ダンジョンは出遇いに満ちている
どうしてこうなった。
行動した事を後悔はしていない、しかし現状には物申したい。
だだだだだっ!
俺は走っていた。それはもう必死に。走る、走る、走る。
どかどかどかどかっ!
後ろから追って来る、別の足音、それもかなりの集団である。振り向きたいが、速度が落ちそうなので振り向けない。
フォン――
唐突に進行方向に輝きが密集する。それは徐々に凝縮され、或る形をとり始めた。
「ふざっけんなっ、またエンカウトかよ!? なんだこのくそげーはあああああっ!」
手前にあった左折路に飛び込むには、それを越えて行かなくてはならない。
「うおおおおおおおっ!!」
全速力からの、全力跳躍!
飛び越える直前、完全に存在を確定した『何か』が、俺が飛び上がる直前にいた空間を、手に持つ何かで無いだのが分かった。
「あぶねぇええええ!?」
一瞬だけ確認できた姿形。俺の腰くらいまでの身長、猫背で粗末な襤褸を躰に巻きつけ、腰蓑と無骨な木の棒を握った歪な人型。
多分、あれだよな…RPGとかでお馴染みの雑魚だ。
着地し、即座にダッシュ。追いかけてくる足音が更に増えた。もう勘弁してほしい。
痛む脇腹を押さえながら、全身汗だくの状態でも頭の中は割りとクリアだった。思い浮かべる知識は、暇つぶしによくやっていたゲームの物。そこから、あれに該当する物を当てはめるとしたら。
『ゴブリン』
それがさっきの化け物にしっくり来る種類だろう。邪妖精とか小鬼とか、扱ってる神話、御伽噺、ゲームなどで解釈は色々ある定番のモンスター。
そんな事を考えていたら、進行方向の通路上でまた輝きが発生し、集っていく。
「いい加減にしろおおおおおおぉぉ!!!」
必死でまた飛び越える。今度の奴はナイフっぽい何かを持っていた気がする。洒落にならん。
ダンジョン(?)は、出遇いに満ちていた。
嬉しくねぇよ! 同じ出会いならかわいい女の子をくれ! せめて少女型モンスターとかいねえのかよおおおおぉ!
どかどかどかどかどかどかどかどか――――!
「うおおおおおおおおおおっ!!!っ、見つけたぁ!」
散々走り回って居たが、俺はずっと、或る座標を大まかに目指してこの迷路を進んでいたのだ。運が悪ければ詰んでいただろうけども、どうやらまだ悪運に見放されてはいなかったらしい。直進方向に見える十字路、その先に模糊と浮かぶ円状の煌き。
一見すると袋小路になりかねない、小さな小部屋に飛び込む。突き当たりの壁面にあるそれに、俺は体当たりするように突っ込んでいた。
◆◇◆
「…なんだったんだ?」
かざしていた腕をどけ、恐る恐る瞼をあける。
さっきの強烈な光は既に収まっており、目の前の魔法陣は、また淡い輝きで室内を照らしていた。
(…あれ…?)
何かが違う。目の前にあるそれを、凝と観察して、その違和感に思い至る。
(俺はさっき、あの真ん中にいたよな?)
そうだ、あの発光は、俺が魔法陣の中心を踏んだ時に起こった筈。なのに何故、俺は魔法陣の外から、その全体像を視界に入れているんだ?
「うお…っ」
床から視線を上げ、室内を見回そうとして、思わず声が漏れる。
「マジか。これ、ひょっとして爺様のコレクションか何かか」
ずらりと、見渡す限りの壁面に存在するそれら。
剣、槍、斧、棍、杖、和洋折衷様々な武具が飾られていた。武器の他にも、一角には重厚な全身鎧やら、部分鎧。鎖帷子や何の皮か分からない、革鎧などなども無造作に陳列されている。
但し、
「…錆びてボロボロじゃん。まあ、爺様が死んでからは、誰も手入れしなかったんだろうしなぁ」
そう、ほぼ全ての金属製の武具がサビ尽き、一部は崩れ、木製は腐っていた。辛うじて形を残しているものは、ひょっとしたら打ち直せば使える物もあるかもしれないが…こう云ったものに目利きが無い俺には、さっぱり分からん。革製の物も、手を触れてみると破れたり穴が開いたりして、使い物になりそうに無い。
だが、それより問題なのはだ。
「ここ、さっきの地下室じゃねえな…」
床、壁、天井をぐるりと見回し、溜め息を吐く。
あり得ない事だと思うが、幻覚でも見せられていない限りは断言できる。まあ、さっきの発光が何かの仕掛けのトリガーで、室内に立体映像でも映し出しているとかなら別だが。
「実際に触れるし。…触覚も誤魔化せるような立体映像とか、ラノベじゃあるまいし」
この武具が爺様のコレクションだとしたら、二十世紀頃に集められた物の筈。その頃に五感を完全に誤魔化せる技術とかありえないだろう。
だとしたらだ、もっとありえない現状に気づく。
「どうやってこの部屋に移動したんだよ…」
あれか、SFとかでよくある転移装置とか?
ますますあり得ん。目を瞑っている間に、壁とか床とか色々動いて違う部屋に変形した?
うん、中二病かよ。こっちは無くは無いかもしれないが、だったらそれに伴う振動とか、機構の駆動音とかを完全に殺しきるのは無理な筈。幾ら俺でも、それに気づかないほど鈍くは無い…と思う。
コン、コン――
「さっきの地下室は、壁が漆喰…ここは石のブロック。床と天井も木目板が張ってあった…と思う」
だが、ここはどう見ても、無愛想な石室だ。可愛げも洒落気もねえ。いや、部屋にそんな物を求める乙女趣味はないが…。
「ん?」
ふと、見回して気づく。
室内四方の壁に、所狭しと飾られている武具の一箇所に、ぽっかりと何も無い空間がある事に。
「…何かあります、ってあからさまだな」
自分でも無用心だとは思うが、もう一度魔法陣に踏み込む気には、まだなれなかった。多分、あれで元居た地下室に戻れるんじゃないかと頭の中では考えているのだが…確証も無いので正直迷っていたのだ。
「丁度人一人通れそうな…隠し扉…とかありそうにも見えないんだが」
手を延ばし、壁に触れた、その瞬間。
バヂィッ!
「痛っ」
漏電に牴れたかと思うような衝撃が右腕に奔り、咄嗟に引き寄せる。迂闊だったが、何か仕掛けがあったとして、それを見極める知識も技術も俺には無いのだからしょうがない。痲痺した様に感覚の失くなった腕をさすりながら、涙目で壁を睨みつける。
『……を………ん…』
「何?」
いきなり、室内に韻く擦れた音声に、思わず壁から飛び退る。そんな反応にも構わず、徐々にその音声は明瞭になっていく。
『接触者…血縁………封印を……』
「誰だ!?」
陰々と韻く声。
俺は振り向き、怒鳴りながら、床、天上、室内を再び見回し、潜んでいる者がいないかを今更確認する。だが、元より何かが隠れられる場所が無い小部屋。明かりは床の魔法陣のみだが、怪しい物は見つからない。
ブウゥゥゥン―――
最中、背後から謎の発光に気づき再び全身で振り向く。すると、さっき牴れた壁が淡い光を放っていた。恰度、扉のような長方形の形に。その中心に、床の奴とは違う魔法陣がくっきりと浮かび上がる。
「さっき触ったから動いた…のか?」
これが出入り口、だとしたら先にも何かがあるという事。だが、さっきの衝撃を忘れた訳じゃない。壁に掛かっていた錆びた剣を鞘ごと一本手に取り、慎重に投げつける。
ガシャン!
だが、それは通り抜ける事も無く、普通に壁に当たって床に落ちた。
出入り口じゃないのか? いや、まだ分からん。
恐る恐る、落ちた剣に近づいて拾い上げる。鞘から抜くと、おそらくさっきの衝撃でだろう、刀身が折れていた。半ばになったその先端を、ゆっくりと壁に近づけていく――。
「!?」
それが牴れた瞬間、波紋が奔るように壁面が波打ち、折れた刀身はするりと壁の中に飲み込まれていた。思わず飛び退ると、何の問題も無く錆びた刀身は抜ける。
壁と剣を交互に見つめ、もう一度壁に向かって投げつけてみる。
ガンッ!
今度は、通り抜けることも無く跳ね返され、流石に耐久の限界だっただろう剣が幾つかの破片に砕けた。
手に持っていないと飲み込まれない?…いや、生き物が持っていないと、か?
振り出しに戻り、凝と壁を観察する。だが、相変わらず淡い輝きに魔法陣を浮かべるだけで、それ以上の変化は見られない。このままでは埒があかない。
「うーん…まあ、良いか」
考えても分からんものは、分からん。ただ、さっき室内に響いた声の断片を思い出す。
「血縁…とくれば爺様の、だろうな。封印がどうとか言うのも、それ関係で仕掛けが動いたと」
さっきから独白が多いが、考え事をする時の俺の癖みたいな物だ。
ぶつぶつと呟きながら壁に近づき、ゆっくりと腕を伸ばす。今度は覚悟しながらだったが、衝撃が再び襲う事は無く、腕はするりと壁に飲み込まれた。
何度か、抜いたり飲まれたりを繰り返し、問題が起きないのを確認する。
「…よしっ」
そうして、思い切って一歩進み出る。半身が壁に埋まり、更に一歩で全身が飲み込まれる。
「おぉ……」
そうして抜けた先。俺の前に、淡く発光する謎な石造りの小部屋と、同じ材質の通路が姿を現していた。
クソゲーと呼ばれるゲーム、何が不満かを感じるのは人それぞれでしょう。
ストーリーとか、システムとか。
そして筆者が一番クソゲー認定するのは、頭可笑しいだろというエンカウント率を設定してあった某RPG。
三歩進んでエンカウント、四歩進んでエンカウント、また三歩…思わずコントローラー叩きつけて壊しました。
若かったあの頃に完敗(´・ω・`)