そうだ合同本を作ろう
「合同本作ろうぜ」
昼休み、屋上。
突然隆弘が昼食の手を止め声を弾ませた。その場で一緒に昼食を食べていたテオとノハが顔を上げ隆弘を見る。
「合同本って何?」
聞き慣れない単語にノハが首を傾げる。
「いつもは男を描くのは俺、女を描くのはお前、話を考えるのはテオっつって三人それぞれ分担して本作ってるだろ」
「うん」
隆弘の同人活動は今やテオとノハを巻き込み、三人で創作活動する程に発展していた。
隆弘がこれまで校長向けに制作してきた作品とは違い、ストーリー担当のテオ、男体作画担当の隆弘、女体作画担当のノハと各々得意な役割に分かれ制作している。
テオが小説を書くようになり、ノハが萌え絵を習得する経緯はまた別のお話。
「合同本ってのはそうじゃなくって、各自で一つの作品を持ち寄って一冊にまとめようって事だ」
「なるほど。でも僕、隆弘みたいに漫画描けないし、テオみたいに小説書けないよ」
「イラストでもいいんだぜ」
「そうなんだ。だったら僕にも出来る気がする」
「ああ。分かんないとこあったら教えるから逐一聞けよ」
「うん、ありがとう隆弘。頼りになる友達がいて嬉しい」
ノハが微笑むと隆弘が満足そうに頷いた。そのやりとりを聞いていたテオがわざとらしく肩を竦めながら溜息を一つつく。
「タカちゃんったら立派な同人作家に成長しちゃって…恋をすると人は変わるというけれど、変わり過ぎだろ」
「惚れた女に喜んで貰えるのなら俺は喜んでBL漫画を描く」
「その心意気分からんでもないけど、努力の方向性がずれてる気がするのは俺だけでござろうか……」
「気のせいだろ」
「そうか、早く目が覚めるといいな。って事はタカちゃん、合同本にもBLを描くつもりなのか?」
「いや、リリアンからリクエスト受けた深アル緊縛プレイネタはもう入稿してあるし、ここは俺が描きたいネタを描こうと思ってる」
「どんな?」
「年下攻めの教師もの」
「隆リリかよ!この前まで自分の絵じゃ萌えないって嘆いてたのにたくましすぎるだろ!!」
「自分の絵じゃ萌えねえのは今もだけどよ、折角の合同本だから俺が楽しく全力で描けるネタにしたいと思ってな」
「真顔でいい事言ってるみたいに言わないでくれる」
「お前だってテオ祐未書くんだろ」
「書かねえよ!!」
なんでやねん、とテオが傍らに置いてあった菓子袋を隆弘に向かって投げつける。隆弘は飛んできた菓子袋を片手でキャッチしてテオの許可を得ず封を切ると、そうする事が当然のように自分の口へ運んだ。
「しまったつい!楽しみにとっておいた俺のドーナツ!」
「御馳走様」
「ねぇねぇ、僕はなにを描こうか?いつもみたいに校長と祐未?」
テオが両手で顔を覆いながら泣き崩れるテオの背中をさすってやりながらノハが会話に加わる。
ノハが絵を描くスキルを身に着ける事になったきっかけは友達が自分の絵では萌えないと嘆いていたからであり、ノハがこれまでに描いた絵はどれも隆弘とテオのリクエストに応えたものだった。
「それは個人的に描いてほしいが、今回は俺らの好みとか気にせずお前のすきなもん描いてくれよ」
「僕のすきなもの…」
ノハが考え込む。暫くして何かを閃いたらしく
「うん、わかった」
と顔を輝かせた。
「どんな一冊が出来上がるのか楽しみだぜ!」
◇
後日。
隆弘、テオ、ノハの三人はノハの部屋へと集まった。印刷所から隆弘の元へ完成品が届いたのだ。
隆弘が鞄から本を取り出しノハとテオに手渡す。
「わあ」
ノハが感嘆の声をあげてまじまじと表紙を凝視する。
表紙は三人で合作したもので、隆弘が未成年は読めない漫画を描いたため紙面にはR18の文字が刻まれている。
「僕まだ二人がどんなの書いたのか知らないんだよね、楽しみ」
ノハとテオはそれぞれ完成したファイルを直接隆弘に送り、編集に慣れた隆弘が仕上げを行う形で入稿したため、ノハとテオは自分の作品以外がどんなものなのか知らなかった。
「テオは結局テオ祐未書いてたな」
隆弘の一言でぱらぱらと本を捲っていたテオが勢いよく閉じる。
「勘違いしないでよね!あれは俺が魅力的だと感じるキャラに俺が面白いと思ったストーリーを展開させ
そこに青春の甘酸っぱさと少年少女の好奇心を擽るちょっとどきどきする要素を混ぜたオリジナル作品であって現実の祐未とは一切関係ないんだからね!!」
「だから、テオ祐未だろ」
「違う!!」
「テオと祐未の話なんだね」
「違うのおおお!!!!」
テオの作品に目を通しながらノハが呟いたのでテオはたまらず本を抱き抱えて床を転がる。
「ねえねえ僕の絵も見てほしいな、頑張って描いたんだよ」
ノハが本をぱらぱらと捲り自分のページを探す。見つかると床に伏せているテオの傍らにしゃがみ、テオの方へ向けて開いて見せる。
鼻を啜りながら顔を上げたテオの目にはノハの『萌え』に特化絵が目に飛び込んできた。
「見た事ないキャラだな…オリジナルでござるか?」
「そうなるのかな」
「ほほう、ノハはこんなおなごが好みでござるか」
これまでノハは隆弘とテオのリクエストに沿って絵を描いていた。そんなノハが自らすきなものをと言われ描いたオリジナルだと聞いてテオが素早く起き上がり凝視する。
「隆弘とテオを描いてみたよ」
「「うん?」」
目を点にしたテオと隆弘が同時にノハを見る。
「僕おんなのこしか描けないから、二人を女の子にしてみたよ」
「「うん???」」
開いた口が塞がらないテオと隆弘はノハを見たまま固まる。
「僕のすきなものを描けって隆弘に言われたから」
「「!!」」
ノハの一言で金縛りにあったかのように静止していた二人がノハに抱きつく。
「そっか…!そうか!!それは、光栄だぜ…!!」
「嬉しいでござるよ!!!!」
ノハはえへへと笑いながら二人を抱き締め返した。
「また描くから、また三人で作ろうね」