竜になった少女:邂逅Ⅴ
思考の整理に多大な労力を割いていたその時、突如、漣すら立たなかった泉が轟音と共に盛大な水柱を上げた。
水柱の中から姿を現したのは、瑠璃に煌めく鱗を全身に纏う、蝙蝠みたいな翼が生えた、大蛇のような生物だった。
「なっ……」
完全に虚を突かれた私は、間抜けな声を出してそいつを見上げた。そいつのかち上げた水が、私の体を容赦無く濡らし、開いた口に降り注ぐ。その冷たさで、気を取り直す。
「ぺっ! 何だってんだよ、クソがっ!」
口に入った水を吐き出し、悪態をつくことで、自らを奮い立たせる。とにかく今は目の前の脅威に集中しろ。
取り落とした槍の柄を掴み上げ、引き、突き刺さった少女の屍を引き抜く。飛び退いて、腰を落とし槍を構え、突如現れた生物と相対する。そいつは宙に浮いたまま、その金色の双眸で、じいっとわたし見据えている。まさに、蛇に睨まれた蛙の如し。だが、私は、大人しく喰われてやる訳にはいかない。
自分の倍くらいデカい凶獣を狩った事はあるが、こいつは私の何倍の大きさだ? 目測でも十倍はあるか? ここまで馬鹿デカい生き物に、勝てるのか。――いや、こいつに勝てなければ、どうせヤツをコロす事なんて叶わないのだ。……畜生! やってやる!
「おいデカブツ! 私の眼前に立ちはだかるならば、その翼引きちぎって胴体をブツ切りにして殺してやるからな!」
覚悟を決めた私の宣言に対して、デカブツはただ虚ろな視線を浴びせてくるだけだった。
「どうした! 来るなら来いよ! ビビってるのか?!」
《落ち着いてください。わたしです。“レヴィア”です》
声が頭の中に響いた。信じられないことに、それは先刻事切れた少女の声だった。だが、転がる骸に目を向けても、ピクリとも動かない。
頭上から、地獄から湧き出す死者の怨嗟みたいな唸りが降ってきた。再びデカブツに目を向ける。蛇のような顔には表情と呼べるようなものが浮かんでいたが、苦痛に歪んでいるようにも、不器用に笑っているようにも見えた。
《ふふっ、吃驚しました? わたし、実は竜なんですよ。見ててくださいね、今、面白いものをご覧に入れますから》
デカブツの大樹の幹のように太い尻尾が、少女の骸に近づく。少女の骸はどろりと溶け、纏っていたワンピースだけを残して尾の先端に吸収された。かと思うと、尾の先端がうねうねと形を変え、徐々に人の形を成してゆく。その容貌は、先刻までそこに転がっていた少女の骸と瓜二つだった。ただ、胸に深く刻まれた筈の傷が、跡形も無く消えていた。
少女の体が出来上がると、それは尻尾から切り離され、ワンピースの上に倒れ伏した。数秒の間を置いて、咳をしながら、それはよろりと立ち上がった。
「げほっ、げほっ……あ……あー、あー……よし。はい、元通りです! これぞ竜の力!」