81. 黒い煙が上がるとき
「トーマ様、エルナーザ様から小鳥の従魔が飛んできています」
執務室に入ってきたユイさんが、俺の机に小さな紙を置いた。
多分、小鳥の足に巻きつけられていたものだな。
「ダークエルフ達からの連絡ですか……」
「ええ。魔動タンク達の様子や、その周囲の魔力の状況に変化があったみたいですね。彼らの『中央管理施設』が地表に出てくる予兆ではないかと」
手紙の小さな文字を読んでいくと、イェタにそれを確かめてもらいたいと書かれていた。
「今日は獣人達は魔物狩りに行ってませんでしたよね……」
つまり、今からでも出かけられる。
「イェタも、今からダークエルフ達のところに出かけても大丈夫だよね?」
「大丈夫ーっ!」「きゅーっ!」
なら問題ないか……
「獣人や兵士に連絡をして、出かける準備をしましょう」
そう告げたのだ。
待ち合わせの場所などは、エルナーザさんの従魔を通して連絡を取れば良いだろう。
『中央管理施設』が近々地表に出てくるのはわかっていたから、ある程度柔軟に対応できるように準備はすすめていた。
「わかりました。ルマール様やゴーグ兵士長に、小鳥の従魔を飛ばしましょう」
エルナーザさんから借りた従魔だが、ユイさんは、それをずいぶんと活用している様子。
こうして俺たちは、用意を整えた……
連れて行くのは、獣人達のみで十人ちょっと。兵士達には町と『城』の守りを固めてくれるようお願いする。
イェタもいるが、少な目の人数で、ダークエルフ達との待ち合わせ場所へと向かった。
場所は荒野のど真ん中だが、エルナーザさんの鳥の従魔が案内をしてくれるため、迷うことはない――
「きゅーっ!」
「エルナーザさんだよーっ!」
ウニが見つけてくれたようだ。
「おおっ、トーマ君、さっそく動いてくれたか!」
待ち合わせの場所には、エルナーザさんの他、四人のダークエルフがいた。
荷物を持っている者はいるが、騎乗用のトカゲの従魔などは連れていない。
「前に『城』で打ち合わせをした通り、人数は少なめにしました。……このぐらいで大丈夫ですよね?」
「ああ」
と、うなずくエルナーザさん。
「トーマ君達からもらった大量のシルバー・サフ……それと聖樹さまの枝の助けを借りて、皆に魔法をかける。魔動タンクの縄張りに潜入するのに必要な魔法だが、このぐらいの人数なら魔力も大丈夫なはずだ」
聖樹さまの枝の助けを借りるということで、町の兵士ではなく、聖樹さまと親しいルマールさんたち獣人を連れてきている。
そのほうが魔法がかけやすいんだとか。
「んじゃ、魔法をかけるぞー」
ダークエルフの男性が一歩前に出る。
この前、魔動タンク達の真ん中で出会った彼だな。戦士を名乗っているが魔法を担当するよう。
身長の半分ほどもある枝を持ち、ぶつぶつと何かつぶやくと、「ほいっ!」と気合を入れた。
魔力が動く感覚――
「かかったぞー! トーマ君も知っている、周囲の生命や存在に警戒されにくくなる魔法だ。聖樹さまの力で、持続時間もその力も格段にアップしているぜ!」
前に会ったとき、自分自身にかけていた魔法だな。
「この魔法がかかっている時は小声でしゃべってくれよ! そのほうが気分が出るからな!」
「小声でしゃべるーっ!」
「きゅーっ!」
イェタが彼に同意していたが――
「……魔動タンクが相手なら、大声でしゃべっても小声でしゃべっても、魔法の効果はあまり変わらないぞ。危険そうなら言うから、それまでは普通にしゃべっていい」
エルナーザさんが訂正していたな。
小声でしゃべるのは、単に気分が出るからという理由だけらしい。
任務直前と言うのに、緊張感を感じさせないダークエルフである。
「こちらの用意は終わりだな……。トーマ君達は?」
「わたした霊薬や魔法のアイテムに不足がないなら、問題ないですね」
前にダークエルフ達が『城』に来たときにわたしたものだ。
「大丈夫だな」
なら問題ない。俺は、横を向く。
「イェタ、メッセージは出ているかな? どっちに行ったら良いかわかる?」
「うん、出てるーっ! 魔動タンク達の中央管理施設が現れそうな場所がわかるよーっ! そこに行けば、施設がいつ浮上してきそうかとか、もっと詳しいこともわかるって!」
「じゃあ、そこに向かおうか。案内を頼むよ!」
「わかったーっ!」
こうして荒野を歩き始めた。
「腕が鳴るな!」
話しかけてきたダークエルフの彼に、「ええっ、そうですね」とうなずく。
中央管理施設がいつ浮上してくるかはわからないので、腕を振るうのがいつになるのかはわからないのだが……
「前に『城』に行ったときに聞いたが、トーマ君たちの不思議な能力も増えたんだろ? あれから、また新しい能力を得たのか?」
エルナーザさんに聞かれたので、「いえ」と首を横に振る。
「例の『ソルジャーズ・シールド』と、それに類する能力……。あと『城』の外で使えそうな戦闘関係の能力は、俺の『戦の角笛』が城の住人以外にもかけられるようになったぐらいですね」
地味に他の能力も増えているんだが。
『魔動投石機』などの兵器に魔力を込め、能力を上げる力の強化。魔力で、連弩や投石機の矢などを補充したり等……
そこら辺は、今回は使わなさそうか。
そんな会話をしながら進み、いつの間にか目的地についていたようだった。
「あそこだよーっ!」
「きゅーっ!」
「……魔動タンク達が多い以外は、他とあまり変わりませんな」
周囲を見回しながらのルマールさんの言葉に首を振るエルナーザさん。
「いや、今日は魔力に少し違いがある」
違いがわかるようだ。
「中央管理施設がいつ出てくるかとか、メッセージは出ているのかな?」
俺の言葉に「うん!」と元気良くうなずいたイェタ。
「ちょうど今日だって!」
おおっ、今日なのか。急いで来て良かった。
「でも、ちょっと来るの早すぎたって!」
……ん? どういうこと?
一日遅れていたほうが良かったってことじゃないよな?
首をひねっていると……
――ボゴーン、という地面が爆発する音。
その爆発のあと、バラバラバラバラ、という音とともに細かい土が降ってきたんだ。
「もうニ分遅かったら、土かぶらなくて完璧なタイミングだったって書いてあるーっ!」
土まみれのイェタが、元気良く教えてくれたが……うん……服の中に小さな石が入っていて気持ち悪い……
大きな石が飛んでこなかったのはラッキーだったが……
「あれが魔動タンク達の中央管理施設だよーっ! 緊急浮上してきたから、地面が爆発したみたいになっちゃったみたい! 普段は、もっと静かに登場するんだって!」
イェタの『城』よりも大きい、下手したらカルアスの町ぐらいある円盤状の巨大な施設だ。
「……なんか、煙が出ているな」
「侵入者があったんじゃないかなって書いてある!」
そいつが何かをして、中央管理施設は緊急浮上することになったって感じか。
「……アイツに先を越されたか」
エルナーザさんが舌打ちをする。
ダークエルフを裏切った者……そいつが、この地域にいたそうだ。
呪気を使った儀式をしたい彼にとって、あの中央管理施設は邪魔になる。
中央管理施設は、呪気を魔力に変換する、この土地の能力を元に戻してしまう。
その能力が、彼にとって邪魔になるみたいだ。
彼が、あの施設に攻撃を仕掛けている可能性があった。
「大地を泳ぐ魔法か、その他の魔法を使って、まだ土の中にいた中央管理施設に侵入したんだろう」
ダークエルフの一人のつぶやき。
ダークエルフ達も、そういう魔法は使えるのだが、大地の奥深くに潜伏している中央管理施設を発見するのは困難。たどり着くにも魔力が足りないと考えていた。
魔法に関しては、向こうのほうが上のようだ。
「外側に穴があるから、侵入者は、あそこから入ったみたいだけど……」
「入り口はあっちだよーっ!」
俺のつぶやきにイェタが答える。
「チーム毎に分かれるぞ!」
「「おう!」」
「トーマ君達は正規の入り口に向かってくれ!」
そう言ったダークエルフ達が、施設に向かって走っていく。施設に開けられた穴から入るつもりか。
「では我々は、その正規の入り口に向かうか!」
俺達と行動を共にするらしいエルナーザさんに「はい」とうなずいた。
「こっちだよーっ!」
土中を泳ぐ、円盤型の巨大な船……その下部には四角く開いた家ほどの大きさの入り口があった。
外にいた魔動タンクの半分ほどが消えている。多分、この中に入っていったんだろう。
魔法をかけてくれた男性とは別のチームになったが、警戒されなくなる魔法は問題なく効いている様子だ。
問題なく、中に入った。
「トーマーっ! あのわき道に入れば、階層の転移ができる部屋に行けるって出てるよーっ!」
イェタが指すのは、魔動タンク達がすれ違えるような、大きなわき道。
「うまくやれば、転移、わたし達なら使えるかもって書いてある!」
良い知らせだが……
「階層の転移って、まるでダンジョンだな」
魔物のたまり場などが変化してできる、魔物を大量に産み出す不思議な場所だ。
どんな仕組みになっているのか、お宝が落ちていることもあるとか。
「うまく制御できれば良い防衛力になるし、階層の転移ができれば移動も簡単だから、ダンジョン化してみたんだって!」
……ダンジョンって人間が作ったり、ましてや制御したりできるものじゃないんだが。
「人間だったころのサク様が、ダンジョン化したのかな?」
「そうみたい!」
神様になる人間は一味違う。
「……何か魔法陣に魔力を込めている魔動タンクがいるな」
わき道の先。そこに魔法陣が書かれた大きな部屋があり、魔動タンクが三台いた。
ちっちゃな小屋ほどもある魔動タンク達だが、あと五台か六台は入れそうな大きな部屋だ。
「あっ、早く中に入ったほうがいいって書いてある!」
イェタに急かされ、何があっても良いように『戦の角笛』の準備をしながらも皆で中へ。
ピカッと部屋が光る。
「無事転移できたってーっ!」
おう……
「ダークエルフさんがかけてくれた魔法のおかげで、魔動タンク達から友人判定を受けているって! だから一緒に転移できたって出てるー!」
周囲の存在に警戒されにくくなる魔法のおかげのようだ。
「……ダンジョンの転移魔法陣は、自分が一度行った階層ではないと転移できない。魔動タンク達に連れてきてもらわなければ、我々ではここには転移できなかっただろう」
エルナーザさんの説明。
「ここは、どのあたりなんだ?」
イェタに聞く。
「深層だって! かなり奥のあたりだよ!」
なるほど。
「そんなに奥なら、俺たちは『中央管理施設』を乗っ取るのが良いのかな……」
そうすれば、ある程度、この施設を自由に使えるようになるはずだ。ダークエルフの裏切り者との戦いも楽になるだろう。
たしか、制御室というところに行けば、あとはイェタがどうにかしてくれるはずだった。大事な場所なら、奥にあるんじゃないかと思ったんだが……
「『制御室』は比較的、近い場所にあるってーっ!」
イェタの情報。
「そこに行く道は、二つあるとも出ているよ! 一つは、魔物を倒していく道! ダークエルフさんがかけてくれた魔法の効果が維持できない可能性が高いって書いてある!」
警戒されなくなる魔法が維持できないのか。強制的に戦わされるのは大変そうだ。
「もう一つは、この施設をプレゼントされた神が遺した、高難度の魔術儀式について問う試験が連続する道だってーっ!」
「……どちらも面倒そうだな。ここからが本番というわけか」
エルナーザさんがキリっとした表情になる。
「ちなみに、後者の試験の答えは、順番に『赤青黒緑白白緑』『テクノール石』『一兆と百二』『右に三回転、左に二回転、真ん中をおもいっきりパンチ』、最後の試験はこの魔法がかかっていれば自動的にクリアになるんじゃないかって書いてあるーっ!」
……試験の答えは、イェタのメッセージに全部出ているようだな。
「あんまり本番じゃなかったな……」
肩透かしを食らった様子のエルナーザさんが、ヘニョリとした表情になっていたんだ。




