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新秩序 -New Order-  作者: 不覚たん
ゴッドリング編
15/67

レポート:ザワニスツ

 三郎とペギーがニューオーダーで献杯しているそのころ――。

 都内ホテルのレストランにて、とある秘密結社の会議が行われていた。集まっているのは政治家や資産家、それに宗教家など。そこには老いてなおやかましい黒羽アヤメの姿もあった。

 円卓には、ブラックアウトの代表を務める春日次郎も座していた。ほぼ老人ばかりのこの場において、まだ三十代の彼は特に異彩を放っていた。いや、耳目を集めているのは年齢だけではない。表向きは善人のような顔で宗教団体を主催し、裏ではテロ組織を運営している。しかも汚い仕事を一手に引き受けるつもりでいるという。

 恐怖や不安は金になる。戦争が起きる、ハレー彗星が接近する、石油が枯渇する、ミサイルが飛んでくる、テロが起きる、災害が起きる。これらはすべて金になる。もちろん必要な備えもあろう。しかし必要のないものさえ売ることができる。新世界からスクリーマーやら妖精やらが飛び出してきているいま、彼らが商売をするには絶好の機会であった。

「だがね、春日さん。東京でやるのだけはよしとくれよ。資産価値が下がるのも勘弁だけど、なにせ復旧に金がかかるからねぇ」

 痩せたブルドッグのようなしわだらけの口元から、かすれ声を発したのは黒羽アヤメだった。年齢不詳の小柄な老婆だが、目つきだけはやたらと鋭い。

 七三分けの政治家も、これに神妙な顔で便乗した。

「そうだよ。税金はもっと有意義なことに使うべきだ。予算編成に向けられる市民の目は、日に日に厳しくなっているのだからね」

 彼らにとってなにが有意義なのかは、もはや言わずもがなであろう。

 春日もニヒルな笑みを浮かべた。

「分かってますよ。可能な限り新世界でやるようにします。あそこは東京とつながってるわけだから、盛大にやればみんなもヤバいと思うでしょう」

 すると先の政治家が、さも諭すような顔になった。

「しかしあまり遠すぎても困るな。対岸の火事になってしまうからね。あくまでも、こちらに飛び火するかどうか、そのギリギリのところでやっていただきたい」

「ええ、善処しますよ」

 典型的なマッチポンプだ。テロリストが恐怖を煽り、資本家たちがその対策を売りさばく。

 しかしここに集まった老人たちとて、テロによる商売を手放しで推進しているわけではない。この商売はリスクが大きい。言うことを聞く忠犬ならなんでもいいわけではない。ただの思想犯ではダメで、春日のように商才と隠れ蓑がなくてはならない。しかもこうして事前に、有力者たちにおうかがいを立てるような人物でなければ。

 アヤメが顔をしかめた。

「こんなことなら、ザ・ワンだってとっととよそへ移しておくべきだったよ。よりによって東京の大田区に大穴が空いて、しかもアメリカのミサイルまで撃ち込まれるなんて。あれの情報操作にいくらかかったんだい?」

「そうはいっても、しかし移設のための予算が……」

 政治家が突然ヘコヘコし始めた。

 金を生むには金がかかる。彼らはなかば金の自家中毒になっていた。

 半年前、大田区に埋まっていたザ・ワンが目を覚まし、大穴が開いて新世界とこちらがつながってしまった。そのせいで東京は大損害を受け、首都機能は一時的に京都府へ移された。東京の一等地に利権をもつ老人たちにとって、地価の下落は財産没収に等しい。

 東京を復旧するために大量の税金が投入され、日本の財政はかなり苦しくなった。政府は復興を名目に税金の徴収をはかったものの、市民からは常にチクチク責め続けられる結果となった。彼らにとって、無から有を生み出すことは不可能ではないが、それでもかなり難しい。


 *


 老人たちの話は長かった。誰も彼もが自己の利益を確保するのに一生懸命だった。おかげで春日が事務所へ戻れたのは、二十三時を過ぎてからだった。

 あまり高級な事務所ではない。テロリストのアジトだから一等地というわけにもいかないのだ。

「で、どうだった? あの妖怪ババアはまだ元気だったのか?」

 スキンヘッドの男が車椅子で近づいてきた。ナンバーズ・トゥエルヴ。浦井真人うらいまひとだ。

 春日はその妖怪ババアの顔を思い出し、げんなりして肩をすくめた。

「元気すぎるよ。彼女、お金のことになると話が止まらないタイプだね」

「金以外に興味がないようだからな。で、その金は? 少しは寄付してくれることになったのか?」

「彼らの運営する慈善団体から、海外バンクにね」

「ザワ……なんだっけ」

「ザワニスツ」

「ザ・ワン主義者ってところか。けど、そのザ・ワンはもう死んでるはずだろ? まさか死体で商売する気か?」

「勘弁してくれ。その子供がどうこうって名前に改名したら、もっと奇妙なネーミングになる」

「二秒で忘れる自信あるぜ」

 するとタバコをふかしながら、頭からパーカーをかぶった青村放哉が入ってきた。

「なんだ、金の話か? パチンコ行きてーからいくらか貸してくれよ」

 妹からかなりの額の金を借り、ほぼすべてをパチンコに注ぎ込んでいるらしい。

 これにトゥエルヴが顔をしかめた。

「おいヤニカス、てめー他人の金でパチンコばっかやってんじゃねーよ。博打の金ぐれぇ自分で稼げ」

「あ? ここ禁煙じゃねーべ? 俺はなァ、禁煙の場所じゃ吸わねーけど、そーじゃねー場所ではスパスパやる主義なんだよ」

「いまから禁煙だ」

「てめーなに勝手に法律作ってんだ? 歩く立法府のつもりか? いや歩けねーんだったな」

「外に出ろ。お前の足もダメにしてやる」

 いつもこれだ。彼らは顔を合わせるとすぐに始めようとする。

 だが最近、この事情も変わった。

 ソファにぐったりとしていたナンバーズ・シックスが身を起こし、ギロリと血走った目を向けてきた。

「ケンカはやめて……って……私言ったよね……気のせいかしら……」

「……」

 論争は瞬時に終結した。

 なにせ彼女が来た初日、このふたりは挨拶代わりに肩口を切り裂かれた。うるさかったのである。のみならず、ここで振る舞われる料理は彼女の手製だ。死と生、その両方を彼女が掌握していた。

 春日もさすがに割って入った。

「あのー、やっぱりタバコは換気扇の前で吸ってもらえる? ねっ?」

「台所はダメ……お風呂場にして……」

 一子の眼光は刺すようだ。

 事務所のように使ってはいるが、ここは一般的な住居と同じ間取りだった。

 放哉は舌打ちしたものの、素直にバスルームへ向かった。反論は死を意味する。


 だが――と、春日は思う。

 青村放哉の実力はホンモノだ。トゥエルヴもシックスも同じ。戦力としては申し分ない。

 のみならず、数年前からアヤメの投薬を受け続けた結果、春日自身も能力を身につけていた。その能力はザ・ワンと同じイージス。

 かつて山野栄という男もイージスの能力を有していたという。彼はザ・ワンの死骸の上でミサイルの直撃を受け、瀕死の重傷を負った。しかもその後、ただ力尽きたわけではない。理屈は不明だが、彼の肉体はザ・ワンと一体化していた。ミンチになって混ざったのではない。細胞同士が結合していたのだ。解剖にあたった黒羽麗子は、山野を切り出すのにかなり苦労したと聞く。

 つまりイージスの能力を有するものは、神と一体化できる可能性がある。神の肉体さえ手に入れば。


 春日は金のある家に生まれ、高等な教育を受け、いい大学に入り、そこそこ綺麗な女とも付き合ってきた。

 人からは、なに不自由のない人生だと思われている。しかしなにかで「トップ」になったことがなかった。

 背伸びして高ランクの大学に入ったはいいが、周りにいる連中には格の違いを見せつけられた。頭がいいヤツというのは、本当に、信じられないくらい頭がいい。普通に会話をしているときでさえそうなのだが、なにか問題に直面したときに、春日の倍以上のスピードで解決してゆく。同じ人間とは思えない、しかも許しがたいスペック差だ。

 春日は、やればたいていのことはそこそこできた。興した宗教団体もまあまあ成功していると言っていいだろう。しかし「まあまあ」だ。これをやるにも老人たちの援助を受けながら、そしてその倍を搾取されながらの労働だ。教団トップのはずなのに、まるで雇われ社長のようだった。

 しかし運が巡ってきた。イージスだ。神になれるかもしれない。

 春日が覚醒したのち、教団の幹部たちも覚醒してきた。すべては黒羽から買った薬のおかげなのだが、表向き春日の加護のおかげということになっていた。流れが来た。このチャンスを逃す手はない。

 もし神と一体化できれば、日本のトップどころか、地球のトップになれる。大学の同期たちにも完全勝利できるのだ。いや恨みはない。彼らには才能があると思っているし、それを認めてもいる。しかしずっともやもやしていた。神になれるというのなら、誰しもいちどはなってみたいものだろう。

 仮に問題があるとすれば、神になったのち、自分とサイズの合う女がいなくなるということだ。どうやら巨人は、残り一体しか確認されていないらしい。しかもそいつは神の母親だ。かなりマズい。このままではマザーファッカーになってしまう。


「どうしたんだ、難しい顔して?」

 不審そうにトゥエルヴが尋ねてきた。

 これは繊細な問題だ。ありのままを告げるわけにはいかない。

「妖精に『儀式』というものをすると、たしか巨人になるんだったね」

「ああ、そうだな」

「つまりは環境さえ整えば、量産も可能ということ」

「それはこないだ国連が『やるな』って言わなかったか。怒られるぞ。隠しておけるサイズでもないし……」

「新世界ならさすがに国連も言ってくるまい」

「言ってくるだろ。というより、メンツにうるさい日本政府がまずすっ飛んでくるぞ。つーかあんなデカいだけのザコ、なんに使うんだ? テロか? かなり目立つぞ?」

「いや嫁が……」

「はっ?」

 このトゥエルヴという男、意外と狡猾に誘導尋問を仕掛けてくる。春日は思わず口を滑らせるところであった。

「いや読めない局面に対応しようと思ってね」

「未来のことなんて誰にも分からねーよ。神にさえな。ま、俺は暴れられる場所さえ用意してもらえりゃそれで十分だが。なんせ才能が溢れすぎて、発揮する場所に困ってるくらいだからな。分かるか? 言わば、かけっこしか能のないガキが運動会を待ってるあの感じだ」

「な、なるほど……」

 ナンバーズ・トゥエルヴは一見すると狂犬そのものだが、意外とモノを考えている。のみならず、常に相手からなにかを引き出そうとしている。道化を演じているだけなのだ。度が過ぎて身内に手足をやられたらしいが。

 トゥエルヴはふんと鼻で笑った。

「ま、なんでもいいが。それより、あんたのぶんのメシも用意してあるぜ。今日も滅法うまい。あれで性格と趣味さえまともならいい女なんだけどな」

「それはアイデンティティーの大半を否定することになるよ。せっかくだ、いただこうかな」

 そのナンバーズ・シックスがブラックアウトの呼びかけに応じた理由は、春日にもよく分からない。弟と戦う可能性があることはすでに説明済みだ。それでもなお、彼女は来た。


 ブラックアウト――。世界は黒に染まる。無政府主義者アナキストの象徴たる黒旗を、神のもとに掲げるのだ。つまりはあらゆる政府が世界から消滅することになる。無政府といっても無秩序とイコールではない。政府などなくとも、神さえいれば人は己を律するはずだ。

 ともあれ、神になりたい人間と、暴れたい人間たちの利害が一致した。手は結べる。

 あとはどう立ち回っていくかだが――。警察の目は、可能な範囲でザワニスツが逸らしている。アメリカはじっと静観している。現場で衝突しそうな組織は、世界管理機構かナンバーズくらいのものだ。しかしいまや、どちらも求心力を失い弱体化している。もたもたしていても情報が漏れるだけだから、むしろ打って出たほうがいい。素早く仕掛ければ行ける。


 キッチンの寸胴鍋には煮物があった。

 ゴボウにジャガイモ、それにニンジン、しらたき。こんな家庭的な料理、給食でしか食べたことがなかった。自宅で出されるのはシチューなどの洋食ばかり。過去には肉じゃがを作ってくれる彼女もいたが、デキはかなり初々しかった。しかし目の前のこれは熟練の技だ。たしょうの雑さも含めて。わざわざ小綺麗になんて作らない、実践的なメシである。

 換気扇のスイッチを入れ、何度か失敗しながらガスコンロの火を入れた。青い炎が規則正しく整列している。

 三月とはいえまだ寒い。

 春日はコンロの小さな火の群れを見つめながら、鍋のあたたまるのを待った。


(続く)

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