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新秩序 -New Order-  作者: 不覚たん
ゴッドリング編

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マニートラップ

 怪しい依頼が来たのは、それからすぐのことであった。

 三郎がニューオーダーへ立ち寄ったときのことだ。テーブルにつくと同時に、キャサリンが気取ったモデル歩きで近づいてきた。

「あなたに依頼が来てる」

「内容は?」

 無遠慮にビールを飲みながら尋ねる三郎に、キャサリンは肩をすくめて見せた。

「非公開よ」

「はっ?」

「説明は現地でするみたい。依頼主も不明」

「そんな怪しい依頼、受けるヤツがいるのか?」

「それは報酬次第じゃない? 額は五千万。それにオマケとして、あなたにとって有益なサービスが提供されるそうよ。なんなのかしらね、有益なサービスって」

「……」

 五千万という数字には馴染みがある。

 黒羽さやかが祖母の殺害を依頼する際、毎回提示される額だ。しかし、だからといって依頼主が彼女であると決めつけるワケにはいかない。情報を握っている第三者が、ミスリードを誘って三郎をハメようとしている可能性もある。


 組合に仕事を依頼する際、依頼主は、先に報酬を預けておく決まりになっている。払えもしない額で依頼を出されないようにするためだ。だからいま組合の金庫を開ければ、そこには五千万円が保管されているはずだ。

 しかし「有益なサービス」とやらは、さすがにないだろう。確認のしようがない。


 三郎はナッツを齧りつつ、そいつが誰なのか、なにをやらせようとしているのかを考えてみた。が、なにをどうしたってさやかの顔しか浮かばない。しかし彼女ならこういう方法は取らず、堂々と自分の名前でやるだろう。やはり別の誰かということになる。

「ヒントはないのか?」

「私が知ってるわけないでしょ。ただ、怪しいと言えば怪しいのよ。じつはあなたのお姉さんにも匿名の依頼が出てて……。内容もほとんど一緒」

「はっ?」

「まだ本人には通達してないわ。彼女、ここへは滅多に寄らないから。連絡先も知らないし」

「黒羽麗子に伝言を頼むしかないな」

 一子は麗子と同居している。いや同居というより、飼われている。搾取されているわけではない。野放しにすると危ないから、やむをえず麗子が管理しているのだ。黒羽による「餌付け」だと揶揄されることもあるが、かといって代わりにその役目を引き受ける人間もいなかった。なにせ食費がかかる。

 キャサリンは、無断で三郎のカシューナッツを一粒食った。

「ま、返事はすぐじゃなくていいわ。向こうも急いでないみたいだし。気が向いたら受付まで来て」

「ああ」

 ミックスナッツの中の、貴重なカシューナッツを食われてしまった。三郎はなかば哀しい気持ちになりつつも、モデル歩きのキャサリンの背を見送った。動きが猫のようにしなやかだ。


 ひとりになってしばらくすると、今度は木下が来た。いつものようにクリップボードを胸元に抱えている。

「あの、こんばんは」

「こんばんは」

 毎日ではないが、こうして話すことが増えてきた。

 三郎が頭を悩ませていたのがウソのように、木下はぐいぐい話しかけてくるようになった。あまり積極的なタイプには見えなかったが、それは三郎の思い違いだったらしい。

 木下は、ふと不安そうな表情を見せた。

「あの、さっきキャサリンさんが来てたのって、例の……」

「ああ。なんか怪しい依頼が来たぜ。額が額だけに受けてもよかったんだが、内容が非公開ってのがな……」

「なんだか危なそう……。受けるんですか?」

「それが、ちょっと迷っててな。なにせ五千万だ。かなりデカい仕事ってことだろう。たとえばナンバーズの誰かをぶっ殺すとか……ん?」

 同時に依頼を出された姉は、確かナンバーズのシックスだった。となるとこれは、まさか六原一子の殺害依頼なのだろうか。しかし、だとしたら誰が?

 一子はナンバーズの要となる書記長を務めている。ナンバーズを潰したいなら、まっさきに狙うべき人物だ。しかしナンバーズはいまや職を失っている。五千万という大金をかけずとも自然消滅するだろう。

 となると、ターゲットはあくまで六原一子のみという可能性が出てくる。しかし、だ。業界内で彼女が忌避されているのは間違いないが、特に殺意を抱かれるような女でもなかった。三郎さえ絡まなければ、意外と冷静で穏やかな人物である。あの黒羽麗子でさえ二千万という額なのに、一子に五千万は釣り合わない。

 考え込む三郎の顔を、木下が気遣うように覗き込んできた。

「やっぱり、一子さんでしょうか?」

「そう思わせておいて、ターゲットが俺って可能性もある」

「ええっ!?」

 木下は新人のように目を丸くした。この業界に来てそこそこ経つはずなのに、まだ慣れていないのだろうか。

 フェイクの依頼はわりとある。驚くほどのことでもない。

 三郎は顔をあげた。

「なあ、なにか知らないか? 事務員の誰かが依頼を受け付けたワケだろ?」

「あ、いえ、私はそういうのは……」

「だよな。となると、直接会って確認するしかない、か……。依頼を受ける前に、相手に会うってことは可能なのか?」

「上に掛け合ってみましょうか?」

「頼む。悪いな、手間かけて」

「いえ、これも仕事ですから!」

 木下はにっと笑みを見せた。

 ちょくちょく一緒に仕事をしてきたが、素直に笑顔を向けられることはいままでなかった。こんなささやかな行為にさえ、三郎は充足をおぼえるのを感じた。


 *


 例の依頼主は、意外にも面会を快諾した。

 指定された場所は、上野にある老舗の料亭。

 貫禄のある門をくぐって店へ入ると、和装の店員が部屋まで案内してくれた。三郎は相変わらずのアニメシャツだったが、さすがに服装で値踏みされるようなことはなかった。扱いは丁重だ。

 部屋には、四十絡みの男が待ち構えていた。見知った顔だ。芝信忠。警察が子飼いにしている「剣菱」の人間だ。

「久しいな、六原三郎」

「あんただったのか」

 芝もまた和装であった。口ひげとあごひげのある、武人のようなたたずまい。かつて三郎は、この男と戦って敗走したことがある。

 レザージャケットを脱ぎ、三郎は床へどっと腰をおろした。

「で、姉貴を殺せばいいのか? だったら普通に依頼を出してくれればいいのに。なんだってあんな回りくどいことをしたんだ?」

「誤解があるようだな。じつはこちらも困惑している。お前に依頼したいのは、姉の殺害ではない」

「じゃあどいつだ?」

「陳禄山という男を覚えているか? 機構の東アジア支部を仕切っていた男だ」

「なんだっけ?」

 終わったことは忘れる。それが三郎のいいところだ。

 芝はやや苦い笑みになった。

「世界管理機構に、そういう支部があっただろう。そこのボスだ。本部に逆らって粛清されたと思われていたが、じつは生き延びていてな。そいつらがまた集まって、神の子を奪還しようとしているらしい」

「じゃあ、その陳禄山ってのを殺ればいいのか?」

「そうなる。いくら非合法部隊とはいえ、俺たちは警察の子飼いだ。まだ事件も起こしていない相手に手は出せん。そもそも警察が動いていい相手かどうかも分からん状況だ。それで、お前に依頼を出したというわけだ」

 それなら匿名で依頼を出してきたのも分かる。内容が非公開だったのもうなずける。公開してしまえば、襲撃の情報はすぐ敵に漏れる。

 だが芝は、話はこれからだとばかりに三郎のコップにビールを注いだ。

「まだ疑問があるだろう? 聞かないのか?」

「俺はプロだぜ? 依頼主の事情は詮索しない」

 キッパリと言い切った三郎であったが、じつのところ、聞いてもよく分からないから聞かないようにしているだけであった。この業界、事情が込み入りすぎている。三郎が知りたいのは、いつどこで誰を殺ればいいのか、額はいくらか、それだけだ。

 芝はしかし、構わず語りだした。

「お前の姉にも匿名の依頼が出ただろう? 額は同じく五千万。あれをやったのは俺たちではない」

「えっ? じゃあ誰が?」

「仮説は立てられるが、まだハッキリとはしていない」

「警察にも分からないのかよ。陳禄山じゃないのか?」

「その可能性もあるが……。しかし上は、アメリカの介入を懸念している」

「アメリカ? 目的は?」

「姉をぶつければ、お前の仕事が失敗すると判断したんだろう。陳禄山の命を助けてなにがしたいのかまでは分からんがな。直接つながっているのか、あるいは漁夫の利を狙っているのかも分からん。とにかくアメリカは、俺たちが動き出さないよう横やりを入れて来た」

「笑わせるぜ。俺は相手が誰だろうが構わない」

 現場で敵として出くわしたヤツは殺るだけだ。相手が姉であろうが躊躇はない。いやある。あるが、躊躇できない相手だ。隙を見せれば三郎は死体にされて喰われる。生きようと思えば、迷いは許されない。なにせそいつは、三郎が唯一恐怖する女なのだ。

 芝は静かにビールを飲んだ。

「こちらとしては、お前の姉は受けないだろうと踏んでいる……。が、万が一ということもある。その際に問題なく行動できるのか、確認しておきたくてな」

「金額に不満はない。任せてくれ」

 この仕事を続けている以上、いずれそうなることは確信していた。なんなら早ければ早いほどいい。

 芝はうなずいた。

「その言葉、信じるぞ」

 ただし警察も、まだ本気ではなかろう。三郎を投入するのは、ただの牽制に過ぎない。三郎が仕事を成功させようが失敗に終わろうが、いずれにせよ陳禄山へのメッセージになる。もしそれで陳禄山が慌てて派手な行動をとれば、そのときは警察として堂々と取り締まればいい。まずは藪をつつくため三郎を使うのだ。

 三郎も、自分が駒であることは理解している。本気でヤバくなったら引いてもいい。評価は下がるが、死体になってランキングから名前が消えるよりはマシだ。

「そういや、話にあった有益なサービスってのはなんなんだ?」

「その説明がまだだったな。結論から言えば、三角プシケの細胞を使った再生治療だ。死んでいない限り、どんな状態からでも体が回復する。まだ試験段階だから、必ず成功するとは限らんがな。お前の仲間に山野ってのがいただろう。アレの治療にも使える。ただし、莫大なコストがかかるから権利は一度しか使えない。対象は山野でなくともいい。誰でも構わん。あるいは、お前自身のために権利をとっておくのでもいい」

「ほう」

 想像以上に魅力的なサービスだ。もし三郎が瀕死になっても、もう一度やり直せる可能性がある。あるいは、現場で半殺しにした姉を治療するのにも使える。

「それは、金に換算するといくらになるんだ?」

「十億」

「……」

 三郎の貯金では全然足りない。個人的に受けられるサービスではない。

 というより、これも含めれば、十億と五千万の大仕事ということになる。

「十億って。報酬より高いじゃねーか……」

「試験も兼ねているからな。まだ確立した技術ではないようだし」

「そうなのか? 山野さんにしたって、そこらの妖精の脳味噌を引っこ抜いて、代わりに突っ込んだら動きそうなもんだけどな」

「拒否反応が出ないのは、オリジナルの三角プシケだけなのだ。アレの手足ならそのままつけられるが、コピーの妖精では体が受け付けない。三角プシケも妖精も同じ遺伝子のはずなんだがな……。まあ理屈は分からん。俺は専門家ではないからな。まさか三角プシケの脳を引っこ抜くわけにもいくまいし」

「ふうん」

 だがそこで三郎はひらめいた。三角プシケの体を使えば、山野も復活する可能性があるということだ。特に実行しようとは思わないが。

 芝は神妙な表情であごひげをなでた。

「同じ理屈で、ザ・ワンのクローンも神の力を備えてはいないらしい。その手の研究に力を入れていたアメリカがいまだに兵を引かんのは、そういう事情だ。どうしても生きた状態の子供が必要なわけだ」

「いい歳した大人たちが、まだ生まれてもいないガキに踊らされてるのか。笑えるな。ま、そのおかげでこっちは仕事に困らないわけだが。それで、この話は姉貴にはしないほうがいいのか?」

「できれば黙っていてくれ。敵に漏れる可能性がある。組合の人間にも言うな」

「けど、ここで俺たちが会ってるのはバレてるんじゃないのか? たぶん俺、ツケられてるぜ。なんの用心もしてないし」

「ぬかりない。ここは警察がひいきにしている店だ。別室にはダミーの客も入れてある。俺たちが会っているのは、一部のものしか知らん」

 剣菱はかつて忍びであった。この手の対策は二重にも三重にも施しているはずだ。もちろんこのあと三郎が口を滑らせることも計算済みだろう。

 だが三郎、口を滑らせたりはしない。酔ってさえいなければ。

「なら安心だな。日程が決まったら言ってくれ。いつでも行けるよう準備しておく」

「頼んだぞ」

「ああ。ところで料亭ってことは、このあと飯が出てきたりするのか? なにが食えるんだ?」

「経費削減で、こちらも予算が厳しくてな……。酒の肴ならそのうち出てくるはずだが」

「そ、そうか。いやいいんだ。気にしないでくれ」

 さすがにこの不景気では、公務員でも厳しいらしい。しかし五千万に十億のサービスがつくのだ。それで満足するほかない。


(続く)

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