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新秩序 -New Order-  作者: 不覚たん
ゴッドリング編
18/67

机上の空論

「椎名さん、黒羽アヤメを殺すのって、どうしたら効率がいい?」

 犠牲をかえりみないのであれば、三億近い貯金をほぼ使い果たして組合員を雇うという手もある。しかしもっと効率のいい方法が必ずあるはずだ。

 椎名は顔をしかめたものの、むせることなくラーメンをすすり切った。三郎がこういうヤツだということは彼もよく知っている。

「あのねぇ、六原くん……。俺は検非違使だよ? そんなのに協力できるわけないじゃない。ま、ただ殺したいだけなら、腕のいいスナイパーに遠くからヤらせるのが一番だと思うけど。カメレオンなら、一億くらいでヤってくれるんじゃない?」

「一億か……」

 カメレオンといえば、三郎のひとつ上にいるランカーだ。そんなのに一億なんて支払っていたら、永遠にランクを追い越せない。とはいえ、黒羽アヤメはそんなことを言っていられる相手でもないのだが。

「ほかによさそうな案は?」

「俺だったら暴力じゃなくて情報戦を仕掛けるけどね。あの婆さんは金が大好きでしょ? だからありとあらゆる情報を流して、黒羽グループの資産価値を下げるんだ」

「それで黒羽アヤメは死ぬのか?」

「いや、むしろ逆ギレするだろうね」

「それはダメだ。息の根を止めないと」

 三郎は興奮気味に缶ビールを開けた。もともと黒羽とは決着をつけるつもりでいた。事の発端が誤解だろうがなんでもいい。必ずなんらかの精算が必要だった。

 椎名はカップラーメンのスープをすすり、空き容器をゴミ箱へ投げ入れた。

「やる気なのはいいけど、婆さんだけ殺したってなにも解決しないと思うんだけど」

「どういう意味だ?」

「デカい組織っていうのは、一人の人間が動かしてるわけじゃないってこと。そいつがいなくても動けるようになってる。アヤメが死んだとして、その娘が跡を継ぐだけだよ」

「黒羽麗子が?」

「その姉の亜弥呼だよ。亜弥呼が死ねば、次はさやかが継ぐだろうけど……。まだ高校生だし、後見人として黒羽麗子が出てくるだろうね」

「そいつら全部殺るのは骨だな」

 三郎の素朴な感想に、椎名は肩をすくめた。

「最終目標はなんなの? アヤメを殺したいだけなの? それとも刺客を送ってこないようにしたいの? 黒羽グループの壊滅?」

「アヤメの殺処分だ」

「じゃあやっぱりスナイパーかな。でも黒羽だしなぁ……」

「なにか問題なのか?」

「六原くん、黒羽一族の能力知らないの?」

「なんか糸みたいなヤツだろ?」

「それもあるけど、黒い翼だよ。防御に使える。銃弾を止められるほどかどうかは知らないけど。でもどうせバキバキにドーピングしたボディーガードを周りに連れてるはずだしなぁ……。やっぱり近づいて始末するのが確実かもね」

 椎名は立ち上がり、冷蔵庫から麦茶をとった。ビールは飲まないつもりらしい。

 三郎は構わず一口やった。缶ビール独特の直球なアルコールが内蔵に染みた。

「黒羽さやかが俺に依頼を出してる」

「その話は知ってる。もし彼女が協力してくれるなら、それなりの作戦が立てられるかもしれない」

「どうやるんだ?」

 すると椎名は思案するように天井を見上げた。

「えーと、まず前提として、なにか事件が起きたら、組合の人間が動員されるというのは分かるよね?」

「そのための組合だ」

「だから作戦にあたって、あらかじめ使えそうな組合員を何人か雇っておくんだ。資金の許すかぎり、限界までね。その上で、黒羽さやかを誘拐する。ムリに誘拐しなくてもいい。彼女にお願いして、誘拐のフリをしてもらうだけでも」

「面白そうだな。それで?」

「事件が起きると、なぜかいつもまっさきに情報屋が嗅ぎつけるよね? 連中は、ここぞとばかりに高値で黒羽に情報を売るわけだ」

「いつもだよな、それ」

 三郎はつい苦い笑みを浮かべた。

 蛇はどこをどう監視しているのか、なにか事件が起きるたびすぐさま察知する。椎名はそれを逆手にとろうとしているわけだ。

 彼は得意顔でこう続けた。

「当然、黒羽は組合員を雇うよね? けどそのとき、すでに目ぼしい組合員は残っていないわけだ。しかもその組合員たちも、黒羽さやかの救出へ向かうことになる」

「その隙をついて黒羽の本体を叩く、というわけか」

「その通り。ただし、黒羽の私兵もかなりの精鋭だよ。しかもあの人たち、臆面もなく警察に通報する可能性がある。業界のルールなんておかまいナシにね」

「この手の事件で警察が動くのか?」

「動くよ。例外的にね。黒羽と警察は仲がいいから。それに、警察にしてみれば、ついこないだまで管轄してた組合を検非違使に奪われたのも面白くないだろうし」

「……」

 アヤメを殺せたとして、通報で駆けつけてきた警察に勝利するのは困難であろう。なんとか逃げ切ったところで、今度は指名手配犯としての逃亡生活が待っている。

 椎名はしかしニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「ま、こんな面倒なことしなくても、もっと簡単な方法もあるっちゃあるんだけど」

「はっ?」

「じつは近々、本庁に黒羽アヤメが来ることになってる。当たり前だけど、うちの庁舎はうちの管轄だから、特別な理由がない限り警察は踏み込んでこれない。そこでアヤメを殺処分すれば、警察が関与することなく終わらせることができる」

 だがこの作戦は、敵が警察から検非違使に入れ替わっただけだ。違うのは、検非違使は指名手配をしない点。その場さえ逃げ切れば、ひとまず助かる。

「結局、検非違使に囲まれるだけだろう」

「ちゃんと脱出ルートがあるよ。監視カメラは俺がなんとかできるし。廊下の隔壁も操作できる」

「はっ? あんた、いったい何者なんだ……」

「経費がないから、セキュリティホールがほったらかしなんだよね。新しくしろっていつも言ってるのに。全然聞かないんだから。ま、そもそも誰かに襲撃されるなんて想定してないんだろうけど」

「できれば庁舎に入る前に始末したいんだが」

「アヤメはヘリコプターで直接乗り込んで来るよ。場所は空中庭園。庁舎がドーナツ状なのは知ってる? その中央の孤島だから、外部からの狙撃もできない。空中庭園のどこかで待ち伏せして殺るしかない。あそこは安全だと思われてるからなんの警備もないし」

 いちばんの中枢に入り込み、大胆に始末するというわけだ。

 三郎が疑問を口にするより先に、椎名はこう続けた。

「どうやってそこに入り込むのかも算段がついてる。備品の搬入をよそおって、六原くんを荷物として紛れ込ませるんだ。これなら誰にも怪しまれずに空中庭園に入れる」

「完璧だな」

「いや、すべてがうまくいった場合の想定で話してるからね。ミスっていうのは、こちらが想定してない部分で起きるものだから」

「そうか、じゃあ完璧じゃないな」

「うん……」

 さもアホを相手に生返事をした様子であったが、しかし椎名も椎名であった。彼は真顔のまま、こう尋ねてきた。

「ところで六原くん、君、風使いなんだよね? 空気抵抗とかも操れるの?」

「ある程度はな」

「じゃあ、わりと高いところから落ちても平気ってことだよね? どのくらいなら平気なの? ビルの五十階から降りた場合は?」

「それはさすがに死ぬからな?」

 まさか椎名の言う脱出ルートというのは、空中庭園から飛び降りるという話なのだろうか。それなら誰も追ってこないだろう。追う必要もなくなるわけだから。

 椎名は苦笑した。

「ジョークだよ。けど、いざとなったらそういう逃走ルートもあるってこと。もし君が妖精ならね」

「妖精ならな」

 反論しつつ、しかし三郎も思った。

 もし自分でなく、三角プシケにこれをやらせればどうだろう。彼女もアヤメには報復したいと思っているはずだ。なにせアヤメは、妖精を養殖して人身売買に使っている。のみならず、摘出した精霊で「深海デプス」なる麻薬まで製造している。

 動機はある。

 しかしぼんやりとした気分屋の三角プシケが、単独でこの作戦を実行できるだろうか。あるいはペギーを使うという選択肢もあるが……。

 椎名はクククと不気味な笑い声を出した。

「いま誰かの顔を思い浮かべたよね? いいんだよそれで。なにも一人でやる必要はないんだから。二、三人なら同時に搬入できるよ」

「最高だな。やれる気がしてきたぜ」

 ただの人殺しだからアベトモコは乗ってこないだろう。しかし三角プシケは動く。するとナインもセットでついてくる。ペギーやスジャータに声をかけてもいい。絶対に成功させるのだ。おそらくチャンスはこの一度しかない。

 椎名はパソコンに向き直り、なにやら資料を作成し始めた。

「動員できそうな人間がいたら教えて。それで作戦立てるから。ま、俺にはなんのメリットもない、ただ危ない橋を渡るだけの作戦になるけど……」

「安心しろ。終わったら一億やる」

 カメレオンに一億払うくらいなら、椎名に払ったほうがまだマシだ。

 椎名はしかし鼻で笑った。

「それだけあれば、自宅でアイドルのライブが開けるな。近所から苦情が来そうだけど。まあそのうちなにかおごってくれ。黒羽アヤメにはうちも手を焼いてるんだ。最近じゃあ、野良スクリーマーを捕まえてなにかやってるらしいし。こっちは仕事が増えて迷惑してるっつーのに」

 そんな軽口とともに、椎名のキーボードはバチバチと激しい音を立てた。アヤメのやり口には彼も不満を抱いていたらしい。

 かと思うと急に手を止め、溜め息をついた。

「あーでもひとつだけ懸念点が……あるようなないような……」

「なんだよ?」

「アンチ・エーテル技術って知ってる? 君たちの特殊能力を無効化する技術なんだけど」

「もしかして機構が使ってたヤツか?」

「そう。ザ・ワンを無力化するためにね。以前は大掛かりな装置を使って、ビーム状にしたアンチ・エーテルを照射することで機能させてたんだけど。いまはもう物質化に成功して、小型のカプセルになっててね。投げつけると周囲の能力者が一時的にただの人間になるんだ。そういうアイテムがうちにも納入されてて……出番もないまま倉庫で眠ってる。それを誰かが思い出さなければいいけど」

 ザ・ワンを無力化するほどの技術だ。三郎もナインも、アベトモコでさえも能力を封じられるだろう。もしそうなれば、能力ではなく火器こそが主力となる。

 三郎はふむと唸った。

「そのアンチ・エーテルってのを無効化する方法はないのか?」

「無効化? それは……考えたこともなかったな。エーテルを中和してるわけだから、それを上回るエーテルを散布したら可能な気もするけど……」

「そこで深海デプスの出番ってわけだ」

「ちょ、おま……。さすがに毎秒忖度しろ。こっちはそれを取り締まってる側なんだぞ」

 深海デプスはエーテルそのものだ。悪いやつらが大々的に流しているおかげで、かなりの量が出回っていた。値段もそんなに高くない。

 三郎の記憶によれば、それをサバいてる男が組合にもいたはずだ。

 金ならある。箱買いだ。


(続く)

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