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ダンジョンは口を開けて待っている

 家に戻ってから二日経ち、俺は悩んでいた。勿論、あの土蔵に開いた大穴の事だ。

 さっさと左官屋なりに連絡して塞いで貰おうかと、翌日目が覚めて考えた。だが、地下室は未だしも、通路まで続いているあの場所を、何の疑いもなく塞いでくれるだろうか?

 老舗の昔かたぎの職人なら、まだ信頼できる。だが、昨今そういった人たちは老齢を理由に引退しきってしまい、今いるのはその弟子というか教え子というか、サラリーマン大工程度の職業意識しか持たない中年、若者が大半である。

昔ながらの伝手、なんて物があればいいが、ウチの爺様のあれなせいで周囲とは殆ど没交渉、そんな物は無い。親父は普通のサラリーマンだったし、半分は爺様の遺産で食ってたから、土木関係の伝手なんてなかった筈だ。少なくとも俺は知らない。

 両隣の家の住人だけは、爺様も最低限の付き合いがあったらしいが。


「うーん、ごめんなぁ、お婆も左官さんの知り合いは居らんとよ」

 右隣の佐藤お婆ちゃん、なんでも爺様と同年代で、小中までは同じ学校だったんだと。幼馴染というほど仲が良かったわけではなく、ただ普通にお隣さんとしての付き合いがあっただけらしいが。


「あん人は、常に周囲を疑っとったからねぇ…裏切られるのが、こわかったんよ」

 昔、爺様のことを聞いたとき、ポツリとそんな事を聞かされた憶えがある。何があったのか、聞いても今更だし知ろうとは思わないが。

 左隣の家は、昔ながらの剣道場を開いている矍鑠した爺様な源蔵さんだ。苗字で呼ぶと何故か怒られるので、子供の頃から源蔵さんと呼んでいる。

「ふうむ、剣道関係で付き合いのある木工店やら道具店なら伝手はあるが、左官はのう…大工の方でも微妙じゃが、普通にこの道場を建てた時の店とかなら紹介できるぞ?」

 と言う事で、こちらも一時保留した。やはり昔の職人からは代替わりしてるらしいので。

 良心的で信用の置ける店なんて、そうそう見つかるもんじゃない。ネットでもあちこち調べてみたが、ピンと来る店舗が見つからず、時間が過ぎて行った。


 それに、俺の中には、逃げ帰った事でずっともやもやとした物が胸の内にわだかまっていた。

 俺は、あの遺跡に負けたのだ。無論、化け物がでてきて追い回されて、命の危険を感じたのだから当然だとは思う。

 だが、負けっ放しでいいのか? その事実を、土蔵の穴を塞ぐ事で無理矢理押し込め、今後も気持ちよく暮らして行けるだろうか?


「くっそ! 責めてあの一匹くらいはぶちのめして、スカッとしてから解決したいな…」

 確かに恐ろしかった、見た事も無い存在。ゲームでなら似たような容姿のモンスターは見慣れている。定番の雑魚として扱われるゴブリンのイメージに、かなり近い。

 現実にいる怪物を、創造物と同列視するのは危険ではあるが、あいつらの戦闘法は手に持った武器、或いは素手、そしてあの汚い乱杭歯による咀みつき、辺りだろう。

 実際に逃げ回っていた時も、追いつくか目の前に現れない限り、攻撃される事はなかった。あいつらには遠距離攻撃手段が無いのは、確実だ。


「遠距離…遠距離か。こっちで普通に手にはいるのは、弓は習った事無いし、クロスボウか? あとは防具と、万が一接近された場合の、小回りの効く武器、か」

 それから俺は、ネットの通販を色々巡りだした。


 数日後、注文していた物が大量に屋敷に届いたので、片っ端から梱包を剥いでいく。

「電池式スタンガン、クロスボウは普通に重いなこれ…。アーミーナイフに肉厚のマチェット…殆ど鈍器だな。防弾シールド、ボディアーマー…ホントにこんなの買えるんだな、日本でも」

 ボディアーマーは頭のヘルメットから手足全て一式で揃っている奴だ。防刃繊維と何とか合金のプロテクターがセットになった奴で、見た目ものすごくごついが、意外と動きやすかった。但し着てると暑い。

 他もなるだけ評判がいい店の高めの奴を買った。ケチって対価に払うのは自分の命だと思えば、惜しんでいられない。まあ、爺様と親父の遺産が相当あるから出来た事なんだが。


 一式を土蔵に運び込み、飲料や非常食系の長持ちする奴も用意した。諸々を防災用リュックにつめ、ごつい装備を整えた俺は土蔵の穴へと降りる。今回はちゃんと脚立を用意して置いた。

 通路の先に、あの不気味な輝きが浮かび上がり、その手前で俺は立ち止まる。


「本当に行くのか? 此処で戻っても…金が無駄になるが、あんな怖い思いはしなくて済むぞ?」

 最後の確認に、魔法陣が照らす地下室で自身に問いかける。

 答えは、それでもなお前に、だ。


 いつもの妙な依怙地というか、負けん気がでているのは分かっていたが、これが結局俺なんだ。耐えるのはいい、だが、何もしないうちに逃げるのは自分自身に腹が立つ。

 光を放つ魔法陣の中にアーマーのブーツで覆われた足が踏み込む。中央から波紋が奔り、陣が輝きを増す。

 鼓動が煩い。唾を飲み込み、最後の一歩を中心点に踏みつける。


 そして俺は、再びあのごちゃごちゃとした石室に立っていた。目の前には、踏み入っていた魔法陣と似たような物が輝き続けている。


「一匹だ、まず一匹仕留めたら帰る。無理はしない無茶はしない」

 石室は暫らくキャンプとして使う。此処はゲームで言う所の、安全地帯という奴だ。防災リュックを下ろし、即座に使うだろうものを出しておく。

 そうして俺は、慎重に『扉』を浮かび上がらせる壁面へと近づいていく。

 どうか、向こう側に出てすぐには化け物が居ませんように…初見殺しみたいな展開だけは止めてくれよと念じながら、防弾シールドとマチェットを前に構えて一息に飛び込んで行った。

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