・些細な変化
◇◇◇
あれから私は毎日彼の所へ行っている
特に何か話すわけでもなく、ただジッと彼をみているだけだ
まったく進歩していないのだが、何故か苛立ちはしなかった
いつもの様にまだ薄暗い時間の森を歩き、彼の家へと向かう
今日は二人分の弁当を持っての出勤だ
自画自賛になるが、本当に美味しそうな臭いがする
これで少しは興味を示してもらえるかもと、気分を良くしながら小走りで森をかけていた
突然草むらから何か黒い動物が飛び出した
突然の出来事で足が動かず、攻撃に備えている体制をとった
「っ……、大丈夫ですか?」
少し慌てたような彼の声、すぐ傍にいる
痛みも何も感じないので、目を開けて強ばった体を緩ませる
目の前には彼の顔があった
「危なかったんですよ?そんな美味そうな臭いのする餌ぶら下げて歩かないで下さい、今日は小物だったから良かったですが、大物だったらあなたもう死んでますよ?」
本当に安心したように、大きな溜息を付きながら軽く抱きしめられる
少しは関係が進歩したようだ
弁当を餌と言うのは許せないが
ただ勢いで抱き締めただけだったのか、彼は慌てて手を離し、腕一個分の差を開ける
少し離れた事で、やっと彼の異変に気づけた
腕に酷い怪我をしていた
狼の噛み跡、と言うのが一番正しい説明だ
深くまで惨たらしい傷がある
思わず素で心配してしまい、口に手を当てる
そんな私に気付いたのか、彼は慌てて腕を隠す
「大丈夫ですよ、結構浅いし」
嘘だ、全然浅くない、すごく深い
いいから早く行きましょう、また狼の相手するのは嫌ですから、と少し強引に私を引っ張りいつも彼が日の出をみる丘へ行った
◇◇◇
「大丈夫ですって、こんなの掠り傷です」
「絶対駄目!あなたは私のせいで怪我をさせてしまったの、原因の私があなたの怪我の責任を持つのは当たり前でしょ?」
こんなやり取りが数分続き、やっと彼は手当を許可した
「勿体無いですって………本当に大丈夫なんです!!」
初めて彼が大声を出したのはこのときだった
彼の家には手当てする物が全く無く、仕方ないのでスカートを破こうとしたのだ
せめて洗って包帯位は巻いてあげたい、そんな私の望みが全くわからなかったようで、彼は私がスカートを破こうとするのを必死に止めていた
「いい加減にしなさい!!人の怪我を散々心配する癖にあなたは自分の怪我はどうでも良いのね!!それじゃあ優しくしてもらった人が悪いみたいじゃない!!」
私は怒鳴った
こんな人を見たのは初めてだ
なんて馬鹿で優しい人なんだろう
助けてもらった人の気持ちを全然わかってない
彼はかなり驚いたようで、それからすみませんと一言謝り、あとは私に任せてくれた