表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新秩序 -New Order-  作者: 不覚たん
ゴッドリング編
13/67

ブラックアウト

 仕事を終えてバンに戻ると、すでに午前二時を回っていた。

 重要人物と目された陳禄山は、まだ事件さえ起こしていないのに死んだ。のみならず、ビルにいた連中は全員死んだ。

 三郎はどっと座席へ身をあずけ、窓の外へ目を向けた。冬の夜はいちいち重苦しい。息がかかって窓ガラスが白く曇った。

 一子は斜め後ろに座した。

「サブちゃん……」

「なんだ」

 三郎は振り向きもしなかった。

 どうせロクな話にならない。

 その予想通り、一子はごく空疎な言葉を口にした。

「もう……過去は忘れて……新しい人生を生きなさい……」

「は? なんだそれ。とっくにそうしてる」

「ならいいわ……」

「俺に言う前に、自分がそうしたらどうだ?」

「……」

 返事はなかった。

 三郎は溜め息をつき、ヘッドレストに頭をぶつけて天井を見上げた。

 この世界は、じつにどうでもいい。帰れば五千万が手に入る。使い道のない金だ。もしかするとランキングがあがるかもしれない。しかし一位になってしまえば、いよいよ目標がなくなる。そうなったら、あとは組合を抜けて故郷で農業をやるつもりでいた。木下が結婚をしてくれようと、そうでなかろうと、だ。

 家族の墓だって立てなければならない。そこには姉も入ることになるかもしれない。


 *


 翌日、三郎は芝に呼び出され、上野の料亭へ来ていた。

 陳禄山の言葉を伝えると、芝は片眉をつりあげた。

「つまり、連中の背後には別の組織がいるということか」

「ま、そういうことだろうな」

 マグロの刺し身を食って、ビールで流し込んだ。さっきはわさびをつけ過ぎて大変なことになった。

 芝は神妙な表情のまま、静かにビールをやった。

「あのあと部下がビルを調査したが、それらしい証拠は見当たらなかった。敵はかなり慎重に行動しているようだな」

「どうせアメリカだろ」

「いや、アメリカはもっと遠くから隙をうかがっている。直接のつながりはなさそうだ。別の組織だろう」

「殺さないで吐かせたほうがよかったか?」

 拷問は専門ではない。しかしやれと言われればやってもいい。

 芝はしかしかぶりを振った。

「おそらく下の連中はなにも知らされてないだろう。となると知っているのは陳禄山だけだが、あの男が吐くとも思えん」

「あんたら、警戒されてるんじゃないのか?」

「もちろんそうだ。俺たちというより、すべてが警戒されている。アメリカでさえ情報を掴んでいるかどうか怪しい。何者かが極秘裏に動いている」

 極秘裏に、となると、三郎にはとんと見当がつかない。堂々とやってる連中なら他界で遭遇したが。

「ナンバーズは違うのか?」

「ファイヴの動向はこちらでも追っている。が、今回の件とは関係がなさそうだ。それどころか……」

 芝は難しい顔になった。言おうか言うまいか迷っているのだろうか。

 三郎は構わずマグロを醤油につけ、口に放った。味の濃い新鮮な赤身だ。近所のスーパーで売っている水っぽいだけのマグロとはわけが違う。

 芝が顔をあげた。

「いまにして思えば、ナンバーズ・ファイヴも俺たちの敵と戦っていたようだな」

「あの中国人の爺さんと?」

「いや、その背後の組織とだ。つまりどちらも神の子を狙っている、ということだろうな」

「じゃあ、ファイヴを捕まえて吐かせれば喋るかもな」

「その必要が生じたら、またお前に依頼しよう」

「ついでに殺してよければありがたいんだが」

「それは許可できん。しばらく泳がせておきたい」

「ふん」

 三郎にとって、ファイヴはあらゆる確執の元凶だ。姉との確執だけでなく、黒羽との確執もだ。のみならず、ファイヴは木下を傷つけた。殺していいならいつでもやれる。逆に殺すなというのは、なかなか難しい。


 *


 だが謎の組織は、以外にもあっさりと現れた。

 三郎が帰宅すると、玄関前にひとりの男が座り込んでいた。二十代後半だろうか。パーカーのフードを頭からかぶり、缶コーヒーを床に置いてタバコを吸っていた。行儀はよくないが、どこかの誰かと違って外で待っているだけまだ心象はいい。

 このアパートには三郎しか住んでいないから、誰に用があるのかはすぐに分かる。

「ここ禁煙だぞ」

「え、マジで? ごめんね。書いてなかったから」

 男は携帯灰皿にタバコをねじ込み、立ち上がった。

「ちょっと話いい?」

「長くなるのか?」

「たぶん」

「じゃあ入ってくれ」

 コンビニで買ってきた缶ビールはひとつしかないが、もちろんコップで分けてやるつもりはない。三郎、来客に気を使うような人間ではない。


「つーかマジさみーよな。凍死するかと思っちゃった」

 男は許可も得ずこたつに足を突っ込み、勝手にスイッチを入れた。

 三郎もレザージャケットを脱ぎ捨て、こたつに入って缶のフタを開けた。

「ビール党なの? 最近あんまビール飲むやついねーよな。なんつーか、飲み屋行ってもみんなウーロン茶だべ? いやいいんだけどさ。俺ひとりでビール飲んでるの、なんかアレっつーか」

「まずは名を名乗れ。お前は誰なんだ」

 さも友達のように接してくる男に、三郎はつい顔をしかめた。

 男も素で忘れていたらしく、ハッとした表情になった。

「ああ、悪い悪い。俺、青村。青村放哉あおむらほうさい。聞いたことあるだろ? 出雲の……まあ、アレだ。分かるべ?」

「分からん」

「つーか出雲って知ってるよな? 出雲長老会。老人クラブじゃねーぞ。若いのもちゃんといるからな」

「確か、西の連中だよな」

「それそれ。西の連中だよ。長いことナンバーズとライバル関係だったやつ。クビにされたナンバーズの代わりに、検非違使の仕事を受けてるアレ」

 自慢しに来たのだろうか。

 三郎は苦い気持ちでビールをやった。料亭の生ビールを飲んだあとでは、缶ビールはやや味気ない。

 放哉は柿ピーに手を伸ばした。

「けど俺、出雲追い出されちゃってさ。いま別の組織にいるんだよね」

「そうか」

「あんたがこないだぶっ殺した陳禄山いるじゃん? そいつと裏でつながってた組織だよ」

「いま警察が追ってるヤツらか」

「そうそう。で、あんたのことを勧誘しに来たってワケ。なあ、うちに入らねーか?」

 あまりに唐突な提案に、三郎は鼻で笑った。

「どんな組織かも分からないのに、入るわけないだろ」

「まーまー、いまから説明すっからさ。つーかビールある? 俺も飲みたいんだけど」

「ない」

「ンだよケチだな。それでもランカーかよ、テメーはよォ。あ、いまのナシ。えーとね、うちは表向きは宗教で稼いでて、でもじつはテロリストで……まあカルト教団ってやつだな。機構みたいなもん。アレの日本版」

「怪しすぎだろ」

「まー話だけ聞くとクソみたいなもんだけどさ、なにせ金払いがいいから」

「金には困ってない」

 すると放哉はケタケタ笑った。

「あんた、それでいいのか? 常に金に困ってるのが男ってモンだろ? けどまあ、あんたみたいなヤツにこそオススメかもな。聞いて驚けよ。俺たちの最終目標は、神の子を使った世界征服だ。ビッグだろ? かなりアツくねーか?」

「……」

 いやむしろ寒い。義務教育を終えていない三郎でさえ、それがどんなにしょうもない妄想か分かる。というより、世界征服なんて昨今アニメでさえ使わないネタだ。

「お、なんだなんだ黙り込んで。そーゆーさー、よくある常識人みたいなリアクションやめてくんねーかな。あんた、頭アレだろ? もっとこう、面白い反応してくんねーと」

「頭はアレじゃない。学校に通う機会がなかっただけだ。いいか? 俺はわりと常識とかそういうのを大事にして生きている。それがなかったら、俺たちなんてただの動物だからな」

「よく言うぜ。ま、サイコパスほど常識にうるさいって言うしな」

「失礼だぞ」

「世界をぶっ壊したい気分になったら連絡してくれ。いつでも歓迎するぜ。あんたみたいに暴力しか取り柄のないヤツは特にな」

「ふん」

「組織の名前は『ブラックアウト』だ。忘れるな。呼べばいつでも迎えに来る」


 そう言い残し、青村放哉は家を出た。

 世界征服――。あまりにバカげている。バカが考えそうな最高のテーマだ。

 三郎はしかしこうも考えた。

 故郷に帰り、孤独に農家をやるのと比べて、どうだろうか。世界征服などという目的が達成しないことは考えなくても分かる。暇つぶしに暴れて死にたいだけなら、この上ないお誘いだ。ヤケなった人間にとっては最適だろう。

 三郎はビールを飲み干し、缶を握りつぶした。

 しかしまだヤケになっていない以上、乗れる提案ではない。だいたい考えるまでもないが、テロなんぞより農家のほうがはるかに尊い。自分の畑でとれたイモを食うのは最高の体験だ。それが分からないから、テロなんぞを考えるのだろう。里の住人は全員死んだから、土地だけはあまっている。そこにブラックアウトを自称するテロリストを集めて、逆に農業をやらせてもいい。

 ひしゃげた缶を握ったまま、三郎はばたりと大の字になった。

 ともあれ、陳禄山の背後にいた組織については少しだけ分かった。もし今後も警察の仕事を受け続けるのであれば、ブラックアウトとは敵対することになるだろう。ファイヴも横槍を入れてくるだろうし、アメリカもまた絡んでくるかもしれない。カルトといえば、世界管理機構もこの件には乗り気だったはずだ。また混戦になる。

 いずれにせよ、三郎としては、金がよくて無茶でない仕事を選ぶだけだが。

 もちろん自分の都合だけで動くわけにはいかない。状況をよく見なければ、余計な災難に巻き込まれる。姉の動きも怪しい。

 なにが起きてもいいよう、せめて心構えはしておかねばならない。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ