ダンジョンで新たな出遇いを
嘗てこの遺跡に初めて迷い込んだ時の、全力の速度を今は息すら乱さず軽く出せる。湧きを全て無視して安全地帯入り口の魔法陣壁がある小部屋に走りこむと、即座に振り向いて膝を床に着き、盾を半身に構えつつ横手から装填済みのクロスボウを通路に向って構えた。
ドスドスドス――
薄明るい通路の奥、十字路を曲がって何かの影が現れる。逃げた俺の後をしっかりと追って来たらしいそれは、一見して人型をしていた。ただし、ゴブリンと比べると大分大きい。あいつらが最高で俺の腰くらいだとすれば、ソイツは肩に達するくらいあるだろうか。
手には何やら得物を右手に携えているようで、目を凝らしてみれば太い棍棒らしいと判る。ゴブリンが持つよりもしっかりとした形らしい武器に見えた。
「よーし、そのままそのまま…死ねっ」
ビィンッ!
はっきりと容貌が判るくらいの射程距離に入ったところで、俺は逡巡いなくトリガを引く。これが人間だったらと注視していたが、あれは紛れもなく化け物だ。初めて目にする、ゴブリン以外の種類。
「ホゲッ!?」
どたどたと走り寄ってきていたソイツが、クォレル命中と同時にうめきを上げ歩調を乱し蹌踉ける。その間に再装填、構え、射つ。
「イギャアアアアッ?!」
一射目は胸、二射目は腹を狙った。射撃にも大分熟れ、この距離でなら滅多に外す事は無い。
化け物が通路に両膝を落とし、棍棒に縋るように寄りかかる姿に、更にクロスボウを向けて、放つ。
命中したのだろう頭部が跳ね上がり、ゆっくりと後方に倒れていく新種。再装填しつつ立ち上がり、ゆっくりと距離を詰めて行く。あと三歩という所で、盾を構えてじっくりと観察する。
見た目はゴブリンを成長させたような、しかしアレよりもかなりガタイのいい、筋肉のしまった体付き。射ち込んだ三発の矢が根元まで埋まっているようだ。ゴブリンなら軽く貫通するんだがな…。
横に転がっている棍棒も、削った跡や金属片が埋め込まれていたりと、稚拙だが武器として加工された物だな。着ている物も、襤褸ではなく上は何かの皮の服っぽく、下は腰蓑ではなく腰巻のような奴だ。
乱杭歯は更に太く、鋭く。見開かれた両目は渾った黄色なのは同じと。見た目から、すぐにアレの名前を思い浮かべた。
『ホブゴブリン』
扱う媒体によっては進化種、亜種扱いも在れば、まったく別種と定義される物もあるが、私見ではぴったりとイメージが合う。
「クロスボウで三発か…頭を狙ったのが止めとして、矢が貫通しないくらい頑丈さがあるのか。当たり所次第ではもっと掛かりそうだな」
ぱぁっと、光を放ち始めて薄れて行く死体を最後まで観察していると、いつものようにドロップがその場に残る。近寄って身を屈めて拾うと、ゴブリンの石より少し大きめな気がした。
「何を基準に大きさが変わるのかね。身体の大きさなら単純だが、そうすると巨体になる程でかいって事になるが…」
あんまりでかくなると、拾う事も出来なくなるんじゃないか。などと考えていると、いきなり全身がカッと熱くなり始めやがった!?
「うぉっ!? れ、レベルアップかこれ!? あつっ、あっつい! うおぉ、ぐぅっ」
風邪で四十度の熱がでた時みたいに視界がぼやけ、足元がおぼつかなくなる。気が付けば床に膝を着いて、震える両腕で上半身を支えていた。汗が噴出し、頭の中がガンガンと殴られるよう響きに、耳鳴りも酷い。
「ホブゴブの野郎っ、どんだけ経験値盛ってやがった!」
気を失いそうになるのを、唇を咀んだ痛みで必死に持たせ、手落としていたクロスボウを震える手で腰に固定し、盾を杖のようにして小部屋へと這いずっていく。
このままここで気絶はまずい、この辺りにも『湧き』が起こることは確認済みだ。
フォン――
「…ちっ、さっそく、かよ」
どこかで獲物の状況をモニターでもしてやがるんじゃないかと言う位、こっちの都合の悪いタイミングで湧き出しやがる。音源は背後、距離は近い。
「くそっ」
必死に這いずる後方から、しっかりとした足音が起こり出す。勿論こちらへ向ってくるのが、気配でも判った。魔法陣壁まで、まだ距離がある、間にあわねぇ!
「がっ!?」
背中に衝撃が走り、上体が落ちそうになる。ボディアーマー装備だし、レベルアップの恩恵でかなり身体が頑丈になってたから其れ程効きはしないが…、それらがなかったら脊椎骨折でお陀仏してるだろうくらいの威力があっただろ、これ。
「――ってぇな、雑魚が!」
「フギョ!?」
背後を振り返る余裕はなく、殴られた位置感覚で思い切り右足を後方に蹴り出すと、運よく相手のどこかに当たったらしい、悲鳴を上げて少し後、落下音が耳鳴りの中に聞こえた。
その間に更に匐い進み、ようやく小部屋の突き当たりの壁に到達する。魔法陣壁へと頭から突っ込み、全身を引き入れた所で石床に倒れ伏す。手放した防弾盾が、大きな音を立てて転がる。
灼けるように火照った身体に、アーマーから僅かに露出する顎が冷たい床に触れて、心地よかった。
「はっ…はぁ、あちぃ…くっそ、性格悪すぎだろ、遺跡の野郎…」
もしも、遭遇した場所でそのまま戦闘して勝っていた場合、間違いなくここまで保たない距離があった。偶然かもしれないが、狙ってやったとすれば恐ろしい話になる。そうしたら今頃、後湧きしてきたゴブリンに囲まれて殴殺されていた筈だ。
「はは、だが、生き残ったぞ。ざまあ、みやがれ……」
朦朧とする中で最後に呟き、俺の意識はぷつんと途切れた。
暫定LV表記
名前:陸地 明路
種族:人族(?)
ジョブ:一般人(?)
称号:異界人
LV3→6
湧いてから時間経過で、遺跡の魔物は魔素を吸収してLVが上がっていきます。
ゴブリンだと湧き立てでLV1、最高でLV5。
ホブはLV5からLV10になり、今回のは長生きしたLV10ホブ君(´・ω・`)
遠距離で仕留めていなかった場合、近接戦だと苦戦は必至な相手でした。