使ったのか?」

「あなた、自分もその薬で助かるところなのに、えらい言いようね。でも違うわ。彼女のは精神的な問題。けど聞かないでね。教えられないから。乙女のプライヴェートに踏み込むのは禁止よ」

「教えろッ! どうすれば強くなるんだッ!?」

「寝てなさい。また消毒されたいの?」

「ぐっ……」

 患者を静かにさせる方法は心得ている。うるさければ別の薬を使ってもいい。黒羽麗子は、ナンバーズでは薬師長などと大仰な役職を名乗っている。薬を使うのが彼女の仕事だ。

 麗子は椅子へ腰をおろし、横目でナインを見た。

「それで、あなたはいつまでそこでそうしているの? 母を殺しに行ったら?」

「俺は三角プシケの保護者だ。人殺しに来たわけじゃない」

「いつもいつも口ばっかりでうんざりするわね。たまにはその手を汚したらどうなの? 上に行けばターゲットがいるわよ。いまなら気を抜いてるんじゃないかしら」

 この挑発に、ナインは肩をすくめただけであった。

 なにを考えているのか分からない男だ。いや、きっと「なにも考えていない」というのが正しいところなんだろう。麗子はそう結論づけて、さめきったコーヒーをすすった。


(続く)

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