公開授業
その日、花神楽高校では年に一度の公開授業が行われていた。
保護者がいつでも参観できるようにと土曜日に設定され、一日中どの時間に訪れても良い事になっている。
生徒の保護者以外にも花神楽高校への進学を迷う中学生、その保護者までやってくるのだから、校舎内はいつもとは違う賑やかさに包まれていた。
まだ一限目が終了した時分だというのに、どの教室前の廊下も参観にやってきた人で溢れていた。
「高校生にもなって授業参観なんてうんざりですー。どうせ見に来る親なんていないと思ってたら何でこんなに盛況なんですかあ」
休み時間。一年の教室でリアトリスが頬を膨らませていた。
「ほんと、無駄に気を遣うよね」
「廃止希望ですぅ」
周りにいる大人達には聞こえない声で、直樹と瑠美がリアトリスの言葉にうんうんと頷きながら賛同する。
「でもうちの親授業参観とか公開授業とかいつも楽しみにしてるから、廃止は困るかな」
「あら、そうなんですかぁ」
「午後から見に来るって。姉さん朝から張り切っちゃってて」
「お疲れ様ですー」
そんな会話が交わされる教室の一角で、三人同様公開日という行事にうんざりしているくるが机に伏せていた。
ただでさえ喧しく感じる教室内がいつにも増して人の声で溢れかえり心がざわつく。顔を上げる気力も湧いてこない。
こんな喧噪の中で一日を過ごす事を思うと億劫さに吐き気すらした。
いっそ早退してしまおうか、そんな事を考えていると聞き慣れた声が降ってきた。
「くる君」
斉賀の声だった。
そんな幻聴が聞こえはじめた自分に気うとさを感じていると、頭に何者かの手が置かれた。
本来ならば反射的に跳ね除けるであろうそれに対し、不思議と不快感を感じなかった。
緩々と顔をあげると心配そうな顔をした斉賀と目が合う。
「くる君大丈夫?顔色悪いよ?」
事態が呑み込めず硬直したくるの頭を斉賀が撫でていると、幻覚でも幻聴でもないと理解したくるが突然椅子から勢いよく立ち上がり叫んだ。
「何でいるんだ!」
周りの視線が集まるがくるは気付かない。
「今日が公開授業って言ってたでしょ。折角だから来ちゃいました」
「帰れ!」
「やだよ」
「やだじゃねえよ帰れ!!」
そこにたまたま次の授業で使う教材を取りにユトナがやってきた。教室に足を踏み入れると周りの大人、生徒までが一点を見つめていたので彼女もつられて視線を向ける。
どうやら一年生のくると知らない男性が口論しているようだ。
「おいおい、喧嘩は駄目だぞ!」
正義感の強いユトナが二人の間に割って入ろうとすると、今にも噛みつきそうな形相でくるが睨んだ。そんなくるの頭を再び撫でながら斉賀が宥め、ユトナに向き直る。
「喧嘩じゃないよ」
「そうなのか?」
「うん。授業見に来たら帰れって言われちゃってね」
「ああ、親が見に来るの嫌だって言う奴いるよなー」
言いながらユトナが斉賀をまじまじと見る。その視線に斉賀が首を傾げていると、ユトナが
「くるのとうちゃんって若いんだなあ」
と口にしたので斉賀が目を丸くする。
次いで笑い出した斉賀の表情の変化が不思議で、ユトナが頭をかいた。
「俺変な事言ったか?」
「ああごめんね、僕はくる君のお父さんじゃないんだよ」
斉賀がニコリと笑う。
「隣に住んでるおにーさんです、宜しくね」
そっかーと納得しているユトナには構わずくるが斉賀に向かって叫ぶ。
「自己紹介なんてしなくていいから!帰れ!」
「やだってば。今着いたとこだからくる君が授業受けてるとこ見てないんだもーん」
「そんなの見たってつまんねえだろ!」
「そんな事ないよ」
「時間の無駄になるだけだろうが!」
「そんな事ないよ」
斉賀が繰り返す。
「そんな事ないんだよ」
屈託のない笑顔を向けられくるが言葉に詰まり俯く。
「ねえ、くる君。僕、帰った方がいい?」
斉賀が静かに問うと、くるは黙ったまま首を横に振った。
「じゃあ、いてもいいかな」
少しの沈黙の後、くるは小さく首を縦に振った。
斉賀が満足そうに笑って頭を撫でると、くるの口が馬鹿と動いた。
そんな二人の口論を一部始終見ていた生徒達がどよめき教室中にざわめきが起こっていた。
葛城くると言えば口を開けば悪態をつき、声を掛ければ舌打ちされ、蟻を見れば踏み潰し、事ある毎に鋏を向け威嚇し、人と関わる事にあからさまな拒絶反応を見せるまるで懐かない猫のようだと有名だったのに、突然参観にやってきたという隣に住んでるおにーさんに対し見せる表情は教室中の誰もが見た事のないものだった。
「葛城弟ってツンデレ属性だったの?」
誰かが呟いた。
「え、なにそれ超萌えるんだけど」
「私とした事がノーマークでした!」
「しかもBL?BLなの?」
「っていうか隣に住んでるおにーさんのスペックを詳しく誰か」
どんどん大きくなる生徒達のどよめきの中、ヨシノが明るい声で燃料を投下した。
「くるちゃんはー、斉賀さんにはデレデレなんだよー」
くるがツンデレ属性であるという確信を得た次の瞬間、その情報が花神楽高校中に広まったのだった。