ダンジョンは日常の隣に
最初は一匹も狩れればいいと思っていた。だが、それが思いのほか簡単に狩れてしまった事で、俺は調子付いたんだろう。
翌日も一匹、四日目からは二匹ずつ狩り続け、今日で一週間になる。
ビィンッ!
「ギャゲェ?!」
胴真ん中にクォレルでぶち抜かれ、吹き飛ぶ『ゴブリン』。便宜上、俺はそいつらをそう呼ぶ事にした。化け物だと、他の形をした別の固体が居た時に、区別がつかないだろうと思ったからだ。まあ、ここにはゴブリンしかでないみたいだが…少なくとも此処一週間、それ以外に出交した事は無い。
俺はくるりと体を回し左手の防弾シールドに躰を隠す。
ゴンッ!
「ギッ、ギャガァ!」
通路で俺の前後を挟むように呈れた二匹の個体に、俺は躰を横にして対応した。右手側にクロスボウを構え、実体化を待ちながら、左手で別個体に盾を突き出す。それで十分に対応できる事が、此処暫らくで判っていたからだ。
攻撃を禦がれたソイツは、悔しそうに乱杭歯を噛み締めながら、矢鱈滅法に棍棒を振り回す。それを盾で受けながら、体当たりするように吹き飛ばす。
「ギャッ!」
飛ばされ尻餅をつくゴブリンに駆け寄り、腕を蹴り上げて武器を飛ばす。そいつが一瞬、目線で飛ばされる棍棒を追った所を、走りながら抜いていたマチェット逆手に振り上げ、胸の真ん中に突き立てる。ゴブリンの内臓がどうなっているかは知らないが、クロスボウでぶち抜かれて死ぬくらいだ、それなりに生命維持に関わる器官が胸と腹にあると俺は見ていた。
「ゲハァッ、キ、ゲキャ…」
蒼い血反吐を吐き出し、こちらに腕を伸ばしてくる。まるで命乞いをするように。俺は、笑っていた、思わず自然と唇の口角が上がる。
マチェットを突きたてたまま下がり、クロスボウに次弾を装填する。そしてゴブリンの腹に向けて、トリガを引いた。
太目の総金属製のクォレルは短いが、重い。腹にめり込んだそれば、床に突き当たり衝撃を周囲に撒き散らす。大きく開いた穴からゴブリンの内臓が垣間見え、多量の蒼い血が床に貯まり出す。
「キ、…ッ」
それを最後に、そいつの息の根は止まった。振り返れば、先にクロスボウで仕留めた相手は既に光になって消えたらしく、床にはあの妙な石が転がっていた。そして、俺の傍でも、二匹目が光となって薄まっていく。最後に石が残るのは、こいつらの共通らしい。偶に追加ドロップで、手にしていた棍棒や錆びたナイフ、斧などが残る事もあった。
「…まただ、この感覚」
躰の中に湧き上がってくる、なんともいえない高揚感。興奮しているわけじゃない、カッと躰が熱くなって、全身に力が、生命力が漲るような感じ。
「ははは…この遺跡、一体何なんだよ…マジでLVアップあるんじゃねぇか」
そう、この感覚は俺にとって二度目だった。最初は三日目、一日一匹ずつを狩って三匹目を達成した時だ。今迄感じた事の無いそれに、最初は遺跡に未知の毒ガスとか、細菌が居て、それに影響されたのかと焦燥った。
だが、暫らくすると収まり、そのあとに後遺症の類も見られなかった為、用心しながらも屋敷に戻り、それは起きた。
地下室から上ろうと、何気なく脚立を掴んだ時、俺は普段どおりに軽く掴んだ心算だった。だが、俺の手が握り締めた脚立は、ぐにゃりと粘土のようにひしゃげ、指型を付けてしまったのだ。最初は、アルミ製だからやわらかい部分だったのかな、とも思って不自然さから目を外らした。
だが、コップを持てば砕き、茶碗を持てば罅を入れる段になって、俺の握力がおかしいくらい上がっていることを認めざるをえなかった。その日は、力の加減を計るのに色々試す嵌めになったよ。
そして今日、二度目のこの感覚。
少し先に、ゴブリンから蹴り飛ばした棍棒が落ちている。歩み寄って手に取り、それを両手で軽く両端に力を込める。
バギンッ!
至極あっさりと、真ん中で圧し折れた。この棍棒が軟らかいわけじゃない。現に受け止めた防弾シールドはそれなりに傷がつき、これまでの戦歴として残る痕のせいで、ちょこちょことへこみが目立つようになっていた。
それを、素手で圧し折れるのだ。また力が上がったのだろう。少なくとも、倒す前まではこんな事は出来なかったと断言してもいい。
「…遺跡からでても、この身体能力は残ってるんだよな…一体何なんだよ、此処は」
握力だけじゃない、単純な腕力、脚力、持久力、瞬発力などの基礎体力は勿論、さっきまでよりも視覚、聴覚、嗅覚まで鋭敏になった気がする。
「爺様、アンタ一体、此処で何してた…」
財源不明の資産…おそらく、この力を使って何かを得ていたんだろう。とすれば、その財源はこの遺跡から持ち出したと、今なら考えられる。
だが、何をだ?
ゴブリンが残した石を手に取る。確かに妙に心騒ぐ光を秘めた石だが、金銭的な価値があるとは思えない。初日に戻ってから、俺は有らゆる鉱物情報をネットで検索してみた。それでも類似品すら見つからず、画像にとってアップして質問しようとまで考えたが…それは断念した。
此処まで調べて何もでてこない石だ、インチキ、作り物扱いされるなら未だいいが、本気でどこぞの研究者やら何やらに目を付けられでもしたら、堪った物ではない。芋蔓にこの遺跡の事まで、暴露かれてしまうかもしれないのだから。
そう、俺はこの遺跡を秘匿すると決めていた。何故かって?…楽しいからさ。
俺自身意外だったよ、自分の中に、こんな暴力的な感情が眠っていたなんて。ゴブリンを戮すたびに、心が沸き立つ。思考がクリアになる爽快感に、酔いしれる。
そしてこの、『LVアップ』…重ねるごとに、俺はゴブリンを圧倒できるようになるだろう。そうしたら、この奥、もっと先へと行けるようになるだろう。
何があるのかな? 爺様の見つけた宝だろうか?
何でもいい、俺に、この興奮を、感動を、与え続けてくれ。ずっと退屈して居たんだ、ずっと枯れ果てて居たんだ、俺の心は、感情は、現代社会に飽いていた。
この『遺跡』との出会いに、今の俺は感謝している。そして会った事も無い爺様にも。
「とはいえ、LVアップしたら力加減をまた計りなおしだな…今日は戻るか」
こうして遺跡と、そこでの狩りは、俺の日常の隣人となっていった。