竜になった少女:邂逅Ⅲ
「あぁ、そんなにカタくならないでください。害意はありませんから、ほら……」
少女の周囲を飛び回っていた水塊が、グネグネと形を変える。それが牙となり、飛び掛かって……は来なかった。
水塊は大小様々な透明の魚となり、日光を反射させながら少女の周りを泳ぐ。少女は魚をつついてみたり、腕に添わせて泳がせてみたり、まるで戯れているかのように振る舞う。そんな、意味の無い事を何故。
「うふふ、水で出来たお魚さん達ですよ。可愛いでしょう?」
「チッ、ふざけるなよ。お前、本当に何が目的なんだ」
「お気に召しませんか……すみませんでした」
少女はひどく残念そうな表情だった。彼女の纏っていた光が消え、魚達は形を無くしびしゃびしゃと地面に落ちた。まさか、本当に、害意が無いのか?
いや、まだ解らない。身構えておくに越したことはない。
「いいから、早く目的を言え。私は気が短いんだ」
「解りました。わたしの目的は、貴女のしもべになることです。貴女は、わたしの運命の人だから」
「はぁ? 何言ってんだお前。しもべ? 運命の人? 頭オカシイんじゃないのか」
「いいえ。おかしくありません。この身体が、心が、貴女を運命の人だと言うのです」
少女は胸を掻き抱き、切なげな顔を見せ、わなわなと震える。
ひょっとしなくても、こいつは、かなりキてる。何が原因で気が触れたのかは知らないが、こんな奴に目をつけられるなんて、私もツイてない。クソ、こんなところで時間を食ってなんかいられないってのに。
「まるで意味がわからん。これ以上与太話に付き合っていられるか! 私はな、一分、一秒が惜しいんだよ! もし、これ以上無意味な問答を続けるようなら――」
「そうですね。其の身に刻まれた、心の臓を蝕む竜の牙が、貴女の命を食い破るまでの刻限は、残り僅かですものね。時間は、無駄に出来ませんよね」
ずく、と胸が疼いた。ヤツに施された呪いの烙印が、身じろぎしたのだ。
「何故、解る」
「その“呪い”は、わたしの知り合いが得意としたものですので。存じ上げております」
「教えろ! ヤツは何処だ!」
激情に任せ踏み込み、少女の胸元に槍の穂先を突き立てる。あと半歩間合いを詰めれば、確実に少女の心臓を捉える距離だ。しかし、少女は迎撃態勢をとることもなく、両手を頬に当て恍惚の表情を浮かべた。
「ふふっ、伝わってきますよ、貴女の燃え上がるような激情が。それでこそ、わたしの騎士様です」
「言え! さもなくば我が槍が貴様の心臓を抉るぞ!」
「いいですよ。貴女になら、この心臓、捧げても惜しくないです」
少女は両手を差し伸べてきた。まるで、私を抱きしめようとしているみたいに。